1.仮面を被ったピエロの恋 part.1
まずは1作目。これは3分割しました。
それは幼き日の出会い、そして遠い日の約束・・・
少年の年齢の、ちょうど半分になったばかりの少女が真っ直ぐに少年の瞳を射抜いた。
「いい、大きくなったらあなたは世界一の手品師になって私をお嫁さんにするのよ!」
それはまだ6歳の少女が自分に倍する少年に向かって言った大胆かつ脅迫的なプロポーズの言葉であった。
(小さくても女の子だな。しかもなんて情熱的な・・・)
言われた少年はというと思わず内心で苦笑していたが、少女が少しも目を逸らそうとせずにさも当たり前のごとくただ一つの答えを待っている姿を見て、少年もまたこの少女に恋心を抱いているという事に気づいたのであった。
だから答えた。二人の間のただ一つの答えを・・・
「約束する。僕は将来世界一の手品師になるから、君は僕のお嫁さんになるんだよ」
それを聞いて少女は愛らしい笑顔で少年の言葉に頷いた・・・。
あれから10年。月日は流れて少年は大人になり、少女もまた大人の階段を上り始めていた。
「い、痛くしないで下さいね・・・」
「大丈夫。私にまかせて・・・」
セリフが逆のような気がするが二人の間ではこれが正しい。
少女は軽く呼吸を整えると、裂帛の気合いで青年が構えるミットへと鋭い蹴りをぶつけた。
「ぐあっ・・・!!」
少女の蹴りは見た目以上の威力を持って青年をミットごと吹き飛ばした。
倒れたままなかなか起きあがれずにいる青年に向かって少女は容赦なく声を掛ける。
「ほら、さっさと立つ! 一発ごとに倒れられたら練習にならないじゃない!」
「そんな事を言われてもマルカお嬢様。私はこういう荒事は本当に苦手で・・・」
そう言いながらも青年は何とか立ち上がった。
「何言ってるのよペドロ!!だったら尚のこと練習に付き合いなさい!そうしたら少しはその締まりのない顔にも覇気ってものが出てくるわよ!!」
「そんなぁ・・・」
10年という月日はお人形のようだった少女を、外見はそのままに、熱血格闘少女へと変身させ、僅かに幼さを残しながらも精悍ささえ感じさせていた少年を、今では中身も外見も柔弱な青年へと変えていた。
「仮にも私の婚約者ならもう少し頼りがいのある男性になってよ!!」
「ですからそれはまだ早いと・・・」
それ以上言葉を続けさせまいとするかのようにマルカが強力な一撃をペドロのミットめがけて放つと、ペドロは再び吹き飛ばされた。
しかも今度は打ち所が悪かったらしく目を回して起きあがらない。
そんなペドロを見下ろして少しだけ悲しそうな顔をしたマルカは大きな声で叫んでいた。
「ペドロのバカぁ!!」
事はその日の朝に遡る。
「突然だがマルカ、ペドロの事をどう思うかね?」
静かな朝の食事時にマルカは父・エドワードからそう尋ねられて大いに慌てた。
「と、突然なんですのお父様?」
しかしマルカの父にしてクライシーズ公爵家の当主・エドワードはそんな娘を無視して今度は給仕をしていたペドロへと質問した。
「ペドロ、お前はマルカの事をどう思っている?」
その質問の意味を図りかねながらもペドロはすらすらと答えた。
「マルカお嬢様はお嬢様が6歳の頃より私がお世話させて頂きましたがその心根はお優しく聡明である上にその御容姿も花のような美しさであらせられます。お嬢様はどこに出しても恥ずべき所のない、私の誇りでございます・・・」
「あなたのセリフこそ恥ずかしいわペドロ・・・」
言われた当の本人はその言葉に大いに赤面していた。
確かにペドロは12歳の時に屋敷へやって来てから常に彼女の面倒を見続けてくれた。
昔の事は本人が話したがらないので知らないが、来た当初は何も知らないごく普通の子供だった。
しかしペドロは手先がとても器用で物覚えも良かった為、すぐにこの屋敷の仕事全般をこなせるようになっていた。
そんなペドロだから公爵は自ら色々な事を教え込み、勉強させた。
その甲斐あって今では公爵に代わって公爵家で営む事業の運営までも滞り無く行えるようになった。
(確かにそれは凄いけど・・・でも『手品師』じゃないわ・・・)
マルカはふと子供の頃を思い出していた。
子供の頃のペドロは見よう見まねで覚えた手品でよくマルカを楽しませてくれた。
その頃からマルカは手品が大好きになり、よく父に頼み込んではペドロと一緒にサーカスやマジックショーへ連れていってもらった。そして新しい手品を見る度にペドロもそれに挑戦するのが常であった。
そんなペドロを見ていてマルカはいつしかこう思うようになった。
(大きくなったらペドロは世界一の手品師になるわ!)
