『埋め合わせ』
主人公、坐間冥加のセリフの終わりに句点がついているのは人造人間ゆえの発話の不自然さを表現している意図的なものです。訂正の必要はございません。
「俺は何者だ?」
「ん? わたしの心配もしないで何哲学に浸ってるの。最低ね、自分のことしか頭にない。心配しなさいよ、人間としてね」
じとっとした半目で睨み、嘆息した。
呆れられている。
「……悪い。梶上、大丈夫か?。」
「んー、まあ……大丈夫では……ないよね」
梶上は目を逸らした。
アザだらけの顔を見せたくなかったのだろうか。
「坐間くんこそ……痛くないの?」
訊かれたので、身体の調子を確かめる。
跳ねたり、伸びたり……。
今のところ支障はない。
「……俺は《《まだ》》大丈夫だ。」
「まだって……」
夜風に吹かれて、校内の木々が騒めいた。
──“同族殺し”が切れる。
全身の神経が悲鳴をあげ、身体が焼けるように熱い。
特に右腕の結合部が激しく痛む。
今までの痛みが列挙として脳に押し寄せた結果、視界が暗転する。
「坐間くん! やめてやめてやめて、壊れないで!」
人間の五感の中で一番最後まで残るのは聴覚というデータがフラッシュバックした。
失神間際まで逡巡してしまっている。
はあ、無駄だ。
*
目が覚めると、俺はグラウンドにはいなかった。
がばっと起き上がってあたりを見渡すと見知った伽藍堂、梶上の部屋だ。
──見知ったと言っているが、俺はここに一度しか来たことがない。馴れ馴れしい限りだ。
「坐間くん、起きたの? 壊れてなくて安心した。あれくらいで壊れてもらっては坐間くんの矯正は達成できないからね」
顔面を包帯でぐるぐる巻きにされている女子がそういった。
片目と口元しか見えないので判別に一瞬戸惑ったが、もちろん梶上礼佳だ。
髪にも巻かれているので、いつもの艶やかでさらさらな髪ではなくボサボサだ。
部屋着にピースマークのネックレスを着けている。
──ピースマークがよっぽど好きらしい。
「あれからどれくらい経った?」
「一言目がそれ? ……はあ、まあいいや。あれから一日ね、今日は平日、学校がある日よ」
「……梶上は行かなくていいのか?。」
訊くと肩をすくめて笑う。
それは俺への嘲笑ではなく、自嘲に近かった。
「怪我人ほっぽり出してまで行きたいところじゃないから、いい」
「……そう。」
冷淡に言った。
身体の痛みから口を開くことすらできなかったのではなく、返答をデータの中から見出せなかった。
梶上の扱いは……俺も一端を知っている。
触れてはいけない腫れ物だ。
梶上自身の独白からもわかるが、彼女はそれに甘んじている。
その待遇を受け入れている。
しかし、それを完全に受け入れられているわけではないのだろう。
──なんて、無駄な逡巡だ。
俺は梶上が淹れてくれた白湯の親戚のような緑茶を啜った。
「ねえ、坐間くん。わたし、とっても傷ついた」
「……見たらわかる。申し訳ない。」
「はあ……ほんとそういうとこだよ。まあいいや、言わなきゃ伝わんないね」
「埋め合わせして。う・め・あ・わ・せ わかる?」
データにある昔に流行った喋り口調のようだった。
あれは『お・も・て・な・し』だったか。
とにかく埋め合わせだ。
埋め合わせ、うめあわせ、ウメアワセ。
わからなかった。
「……具体的に何をすれば……。」
お茶をかけられそうになった。
梶上がすでに飲み終えていたためにかかることはなかったが。
「……坐間くんを人間に矯正するのはわたしだってこと、忘れてたわ。埋め合わせ……だから……わたしを満足させなさいって言ってるの」
怒っているというより、呆れていた。
「あと、あんまりバカなこと言っていると、手が出るからね。わたし、バリツの使い手だから」
構える。
ただバリツというのは創作武術であるため、その構えが正しいのかは知らなかったが。
「……梶上、シャーロックホームズなのか?。」
「ええ、鹿撃ち帽とパイプを持ってこようか?」
「それはぜひ拝みたいものだ。」
絶妙な会話だった。
俺にもきちんと成立しているかまったく怪しい。
多分していないのだが。
「……それで満足させるには……デートか?」
話を強引に戻した。
自力で戻ってこれる自信がなかった。
俺のコミュニケーション術に梶上は包帯からはみ出た髪をくるくると弄る。
「どういう飛躍よ。……まあいいわ、坐間くんにしては頑張った。及第点。」
「でも、今顔がこれだから、多分銀行強盗デートしかできないわ」
「……お家デート……じゃあ味気ないな。うむ……。」
「……別に大したことじゃなくていいの」
「難しい注文だな。」
「……外で話すくらいで十分よ」
インストールされた知識と梶上の言葉を照会しながら思案を巡らせる。
「そうか……学生らしくファミレスとかどうだ。」
「……なんだかお父さんみたいな口調ね。いいけども。坐間くんが行きたいなら行きましょ」
「というか、坐間くんお金あるの?」
「俺は政府の対 人造人間狩猟用デヴァイスだ。ある程度はコレで払うように言われている」
俺は財布からカードを取り出す。
漆黒のカード、それは政府から支給されたものだ。
「……わたしらの税金の行き先がこれかと思うとちょっと複雑。ええ、ファミレスにしましょ。納税者に申し訳なくなってきた」
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