2.スウィート・メルヘン part.3
後編です。
それから二週間が過ぎ、『エンジェル・リング』は今まで以上のにぎわいを見せていた。
しかも客層は男ではなく、全員が女性に変わっていた。
その理由はというと・・・
「はい、『ピエロのおやつ』をセットでお二つですね! ありがとうございます♪」
「『ピエロのおやつ』をセットで三つ。お飲物は?」
「おーいエルシィ、『ピエロのおやつ』の注文が増えてるぞ、早くしろぉ!」
「わかってるわよ!! もう、今度からはユイリィとミーナにも手伝わせるかこっちにも人を雇ってよねお父さん!!」
ペドロ達一行が久しぶりに『エンジェル・リング』を訪れた時、そこは既に一種の戦場と化していた。
「凄い人気ね・・・」
「しかも女性客でいっぱい・・・」
「今この『エンジェル・リング』は女性に大人気のスポットだからねぇ。とうてい男性陣は近寄れないよ」
マルカ、フォル、テトはすっかり様変わりした『エンジェル・リング』を見てそうコメントするのだった。
「ここの人気商品の『ピエロのおやつ』を考えたのがペドロなのね」
「ロファのおかげですよ。あの時ロファに会ってヒントが得られなかったなら今頃はもっと違う結果になっていたでしょうね」
「う~甘い香りがする・・・。にゃんこはケーキが大好きなのです! 早く食べたいですぅ~」
今にも飛び出しかねないにゃんだばーの少女を手で押さえつつペドロは大声でマスターに挨拶する。
「こんにちはマスター!」
その声に気づいたマスターは睨むような目でペドロを見ると、怒鳴り返した。
「バカヤロー!! 来てるんなら見てねぇで店を手伝いやがれ! ったく、人がほんの少し留守にしてる間にとんでもねぇ事しやがって!! 責任取ってさっさと厨房に入りやがれ張本人!」
「そんなぁ・・・。今日はお客で来たんですよぉ?」
「仕方ないわペドロ、手伝いましょう! アルディスさん、セリカさん、私達にも制服を貸してもらえますか?」
「ちょ、ちょっとマルカ!? 『私達』ってもしかして私とフォルも?」
テトが予想もしない事態に慌てて尋ねると、マルカは極上の微笑みをたたえながらこう言った。
「もちろんロファとにゃんこちゃんもよ♪ いいわねみんな?」
有無を言わせぬ静かな迫力に一同は観念するほか無かった。
「わぁ、助かりますぅ♪ それじゃあ制服を用意しますね!」
「大丈夫よ。ロファ達にも着れるように一番小さいサイズの袖を詰めてあげるから」
そう言ってアルディスとセリカは制服の準備に取りかかるため店の中へと入っていった。
その後を追うように女性陣も続いて入っていく。
「おら、ペドロもさっさと厨房入れ!! 終わったら夕飯ぐらいは食わしてやるからよ!」
「・・・わかりました・・・」
かくしてペドロも疲れたように肩を落とすとエルシィの待つ厨房へと入っていった。
『手をかえ品をかえ、ピエロが届ける恋の味』
この謳い文句で『エンジェル・リング』に登場した『ピエロのおやつ』は和菓子・洋菓子などを問わず、時期に合わせた果物を使って作られたお菓子の総称である。
セットメニューで十二種類。月ごとに内容が変わるためお客も飽きることがないと評判である。
もちろん味も折り紙付きであったがそれ以上に女性の心を掴んだのはやはり『手をかえ品をかえ、ピエロが届ける恋の味』という謳い文句であった。
この謳い文句、実はペーパームーンが国中に誇る名物サーカス『銀猫遊芸団』の出し物の一つ、不思議舞台『恋に落ちた道化師』をイメージして考えられているのである。
恋人を失った悲しみから自らも体を壊した舞姫。
そんな彼女を心配した道化師は毎日のように彼女の元を訪れては様々な贈り物を彼女に贈り続ける。
そして最終的には頑なだった彼女の心も溶けていき、二人は結ばれるといった内容のお話なのだがそのお話と結びつける事により女性達の間に『かなわぬ恋がかなうようになる』といったおまじないとしての印象を植え付けたのである。
それで名前も舞台にあやかって『ピエロのおやつ』と命名したのだがこれが大当たりした!
