表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

第二十話「眠そうな人は、大体こっちが知らないことを知っている」


挿絵(By みてみん)



「できない方ですけど、前よりはちょっとだけ違うかもしれません」


 帰り道でそう言ったメイベルの顔が、夜になってもなんとなく頭に残っていた。


 別に、大げさな出来事じゃない。

 でも、あの子が自分でそう思えたのは、結構大きい。


 できないままでも、少しずつ前に進める。

 その感覚を、一回でも自分のものにできたなら、多分もう前と同じではいられない。


「……」


 ベッドの上で寝転がりながら、あたしは天井を見る。


 美良のことは、相変わらず腹が立つ。

 あの“刺し方のうまさ”は本当に嫌いだ。


 でも、それ以上に気になるのは。


「……あの人、なんであんなに慣れてるんだろ」


 自分の弱さを知っていて、相手の弱さも見抜いて、そこをどう揺らせば効くかまで知ってる。

 あれは、ただ性格が悪いだけじゃない。

 ずっとそういう距離感で人と関わってきた人のやり方だ。


 その時。


 コンコン、とドアが鳴った。


「依夜ちゃん―、起きてる?」


 朝輝の声。


「……起きてる」

「入っていい?」

「どうぞ」


 ドアが開く。

 あたしの兄は、相変わらず気軽な顔で部屋に入ってきた。

 でも前みたいな“全部見えてます”みたいな軽さは、今日は少し控えめだった。


「昨日ぶり」

「そうだね」

「機嫌悪くなさそうでよかったなって」

「それ言われるとまた悪くなるかも」

「ごめんごめん」


 軽く手を上げて降参する。

 その反応が、ちょっとだけずるい。


 あたしは起き上がって、ベッドの端に座った。


「……この前は、ごめん」

「うん」

「普通に八つ当たりした」

「うん」

「そこは否定してくれてもいいのに」

「でも本当だったし」

「……」


 そういうところ。

 そういうところが、ほんとにやりづらい。


 でも今日は、前みたいに腹が立つだけではなかった。


「依夜ちゃん」

「なに」

「その子――メイベルちゃんだっけ」

「うん」

「だいぶ依夜ちゃんに懐いてるよね」

「……まあ」

「うん」


 朝輝は少しだけ考えるような顔をした。


「この前さ」

「うん」

「僕見て、隠れたじゃん」

「……ああ」

「普通の人見知りだけじゃない気がした」


 どきっとする。


「……何が言いたいの」

「いや、単純に」

「……」

「“人間じゃない側の事情”とかありそうだなって」


 あたしは一瞬、呼吸を止めた。


「……」

「図星?」

「……何を根拠に」

「勘」

「最悪」

「褒めてる?」

「全然」


 でも、正直に言うと驚いた。

 朝輝がそういう方向に感づくのは、まあわかる。

 こいつ、変なところだけ鋭いから。


 でも、“人間じゃない側の事情”っていう言い方まで来るとは思わなかった。


「……」


 あたしが黙っていると、朝輝は少し笑って、壁にもたれた。


「別に、無理に聞き出す気はないよ」

「……」

「ただ、あの子が人見知りっていうより、“知ってる何かに怯えてる”感じだったから」

「……そういうの、わかるんだ」

「わかるよ。人の怯え方って、結構種類あるし」

「それ趣味で言うことじゃない」

「人間観察は趣味です」


 堂々と言うな。


 でも、たしかにそうかもしれない。

 メイベルはいつも怖がってるけど、美良に対する怖がり方は明らかに違う。

 “何をされるかわからない”じゃなくて、“何をされるか知っている”怯え方だ。


「……」


 私は少しだけ考えて、それから口を開いた。


「……兄さんって」

「うん」

「人間と、人間じゃないのって、見分けつく?」

「何その質問」

「勘で」

「勘かあ」


 朝輝は顎に手を当てる。

 真面目に考えてる顔なのに、どこか楽しそうなのが腹立つ。


「完全には無理じゃない?」

「そう」

「でも、“普通じゃない何かを隠してる人”はわかるかも」

「……」

「メイベルちゃんはそっち」

「……そっか」


 言ったあとで、ちょっとだけ後悔する。

 今の返し、肯定みたいなものだ。


 でも朝輝は、それ以上そこを掘らなかった。


「依夜ちゃん」

「なに」

「一人で抱え込みすぎないでね」

「……」

「そういうの、依夜ちゃんわりとやるから」

「……自覚はある」

「えらい」

「それ、褒めてないよね」

「半分くらいは」


 朝輝が部屋を出ていったあと、あたしはしばらく黙っていた。


 兄は、やっぱり苦手だ。

 でも、全部が全部嫌ってわけでもない。

 面倒くさいな、と思う。

 家族も、自分も。


 ◇ ◇ ◇


 翌日。


 午前中は比較的平和だった。

 美良は相変わらず目立っていたし、メイベルは相変わらずその影響を受けていたけど、昨日みたいな直接的な接触はなかった。


 だから少しだけ、油断していた。


 昼休み。

 購買に行った帰りの廊下で、あたしは思いきり誰かにぶつかった。


「っと」


「きゃ」


 紙パックのジュースが落ちそうになるのを、反射で掴む。

 ぶつかった相手も、ふらっと一歩よろけて、それでも倒れなかった。


「……ごめん」

「いや、こっちも前見てなかったし」


 見上げる。


 高い。


 まずそこだった。

 そして、眠そう。


 肩につくくらいの少し長めの髪に、ぼんやりした目。

 背が高いせいで余計に浮世離れして見える。

 制服じゃない。大学生っぽい服装。

 なのに、なぜかこの校舎内にいる。


「……誰」

「ひどい。初対面の第一声、それ」


 眠そうな顔のまま、その人は少しだけ笑った。


北条由斗(ほうじょうゆうと)

