『停止』
主人公、坐間冥加のセリフの終わりに句点がついているのは人造人間ゆえの発話の不自然さを表現している意図的なものです。訂正の必要はございません。
「明後日の二十二時、あの学園のグラウンドに来なさい。お姉さんとして、あなたの土俵で戦ってあげる。異能戦よ。二人で来なさい。ぼくもきょうだいに声をかけてみるから」
「勝ったら、好きに生きなさい。ただし、負けたらぼくらの正道を歩んでもらう。いいね?。」
ゆっくりと微笑んだ、寸分の狂いもない設計通りの笑顔。
気持ちが悪かった。
ここでようやく“同族殺し”が反応し出す。
やはりこいつは俺が処理すべきものだ。
「わかった。好都合だ、探す手間が省けた。」
「じゃあ、またね“アルカイド”。同じ道を歩めることを期待してるわ。」
彼女は俺に背を向けて走り出した。
*
「……というわけなんだ卜部。俺を助けてくれないか?。」
俺は事情を話して卜部影にバディー結成の要請をする。
卜部はそれを聞いて、鼻で笑った。
「あのねえメイくん、僕たちはいつからそんな関係になったんだい? 僕らの関係はビジネスだろう。何そんなちょっと熱い展開にしようとしてるのさ。それに言ったよね、僕は拝金主義だって。メイくんが金を払ってくれるならやってあげてもいいよ?」
「……いくらだ。」
「まあ安くて千くらいだね」
「千円か、なら払え……」
卜部は俺の言葉を最後まで聞くことなく、溜息してから馬鹿にしたように言う。
「……本当にメイくん人造人間狩り《ハンター》なのかい? 桁が全然違うよ、一千万。払えないだろメイくんは。じゃあこれで話は終わりだね」
ツーッ、ツーッ、ツーッ……。
無機質な電子音が耳を刺す。
電話は向こうから切られた。
……耳に当てていた通信端末がひどく冷たく感じられた。
*
梶上礼佳に相談すると、即答された。
「坐間くんを盗ろうだなんて度胸があるお姉さんね。……手伝ってあげるわ。坐間くんはわたしが矯正するのだから」
俺は最初から梶上に頼めば、快諾してくれると知っていた。
でもしなかった。……素人を巻き込みたくなかったから。
できることなら卜部のようなプロとやりたかったと言うのが本音だが、これはかなりの贅沢だったらしい。
「坐間くん、やるからには絶対勝つから。共鳴の練習するわよ」
「……ああ、そうしよう。」
手を繋いだ。
神経が繋がる音がする。
俺は流れる梶上のPSIを身体に感じる。
“凍結”。PRISMを破壊する特異なPSI。
俺はそれを分析しようと、試みた。
*
そして、決戦の日。
雲から漏れる月明かりが照らす私立才奇学園のグラウンド。
俺たちはそこにびゅうびゅうと風に当てられながら立っていた。
メグレズは男、おそらくは六機のどれかを連れて立っている。
二人の風貌は黒いロングコートを着込んだ殺し屋だった。
また、メグレズの方は長い黒髪が月光を跳ね返して、艶やかに輝いている。
「来たね……まさか女の子と連れ立って来るとは思わなかったけどね。てっきりあのスナイパーの人を連れてくるのかと思ってたわ。」
「……あいつは拝金主義なんだよ。」
「そっ、それは残念ね。アマチュアの女に負けてあげるほど、ぼくらは優しくないよ? 今だって腑が煮えくり返りそうなんだから。」
まるで興味がないと言わんばかりに吐き捨てる。
彼らの植え付けられた本能、人間嫌悪。
俺にも同じように人造人間を嫌う“同族殺し”がある。
それは六機相手に発動するのは他のタイプの人造人間を相手する時より遅くなる。
まだ不快感はない。しかし、握る拳が固くなってきているのを感じる。
「そいつは俺だって同じだね。お前らが生きてるだけでトサカに来る。」
俺の言葉を軽く聞き流して、メグレズは隣の屈強な大男の方に手を向けた。
「……そうだ、あなたに紹介しなくっちゃね。横のはあなたのお兄さん、フェクダよ。」
「別に紹介せんでもいいだろう。今からボコして連れ帰るんだから。」