結果として『ピエロのおやつ』は多くの女性の心を掴むことに成功し、こうして毎日のように女性のお客が集まるようになったのである。
「手伝ってもらってすいませんペドロさん」
一向に手を休めること無く働きながらエルシィはペドロに対して申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないで下さいエルシィさん。まさかこれ程にまでなるとは正直思ってもみなかったものですから・・・」
「それは・・・。だってペドロさんが考えてくださったお菓子はどれもとても美味しいですもの。仕方ありません」
そう言うエルシィの顔は心なしか赤くなっていた。
「それこそエルシィさんにお菓子作りの腕があったからですよ。『ピエロのおやつ』は和洋折衷ですからね。余程の腕がなければ例えレシピがあったとしても作れはしません。もっと自分に自信を持って下さい!」
そんなエルシィの様子には気づかずにペドロはエルシィ以上のスピードでお菓子を作っていく。
「・・・ありがとうペドロさん・・・」
エルシィは僅かに手を止めるとペドロの横顔を見つめるのであった。
「ペドロ、『ピエロのおやつ』がセットで五つ足りないよぉ!」
そのとき表の方からマルカの声が厨房の中に飛んできた。
「わかりましたマルカ! すぐに用意しまぁす!!」
その声に反応してペドロの動きもますます機敏になる。だがエルシィだけはそんなペドロをどこか寂しそうに見つめていた。
「エルシィさん?」
そんなエルシィにふと気がついたペドロが、同じく手を止めて彼女の顔を見た。
「・・・ごめんなさい。ちょっと疲れちゃって・・・」
「ああ、そうか。そうですよね。ずっと働いていたんですもんね」
そう言ってペドロはエルシィの言葉を額面通りに受け止めた。
「そうだ!」
すると不意にペドロは今までの作業を一時中断してポケットから何か袋を取りだした
「ちょっと手を出してくれます?」
言われてエルシィは両手をすくうような形にしてペドロの前に差しだした。
するとペドロは袋を逆さにしてエルシィの両手に何か小さな物をたくさん出した。
「これって・・・?」
「そう。コンペイトウです。僕が作った物ですけどね」
そう、それはコンペイトウだった。その小さな一つ一つが赤やオレンジ、緑や紫になっていて色鮮やかで見た目もとても可愛らしかった。
「実は僕、大好きなんですよコンペイトウ。子供の頃にお館様からコンペイトウを初めて頂いた時、その可愛さに男のクセして食べるのが勿体なく思えてね。でもせっかくお館様がご褒美にくれた物だからって諦めてそれらを口に入れた途端、不思議な甘さが口の中一杯に広がって感動した事を今でもはっきり覚えています」
その時の事を思い出すように遠くを見つめるペドロの姿がとても自分よりも年上の男性には見えず、まるで子供のようにも思えてエルシィは微笑ましかった。
「それでどうしてももう一度それが食べたくて自分で材料等を買ってきては色々と試して作れるようになったんです。それをきっかけにお菓子づくりに目覚めたんですけど、でもこれだけは作れる事は誰にも内緒にして自分だけのおやつにしてるんです。が、エルシィさんが疲れた原因の一つに僕も入るんで、・・・まぁ、今回だけ特別です」
そう言って自らも片手にコンペイトウをのせて一気に口の中に放り込み、エルシィにも食べるように勧めた。
「それじゃあ・・・いただきます」
ペドロのそんな優しい心遣いに感謝しつつ、エルシィはオレンジ色のコンペイトウを口の中に入れる。
それを噛んだ途端、まるで果物をかじった時のようなほのかな甘さと微かな酸味が口の中に広がり、たまった疲れがとけていくような感じがした。
「美味しいでしょう? 色ごとに味が少し違うんです。赤はイチゴ、緑はメロン、紫がブドウでオレンジがミカンといった感じでね。作る際にそれぞれの果汁を混ぜて作ってあるんです。だから疲れたときにこれを食べると口の中がすっきりして、身も心もリフレッシュした気分になるんですよ。どうです? 元気が出てきませんか?」
「・・・ええ、とても。ありがとうペドロさん」
そう言って再び、今度は幾つかを同時に口の中に入れる。すると一つ一つが他の味と調和してより深い味わいが楽しめた。
「もう大丈夫です!さぁ、張り切っていきましょうペドロさん。休んだ分がんばってやらないと注文に追いつかなくなりますよ!!」
「それもそうだ・・・っと、いけない!『ピエロのおやつ』がセットで五つ入ってたっけ!!」
慌てて作業を再開するペドロを横目に見て、エルシィは手近な小瓶にもらったコンペイトウを入れてそれを瓶ごとポケットにしまった。
「私も手伝いますペドロさん」
「お願いします」
かくして二人の共同作業が始まった。ペドロとエルシィは上手に連携を取りながら猛スピードで作業を進めていく。
「『ピエロのおやつ』セットで五つ、できましたマルカ!」
「了解!!」
「追加ですぅ! 同じく『ピエロのおやつ』をセットで三つお願いしまぁす!!」
「わかったわアルちゃん!!」
「すぐ用意します!」
こうして今日も『エンジェル・リング』は多忙を極めたのであった。
その日の晩、マスターの手料理とエルシィの特製デザートを堪能した一行は疲れながらも満足そうに帰っていった。
店の片づけをしながらエルシィはペドロとマルカが仲むつまじく同じ方向に消えていったのを思いだし、少しだけ心が痛むのを感じていた。
食事の時の会話によりエルシィはペドロとマルカがもう既に婚約している事を初めて知ったのだった。
「初恋だったんだけどな・・・」
誰もいない店内でエルシィは一人そう呟いた。
誰もいないにも関わらず人目をはばかるようにエルシィはポケットから昼間もらったコンペイトウの入った小瓶を取りだし、片手にいくつかそれらを出す。
今となってはそれらは『二人だけの秘密の品』と言うよりはむしろ、『初恋の思い出の品』にすぎなくなっていたがエルシィはそれらを口の中に放り込むとその全てを一気に噛み締めた。
口の中全体に広がった砂糖の甘さと果物の甘さは、彼女に再び元気を分け与えてくれているような気がして、それにつれて心の中の切なさも徐々に和らいでいくような気がするのであった。
「・・・よし! 元気出さなきゃ!! 明日も大変なんだしね!」
そう言ってひとしきり自分に気合いを入れたエルシィは小瓶を大切にポケットにしまうのであった。
ピエロに扮した天使が運ぶは甘いお菓子と恋の予感。
こうして今日も『エンジェル・リング』は訪れる人々に恋する元気と祝福を与え続けるのであった。
3作目はオリジナルで前後編なのでさらに長くなるかと思います。




