表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

第十四話「お色気転校生は、どう考えても空気が強すぎる」


挿絵(By みてみん)


朝から、教室の空気が少し変だった。


「……なんか騒がしくない?」

「うん」

「いつもより三割増しくらい」


 あたしがそう言うと、澄鈴が頷いた。


「朝から女子の会話量が多い」

「分析しなくても見ればわかる」

「理由はわかってる?」

「いや?」


 登校してからずっと、教室のあちこちで似たようなざわめきが起きている。

 誰かが廊下を見て、ひそひそ話して、空気が揺れる。

 嫌な予感しかしない。


 あたしの隣では、メイベルが少しだけ緊張した顔で周囲を見ていた。


「な、なにかあるんでしょうか……」

「多分、ろくでもないこと」

「ろ、ろくでもないんですか……?」

「こういうざわつき方は大体そう」

「経験則なんですか……」

「高校生なめないで」


 とはいえ、本当に何があるのかはまだわからない。

 わからないけど、こういう時は大体、“何か目立つもの”が来る。


 そして、それはホームルームが始まってすぐに判明した。


「はい、静かにー」


 担任が教室に入ってきた。

 その後ろに、見慣れない女子が一人。


 その瞬間、空気が変わった。


「……」


「……」


 いや、ちょっと待って。


 美少女、とかそういう言葉で雑に片づけるのも違う気がした。

 長い赤髪、白い肌、涼しげな目元。制服の着方もきっちりしてるのに、なぜか妙に色気がある。

 立ってるだけで“自分が見られてる”ことを前提にしてる人間の空気をまとっていた。


 ――強い。


 第一印象、それだった。


「今日からしばらく、このクラスに転入することになった西宮美良(にしのみやみら)さんだ」


 ざわっ、と教室が揺れる。


 西宮美良。

 先生がそう言った。


 でも、その名前が耳に入った瞬間。


「……っ」


 隣で、メイベルの体がびくっと震えた。


「……?」


 私はそっと横を見る。


 メイベルの顔色が、目に見えて変わっていた。

 血の気が引いている。昨日までの緊張とは違う。

 これはもっと直接的な、“見覚えがあるものを見た時の反応”だ。


「メイベル?」

「……」

「ちょっと」

「……あ、えと」

「知ってる人?」

「し、しりま……」

「知らない顔ではないよね」


 小声で聞くと、メイベルはさらに顔を青くした。


 その時だった。


「西宮美良です」


 教壇の前で、美良が微笑む。


「短い間ですけど、仲良くしてくれると嬉しいです」


 声まできれいだな、とか、そういう感想が一瞬浮かんで、それ以上に。


 ――あ、これは人気出るやつだ。


 という確信が来た。


 実際、教室の空気は一瞬で持っていかれていた。

 男子も女子も見てる。しかもただ“綺麗”ってだけじゃなく、どこか近寄りがたい感じもあるから余計に目立つ。


 なのにその美良は、教室を見回したあと、なぜか。


 ほんの一瞬だけ。


 まっすぐ、こっちを見た。


「……?」


 いや、正確には。


 あたしと。

 メイベルを。


 その視線に、メイベルの肩がさらに強く跳ねた。


 ――あ、だめだこれ。


 絶対知り合いだ。


 ◇ ◇ ◇


「じゃあ席は……」


 担任が教室を見回す。


 やめてくれ。

 嫌な予感しかしない。


「東の後ろが空いてるな。そこにしてくれ」


 終わった。


「……」


「……」


 メイベルが完全に硬直した。


 美良は「はい」と小さく答えて、まっすぐこちらへ歩いてくる。

 歩き方ひとつとっても隙がない。音もなく近づいてくる感じがして、変に存在感がある。


「よろしくね、東さん」


 机の横で立ち止まって、美良がふっと笑う。


「……どうも」

「ふふ。警戒されちゃった」


 その言い方がもう強い。

 初手から距離感の詰め方がうまいというか、慣れてるというか。

 正直、苦手なタイプだ。


 それから美良は視線をずらして、メイベルを見た。


「それから……」

「っ」


 メイベルが息を呑む。


「あなたも、よろしく」


 柔らかい声だった。

 柔らかいのに、メイベルの表情はまるで死刑宣告でも聞いたみたいだった。


「……は、はい……」

「ふふ」


 美良が席につく。

 それだけで、私の背中側の空気が一気に落ち着かなくなった。


 なんだこれ。

 後ろにラスボスでも座った?


