第四話「親友にバレたら風紀違反扱いされました」
インターホンが鳴った瞬間、あたしとメイベルは同時に固まった。
「……誰」
「だ、誰でしょう……」
「それを今から確認するんだけど」
嫌な予感しかしない。
こういう時の予感って、だいたい無駄に当たるのだ。
玄関まで行ってドアスコープを覗いたあたしは、その場で目を閉じたくなった。
――南澄鈴。
終わった。
いや、朝輝に見つかった時も“終わった”と思ったけど、あれはまだ兄だからよかった。
よくないけど、身内だからまだごまかしが利く余地はあった。
でも澄鈴はだめだ。
この子は真面目すぎる。
真面目すぎる上に、規則とか常識とか倫理とか、そのへんを本気で信じている。
うっかり「部屋に正体不明の派手な美少女がいます」なんてバレた日には、風紀の観点から処刑される可能性すらある。
「依夜さん……?」
後ろでメイベルが不安そうな声を出す。
「澄鈴」
「す、すみれさん……?」
「うん。昨日いたでしょ」
「は、はい……」
「最悪のタイミングで来た」
「そ、そんな……っ」
「あんた悪いわけじゃないから、そこで泣かない」
もう泣きそうになっている。はやい。感情の起動がはやい。
ぴんぽーん。
二回目が鳴った。
「依夜―? いるんでしょ。既読ついてるんだけど」
あ、メッセージ無視してた。
スマホを見ると、案の定「ノート忘れたから届けに来た」「あと少し聞きたいことある」と数件来ていた。
最後に「返事して」がある。
こわい。静かな圧がある。
「どうしよう」
「か、隠れますか……!?」
「隠れる場所がない」
「そ、そうですね……!」
「なんでちょっと感心したの」
あたしの部屋はごく普通の高校生の部屋だ。
押し入れは狭いし、ベッドの下にメイベルのサイズは無理。カーテンの裏?
それ、隠れ場所として三流すぎる。
しかも澄鈴は多分、通したら普通に部屋まで来る。
そういう遠慮のなさはないくせに、必要な時はちゃんと踏み込んでくるタイプだ。
「……とにかく」
あたしはメイベルの両肩を掴んだ。
「今から絶対に言っちゃだめなことを確認する」
「は、はいっ」
「“サキュバス”“召喚”“捨てないでください”」
「す、捨てないでくださいもですか!?」
「それ言われると全部面倒になるから」
「は、はいぃ……!」
「あと、できるだけ普通にして」
「ふ、普通……」
「普通の女の子っぽく」
「わ、わたし、がんばります……!」
「その“がんばります”がもう不安」
ぴんぽーん。
三回目。
「依夜、開けるよ」
「待って!」
あぶな。
澄鈴、たまに私の家だと思ってない? いや何度も来てるから半分そうかもしれないけど。
慌てて玄関を開けると、澄鈴はきちんとした顔で立っていた。
手にはノートと、なぜか紙袋。
「遅い」
「ごめん、ちょっと」
「寝癖直してた?」
「違う」
「顔色悪いけど」
「あんたのせいでね」
「心外」
心外そうな顔ひとつせずに言うな。
澄鈴はすっと家の中を見た。
「入っていい?」
「よくない」
「なんで」
「なんでも」
「何かある時の反応」
「ほんと鋭いねあんた」
「依夜がわかりやすいだけ」
それはそう。
あたしは一瞬だけ抵抗を考えたけど、この親友を玄関で追い返す方がよほど怪しい。
むしろその時点で詰む。
観念して横にどいた。
「……少しだけね」
「最初からそう言えばいいのに」
澄鈴は靴を脱いで、慣れた動きで家に入ってくる。
そのまま一直線にリビングへ向かいかけて、途中で立ち止まった。
「依夜」
「なに」
「空気が変」
「空気を判定するのやめてくれる?」
「なんとなく落ち着かない。あと、甘い匂いがする」
「……気のせいじゃないかな」
「依夜、嘘つく時ちょっと目が泳ぐよ」
「最悪」
観察眼まで兄に似せなくていいから。
リビングのドアを開ける。
そこには、ソファの端にちんまり座ったメイベルがいた。
膝の上に両手をそろえて、背筋を伸ばして、異常に行儀よく。
緊張しすぎて逆に不自然だった。
澄鈴が止まる。
メイベルも止まる。
数秒の沈黙。
「……誰?」
「えっと」
「ともだ――」
「友達です!」
かぶった。
しかも私の“ともだ”がちょっと情けなかったせいで、メイベルの方が圧倒的に元気に聞こえた。
澄鈴の視線が、すっと私に向く。
冷静な目だ。こわい。
「友達?」
「うん」
「昨日の?」
「……うん」
「泊まったの?」
「……うん」
