表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/45

第四十三話「姉の条件」


挿絵(By みてみん)

放課後。


 教室に残っているのは、あたしたち三人だけだった。


 昨日と同じ配置。

 あたしとメイベルが並んで立って、ミラベルが窓際にもたれている。


 でも、空気はまるで違う。


 もう“西宮美良”じゃない。


 そこにいるのは、ミラベル=ウエストパラスト。


 メイベルの姉。


 そして、あたしたちを試す側の人間だった。


「……で?」


 ミラベルが、窓際にもたれたまま言う。


「今日は何を確認するのかしら」


 軽い口調。

 でも、その奥にある圧は昨日よりずっと明確だった。


 あたしは一歩前に出る。


「確認じゃない」


「へえ」


「聞く側じゃなくて」


「……」


「聞かれる側になりなよ」


 横でメイベルが息を呑む。


 ミラベルの口元が、少しだけ歪んだ。


「強気ね」


「今さらでしょ」


「そうね」


 数秒の沈黙。


 それから、ミラベルが体を起こした。


 窓から離れて、ゆっくりと歩いてくる。


 コツ、コツ、と靴音が響く。


 その歩き方だけで、教室の空気が変わった。


「いいわ」


 あたしたちの前で止まる。


「じゃあ、こっちから聞く」


 視線が、まっすぐあたしに向いた。


「あなた」


「なに」


「この子の隣に立つつもりなのよね」


 迷わず答える。


「そのつもり」


「……」


 ミラベルは少しだけ目を細めた。


「じゃあ」


 一歩、距離が詰まる。


「条件があるわ」


 その一言で、空気が締まった。


 メイベルの指が、あたしの袖をぎゅっと掴む。


「……条件?」


「ええ」


 ミラベルは指を一本立てた。


「一つ目」


 声が、少し低くなる。


「“守るだけ”は却下」


「……は?」


「この子を守るだけの関係なら」


「……」


「その場でやめなさい」


 あたしは眉をひそめる。


「意味わかんないんだけど」


「そのままの意味よ」


 ミラベルは淡々と言う。


「守るっていうのはね」


「……」


「相手を止めることと、ほとんど同じになりやすいの」


 メイベルが小さく震えた。


「危ないからやめなさい」


「……」


「無理だからやめなさい」


「……」


「あなたにはまだ早い」


 ひとつひとつ、言葉が教室に落ちる。


「それを繰り返せば」


「……」


「この子は一生、自分で立てない」


 沈黙。


 あたしは少しだけ視線を逸らした。


 心当たりがある。


 守ろうとして、止めたこと。

 危ないと思って、先回りしたこと。

 メイベルのためだと言いながら、メイベルが選ぶ余地を狭めていたこと。


 なかった、とは言えない。


「……じゃあどうしろっていうの」


「簡単よ」


 ミラベルは言った。


「“選ばせなさい”」


 その言葉は、あたしの中にすっと入った。


 そうだ。


 澄鈴にも言われた。

 あたしの役は、全部を抱えることじゃない。


 選ぶこと。

 そして、選ばせること。


 メイベルが自分で立つための場所を、奪わないこと。


「二つ目」


 ミラベルが続ける。


「依存を肯定するなら」


 少しだけ、間を置く。


「あなたは敵よ」


 空気が、一気に冷える。


「……敵って」


「そのまま」


 ミラベルの目が鋭くなる。


「この子はね」


「……」


「簡単に依存する」


 メイベルがびくっとした。


 あたしの袖を掴む指に、力が入る。


「“いていい”って言われたら」


「……」


「それに全部乗る」


 痛いほど、わかる。


 安心したいから。

 置いていかれたくないから。

 自分で立つより先に、誰かの言葉にしがみついてしまう。


「だから」


「……」


「そこに甘えて、“それでいいよ”って言った瞬間」


 ミラベルが一歩踏み出す。


「壊れる」


 短い言葉。


 でも、重い。


 あたしは言い返せなかった。


 それも知っているから。


 “ここにいていい”。

 その言葉だけなら優しい。


 でも、その先がなければ、ただの停滞になる。


 メイベルがそこに全部預けて、自分で選ばなくなったら。


 たぶん、それは救いじゃない。


「三つ目」


 ミラベルが最後に指を立てる。


「途中で投げるなら」


 あたしを真っ直ぐ見る。


「最初から関わるな」


 その言葉は、一番シンプルで、一番重かった。


 メイベルの手が震える。


 その震えが、袖越しに伝わってくる。


 あたしはその手を見て、それからミラベルを見た。


「……以上?」


「以上」


 静かに言い切る。


 教室に、重たい沈黙が落ちた。


 誰もすぐには口を開かない。


 夕方の光が、少しずつ薄くなっていく。


 あたしはゆっくり息を吐いた。


「……めんどくさい条件だな」


 ぽつりと言う。


 ミラベルが少しだけ笑った。


「でしょうね」


「でも」


「……」


「全部わかる」


 正直に言う。


 ミラベルの目が、ほんの少しだけ柔らぐ。


