3.かくも不思議な縁(えにし)達 part.1
長いです
「う~ん、今日もいいお天気!」
そう言ってマルカ・クライシーズは両手を伸ばして大きく背伸びをする。
「そうですねお嬢様」
そんなマルカの横に立って優しく微笑むのはクライシーズ家の使用人ことペドロ・ノーマだった。
しかしマルカはそんなペドロを睨み付けて可愛らしく頬を膨らませる。
「な、何か?」
『お嬢様命!』のこの使用人はマルカのこんな態度にすこぶる弱く、思わずたじろぐ。
「もう!『何か?』じゃないわよペドロ!! せっかく二人っきりなのに『お嬢様』なんて呼ばないで! 私の事はちゃんと名前で呼んでって、前にも言ったでしょ?」
「ご、ゴメン・・・マルカ」
そう口にするペドロは言い慣れないせいか顔が真っ赤である。
その素直な反応にマルカは『仕方ないわね』という顔で苦笑した。
「いいわ、許してあげる」
そう言ってマルカは甘えるようにペドロの腕にしがみついた。
知らず知らず見つめ合う二人。
そして・・・
「・・・お邪魔だったかな?」
絶好のタイミングで間に入ってきたのは知り合いの神父とその妻。
「私達の事は気にしないで。さぁ・・・」
「・・・いや、もういいです・・・」
さっきよりも更に赤く、全身を真っ赤にしながらもペドロは何とかそれだけを言い切った。
マルカはというと、少しだけ恨みがましそうに二人を一瞥しただけで至って平然としていた。
「あれ?そう言えば今日はテトやフォルちゃんは一緒じゃないのかい?」
「はい。『何も待ち合わせ場所に行くのまで一緒じゃなくてもいいでしょ?』ってテトが言うので今日はここで待ち合わせの予定なんです。 ・・・それにしてもジーンさん達も早いですね。まだ他に誰も来てませんよ?」
「ジーンでいいよマルカちゃん。ペドロもそう呼んでくれよな」
「わかりましたジーン」
「それなら私も『マルカ』とだけ呼んで下さい。ちゃん付けはなんだか恥ずかしいし・・・」
「オーケー!」
「私のことも『セリカ』でいいわ。年齢なんて気にしないから・・・」
そんな事を話し込んでいると続いて第三組が到着した。
「おはよ~!」
「おはようございます」
「おはようでちゅ♪」
テトとフォルの聞き覚えのある声に続いて聞こえてきた変わった語尾の挨拶に、ジーンとセリカは思わず顔を見合わせる。
『でちゅ?』
振り向くとテトとフォルの間で見知らぬ童女がニコニコ笑って立っていた。
その姿を確認したマルカが驚きの声を上げた。
「えっ!? オルニカ先生? どうしてここに・・・」
するとすまなそうな顔でフォルが事情を説明する。
「うん、実はね、『みんなで銀猫遊芸団のステージを見に行く』って話をしたら急に『私も行くでちゅ!!』って言い出して・・・」
「・・・私が一緒だと何か都合が悪いんでちゅかマルカ?」
「へっ!? い、いえ別にそんな事は・・・」
緊張した面もちで慌てて答えるマルカに、オルニカは安心させるように微笑んだ。
「そうでちゅか。そんなに心配しなくても今日はあなた達の先生として来た訳じゃないでちゅから。・・・ちょっと昔の知り合いに会いに行くだけでちゅ・・・」
「昔の知り合いって・・・」
マルカがそう尋ねようとしたその瞬間、ジーンとペドロの驚く声がその場に響いた。
『ええ~!? 先生~?』
「仲が良いのね二人とも」
声をハモらせて驚く二人とは対象的にセリカはあくまで淡々としていた。
「あ、ごめんなさい! お二人は会うのは初めてでしたよね。この人は私のおばでオルニカって言うんです。それで学校では古文の先生をしてるんです・・・」
「オルニカでちゅ!永遠の美少女でちゅ!よろしくでちゅ!!」
そう言いきるオルニカは確かに自分で主張するように『愛らしい美少女』ではあった。
もっとも彼女の魅力にメロメロになる男は間違いなく『ロリコン』の称号を手にする事になるであろうが・・・。
小さい体に大きめのサンタ帽子をかぶり、髪は足下にとどく位に長い金髪。そして長い肩紐の先には小さめのポシェットが付いていた。
一見するとまるで幼稚園児のように見えるが、一応それよりは年上に見える。
それでも『先生』と呼ぶには苦しすぎた。
「・・・ペドロ・ノーマです。どうぞよろしく・・・」
彼は今、先日出会った猫少女との邂逅を思い出しつつ何とか目の前の現実を素直に受け止めていた。
前回と今回でペドロの中の常識は大幅に広がる事となった。
「初めまして。ジーン・レイナートと言います。いつも妻がお世話になっています♪」
対するジーンは何事も無いかのように現実を受け止めていた。彼の許容量を広げるにはまだまだ刺激が足りないようであった。
「こちらこそ、ご丁寧にどうもでちゅ♪」
そう言って二人は握手を交わす。もうすっかりお友達のようだった。