「……」

「東朝輝の、友達」

「……ああ」


 聞いたことはある。

 兄がたまに話題に出す、眠たげで高身長な友人。

 まさか実物とこんなところで遭遇するとは思わなかった。


「なんで学校にいるの」

「朝輝に、用事」

「兄は大学でしょ」

「忘れ物、届けに」

「大学生って高校にそんな気軽に入ってこれるんだ」

「先生に、通してもらった」

「へえ」


 胡散臭い。

 でも、まあ、兄の知り合いなら顔パスっぽいことがあってもおかしくないのか。


「で」

「何」

「東依夜、ちゃん、だよね」

「うん」

「朝輝から、聞いてる」

「ろくなこと聞いてなさそう」

「妹、大好き、だなあって」

「最悪」


 由斗は小さく笑った。

 眠そうなのに、そのへんの反応は妙に速い。


「で」

「……さっきから何」

「君の、後ろ」

「え?」


 振り返る。


 少し離れたところに、メイベルがいた。

 多分、私を追いかけてきたんだろう。

 でも――


「……」


 止まってる。


 しかも顔色が悪い。


「メイベル?」

「……」

「おーい」

「……っ」


 呼んだ瞬間、メイベルがはっとしたみたいに目を見開く。

 でも、その視線は私じゃない。


 由斗を見ていた。


「……」


「……」


 空気が、少しだけ変わる。


 由斗が、眠そうな目を少しだけ細めた。

 そして、ぽつりと言う。


「……へえ」


 その“へえ”が、兄の時とは違う意味に聞こえて、私は無意識に眉を寄せた。


「……何」

「いや」

「何」

「ほんとに、いるんだな、って」


 心臓が跳ねる。


「……何の話」

「君が思ってる、話で、合ってる」

「……」


 やばい。

 この人、わかってる。


 しかも、兄よりもっとはっきり。


 メイベルはもう完全に固まっていた。

 今にも泣きそうな顔。

 でも逃げてはいない。

 逃げられないんだろう。


「……北条さん」

 と、メイベルが、かすれた声で言った。


「え」

 あたしはそっちを見た。


 メイベルが、震えながら由斗を見ている。


「……知ってるの?」

「え、何が」

「君のこと、じゃない?」

「……」


 由斗が、少しだけ首をかしげる。


「母さんの、知り合いに、似てる」

「母親?」

「うん」


 それだけで、あたしはだいたい察した。


 兄より踏み込んでる。

 この人は“勘”じゃなくて、何か具体的に知ってる側だ。


「……ちょっと」

「うん?」

「場所変えない?」

「そう、だね」


 由斗は相変わらず眠そうな顔のまま、あっさり頷いた。


 ◇ ◇ ◇


 校舎裏の、人がほとんど来ないベンチ。


 あたしはメイベルを隣に座らせて、その前に立つ。

 由斗はベンチの反対側に腰掛けた。


「……で」

「うん」

「何を知ってるの」

「いろいろ」

「雑」


 由斗はちょっとだけ笑った。


「君、警戒心、強いね」

「当たり前でしょ」

「うん、正解」

「……」

「その子、普通の人間じゃない、わかる」

「……」

「あと、多分、君はそっち側、じゃない」

「……」


 メイベルが小さく息を呑む。


「じゃあ、北条さんは……」

 と、メイベル。


 由斗は少しだけ空を見て、それから眠そうな声のまま言った。


「半分、かな」


「……は?」


 思わず素で返した。


 由斗は肩をすくめる。


「母親が、サキュバス」

「……」

「父親が、人間」

「……」


 メイベルの目が、見開かれる。


「……ハーフってこと?」

「そう」

「……」