だからマルカは子供心にペドロの事が好きだった事もあって、ある日、
いつものように手品の練習をしていたペドロにこう言ったのだった。
「大きくなったらあなたは世界一の手品師になって私をお嫁さんにするのよ!」
今考えると顔から火が吹き出しそうだったが、あの頃は本気でそう思っていたのだ。
もちろん今も、口に出しては言わないけど、そうなる事を望んでいる。
それにペドロもまだ幼かった私の言葉をはぐらかす事もせずきちんと約束してくれたのだ。
しかしいつの頃からかペドロはマルカに手品を見せる事も、練習する事さえしなくなっていた。
その代わりにペドロはマルカの父の指導の元、仕事に没頭するようになっていった。
例えマルカの方から手品を見せてとせがんでも、ペドロは簡単な手品一つすら見せなくなってしまった。
最早そこにいたのは優しい兄のようなペドロではなく、公爵家令嬢に使える忠実な召使いのペドロであった。
こうして少年と少女が時と共に『幼い恋人達』の関係から『主従』の関係に変化していくにつれてマルカは寂しさを覚えるようになり、それを紛らわす為に体を動かし始め、終いには格闘技まで習い始めることにまでなったのである。
親の心配をよそに熱心に練習に励んだ結果、マルカは今では『近年まれに見る天才少女』とまで言われるようにもなった。
その一方でペドロはというと、すっかり家事全般に精通した公爵家の使用人になっていたのだった・・・。
「・・・マルカ。マルカ!!」
マルカは自分を呼ぶ父の声にはっ、と意識を現実に呼び戻す。
「ごめんなさいお父様。それで・・・私とペドロに何か御用がありますの?」
娘のその一言に大きく『うむ』と頷くとエドワードはきっぱりと言った。
「マルカももう16になった事だし、そろそろペドロをお前の婿養子に迎えようかと思うのだ」
『ええ~っ!?』
思わず叫んでから慌てて口をふさぐペドロの姿にマルカは思わず怒りを覚えた。
「なぁに? 私が相手だとそんなに嫌なの?」
「へ!? い、いやあそう言うわけではなくて・・・」
すかさず首を横に振るペドロだったが、マルカは『フン!』と言ってそっぽを向いてしまった。
「どうかしらマルカ? それにペドロも。私はお父様の意見に賛成なのだけれど・・・」
「お母様!!」
「奥様!?」
今まで何も言わずに一人食事を進めていた公爵夫人メリルが、今はその手を休めてニコニコと微笑んでいた。
「ペドロがこの家に来てからもう10年になるけれどペドロは本当によく働いてくれてるわ。気が利いて、さりげない優しさや思いやりもあって・・・。正直私はペドロを実の息子のように思う時もあるのよ」
「もったいない事です奥様。私にはその言葉一つで十分です」
ペドロは目頭が熱くなるのをぐっと堪えてそう言った。
メリルはそんなペドロを優しく見守っていた。
「私も・・・ペドロを息子のように思っている。いや、それ以上に大切な私の後継者だと考えている。・・・いずれ私が年を取った暁には全てをペドロに任せて私は引退でもしようかと、そうも考えているのだ」
「!! そんな、旦那様!」
慌てて何かを言わんとするペドロをエドワードはしかし片手で制する。
「お前はこの10年間私の元で勉強を続け、今では新規の仕事以外ならお前一人でも何とか滞り無く流れる程にまでなった。お前にはこのまま勉強を続けてもらい私の持つすべてを吸収してもらいたいのだ。そう、他の誰でもなくお前にだ、ペドロ!!」
「旦那様・・・」
ペドロは突然の言葉にただただ呆然としていた。
「もし私に息子の一人でもいればお前には息子の補佐として働いて欲しかったのだが、私には大切な一人娘しかいない。だがそれでもやはり親としては自分の子供に跡を継いで欲しいと思うのだ!」
「では・・・お嬢様に婿をお取り下さい。そうすれば・・・私はその方を主としてこれからも誠心誠意尽くしていきたいと・・・思います・・・」
(何言ってるのよ!!)
