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『米尾流』

⚠️この話では嘔吐シーンがあります。苦手な方は注意してください。

 ガヤガヤとうるさい教室に俺はぽつりと独りだった。


 梶上はしばらく自主休校、とどのつまりサボると言っていた。


 梶上以外の友人はこの学園にはいない。

 

 ──肩身が狭かった。


『や、おかっぱ君。せっかく転校してきたんだからそれを活かそうとは思わないのかい?』


 隣の空席……梶上の席に男が座った。

 目を離したら十秒でメモリから消えてしまいそうな特徴のない普遍的な男だった。


 ……制服がブレザーのこの学園で黒の詰襟を着ていることを除いては。


『服装に関してとやかく言うなよ? 野暮だぜ。それに校則には触れてない』


 生返事をした。

 そしてその前に訊かれていたことに解答する。


「……友人を多く作るつもりはないんだ。」


 男は口角を上げ、俺の顔を見つめる。


 感情を読み取られないように表情筋ひとつ動かさないことを意識した。


『へえ……。まあ、あんな美少女をゲットできたんだから他はいらないって論法だね。まったく……憧憬の至りだ』


「そういうんじゃないんだが。まあ……人間は難しいからな、下手に友人を作るのは得策ではないと思うんだ。」


『ふーん、まるで人間じゃないみたいな口調だ。世捨て人にでもなるのかな?それにしちゃあ俗物だけど。おかっぱ君……いや、坐間がどんな悩みを抱えているかなんてオレの知ったことではないけどね』


 言い終えると、彼は喉に刺さった小骨が抜けた時のような顔をして手を叩いた。


『ああそうだ、名乗っていなかったね。オレは米尾よねおながる。流って呼んでくれ』


「流か、いい名前だ。」


 定型句の世辞だ。


 しかし、それを間に受けたのか米尾流の口は塞がらない。


『ありがとう。それでいうと冥加もかっこいいと思うぜ。万年厨二病のオレなんかにはこの“冥”って字にグッとくるね』


「ありが……とう?。」


 反応に困る。坐間冥加にはこういう状況への対処法がインストールされていない。


 梶上に今度習おうと思った。


「……訊いていいのかわからないがいいか?。」


 しばらく会話が途切れていたが、俺から再開する。


『ん……? 別にいいけど』


「流は《《誰と》》共鳴リンクしてるんだ?。」


 俺は兼ねてから気になっていたことを訊いた。

 共鳴リンク、PSIとPRISMが思念を通じて感覚を接続する行為。これは一人ではできない。


『あー……。これはな、寝たきりの妹が学校生活を少しでも体験できるように繋げてんだよ』


 不自然なほど人間的で、俺のような人造人間レプリカントには考えられない理屈だ。

 

 正直言って、気持ち悪かった。

 善行をしているつもりなのだろうか。それは妹に自分が体験することのできない生活を見せつけているのと同義だ。


 それに俺はその話がどうしても嘘のように聞こえてしまった。実際に共鳴リンクをしているのだから本当のはずなのだが、どこか嘘臭かった。


 流は少し目線を逸らして、首に手を回した。



 言葉を選んだ。傷つけることもなく、褒め称えすぎることもなく、ただ評価をした。


「………優しいんだな。」


『よく言われる、妹想いのいい兄貴だってな』


 俺は通学カバンに教科書を入れる。


 これは梶上の「全部は持って帰らなくていいらしいが、何冊かは持って帰るのが良い」というアドバイスを参考にしている。


 視線を感じる。どうやら流はじっと俺の姿を見ているようだ。


 何かを探られているような気分になって、少し不快だった。


『……なあ、一緒に帰らないか? オレも今日は部活休みでね、暇なんだ』


「わかった。駅までなら行ける。」


 ここで断る理由もないので了承した。

 

 放課後に梶上の家を訪れることになっているが、そちらは多少は融通が利くだろう。


 連絡を入れて、俺は教室を連れ立って出た。


『坐間は部活入らねえの?』


 流はパンパンの通学カバンを持っているのにも関わらず軽快な足取りで言った。


 部活、データによれば学生が馴れ合うもしくは高めあう活動のことらしい。

 これじゃあ意味がさっぱりだ。抽象的すぎる。


 俺は抽象的なことは嫌いだ。


 抽象から人はさまざまな答えを見出す。

 いわば思考の鏡。


 その鏡に俺の姿はどうやら映りそうにない。

 しかし、俺は人造人間レプリカントなのであって吸血鬼ヴァンパイアではないのだ。


 ────これじゃあまったくの逡巡、無駄だ。


「……今のところ入る気はないな。前の高校では囲碁サッカー部に所属していたんだがな、ここにはない。」


 口から出まかせ、まるで詐欺師だ。


 俺は任務のためなら何にだってなるさ。

 殺人兵器でも、悪魔でも、鬼でも、そして人間にだってね。


『……囲碁サッカー部ってのは何だ? よくわかんねえけど普通のサッカー部と何が違うんだ』


「おいおい、全然違うぞ。囲碁サッカー部っていうのはな……」


 俺はしばらく、換言すると駅に着くまで囲碁サッカー部について熱弁を振るった。


『なるほど、世界は広いんだな……』


 流は感心した様子で頷いた。

 

