『新人類』
「…………これでわたしが坐間くんに吐いてる嘘はないよ。今度は坐間くんの番、あなたの嘘を告白する時」
「そんなの……ない。」
鏡に映る梶上礼佳は失笑した。
「……坐間くん、嘘つくの下手だよね。そんなのバレバレだから」
「ほら、言って?」
背中に生暖かい液体が掛かる。
シャワーだ。
背中に水が刺さる。
俺には秘密保持がある。
つまりは人造人間であることが露見しないように振る舞えという命令を受けている。
……卜部にはバレてしまったが、それだって自分で明かしたわけではない。
それなのに、自分で明かして良いものか。
逡巡だった。それを打ち切って、口を開く。
「俺は普通の人間だよ。どう見てもそうだろう?。」
笑顔を作った。マニュアル通りに、誤魔化しの笑みを。
ゴンッ!
シャワーヘッドで頭蓋を軽く小突かれた。
後頭部が痛む。
「……下手な嘘は相手をコケにしているのと同義。それくらい……知っているでしょう?」
目が尖るように細くなる。
「俺は一身上の都合で、正体については《《言えない》》。それを言うための言葉は持っていない。」
俺は無理矢理瘡蓋を剥がした。
青い血がつうっと垂れる。
…………。
垂れた血が雫となって床にぽちゃんと落ちた。
「……坐間くん、教えてくれてありがとう。やはりね。答え合わせは済んだわ。…………わたしの知っている坐間くんは、その……人間らしくなかったもの。共鳴したとき、あなたから流れ込んでくるのは、殺意しかなかった。空っぽだったの、坐間くんは。」
──卜部、お前の推測は当たっていたよ。
梶上は答え合わせがしたかったらしい。
シャワーは止められた。
傷口から目を逸らし、眉間に皺を寄せる。
「……ねえ坐間くん、浸かりましょ。安心して、わたしはもう入ってるから」
*
ちゃぷん……。
足をゆっくりと沈めていく。
風呂には初めて入った。
一人暮らしの人間にはシャワーが一番合理的だからだ。
それに、人工羊水を思い出して不快になるのだ。
「坐間くん、腰にタオルを巻くのは普通御法度よ」
「……そうなのか?。データにはこうあったが。」
「そのデータ、旅番組の銭湯ロケなんじゃないの? ふふ、あれはテレビの中だけよ」
そういって梶上もゆっくり入った。
──公営団地の風呂は二人で入るには狭すぎる。
「この距離、この状況でイベントの一つも起こらないだなんて、ちょっと……自信無くすわ」
差し向かいで浸かる梶上は天井を見つめていた。
「……戦闘イベントか?。」
「……どっちかっていうと銭湯イベントよね。ここ銭湯じゃないけど。まったく……そういうのが人間的じゃないって言うのよ」
「これは言わないでおこうと思ったけど……坐間くん、喋り方がちょっとおかしいよ。四角四面すぎるの」
「そんなことないけどな。俺ァそうは思わんぜぇ。」
「ほらまた! なんと言うかね、ずっとカクカクした喋り方なの。セリフの終わりに句点がついてるみたいな、そんな違和感があるのよ」
「自分ではまったくわからないな、それは。」
鎖骨の窪みに顎を乗せて耳元で囁く。
肌が重なる。それはとても柔らかいものだった。
「だからね、坐間くん。わたしが矯正してあげる。坐間くんがちゃんと人間らしくなるためにね」
「坐間くんのこと、みんなに知られたくないから」
「いわば、『冥加をプロデュース』ね」
膝の上の彼女はくつくつと笑った。
*
風呂を上がって、しばらく矯正に付き合った後俺は帰った。
夜風が風呂で暖まった身体に当たってコントラストになる。
──しかし、心地いいはずなのにどこか薄ら寒かった。
理由を考えるのは逡巡だからしないけれど。
「やあ、きょうだい。お姉さんが会いにきたよ。」
後ろからの柔和な声、振り返ると女が立っていた。
背筋が凍った。鳥肌が立つ。
声をかけられるまで、まるで気が付かなかった。
俺は自身に刻まれた本能を生まれて初めて疑った。
──彼女は人造人間だ。
だが“同族殺し”がうまく作動しない。
感覚は未だ鈍ったまま。
「……誰ですか、あなたは。」
「ひどいなあ、ぼくはあなたのお姉さんだよ?。」
彼女は嘆息して、長い濡羽色の髪をかきあげ言った。
「俺に家族はいませんよ。」
「……まあ確かに、適切な比喩ではないね。正確を期するなら、《《同型機》》。あなたは七号機、ぼくは四号機。」
彼女は、吸い込まれるような暗黒の瞳を俺に向けた。
俺を観察している。俺を値踏みしている。
「あんたも対人造人間狩猟用デヴァイスなのか?」
「….……ふふ、違うよ。ぼくはね、“メグレズ”。それ以下でもそれ以上でもないよ」
彼女の言葉を信じるならば、どうやら彼女は“六機”の内の四機目らしい。
卜部は顔写真をデータで転送してくれたわけではないので、僕には正確な判断はできない。
だが、“同族殺し”がうまく作動しない人造人間なんて初めてだ。警戒する必要はあるだろう。
「俺に何のようです?。」
「ぼくらの可愛いきょうだいが非行に走っていると聞いてね、更生させに来たんだ。」
「……悪いが先客がいる。俺を変えようとする奴にはな。」
俺は手であしらう。
なぜだ? 何が違う? なぜ反応しない?
