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『嘘』

主人公、坐間冥加のセリフの終わりに句点がついているのは人造人間ゆえの発話の不自然さを表現している意図的なものです。訂正の必要はございません。

「……坐間くん、わたしの家来ない? 来てくれたらシャワーを浴びさせる権利をあげるわ。こんなに血塗れで……言ってたバイトね。あれ嘘だと思ってたけど」



 バイト……ああ、昨日のあれか。


 完全に忘れていたがそういうことにして、彼女の家へ向かった。


 ──しかし、年頃の女子がこうも簡単に男を家にあげるものなんだろうか。


 俺のデータにはない行動だった。



 梶上の家は公営団地の一室だった。


 どうやら一人暮らしのようで、部屋はがらんとしていた。部屋には梶上の匂いで満ちている。


 「わたし、実家に勘当されててね。一人暮らしなの。まあ、坐間くんには都合がいいかしら」


「なんの都合?。」


 しばらくの沈黙が続いた。


 静寂を破ったのは梶上だった。


「女の子にそんなこと言わせるの? ……坐間くんは変態さんね、わたしを襲う都合よ」


「別に俺は人間は襲撃しないが。」


「さらに変態になった。……まあ、男は狼っていうじゃない? 警戒して損はないかなって」


 矛盾だった。


「家に上げてから警戒するのか……。」


「ここはわたしのテリトリーなのよ?ブービートラップが至る所に設置されているわ」


 冗談めかして言った。


 俺は信用できずに、ある程度目視で床や天井を確認した。

 

「……わたしたちは新婚さんじゃないから、坐間くんには風呂に直行してもらうわ」


 俺は玄関で靴を脱ぐとそう告げられた。


 それに渋々従った。


 俺には懸案事項がある。それは刺し跡だ。


 たとえ傷が塞がろうと、青い瘡蓋かさぶたが残っている。


 こいつは機密保持上なかなかの問題になりそうだ。


 浴室に入った。

 やはり公営団地なので浴槽も浴室も狭い。

 

 行動がかなり制限される。

 

 その中でもやはり確認しなければならない、傷跡。


 どうやら貫通はしていなかったようで後ろには傷跡はない。


 俺は安堵し、シャワーを浴びる。


 血が流れていく。青く滲んで、絵の具のように溶けていく。


 ナノマシンの混じった鉄の匂いで部屋が満ちる。

 

 青い血に“同族殺し”が軽く反応していて、イライラする。

 

 シャンプーをやっと見分けたところで後ろからガラガラと音がした。


「あら、楽しそうに入ってるじゃない。もう少し遠慮するものかと思ってた」


 梶上が入ってきた。

 

 スクール水着を着ていた。


 私立 才奇さいき学園にはプールはない。


 だから必然的にこれは私物だろう。

 

 サイズ的に、中学時代のもののようだ。


 梶上の柔らかそうな身体を過去が締めつけていた。


 ──身体の成長に、水着が追いついていなかった。


「……女の子がかたしもを脱いでいるのだから、肩紐を脱いでもらおうだなんて考えないことね」


 そういう彼女は鏡を凝視していた。


「坐間くん、その青いの何? ボディーペイントじゃなさそうだけど」


「これは人造人間レプリカントの血だよ。なかなか取れなくてね」


「ふーん、まあいいけど。坐間くんも質問ばかりされちゃ困るよね。わたしが自分のことを教えて初めて対等になれるのよね」


 そういうと、背中を流してあげるわと鏡越しの目線で言われた。


「坐間くん《《だけ》》に教えてあげる。怪我のこと」


 シャワーから一滴、水がぽちゃんと落ちた。


「これはね、殴られた跡」


 背中を洗い始める、ゴシゴシと。


「わたしのPSI、なんか変らしくてさ。PRISMの人がわたしのを制御しようとすると、だんだんPRISMがかじかむように麻痺していって」


 梶上が少し黙る。背中を洗う手に力が入っている。


 ──少し、痛い。


「最後には、こわれちゃうの」


 梶上は静かにそう言った。背中の手は止まった。



 ぽちゃん、ぽちゃん……


 音を聴く。俺に考える時間を与えてくれているのだろう。

 空気が澱んでいる。


 ──特異なPSI、データとしては知っている。ただそれはそんな実害のあるようなものは少ない。


 特性が二つあるだとか、逆に特性がない純粋な思念だとかそういった自己完結した歪みだった。


 それが……他人に、PRISMに害をなす歪みだというのは聞いたことがない。


 ある意味このスク水はただのサービスではなく、敵意がないことを示すためだったのかもしれない。


 なんて、似合わない逡巡だ。そんなもの、無駄でしかなかった。


「そう……なんだ。」


「坐間くん、いいよ取り繕わなくって。いったでしょ……同情なんていらないって。私が悪いんだから」



「それにわたし、嘘吐いてるの。レベル5なんかじゃない、本当の出力は3くらい。できるだけPSIへの耐性が強い人とバディーになるため。でも、ダメだった」


 梶上はせきを切ったように懺悔ざんげし始めた。


「耐性なんか関係なかったみたい。みんなすぐ壊れちゃう。坐間くんもそうだと思った。異能について何も知らなかったから、もう壊しちゃえと思っちゃった。まあ……ヤケクソね、もうどうでも良かったの。でも、壊れなかったね、坐間くんは」


「随分と自分都合だな。」


「わたしの悪癖ね。申し訳ないわ」


「……さて、話が逸れたね。それで、壊した子へのお見舞いに行ったの。そしたら……」


「見えている結論だ、言わなくてもいい。」


 話の内容くらい察しがつく。

 俺の論理回路は優秀だからな。


「坐間くん優しいね。…………これでわたしが坐間くんに吐いてる嘘はないよ。今度は坐間くんの番、あなたの嘘を告白する時」


 …………。


 密閉空間での沈黙。


 鏡に映る梶上は藤色の毛先を弄りながら、返答を待っていた。


 俺はこのことについて逡巡を切り捨てられない。


 パターン予測が止まらなかった。


「ほら、言って?」

 

 黙りこくる俺に耐えかねて、梶上は促した。


 背中に生暖かい液体が掛かる。

 シャワーだ。


 泡が落ちていく、素肌が露出する。


 背中に水が刺さる。


 選択を迫る。

お読みいただき、ありがとうございました!

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