 ホームルームが始まっても、あたしは妙に集中できなかった。

 メイベルはもっとひどい。さっきから完全に挙動がおかしい。

 黒板を見るふりをして、全然見てない。呼吸も浅い。


 後ろから、時々、くすっと笑う気配がする。

 美良だ。

 何がそんなに面白いのか知らないけど、その余裕がまた怖い。


 ◇ ◇ ◇


 一時間目と二時間目の間の休み時間。


 案の定、美良の席のまわりにはすぐ人が集まった。


「西宮さん、前の学校どこだったの?」

「部活とかやってた?」

「めっちゃ綺麗だよね、モデルとか?」


 質問攻め。

 でも美良はまったく慌てない。

 笑って受け流しながら、必要なことだけ答えて、相手を気持ちよくさせるタイプだ。


 ――慣れてる。


 それも相当。


「見てる?」

「見えてる」


 澄鈴が小声で言う。


「すごいね」

「何が」

「人のあしらい方」

「……」

「依夜と正反対」

「今比較必要?」

「必要」

「必要なんだ」


 腹立つけど、事実ではある。


 私は会話が苦手なわけじゃない。

 でも、ああいうふうに“自分が注目されること”を前提に振る舞える人種ではない。朝輝が近いけど、あいつはまた違う方向に自然体だ。

 この美良は、もっと明確に“見せる側”の人間だ。


「依夜さん……」

「なに」

「後ろ、こわいです……」

「知ってる」

「し、知ってるんですね……」

「君の顔見ればわかる」


 メイベルは本気で縮こまっていた。


 そこへ。


「東さん」


 後ろから、声。


 私は反射で振り返った。


 美良が、にっこり笑っていた。


「少しいい?」

「……何」

「そんなに警戒しなくても取って食べないわよ」

「最近それ言う人多いね」

「ふふ、そう?」


 なんだろう。

 言い方が柔らかいのに、妙に神経を撫でられる感じがする。

 この人、多分わざとだ。


「西宮さん、東と知り合いなの?」

 と、誰かが気軽に聞く。


 美良は一瞬だけ目を細めたあと、さらりと答えた。


「んー、まだこれからかしら」


 それ、答えになってるようでなってないな。


 クラスメイトたちは「意味深ー」とか笑ってたけど、私は笑えなかった。

 メイベルの顔色がさらに悪くなってるからだ。


「……メイベル」

「は、はい……」

「大丈夫じゃないよね」

「だ、大丈夫です……!」

「大丈夫な人はそんな震え方しない」

「うぅ……」


 そこへ、美良がふっと身をかがめた。


「あなた、もしかして体調悪い?」


 優しげな声。


 でもメイベルは、ほとんど飛び上がる勢いでびくっとした。


「だ、大丈夫です……!」

「あら、そう?」

「は、はい……!」

「ふうん」


 美良は楽しそうに微笑む。


 なんだろう。

 今のやり取り、端から見ればただの気遣いだ。

 でも、メイベルのこの怯え方を見ると、とてもそうは思えない。


 ◇ ◇ ◇


 三時間目のあと。

 トイレに立ったメイベルが、なかなか戻ってこなかった。


「……遅くない?」

「うん」

「また何かやらかしてるかな」

「心配の方向が悪い」


 澄鈴に言われて、私はため息をつく。


 だって、今のメイベルなら普通に迷子もありえるし、泣いて動けなくなってる可能性もあるし、最悪だと何か口を滑らせてる可能性まである。


「見てくる」

「そう言うと思った」

「何その理解者みたいな顔」

「理解者だから」


 なんかむかつくけど否定できない。


 あたしは教室を出て、廊下を歩く。

 女子トイレの前まで来たところで、ちょうど中から小さな声が聞こえた。


「……っ、や、姉さま……」

「しー。ここでは美良って呼んでくれない?」


 足が止まる。


 やっぱり。


 私は息を潜めて、そっと壁際に寄った。


「な、なんでここに……」

「妹が面白いことになってるって聞いたら、気になるでしょ?」

「お、面白いって……」

「だってそうじゃない。人間の学校で、制服なんて着ちゃって」

「わ、わたしは……」

「しかも」


 くすり、と笑う声。


「ずいぶん懐いてるのね、あの子に」


 あの子。

 多分、私のことだ。