「ねぇねぇ、みんな揃ったんならそろそろ行こうよぉ!!」
先日からこの日を楽しみにしていたテトがワクワクを押さえきれずにそう言うと、ジーンが申し訳なさそうに答えた。
「ゴメン、テト。実は今日は『ウチ』の連中も仲間と一緒に行く事になってたらしくてさ。だったら一緒に行こうって話になっちゃって・・・だからもう少し待っててくれないか?」
「あ、今日は皆さんご一緒なんですか? それじゃあさぞかし賑やかになる事でしょうね」
ペドロだけは事情を理解したらしく軽く頷いた。
「ねぇペドロ? それってどういう意味?」
「ええ、実は・・・」
と、ペドロが説明しようとした矢先、見るからに美男美女のカップルがメンバーに合流を果たした。
「ごめんごめん。遅くなっちゃったね」
そう言って謝るのは年の頃ならペドロとそう大差のない若者であった。
肩先まで伸びた黒髪を頭の後ろで無造作に束ねただけという、いかにも面倒くさがりな学生といった感じの青年である。そして・・・
「初めまして。こんにちは」
その隣で優しく微笑んでいるのは金髪の美女であった。
抜けるように白い肌とわずかに愁いを帯びたスミレ色の瞳。整った顔立ちにその身のこなしはあくまで優雅。金を梳いたかのような長い髪は腰まで届くほどに長く緩やかなカーブを描き、そのスタイルはモデルのようにスリムでありながら実に女らしい曲線を失ってはいなかった。
男性陣のみならず女性陣ですら思わず羨望のまなざしを向けてしまう程のすごい美人であった。
「紹介するよみんな。彼女の名前はフィリア。若干19歳にして女神教の司教の地位についたまさに才色兼備の女性だ。そしてその隣で美形なんだけどどうしてもにじみ出る生活臭の為に女にもてないでいる男が、一応新進気鋭の小説家、フェレル・リンクだ」
「・・・相変わらずだなジーン。少なくとも俺はお布施ももらえぬ不良神父よりはまだマシな生活をしているぞ」
「俺達には君には無い『愛』があるから平気さ♪」
「・・・でもお金はあった方がいいわ・・・」
三人が三人とも独特の味を発揮していると、フィリアがフワフワしたお砂糖菓子のような声で言った。
「仲が良いんですね」
四人を除いてそれを聞いた全員は内心で『天然だ』と密かにつぶやく
のだった。
続いて現れたのはこれまた美形の三人組。しかも両手に花での登場だ。
「おやおや。もうこんなに集まっていたのか」
よく通る澄みきった声でありながら、不思議な余韻が耳に残った。
「ゴメンなさい! 遅くなりました!!」
こちらも力強いだけじゃなく、とても印象に残る声をしていた。
「遅くなりましたわ」
そして最後の女性も、優雅な響きと甘い余韻が聞く者の心を柔らかに包み込んでいく感じの声をしていた。
美女二人に挟まれて真ん中に立つその男は、二十代半ばくらいの美形の青年であった。
長い黒髪を頭の横で一本三つ編みにして束ね、頭にはターバンにも似た帽子をかぶっている。礼儀正しい好青年をちょっと崩した感じをしているため、誰とでも打ち解けられそうなそんな雰囲気を醸し出している。
しかもフィリアに負けず劣らず優雅な物腰をしている為、お忍び中の王子様と言っても通じるかもしれなかった。
次に、彼の右隣に立つ女性は藤色の髪を肩のところで綺麗に切り揃え、意志の強い紫色の瞳をしていた。服装はどこか男装の麗人の様であり、舞台役者のようにも見えた。
そして最後に彼の左隣で甘えるように腕を組んでいる女性はまた一層変わっていた。
その褐色の肌は殆ど隠される事なく健康的な魅力をアピールし、一際大きなその胸はリーゼットの腕につぶされて柔らかく形を変えていた。 それは思わず世のすべての男性がつばを飲み込む音が聞こえそうな程のボリュームであった。
そんな大人顔負けの体つきに対し、その顔は美少女とも言うべきベビーフェイスで、かえってそのアンバランスな魅力は男性でなくとも思わず胸をドギマギさせてしまいそうだ。
はちみつ色した長い髪は腰まで伸びて優雅に広がり、鳶色の瞳はどこか夢見る乙女のようでもあった。
「続いて紹介するとまず彼は・・・」
「!! ああ~っ!?」
ジーンが紹介を始めようとしたその瞬間、テトが一際大きな声をあげて叫んだ。
「も、もしかしてリーゼット・クライス? あの名門『ヴィルヴィット歌劇団』の看板スターで、その歌声は女神さえも酔わせるっていう噂の・・・」
その言葉を聞くとリーゼットはクスッと笑い、即興で一曲歌い上げた。その歌声は青空高く響きわたり、その余韻は聞く者の心を大いに酔わせた。
「・・・女神が私のファンかどうかは知らないけれど、一応私がしがない一劇団歌手のリーゼット・クライスだよ」
しっかりファンサービスを忘れずに自己紹介をするリーゼットにテトは驚喜乱舞した。
