第十話「依存がちょっと重いんですが、本人は無自覚でした」
「東ってさ」
相手チームの子が、何でもないことみたいな軽さでそう言った。
「転校生ちゃんの扱い、妙に慣れてない?」
「……何に対しての慣れを言ってるの」
「なんかもう“保護者”通り越して“飼い主”っぽいというか」
「その表現は訂正してほしい」
即答した。
いや、ほんとに。
保護者もだいぶ不本意だけど、飼い主はもっと違う。あたしは別に犬を拾ったわけじゃないし、実際に拾ったものの種類で言えば、もっと厄介で、もっと常識の外にいる存在だ。
「えー、でもさっきもずっと気にしてたじゃん」
「転校生ちゃんがこけないように見張ってたし」
「サーブ失敗した時も、めっちゃフォロー早かったし」
周りが面白がるように言う。
うるさい。事実だけに余計うるさい。
「普通でしょ」
「普通かなあ?」
「普通だよ」
「依夜、その“普通”は当てにならない」
横から澄鈴が真顔で刺してきた。
「援護してくれないんだ」
「事実を修正する気はない」
「真面目って時々すごく冷たいね」
でも、まあ。
否定しきれないのが悔しい。
ちら、と隣を見る。
問題のメイベルは、なぜか両手で顔を押さえていた。
「……なにしてるの」
「い、いえ……」
「いやなんか赤いけど」
「だ、だって……」
「だって?」
「“依存”みたいで……」
小さく言って、それきり黙る。
「ちょっと待って」
「は、はいっ」
なんでそこで嬉しそうなんだ。
「今の話、嬉しがるところじゃないから」
「そ、そうなんですか……?」
「そうだよ」
「で、でも……」
「でも?」
「依夜さんが、わたしのこと、ちゃんと見てくれてるってことなので……」
あ。
ちょっと詰まる。
そういう返しはずるい。
冗談で流しにくいし、雑に否定したら普通に傷つきそうだし、なにより本人が一切打算なく言ってるのが厄介だった。
「……まあ、見てはいるけど」
「……!」
「そこで顔明るくしないで」
「す、すみま――」
「謝らない」
「は、はい……!」
よし、そこは即修正できた。
でも周りは完全ににやにやしている。
「なにこれ」
「距離近くない?」
「転校初日でこの懐き方、すご」
言われてみれば、たしかに近い。
気づいたらメイベル、体育の間ずっと私の近くにいた。試合の時も、待機中も、移動の時も。半径二メートル以内からほとんど出ていない。
……いや、待って。
「メイベル」
「は、はい」
「もしかしてあんた」
「はい」
「ずっとあたしの近くにいた?」
「はい」
即答だった。
「え」
「だ、だめでしたか……?」
「いや、だめっていうか」
「い、依夜さんの近くだと少し安心するので……」
少しどころじゃない気がする。
でも本人は本気で不安そうだ。悪意ゼロ。というか、依存している自覚すらゼロなんだろう。
澄鈴が淡々と告げる。
「依夜」
「なに」
「だいぶ懐かれてる」
「その言い方ならまだマシだな」
「マシなだけ」
メイベルがしょんぼりした。
表情の変化が早すぎる。さっきまで晴れてた空が、三秒で土砂降りになるみたいだ。
「……重い、ですか」
「うん、ちょっと」
「うぅ……」
本格的に沈みかけたので、あたしは慌てて言い足した。
「でも、別に嫌ってわけじゃないから」
「……!」
ぱっと顔が上がる。
単純すぎる。
「ただ、周りから見ると目立つ」
「め、目立つ……」
「今のあんた、子犬が初めて飼い主見つけた時みたいになってる」
「い、犬……」
「例えだよ」
「で、でも……」
「なに」
「飼い主……」
「そこ気に入るのやめてくれる?」
本当にだめだ、この子。
変なところだけ拾う。
◇ ◇ ◇
教室に戻ると、空気はすっかりいつも通りだった。体育のあとのだるさと、授業前のけだるいざわめき。椅子を引く音、誰かの笑い声、窓から入る少しぬるい風。
――こういう“普通”は、嫌いじゃない。
「はい、次の授業始めるぞー」
先生が入ってきて、みんなが席に戻る。
その流れの中でも、メイベルはぴったり私の後ろをついてきた。
「……そこ、自分の席」
「はっ」
「“はっ”じゃない」
「す、すみません……つい……」
「つい、で人の席に座ろうとしないで」
「は、はい……」
慌てて自分の席に戻るメイベル。後ろの子がくすっと笑っている。
……だめだ。
かわいいで済まされているうちはいいけど、このままだと“変わった子”で固定される。
いや、変わってるのは事実なんだけど。
でも、変わってることと、居づらくなることは別問題だ。
授業中、ふと隣を見る。
メイベルは、真面目に前を向いている。
背筋もぴんとしているし、ノートもちゃんと開いてる。
でも先生が黒板に向かうたび、たまにこっちを見ていた。
確認するみたいに。
目が合うと、少し安心したように前へ戻る。
「……」
なんで。
あたしは黒板に視線を戻した。
戻したけど、数分後また視線を感じて見返すと、やっぱりこっちを見ている。
「……」
今度は、にこっとされた。
なんで。
授業に集中してほしい。
そしてあたしも気になってしまうのが地味に腹立つ。
◇ ◇ ◇
昼休み。
「依夜さん、一緒に食べてもいいですか……?」
机を寄せようとしているメイベルに、あたしは一度言葉を飲み込んだ。
断る理由はない。
でも、ここで毎回一緒にいると、余計にこの距離感が固定される気もする。
「……」
「……あの」
メイベルの手が止まる。
あ、これ傷つくやつだ。
「別にいいけど」
「……!」
「その代わり」
「は、はいっ」
「たまには澄鈴とも喋る」
「わ、わたしがですか?」
「君以外いないでしょ」
「む、むりです……!」
「なんで」
「だって、すみれさん、しっかりしてて、ちゃんとしてて、きれいで、こわいので……」
「全部同意だけど最後だけ本人の前で言わない方がいい」
すでに本人は聞いていた。
「否定はしないけど、別に食べたりはしない」
「た、食べるとは思ってません……!」
「そう」
澄鈴は平然としている。
この安定感、少し分けてほしい。
結局、机を三つくっつけて昼食になった。
メイベルは私の隣。そこまでは予想通り。
問題は、その後だった。
「依夜さん、これ開けられなくて……」
「貸して」
「ありがとうございます……!」
「依夜さん、お箸……」
「はい」
「依夜さん、お茶……」
「それくらい自分で――」
言いかけて止まる。
メイベルの手元を見る。
ペットボトルの蓋、開いてない。箸、まだ袋の中。お茶、机の端に寄っていて取りにくそうではある。
……いや、できるよね?