 ──相手のペースに乗せられている。


 それを少し自覚する必要があると思った。


『坐間は反対方向なんだよな、じゃあな! また明日!』


 俺たちは正反対に別れた。



 電車には乗らなかった。

 行き先がこの辺りにあるから。

 そう、梶上の家。


 公営団地の4階にある、伽藍がらんの部屋。数回行ったことがある、あの部屋。


「梶上、見舞いに来たぞ。」


「ピッキングでもしてから入ってきなさい」


 ピッキング、出来ないことはないが手間だ。

 まずはドアノブを掴んで回し、引く。

 

 部屋からは藤の香りというよりはどこか異臭が漂っていた。


「……坐間くん、つまらないことしないでよ。そこはもっと慌てふためくところが見たかったのよ」


 梶上は不機嫌そうに言った。

 台所に立っている。皿でも洗っているのだろうか。


「人間だから、面倒ごとは避けるんだ。」

 

「わたしが坐間くんをつまらなくしたのか……。ちょっとショック……」


 その後もぶつぶつ呟いていたが、そこまで聴いてやる義理もないので靴を脱いでスタスタと家に上がる。


 梶上は手を洗っていた。

 あんなに綺麗だった手に、痛々しいひび割れが入っていた。


「坐間くん、何かいいことあったのかい? 似合わないニヤケ面だよ」


 データの中にあるどこかで聞いたセリフを吐きながら、梶上は揶揄からかう。


 俺は手を顔の皮膚に当てて、撫でた。 

 表情筋の確認。それは確かに笑顔を作っていた。


 慌ててそれを元の形に戻した。


 ──完全に乗せられている!

 俺の中で米尾流の警戒度が上がった。


「何もなかったよ、いいことなんて。」


 ジャーっと水道水がシンクを打つ。


「奇遇ね、わたしもよ。」


 明るかった梶上の声が暗くなった。

 

 電球のフィラメントが急に焼き切れたかのように、梶上はうつむいて、流れる水で拝むようにして手を洗う。


「ねえ坐間くん。きみは平気なの?」


「ああ、俺は兵器だ。」


「…………そう。わたしは、辛いかな……。」

「やっぱり、人を壊すって言うのにはいつまで経っても慣れないの。それが……例えば人造人間レプリカントでも。精神を壊すことはあっても……肉体を壊すのは……は、初めてだったから……。わかってたのに……覚悟が足りなかったよ」


 顔の包帯で表情はわからなかった。


 ただ、辛そうな顔をしているんだとは推測できた。


「梶上、お前は悪くない。俺が悪いんだ……俺がもっと強ければ……!。」


 俺は固く拳を握りしめる。手が真っ白になった。


 梶上は一度天井を見つめてから、蛇口を止めた。


 そして、シンクに向かって何かを吐く。


 人間が本能的に忌避する酢のような匂い。


 吐瀉物だった。

 正確には朝から何も食べていないのか胃液だけが出ていた。


 ボタボタとシンクを叩く音がする。


 俺には吐いている理由がまるでわからなかった。

 だがやるべきことくらいは知っていた。

 

 無言でただ背中をさすった。


 それが俺にできることだった。


「……坐間くん、ありがと」


 泣きそうな声で言う。

 顔は見えなかった。


「処理はしておくから、休んでてくれ。」


 処理を終えて、俺は帰ろうとした。

 ここにいても何もできないからだ。


「ねぇ……坐間くん。しばらく……共鳴リンクしててくれない? ひとりになりたくないの、さびしい」


 梶上は今にも死にそうなか細い声で言った。

 それを断れるわけがない。俺は承諾した。


『俺から言えることは「君は悪くない」ってことだけだ。』


『……ん、ありがと』


 まだ複雑そうな目で俺を見つめた。


 俺のかける言葉は多分間違っているだろう。けれども、下手でも下手くそでも伝えなきゃいけないことだ。


『じゃあな、俺は帰るよ。帰ると言っても心理的距離が離れるわけじゃないけども』


『わかってるよ、坐間くん。じゃ、おやすみ』


『おやすみ』


 踵を返して梶上の部屋を出た。

お読みいただき、ありがとうございました!

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