困惑の渦はぐるぐると巡る。
まさに逡巡。切り捨てて、落ち着く。
「あらそう。あなたはぼくらみたいに生きる道を、生まれる前から奪われたの。“新人類”としての生き方を。だからあなたが兵器としての道やただの人間として生きる道は間違ってるの。」
「違う、俺は兵器だ。その道は間違っていない。」
俺がキッパリと断定した。
じりじりと足が後退する。
「それこそ違う。植え付けられた本能を使命だと思い込んでいるだけ。」
後退した俺に一歩踏み込んで近づいて、言った。
彼女からは香りがしなかった。まったくの無。
向かい風で髪が靡き、スカートがはためく。
無言の、圧。
俺は抵抗する。
「……それはアンタたちもそうだろう? 人間を嫌うあまり成り代わろうだなんて、本能以外の何物でもない。」
メグレズは呆れたように嘆息した。
「そうかもね、本質的でない子供じみた揚げ足取りだけれど。議論っていうのは言い返せばいいってものではないの。本質を理解していなければ、詭弁もいいところよ。」
…………。
一拍おいて、沈黙。
夜の街はどこからか聞こえてくるバイクのエンジンが唸る音が響いている。
「……まあ目的の淵源はそう。でもね、ぼくらは考えた末にそれに至ったの。」
さらに近づいてくる。
口調に熱を帯びていた。
俺は話半分で聞いていた。
ターゲットの思想など、知らない方が狩りやすい。
しかし、メグレズの声は妙に頭に残った。
綺麗に右から左へベルトコンベアーのように流れてはくれない。
「ただ本能に任せて人間を鏖殺するのではなく、新たな秩序を作ろうとする。本能を昇華してる。」
「あなたはどう?他人から植え付けられた本能、他人から与えられた使命。何か一つでも自分で選択したことがある?」
彼女は指を俺の唇に押し当てて、訊いた。
指は白くて細くて、存在感がない。
「…………。」
「ほらね。だからぼくはあなたに選択させてあげる。」
「明後日の二十二時、あの学園のグラウンドに来なさい。お姉さんとして、あなたの土俵で戦ってあげる。異能戦よ。二人で来なさい。ぼくもきょうだいに声をかけてみるから」
異能戦、PSIとPRISMでペアを組み戦う戦闘法。
データにはそうあった。
二人で協力して戦う。協調、俺の最も苦手なことだ。
俺は人間とバディーを組むと苦労する。
かと言って人造人間とでは……多分バディーを殺してしまう。
俺と戦ってくれるPSIはいるだろうか。必然的に卜部か梶上になるのだが……。
逡巡している間に、メグラズが二本指を立てて、説明をする。
「勝ったら、好きに生きなさい。ただし、負けたらぼくらの正道を歩んでもらう。いいね?。」
ゆっくりと微笑んだ、寸分の狂いもない設計通りの笑顔。
気持ちが悪かった。
ここでようやく“同族殺し”が反応し出す。
きっと俺はメグレズがほんとうに人造人間であるか判断できていなかったのだろう。
それが今決した。こいつは俺が処理すべきものだ。
「わかった。好都合だ、探す手間が省けた。」
「じゃあ、またね“アルカイド”。同じ道を歩めることを期待してるわ。」
彼女は俺に背を向けて走り出した。
今、後ろから不意打ちを仕掛けるのがもっとも効率的な任務のやり方だ。
しかし、それはできなかった。
自分で処理対象として判断したのに、それを完全に実行できない。
思考と行動にねじれがあった。
その修正に足を取られていたのだ。
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