「守るだけはダメ」


「……」


「依存はダメ」


「……」


「途中で投げるのもダメ」


 指折り数える。


「つまり」


「……」


「ちゃんと選ばせて」


「……」


「でも放置せず」


「……」


「最後まで関われってこと?」


 ミラベルは少しだけ肩をすくめた。


「そういうこと」


「ハードモードすぎない?」


「当然でしょ」


 即答だった。


「この子と関わるって」


「……」


「そういうことよ」


 その言葉に、あたしは少しだけ笑った。


 笑うしかなかった。


 重い。

 面倒くさい。

 難しい。


 でも、それで引くくらいなら、もうとっくに引いている。


「……上等」


 横でメイベルが息を呑む。


「やるよ」


「……」


 ミラベルの目が細くなる。


「軽いわね」


「軽くない」


 即座に否定する。


「めんどくさいのはわかってる」


「……」


「あたしが間違えたら、メイベルが傷つくのもわかってる」


 そこで一度、言葉を切る。


「でも」


 一歩前に出る。


「それでも一緒にいたいって言ったの、あたしだから」


 メイベルが、はっとした顔であたしを見る。


「だから」


「……」


「途中で投げる気はない」


 ミラベルと目が合う。


 逃げない。


「依存させない」


「……」


「でも、突き放さない」


「……」


「選ばせる」


 言い切る。


「それでいく」


 沈黙。


 数秒。


 でも、やけに長く感じた。


 やがて。


「……ふふ」


 ミラベルが笑った。


 昨日より、ほんの少しだけ柔らかい笑い。


「いいわ」


 一歩引く。


「合格」


「またそれか」


「好きなのよ、この言い方」


 軽く返す。


 でも、その“合格”には、ちゃんと意味があった。


 少なくとも、昨日よりは。


 ミラベルはメイベルを見る。


「あなたも」


「は、はい……!」


「今の条件、聞いたわね」


「……はい」


「それでもこの子の隣にいる?」


 メイベルは、少しだけ震えた。


 でも、今度はすぐにあたしを見なかった。


 自分の胸元で手を握る。

 息を吸って、吐く。


 そして。


「……います」


 小さいけれど、はっきり言った。


「……」


 ミラベルはそれを見て、ほんの一瞬だけ目を細める。


「そう」


 短く返す。


 でも、それで十分だった。


「なら、あなたも覚えておきなさい」


「……はい」


「隣にいるっていうのは、寄りかかることだけじゃない」


「……」


「相手が間違えそうな時、自分で声を出すことでもある」


 メイベルの肩が少し揺れる。


「依夜が全部決めてくれるわけじゃない」


「……はい」


「あなたも選ぶの」


「……」


「選ばされるんじゃなくて、自分で」


 メイベルは唇を結ぶ。


 それから、小さく頷いた。


「……はい」


 その返事に、ミラベルの表情がほんの少し柔らかくなる。


 厳しい。

 でも、突き放しているだけじゃない。


 姉の顔だった。


 ◇ ◇ ◇


 教室を出ると、空気が少し軽く感じた。


 廊下のざわめきが戻ってくる。

 遠くから部活の声も聞こえる。


 メイベルが、あたしの袖をそっと引いた。


「……依夜さん」


「なに」


「今の」


「うん」


「怖かったです」


「だろうね」


「でも」


「うん」


「……安心もしました」


 あたしは少しだけ首をかしげる。


「なんで」


「……条件が、はっきりしたので」


 その答えに、少し笑う。


「真面目だなあ」


「すみません……」


「謝るなって」


 でも、確かにそうだ。


 曖昧な優しさより、はっきりした条件の方が、この子には合っているのかもしれない。


 どこまでなら大丈夫か。

 何をしてはいけないのか。

 何を選ばなきゃいけないのか。


 輪郭がある方が、怖くても歩ける。


「……依夜さん」


「なに」


「わたし」


「うん」


「ちゃんと、選びます」


 あたしは小さく頷く。


「うん」


「その代わり」


「うん」


「……ちゃんと、見ててください」


 少しだけ強くなった声。


 あたしは、ちゃんとその目を見る。


「見るよ」


「……」


「最後まで」


 そう言うと、メイベルは少しだけ笑った。


 泣きそうで、でも泣かない顔。


 少しずつ、強くなっている顔。


 後ろでは、ミラベルが静かにそれを見ていた。


 もう試す側に回っている。

 きっと、これからも面倒なことを言う。


 でも、それでいい。


 これでやっと、“条件付きの関係”が始まった。


 優しさだけじゃ続かない関係。


 甘やかすだけでも、守るだけでも、たぶん壊れる関係。


 だからこそ。


 選ばせる。

 見ている。

 戻れる場所を残す。


 その全部を、途中で投げずに続けていく。


 それがきっと、姉の条件で。


 そして、あたしがメイベルの隣に立つための条件でもある。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