「そういうの、信じる顔、じゃないよね」

「いや、今さらそこを疑う段階は過ぎた」


 というか、ここまで来てまだ「全部勘違いでした」は無理がある。


 由斗は私を見て、それからメイベルを見た。


「安心、していい」

「……」

「バラす、趣味は、ない」

「それを信用しろって?」

「今は、それしか、ない」


 ……正論っぽく聞こえるのが腹立つ。

 でも実際そうだ。


「……なんでわかったの」

「匂い」

「は?」

「あと、気配」

「雑すぎる」

「普通」


 メイベルが、おそるおそる口を開く。


「……北条さんのお母さまって」

「うん」

「……リオノーラ様、ですか」

「知ってるの?」

「はい……」


 その瞬間、由斗の眠そうな目が少しだけ動いた。


「じゃあ、話は早い」


 あたしは二人を見比べる。

 なんだこれ。

 急に知らない世界の固有名詞が増えた。


「……ちょっと待って」

「うん」

「あたし、ついていけてない」

「だろう、ね」

「その“だろうね”やめて」

「……ごめん」


 由斗は謝りながらも、あまり悪びれていなかった。

 でも、不思議と美良ほど腹は立たない。

 多分、この人には“揺さぶって楽しむ感じ”がないからだ。


「で」

「うん」

「あんたは味方?」

「少なくとも、敵じゃ、ない」

「信用根拠が薄い」

「母さんが、メイベルちゃんと、縁ある」

「……」


 メイベルが、小さく頷く。


「リオノーラ様は、やさしい方です……」

「へえ」

「すごく……」

「じゃあ半分信用する」


 由斗が少し笑った。


「半分で、いい」

「じゃあ残り半分は」

「これから」


 言い方が兄にちょっと似てる。

 でも兄よりずっと静かだ。


「……一個だけ聞いていい?」

「うん」

「美良のことも知ってる?」

「西宮美良、の方?それとも…」

「……その言い方するなら両方」

「知ってる」


 あっさりだった。


「性格悪いでしょ」

「それは、すごく、思ってる」

「だよね」

「でも、嫌いになりきれない、タイプでもある」

「それが余計に厄介」

「うん、厄介」


 即同意された。


 由斗はベンチに肘をついて、眠そうに続ける。


「でも」

「なに」

「美良さんが、来たなら、そろそろ、ちゃんと知っといた方が、いいかも」


 その言い方に、少しだけ背筋が冷える。


「何を」

「メイベルちゃん、のこと」

「……」

「それから、あっち側の、事情も」


 あたしは隣のメイベルを見る。

 メイベルも、不安そうに私を見返してきた。


 その視線の意味はなんとなくわかった。


 ――隠しきれなくなってきた。


 そういう段階なんだろう。


 由斗はそんなあたしたちを見て、小さくあくびをした。


「今すぐ、全部話せって、わけじゃない」

「……」

「でも、知ってる人間が、一人くらいいた方が、楽」

「それは……」

「多分、思ってるより」


 由斗はそこで少しだけ目を細めた。


「一人で守れる範囲、狭いから」


 その一言が、妙に刺さった。


 正しいんだろうなと思う。

 思うからこそ、ちょっと痛い。


 あたしはしばらく黙って、それから小さく息を吐いた。


「……考える」

「うん」


 由斗はそれ以上急かさなかった。


 ただ、眠そうな顔のまま、でもちゃんとこっちを見ていた。


 ――この人、思ってたよりずっと厄介じゃないのかもしれない。


 そんなことを、少しだけ思った。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