 胸の奥がざわつく。


「そ、それは……」

「だめよぉ、メイベル。そんなにわかりやすく依存しちゃ」

「い、依存じゃ……」

「違うの?」

「……っ」


 メイベルが言葉に詰まる。


 その沈黙が、妙に痛かった。


「かわいいわねぇ」

「や、やめて……」

「でも、本当にだいじょうぶ?」

「……え」

「あの子、あなたが思ってるほどやさしいだけじゃないかもしれないわよ?」

「っ」

「人間って、面白いくらい簡単に変わるもの」


 その言い方に、ぞくっとした。


 何だこの人。

 ただの姉妹喧嘩とか、心配して見に来た姉とか、そういう雰囲気じゃない。

 もっとこう、相手の不安をわざと撫でて、揺らして楽しんでる感じがある。


 メイベルの声は、もうだいぶ涙声だった。


「依夜さんは、そんな人じゃ……」

「あら、庇うの?」

「……」

「ふふ。ますますかわいい」


 そこで、頭に血が上った。


「――かわいそうだから、そのへんにしとけば?」


 気づいたら、口を挟んでいた。


 中の気配が止まる。

 数秒の沈黙のあと、扉が開いた。


 出てきたのは、美良とメイベル。

 メイベルは本当に泣きそうな顔。

 美良は、まるで最初からそうなるのを知っていたみたいな顔で私を見た。


「あら」

「……」

「聞いてたの?」

「聞こえたの」

「ふうん」


 美良は少しだけ首をかしげて、それから笑った。


「意外と過保護なのね、東さん」

「見てて趣味悪いなと思っただけ」

「きつい」


 でも、全然傷ついた顔をしない。

 むしろ面白がってる。

 本当にやりにくい人だ。


「依夜さん……」

「大丈夫?」

 と、メイベルに聞く。


 メイベルはこくこくと頷こうとして、でもうまく頷けなくて、結局その場で立ち尽くした。


 美良が、それを横目で見てふっと笑う。


「ふふ。やっぱり、面白い」

「……何が」

「あなたたち」


 それだけ言って、美良は私たちの横をすり抜けていった。


 香りだけが少し残る。

 甘いのに、なんだか落ち着かない匂いだった。


 私はその背中を睨みながら、隣のメイベルを見る。


「……姉さま、なんだ」

「……はい」

「最初から言ってよ」

「す、すみません……」

「謝るなとは言わないけど、今回はちょっと言ってほしかった」

「……ごめんなさい」

「……うん」


 今回はまあ、謝ってもいい。


「……依夜さん」

「なに」

「怒ってますか……?」

「君には怒ってない」

「……!」


 その一言で、メイベルの肩の力が少しだけ抜けた。


「ただ」

「……はい」

「姉の方には、だいぶ警戒してる」

「……」

「あの人、昔からああいう感じ?」

「……はい」

「そう」


 それなら、なおさら放っておけないなと思った。


 綺麗で、強くて、余裕があって、人の弱いところを知ってる。

 そういう相手に、このメイベルがまともに対抗できるとは思えない。


「……依夜さん」

「なに」

「さっき……」

「うん」

「助けてくれて、ありがとうございます……」


 泣きそうな顔でそう言われると、また胸の奥が変にむずむずする。


「別に」

「でも……」

「見てられなかっただけ」

「……!」


 メイベルが、少しだけ嬉しそうに目を潤ませた。


 ああもう。

 その顔、本当に反則だと思う。


 教室に戻る廊下を歩きながら、私は小さく息を吐く。


 転校生イベントとかいうから、せいぜい面倒な人間関係が増えるくらいかと思っていた。

 でも違った。


 ――あれは、明らかに“外から来た厄介ごと”だ。


 しかも、メイベルの過去と直結してるタイプの。


 そして何より。


「……依夜さん」

「なに」

「ちょっとだけ……近くにいてもいいですか……?」

「ちょっとだけね」

「はい……」


 そう答えた時点で、私はもうかなり巻き込まれてる。


 放っておけない。


 ううん、多分もう、それ以上だ。


 あの美良って人に、メイベルを好き勝手揺さぶられるのが。

 思ってた以上に、腹が立つ。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