「なんで?」
「いろいろあって」
「その“いろいろ”を聞いてるんだけど」
正論しか言わないの、本当にやめてほしい。
メイベルが、おそるおそる頭を下げた。
「め、メイベル=ウエストパラストです……! あ、あの、きのうは、その、ごめんなさい……!」
「なんで謝るの?」
「えっ」
「初対面で謝られる理由が思いつかない」
「そ、それは……」
「そこ止まるんだ」
澄鈴がじっとメイベルを見る。
メイベルは目に見えて縮こまっていった。
わかる。澄鈴、こういう時だけ妙に“尋問官感”あるから。
「依夜」
「はい」
「説明」
「努力はする」
「しなさい」
圧が強い。
あたしはノートを受け取るふりをして時間を稼ぎ、それからため息をついた。
「昨夜、ちょっと帰るタイミングなくて」
「泊めた」
「うん」
「親御さんは?」
「えっと……」
「……」
詰んだ。
いや、そこまで考えてなかった。というか考えたくなかった。
メイベルが顔色をなくす。
やめて、今それっぽい反応すると余計怪しいから。
「遠くて」
「どこが」
「……海外?」
「疑問形で言わないで」
自分でも終わってると思う。
澄鈴は額を押さえた。
「依夜、あなたね」
「はい」
「見知らぬ素性不明の女の子を家に泊めるの、いろいろ危ないから」
「そこは自覚してる」
「服装も危ない」
「そこ触れる?」
「触れるよ。どう見ても露出が多い」
「す、すみません……!」
「あなたは謝らなくていい」
いや、そこはメイベルも少し反省していい気がする。
見た目のインパクトはかなり強いから。
澄鈴はメイベルに向き直った。
「メイベルさん」
「は、はいっ」
「あなたは依夜とどういう関係?」
「えっ」
「いや、その、あの……」
「はっきりどうぞ」
「しょ――」
「友達! 友達です!」
また止めた。
あぶない。今絶対“召”って言いかけた。
澄鈴の目が細くなる。
「依夜」
「なに」
「さっきから不自然に遮ってるけど」
「気のせい」
「気のせいじゃない」
知ってる。
メイベルは完全にあわあわしていた。
だめだ。このままだとそのうち全部漏れる。
いや、全部と言うほど整理されてもいないけど。
「澄鈴」
「なに」
「とりあえずお茶飲む?」
「話をそらすな」
「だよね」
失敗した。
澄鈴は一歩踏み出して、メイベルの前に立った。
メイベルは顔を上げて、それからびくっと肩を跳ねさせる。
「……なるほど」
「なにが」
「わかった」
「何がわかったの」
「この人、すごく挙動不審」
「今さら!?」
「あと依夜が妙に庇ってる」
「庇ってない」
「庇ってる」
言い切られた。
しかも合ってるのが腹立つ。
澄鈴は腕を組んだ。
「結論から言うね」
「うん」
「非常に風紀が乱れている」
「飛躍してない?」
「してない」
「してるよ」
「まず、女子高生が素性不明の同年代らしき女の子を自室に泊める時点で問題」
「社会のルールとしてはそうかも」
「さらに服装が刺激的」
「そこ重要なんだ……」
「重要です」
「は、はいぃ……」
メイベルまで返事するな。
「そして」
澄鈴は真顔のまま、メイベルの胸元あたりを見てから言った。
「サキュバスっぽい」
「ぶっ」
心臓止まるかと思った。
「な、なんでそうなるの!?」
「見た目」
「見た目だけで!?」
「そういう創作物に出てくる感じがする」
「創作物に詳しいんだ」
「最低限の知識はあるよ。風紀を守るために敵を知るのは大事」
「その理屈でサキュバスを敵認定しないで」
でも正直、見た目だけでそこまで寄せられるとは思ってなかった。危ない。
下手に否定すると逆に怪しいし、肯定は論外だし。
メイベルが顔を青くしていた。
そして、最悪のタイミングで口を開く。
「ひゃ……っ、さ、サ――」
「コスプレ!」
「サキュバスの、コスプレ……?」
「そう、それ!」
「……」
間があった。
冷たい間だった。
澄鈴はしばらく黙っていたけど、やがてゆっくり口を開いた。
「依夜」
「はい」
「誤魔化し方が雑」
「知ってる」
もうだめだ。
正面突破しかないのかもしれない。
でも正面突破して何を言う。
サキュバスを召喚しました、保護してます、今後ともよろしく? だめに決まってる。
あたしが言葉に詰まっていると、メイベルがおそるおそる立ち上がった。
「あ、あの……!」
「うん」
「い、依夜さんは悪くないんです……!」
「メイベル」