「きゃあ~♪ 私、テトって言います! リーゼットさんの大ファンです!! いつも応援してますぅ!!」
「ありがとう、テト」
そう言って気さくに話しかけて微笑むリーゼットにテトはもうメロメロだった。
「さすがは義兄さんよね! どこに行っても必ずファンがいるんだから・・・」
「本当にそうですわね」
そう言って笑うルーナとリエッタだったがしかし左腕に込められた力が少しだけ強くなった事をリーゼットは黙って受け止めた。
「・・・という事はお二人はもしかして同じヴィルヴィット歌劇団で有名なルーナさんとリエッタさんですかぁ?」
「はい、そうですよ。でも有名と言うほどではありませんけど・・・」
そう言って謙遜したのは左隣の女性であった。
だがテトはそんな謙遜など吹き飛ばすような勢いで説明を始めた。
「何を言ってるんですか! リエッタさんといえば『気ままにアラビアン』で架空の国・アラビアの姫として人気を博し、その魅力と演技力で多くの男性の心を掴みましたし、ルーナさんは『女将軍伝奇』で強く凛々しいながらも国王に対する想いに悩み苦しむ女将軍役で女性達の強い共感を得るという、どちらも共に素晴らしい成果をあげているじゃないですかっ!!」
「そ、それはどうも・・・」
「あ、ありがとう・・・」
リエッタとルーナはそんなテトの勢いに飲まれて思わず恐縮する。
「・・・さすがはテトよね・・・」
「うん。何かもう芸能関係はすべて把握しているみたいに見える・・・」
「その努力をもう少し勉強に向けてほしいでちゅ」
マルカ、フォル、オルニカの三人は改めてテトへの認識を深めるのであった。
「それにしても本当に良いお声ですわね。さすがに女神が自ら召し抱えたいと御神託を下されただけの事はありますわ・・・」
『えっ!?(×9)』
フィリアのそんな一言に一同は思わず声を揃えた。
「女神も酔わせるって・・・例えじゃなかったんだ・・・」
「確かにリーゼットさんなら美形だし実力も申し分ないし・・・女神が気に入るのもうなずけますね」
「リエッタ、強力なライバル出現ね・・・」
「わたくし、負けてしまいそうですわ・・・」
「負けないでくれよ頼むから!」
マルカは唖然とし、ペドロは納得。ルーナは動揺、リエッタは意気消沈し、リーゼットは焦った。
そんなみんなの反応に気づいているのか、フィリアは相変わらずフワフワしたまま話を続けた。
「もっともいつの間にか御神託そのものが無効になってしまったんですけれどね」
『無効~!?』
それにも驚く一同。
「ねぇオルニカ(『おばさん』と言うと怒るのでそう呼ぶ)、御神託ってそんなに簡単に無効にできるの?」
「普通は御神託は絶対でちゅ! 例え教皇であったとしても一度下された御神託を消す事なんて出来ないはずでちゅのに・・・」
「じゃあ女神が自分からそれを無効にしたって事かぁ?」
「そんな事ってあるの?」
「でもそれ以外には考えられないわ」
「あの時は大変だったよ。母上ときたら子供みたいに駄々をこねるもんだから・・・」
フォル、オルニカ、フェレル、テト、セリカと来て最後にジーンだけが会話と微妙にズレた言葉を口にした。
「お母様がどうかなさったんですか?」
そんなフィリアの何気ない一言で、ジーンは慌てて我に返った。
「へっ!? あ、いや、女神ともなれば人々すべての母親とも言うべき存在なのにずいぶん気まぐれなんだなぁ~て、ハハハ・・・」
「? そうですか」
あっさり納得してくれた事に心から感謝するジーンであった。
「あ、ロファ達が来ましたよ」
そんなペドロの声に振り向いてみると、いつもの猫耳帽子にスカートという格好のロファと、眠たげな顔の青年、そして伸びすぎたからとりあえず紐で束ねたといった感じの若者、あわせて三人がようやく合流を果たした。
「お待たせ~!」
「すごい人数だな」
「まぁまぁ。賑やかでいいじゃないか」
ロファが元気よく挨拶をすると残る若者と青年も素直に感想を洩らした。
「それじゃあ最後の紹介として、この外見猫耳少女こそ本日俺達全員を招待してくれた当の本人である三代目ロファ・サーフェで、こっちの二人が可愛い顔して喧嘩屋なジョイと、何食わぬ顔で本当に何も考えていなさそうな詩人のロバート・ヴォルクジーズだ」
「顔のことは言うな! それから俺は手品師だ!!」
「初めましてロバート・ヴォルクジーズです。よろしゅう♪」
ジーンの説明の通り、ジョイはわかりやすすぎる位わかりやすい性格だったがロバートの方は穏やかな物腰でありながらも本当に掴みにくい性格に思えた。
(何故『よろしゅう』?)
とは一同が内心で思った事であった。
「そうでちゅか。『三代目』でちゅか・・・」
オルニカのどこか寂しげなそのつぶやきはしかし誰の耳にも届く事はなかった。
続きます