これ、ほんとにできないの? それとも。
「メイベル」
「はい」
「もしかして、あたしに頼めば全部やってもらえると思ってない?」
「えっ」
ものすごく無垢な顔をされた。
「ち、違います……! ただ、その……」
「その?」
「頼っても、怒らないかなって……」
「……」
「依夜さん、やさしいので……」
だめだ。
この返し、ずるい。
別に甘やかしたいわけじゃない。
でも、頼ってもいい相手だと思われるのは、少しだけ悪くないと思ってしまう自分がいる。
……いや、そうじゃない。
「とりあえず、お茶は自分で取る」
「は、はい」
「蓋も頑張る」
「が、がんばります……!」
メイベルが両手でペットボトルを持って、真剣な顔で蓋と格闘し始める。
五秒。
十秒。
十五秒。
「……」
「……」
「……貸して」
「すみません」
「謝らない」
「は、はい……」
開かなかった。
澄鈴が静かに言う。
「依夜」
「なに」
「甘い」
「知ってる」
「重症」
「知ってる」
自覚はある。
でも、放っておけないんだから仕方ない。
というか、この子ほんとに一人で生きてこられたの? サキュバス界どうなってるの?
メイベルが、蓋を開けてもらったペットボトルを両手で受け取って、少しだけうれしそうに微笑んだ。
「……依夜さん」
「なに」
「わたし、ちゃんとできるようになります」
「うん」
「でも、できるようになるまでは……」
「うん」
「少しだけ、そばにいてください……」
小さい声だった。
でも、はっきり聞こえた。
あたしは一瞬だけ返事に迷って、それからわざとぶっきらぼうに目をそらす。
「……少しだけなら」
「……!」
また顔が明るくなる。
ほんと、わかりやすい。
◇ ◇ ◇
放課後。
「じゃあ、また明日ねー」
「転校生ちゃんばいばーい」
クラスメイトたちが帰っていく。
メイベルはぺこぺこ頭を下げながら、そのたびに私の方をちらっと見ていた。
何の確認かと思ったけど、多分「一緒に帰るよね?」の確認だ。
「……帰るよ」
「はい……!」
うれしそうだなあ。
廊下に出ると、メイベルは自然な顔であたしの袖をつまんだ。
自然ではない。全然自然ではない。
「ちょっと」
「は、はい」
「それ、やめた方がいい」
「えっ」
「学校でやると余計目立つ」
「……あ」
「気づいてなかった?」
「す、すみませ――」
「謝らない」
「は、はい……」
しょんぼりと手を離す。
そのしょんぼりがいちいち大げさだ。
「……依夜さん」
「なに」
「じゃあ、学校の外ならいいですか?」
「そこ交渉してくるんだ」
「だ、だめですか……?」
「……」
だめとは言いにくい顔をするの、ずるい。
「人がいないところなら」
「……!」
「そこでそんなに喜ばないで」
「うれしくて……」
「知ってる」
もう駄目かもしれない。
この子、確実に私への依存度が上がってる。
しかも厄介なことに、嫌ではない。
そこが一番まずい。
校門を出たあたりで、後ろから声が飛んだ。
「依夜ー!」
聞き慣れた、明るすぎる声。
「……げ」
反射で出た。
振り返る。
そこには、にこにこ笑う朝輝がいた。
「迎えに来たよ」
「いらない」
「ひどいなあ」
「なんでいるの」
「たまたま近く通ったから」
「絶対うそ」
「まあ半分くらいは」
「半分はうそなんだ」
その時、あたしの隣でメイベルがぴしっと固まった。
そして、ものすごく小さな声で言う。
「……お、お兄さま……」
「うん、久しぶり。メイベルちゃん」
朝輝が、にっこり笑う。
その笑顔を見た瞬間。
なぜかメイベルが、あたしの後ろに半歩隠れた。
「……え?」
今までの怯え方とは、少し違う。
怖がっているというより、気まずいものから逃げるみたいな反応だ。
あたしは眉をひそめる。
朝輝はそれを見て、ますます楽しそうに目を細めた。
「へえ」
――あ、これ。
兄、絶対なにか察した。
しかも、ろくでもない方向に話を広げる顔をしていた。