大男、フェクダはぶっきらぼうに頭を掻いた。
「いいじゃない、生き別れの弟との再会よ? ドラマティックじゃない?。」
「……それもそうか。おい、アルカイド。なぜお前は人間の真似事をしている? 我らは人間にこだわる必要などどこにもないのに。」
「…………それは……。」
俺は言い淀んだ。
人の真似をするのは任務遂行を円滑にするためだ。
しかし、今はそれ以上のものを感じていないでもない。
──それについて俺は言語化できていない。
しようとすると逡巡になってしまう。
逡巡することは何より難しい。俺に答えを見つける能力がないからだ。
「ふふ……アンタたち馬鹿みたいね。人が嫌いなくせして誰よりも人を意識してるじゃない」
「……度胸あるね、この女。もう一回言ってごらん?」
「アンタらが馬鹿だって言ってんのよ!」
「ねえ、フェクダ。あいつムカつく。」
「同感だな、メグレズ。」
二人が戦闘体制に入った。
「梶上! 共鳴!」
「言われなくても!」
この言葉が戦いの口火を切った。
フェクダが俺の方に飛びかかってきた。
巨体が飛びかかって来る姿はまるでヒグマに襲われるようだった。月とは言え逆光のポジションを取られていて視界が悪い。
俺は素早く横に避けたはずだった。
右半身を襲う、激痛。
見ると右腕の肘から先を失っていた。
俺が外界に出て、初めての大規模損傷。
青い血を撒き散らして飛んでいく俺の腕は放物線を書いて、地面にべちゃりと落ちた。
血溜まりができる。
ナノマシンで止血されるが依然として痛みは続く。
この痛みによってようやく“同族殺し”が発動した。
俺の痛みは少し和らぐ。
しかし、共鳴によって繋がる梶上の痛みは変わらない。遅れて彼女の身体に俺の痛みが流れ込む。
瞬間、悲鳴。
高い声が、耳を刺す。
梶上は右腕を押さえてよろめいている。
それにつけ込んでメグレズが梶上をいたぶり始めた。
脇腹を蹴り、体勢がさらに崩れた梶上を一方的に殴る。
顔を、腹を、執拗に。
痛みこそ感じないが、彼女の苦しむ声はずっと頭から離れない。
「おいおい、兄弟。よそ見なんてしてる場合か?」
そう言ってフェクダはくいくいと手で挑発した。
『……任務遂行を優先する。』
梶上のPSIを使って、フェクダの眼球の中にある水、房水を凍らせ、視界を奪った。
──これでしばらくは動けないはずだ。
俺は地面を蹴って、陥没させる。
その勢いで、走る。
「あら、この人間によっぽどご執心なのね!。」
梶上から目線を俺の方に向けて、言い放つ。
その隙に梶上がゆっくりと、奴の足を動かないように停止させた。
梶上のPSI特性、“凍結”の正体。
それは完全なる停止。
物体や粒子、PSIの流れからPRISMに至るまで、何もかもを停止させることができる能力。その応用にして表層が氷による凍結。
『……坐間くん、足引っ張ってごめんね。わたしでもこれくらいならできるから』
テレパシーが送られて来る。
『ありがとう』
それしか言葉が見つからなかった。
『……お前が一番任務遂行の邪魔なだけだ。』
言って、大地を踏み台にして、ビュンと跳んだ。
身体を巡る梶上のPSIを足に集中させて、氷を纏う。
氷は鋭く尖っている。
俺は飛び蹴りを喰らわせた。
それに少しの逡巡もない。
──俺は戦っている時だけ、逡巡しないでいられる。
メグレズは両手で飛び蹴りを受け止めた。
しかし、勢いを殺せているわけではない。
両腕に氷が貫通して、地面に血溜まりを作る。
地面がバキ、バキと沈んでいく。
体がよろけて行く。
最後には両腕が内部から氷漬けになり、パリンと粉々に砕け散った。
「……ふふふ、あなたたちやるね。人間如きには使いたくなかったけれど、本気を見せてあげるわ。」
『ぼくらの異能は、混りっけのない純度100%の思念! 純粋さとは力なの!』
お読みいただき、ありがとうございました!