マルカはそう叫びたくなる自分を必死に押さえて目だけでペドロを威圧した。
ペドロもそんなマルカに気づいてはいたがあえて黙っていた。
「私もそれは考えた。そして妻ともよく相談した。その上で仕事の事も娘の事も安心して任せられるのはお前しかいないと考えたのだ」
「あなたならマルカも心を許しているし、事によってはあなたはマルカの事を母であるこの私以上に知っています。だから私達としてはあなた達に・・・せめて婚約だけでもして欲しいと思っているのよ」
「こ、婚約だなんて、お母様・・・」
顔を赤らめて俯くマルカとは対照的に、ペドロは真っ直ぐに顔を上げてはっきり言った。
「お言葉ですがこの話、お受けする訳には参りません」
『えっ・・・!?』
その言葉に唖然とする三人の視線を浴びながらもペドロは言葉を続けた。
「マルカ様は先日16歳になられたばかり・・・。高校にも入学され、これからますます出会いというものが増えていく事でしょう。それら多くの出会いの中に私よりもふさわしい人物がおられるかも知れません。マルカ様にしても折角のこれからの出会いというものを楽しみにされていることでしょうし、素敵な男性との出会いから恋が芽生えるかもしれません。それを今から婚約という形でお嬢様の可能性を狭めてしまう事は得策とは思えません。・・・マルカ様は他のどのお嬢様方よりも魅力的なお方です。きっと男性の方がお嬢様を放ってはおかないでしょう。マルカ様にはマルカ様に相応しい男性と一緒になり、幸せになってほしいのです・・・」
バン!!
その言葉を聞いたマルカはとうとう怒りから両手をテーブルに叩き付けた。
「何よ! ペドロみたいな軟弱者、私の方からお断りよ!! バカっ!!」
そう言いきるとマルカはさっさと席を立ち食堂から出ていってしまった。
「やれやれ・・・。わかった。ひとまずこの話は置いておこう」
「旦那様」
「ペドロの言うようにまだ少し早すぎたようね・・・。私達の事はいいからペドロ、マルカの所に行ってあげて。あの子はまだ子供だから・・・誰かが側にいてあげないと泣いてしまうから・・・」
「・・・わかりました。失礼します」
そしてペドロも後を追って食堂を後にした。
そして残された二人はどちらともなく溜息をついた。
「素直じゃありませんわね・・・二人とも」
「相手を思うが故か・・・。難しい物だな」
男は女を思うが故に気持ちを隠し、女は男を思うが故に正直になれない。 想いとはかくも多くの面を持つ物なのか・・・。
「バカバカバカ、ペドロのバカ!!」
マルカは勢いよくベッドに倒れ込むと枕を引き寄せ声を殺しつつ泣いた。
(何が『相応しい人と幸せになってほしい』よ! どうしてあなたじゃだめなのよ? 『約束』はどこに行ったのよ! あなた私に『約束』してくれたじゃない!! それともあれは・・・あの『約束』はあなたにとって他愛のない子供の約束にすぎなかったの!?)
そして枕から顔を上げると大声で叫ぶ。
「どうなのよぉ、ペドロぉ!!」
「お嬢様、何か?」
その時タイミング良く扉の外から、何だか慌てた調子の声が聞こえてきた。姿を見なくてもマルカにはわかる。ペドロだ。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
ペドロは中の様子が分からないのでどうやらパニックを起こしているようだった。
ペドロは昔から彼女が許可しない限り自分から彼女の部屋に入る事はなかった。
どうにも様子がおかしい時には必ずメイドの誰かに確認してもらう程の徹底ぶりだ。
死ぬほど不安になるくせに決して部屋の中に入ろうとはしないその理由をペドロはこう答えている。
「お嬢様はレディですから」
当時まだ12歳の少年の口から6歳の少女へと告げられた言葉である。
あれから10年経つが扉を開けた時に真っ先に見る、まるで捨てられた子犬のような印象のペドロは今も変わる事はない。
今もきっとペドロは主人の帰りを待つ忠犬のような目で扉を見ている事だろう。
(・・・ホント、バカなんだから・・・)
マルカはなんだか急に可笑しく思えてきて、何となく笑ってしまうのだった。
「お嬢様~!!」
「何でもないから情けない声を出さないの! 男でしょう!! それよりも少し練習したいからミットを用意しておいて!」
その一言に、扉を挟んでも伝わってくるペドロの気配。
不安から安堵、しかし落胆へ。マルカにはペドロのその様子が手に取るように分かった。
(さっきの事の罰よ・・・)
すっかりいつもの調子を取り戻したマルカは楽しそうな声で言う。
「今日はちょっと本気でいくからね!! 着替えたらすぐ行くから先に行って待ってて!」
「・・・わかりました・・・」
こうして今日の一日が始まったのだった。
「・・・ってな事があったのよ」
翌日の学校でマルカは昨日起きた騒動の事を同じクラスメイトで親しい友人でもあるテトに話していた。
「ねぇマルカ、それって愚痴って言うよりも単なるノロケだよ。そう思わないフォル?」