「わ、わたしが、その、迷惑をかけていて……でも、依夜さんはすごくやさしくしてくれて……っ」
「……」
「ご、ごはんもくれて、寝るところもくれて、泣いてても怒らなくて……!」
「いや少しは怒ったよ?」
「やさしいです……!」
「だからハードル」
澄鈴が黙る。
その沈黙が、逆にこわかった。
でも次の瞬間、彼女は小さく息を吐いた。
少なくとも、依夜が本気で危ないことをしている時の顔じゃない――そう判断したみたいに、澄鈴は一度だけ視線を伏せた。
「……依夜が放っておけなかったのは、なんとなくわかった」
「え」
「あなた、見るからに保護対象だもの」
「ほ、ごたいしょう……?」
「それ褒めてないよ、多分」
メイベルはきょとんとしている。
多分、言葉の意味より声色で“怒られてない”と判断したんだろう。少しだけ表情が緩んだ。
澄鈴はそんなメイベルを見て、眉を寄せた。
完全に納得したわけじゃない。けれど、今ここで追い詰めるより、まず現実的にどうにかする方を選んだらしかった。
「ただし」
「はい」
「風紀的な問題は残る」
「まだ言う?」
「言う」
「ぶれないなあ……」
「服装、どうにかならない?」
「え」
「その格好で外に出たらだめ。目立ちすぎるし、危ない」
「たしかに」
「依夜、替えの服貸してあげて」
「……」
「なによ」
「いや、まさか澄鈴からそんな建設的な提案が出るとは思わなくて」
「私は最初から建設的だよ」
「ルールの形をしてるだけで」
「失礼」
でも、正直助かった。
“だめ”だけで終わられると詰むけど、“改善しろ”ならまだ動ける。
「それから」
「まだある?」
「しばらく私も様子を見る」
「えっ」
「何か問題が起きたら困るから」
「監査?」
「見守り」
「言い方がやわらかくなっただけ」
「依夜一人だと不安」
「ひどい」
「事実」
事実だけど。
メイベルが、恐る恐る澄鈴を見た。
「あ、あの……」
「なに?」
「すみれさんは……おこってますか……?」
「怒ってない」
「ほ、ほんとですか……?」
「かなり呆れてはいる」
「ひぅ……」
「でも、あなたが依夜に懐いてるのはわかった」
「な、懐いて……」
「否定しないんだ」
「だって事実だし」
あたしがそう言うと、メイベルはまた赤くなった。
なんで君が照れるの。
澄鈴はそのやり取りを見て、少しだけ目を細めた。
呆れてるような、納得してるような、微妙な顔だ。
「……依夜」
「なに」
「本当に危ないことはしてないよね?」
「してない」
「言い切れる?」
「うん」
「じゃあ今は信じる」
その一言が、思ったより重かった。
澄鈴は真面目だ。
だから、信じると言ったら本当に信じる。
そのかわり裏切ったら多分すごく怒る。
そういう重さを知ってるから、私は少しだけ姿勢を正した。
「……ありがと」
「感謝されるようなことはしてない」
「してるよ」
「そう?」
「うん」
澄鈴はわずかに視線をそらした。
照れてる。珍しい。
「とにかく」
咳払いひとつして、彼女は話を戻す。
「まずは服」
「はい」
「それから生活ルール」
「はい」
「あと泣きすぎ」
「は、はいぃ……」
「返事で泣かない」
無茶言うなあ、と思ったけど、メイベルはぐっと涙をこらえた。
えらい。そこは普通にえらい。
「じゃあ、依夜の部屋行く」
「なんで」
「服を選ぶ」
「即行動だね」
「問題は早めに潰すべきだから」
まっすぐすぎる。
でも、そのまっすぐさに少し救われてもいる。
あたしは小さく息を吐いて、メイベルを見た。
「……だって」
「は、はい……」
「今日は“風紀違反の是正”らしいから」
「ぜ、是正……」
「あんた、ほんと反応が毎回大げさだね」
「す、すみ――」
「謝らない」
「は、はい!」
よし、言い直せた。
それだけで少し進歩した気がする。
澄鈴が紙袋を持ち直す。
「ちなみにこれ、お母さんが焼いたクッキー」
「今その情報いる?」
「お茶にするなら必要」
「いつの間にお茶する流れに」
「監督には糖分が必要でしょ」
「監督って私?」
「他に誰がいるの」
そう言って、澄鈴は少しだけ笑った。
ああ、なんだ。
完全に追い出される流れではないらしい。
そのことに、胸の奥がふっと軽くなる。
――風紀違反扱いはされたけど。
思ったより、悪い展開じゃなかったのかもしれない。
少なくとも、“即退場”じゃなく“是正指導つき保留”になっただけ、だいぶましだ。