「クスクス。そうだね」
同じくクラスメイトで仲の良い友人であるフォルも笑いつつテトに同意する。
「何よテトもフォルもぉ!! 友達が困っているのに笑うこと無いじゃない!」
そう言ってマルカは膨れてみせるが何とも逆に可愛らしい。
「ごめんなさい、つい・・・」
しかしフォルは素直に謝った。
「別にいいけど、もう」
もとより本気で怒っていたわけではないので、マルカもすぐにフォルを許した。
「それにしてもいくらマルカの蹴りとはいえ仮にも女の子のキック一発で吹っ飛ぶって言うのはなぁ・・・」
「何よその言い方?」
マルカはテトの顔をジロっと一瞥したが相手は気にした風でもない。
「ペドロさんって運動とかしてないの? そう言えばペドロさんの趣味って何?」
「・・・趣味はパッチワークとお菓子作りで特技は料理・・・運動している所なんて見たこと無いわ」
「あ、私、ペドロさんのお手製クッキーって大好き! おいしいよね。また作ってくれないかなぁ・・・」
フォルは以前マルカの家に遊び行った時にご馳走になったペドロお手製クッキーの味を思い出していた。思わずテトもそれにつられる。
「うんうん、自家製のハーブティーと良くあって・・・。お料理が上手で家事が得意でその上優しくて・・・、マルカがいらないって言うなら私、アタックしようかなぁ・・・」
「いらないなんて言ってないでしょ!!」
思わず声を張り上げてしまい、慌ててしまう。
「と、とにかくペドロはダメ。ペドロは私の物なんだから!!」
「ほら、やっぱりノロケじゃない」
「テト~!!」
そこで三人は顔を見合わせると声を出して笑いあった。
「ところでさ、今日の放課後『マジックキャッスル』に行かない?」
マジックキャッスルとはここ、総合芸能学園都市ペーパームーンの中にあっても有数の観光スポットの一つである。
『手品師の聖域』『奇術の殿堂』の異名をとるようにここでは数多くの一流手品師達が毎日のように新作を披露したり手品の競演を行っているのでペーパームーンの中でも人気の場所の一つだ。
手品師達なら誰でもここのステージに立つ事を夢見てやまないそんな憧れの場所。
マルカも今だによく父親に連れてきてもらう所である。ただ昔と違うのは、隣にペドロがいない事・・・。
再び沈みそうになる気持ちに気づきマルカは何とか明るく振る舞う。
「いいね。行こ行こ! どうせテトの事だから誰かお目当ての人がいるんでしょう?」
「まぁね」
そう言ってテトは自信ありげに胸を張る。
「えっ、どんな人?」
普段は大人しいフォルも興味津々である。それというのもテトはこと人を見る目に関しては良い物を持っていて、しかも当人もそういう事が好きだから色々とチェックしている。
テトが『いい』と言った人は大抵人気が出ることが多い。その殆ど外れる事の無いテトの勧めだからこそ知らず知らず期待してしまうのだ。
「今日の私のお薦めはね・・・マジックキャッスルの常連達がこぞって褒めるって言う程の大物新人!!」
「新人!? でも凄いね。目の肥えた常連客に認められるなんて・・・そんなにいないよ」
マルカの言う事は正しい。常連客達はそれこそ毎日のように一流の芸を見ているのだ。そんな彼らの目を楽しませる事ができるのはマジックキャッスルの会員数百人の中でもほんの一握りにすぎない。
「まだステージも2,3回しか出てないけど今では彼が出るステージは常連客達で行列ができるらしいよ」
「へぇ、凄いんだねぇ」
フォルも流石に驚いたようにそう言ったが、実際は『凄い』の一言ですむような問題ではない。
「元々は練習中のケガでステージに上がれなくなった人の代役らしいんだけど、そのたった一回のステージで一気に正会員にまでなったって言うし、噂だとあの伝説の道化師『二代目ロファ・サーフェ』の弟子でもあるらしいよ」
「二代目ロファ!?それって今の『銀猫遊芸団』のパトック・サーフェの事よね?」
パトック・サーフェの名はこの街の生きた伝説の一つである。
水芸を進化させた『虹の舞』、そこから派生した一大イリュージョン『極楽蝶乱舞』等を見てもわかるようにその技と発想は超一流。
おまけに手品に限らず軽業、踊り、歌に楽器、更には演技まで、芸と名の付くものなら一通りこなせるという生粋の芸人にして希代のエンターテイナー。
特に二代目襲名ステージでのみ見せたという『星空のグラデーション』は今も見た人聞いた人すべての人の心を熱くさせる事から『星を落とした道化師』の異名をとる大陸随一の道化師である。
現在は同じく大陸一とも言われる大サーカス『銀猫遊芸団』の専属として地方巡業の日々を送っているという。
そしてテトが勧める新人はそんな凄い芸人の弟子だというのだ。
「でもそれがホントならどうして今の今まで噂にならなかったのかしら?」
「それはわからないけど・・・で、結局どうするの放課後は?」
『もちろん!!』
かくして3人はその日の授業が終わるとすぐにマジックキャッスルへと向かったのだった。
2作目も分割予定です




