2.スウィート・メルヘン part.2
中編です。
「さて、どうするかな・・・」
その翌日。
男は一人、公園のベンチに腰を掛けて思案を巡らしていた。
(飲み物の入れ方や調理はもちろんの事、食材の選び方やお菓子づくりの腕も申し分ない。だからこその人気だけれどお客を、特に女性のお客を引き寄せるには今のままじゃダメだ。何か人気の柱になる物が欲しいけど、その柱をいったい何にするか・・・)
男はお手製サンドイッチを一口かじると同じく自家製のハーブティーでのどの奥へとそれを流し込む。
そうして一息ついて落ち着いた所に聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。
「ペドロ~!!」
声の方を振り向くと、こちらに向かって二匹の猫、もとい美少女(?)が走ってくるのが見えた。
「こんにちはロファ坊ちゃん。今日はお友達とお出かけですか?」
彼の姿を見つけてやって来たのはロングウェーブの黒髪に眠たげなまなこ、そして愛用の猫帽子が印象的な外見美少女のロファ・サーフェ。 そしてもう一人もまたロファと同じくらいの年の美少女であった。
格好はというとしっぽのない猫の着ぐるみ、と言うよりは猫の頭に良く似たフードが付いたパジャマのようなもの、を着込んでいた。しかも両手両足もまた、猫の手足の形をした手袋と靴という気合いの入れようである。
「もう! この姿の時に『坊ちゃん』はやめてよペドロ!」
「でもまさか『お嬢さん』と言うわけにもいかないでしょ?」
「ならせめて名前で呼んで! ・・・ま、いいわ。そうだ! ペドロにも紹介してあげるね。この子が巷で噂のスーパーにゃんこ『すーぱーにゃんだばー』よ!!」
いかにも自慢げに紹介するロファに対し、その美少女は少し大人びた口調で自己紹介を始めた。
「やぁやぁ初めましてペドロさん。私が魅惑のスーパーにゃんこ、『すーぱーにゃんだほー』ですぅ。困った事があったら何でもこのにゃんこめにおっしゃって下さい。にゃんだほーは世のため人のため、無償で正義を貫きますゆえ~!!」
「・・・・・初めまして。ペドロ・ノーマです。よろしく」
割と常識人であったペドロにはこの時、そう返事を返すのが精一杯であった。
「どうやらお疲れのご様子ですねぇ・・・。わかりました! それではこれでも見て元気を出してくださぁい!!」
何をどう勘違いしたのかはわからなかったがその少女は突然、ペドロの目の前でとんでもない行動にでた!
なんと、たまたまペドロ達の目の前を通りすがった高校生らしい少女のスカートを大きくめくりあげたのだ!!
「きゃあ~!!」
突然のことに驚き、慌てて少女は両手でスカートを押さえた。
だが、その一瞬にも満たない時間でペドロは純白に青のストライプを思いっきり脳裏に焼き付けたのだった。
「いかがでしょう?うら若き乙女の艶姿。御覧いただけたでしょうか?さぁこれできっとペドロさんも元気に・・・」
次の瞬間ペドロは、普段からは考えられない程の運動能力を発揮すると、ロファと少女を抱えたまま猛スピードでその場から逃げ出したのであった・・・。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」
大きく肩で息をするペドロの傍らでロファと少女は興奮しながら話をしていた。
「すごかったね! 自分で走る時よりもずっと速くて・・・。私、とっても楽しかった!!」
「うむ。まさかあれ程までに元気になって頂けるとは、にゃんこも正直びっくりしましたです・・・!」
好き勝手言う二人にペドロは大きくツッコミたかったが慣れない運動を、しかも限界を超えて行った為、なかなか呼吸が整わなかった。
「あ、そうそう。忘れるところだった!そういえばねペドロ、昨日手紙が届いたんだけどお父さん達、来月には巡業から帰って来るって!!」
「!! 本当ですか?」
ロファの両親、すなわちパトック・サーフェとユニス・アストーリア(芸名)はペドロにとって尊敬する手品の師匠である。
普段は所属するサーカス『銀猫遊芸団』の本拠地であるこのペーパームーンにいる二人だが、年に数回はサーカスの長期巡業のため外に出ていく為、実際一年の半分以上は外での暮らしとなっていた。
だからロファだけが実家であるアパート『ルナハイツ』の管理人として、一人ペーパームーンに残っているのだった。
両親がいない寂しさも一風変わった住人達のおかげで殆ど感じないとはいえロファもこれから12歳になろうかという年の子供。やはりこの知らせはロファを普段以上に明るく元気にさせていた。
(良かったですねロファ・・・)
口には出して言わないがやはり寂しかったのだろうとペドロは心の中でそうつぶやいていた。
「ペドロにも会いたがってたわよ! 『ペドロが10年思い続けた噂のコロンビーヌがどんな娘か、今から会うのが楽しみ』だって!!」
「!! 話したんですか?」
ペドロが顔を真っ赤にして振り向くとロファと、そして何故か少女までもがニヤリとしていた。
「そりゃあもちろん♪ でも考えてみたら『コロンビーヌ』じゃなくて、どちらかといえば『舞姫』の方がいいわよね。お話的にも役柄的にもね」
「・・・でもお嬢様だと『舞姫』というよりもむしろ『舞踏剣士』になってしまうような気が・・・」
と、そこまで口にした所でペドロの中にあるひらめきが生まれた。
(そうか!『不思議舞台』だ!! その手があった!)
今度こそ本当に元気になるとペドロはロファと少女の手を代わる代わる掴んでは強く握りしめた。
「ありがとう! さすがは『魔法使いの弟子』! これで問題解決だ!!」
訳が分からずに呆然と立ちつくす二人を後目にペドロはすぐさま屋敷へと足を向け、自らのアイデアの具体的な検討を始めるのであった。
(はぁ。どうしようこれから・・・)
マルカは途中でフォルとテトの二人と別れた後、重い足取りで家路を歩いていた。
(あんな啖呵切っちゃったら『やっぱりペドロ、お願い♪』なんて言えないもんねぇ。・・・ペドロ、怒ってるかなぁ?)
昨日のペドロの申し訳なさそうな顔を思い出す度にマルカは胸が痛くなった。
(私ってペドロを傷つけてばかり・・・。嫌な娘だな)
そう物思いに耽っていると突然、後ろからポン、と肩をたたかれて、驚いたマルカは反射的に裏拳を繰り出していた。
「おごぉっ!!」
不気味な悲鳴に聞き覚えがある事に気づいたマルカが後ろを振り向くと、そこには鼻の頭を真っ赤にしたジーンが路上で大の字になって倒れていたのだった。
「じ、ジーンさん!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
近くの公園にジーンを連れていき手近なベンチに座らせたマルカは、自分のハンカチを水道で濡らすとジーンの鼻の頭にそっと乗せた。
「私ったらつい・・・痛みますか?」
「いやいや平気。セリカのに比べたらずっと手加減されてたからね」
そう言ってジーンは笑いつつ片手でハンカチを押さえた。
「こっちもつい驚かしてやろう、なんて思ってやった事だしね。まさかあんなに驚くとは思わなかったから・・・びっくりさせてゴメンね?」
「いえ、そんな・・・」
その時マルカはふと、ある事に気が付いた。
いくら考え事をしていたとはいえ仮にもマルカだって『天才』の異名を欲しいままにする格闘家なのだ。それなのにこうもあっさりと背後を取られるなんて・・・。
(やっぱりこの人もプロの冒険者なんだなぁ・・・)
「ん? どうかした?」
「いえいえ、別に何も・・・」
ついぼぉっとしていたらしく、誤魔化すようにマルカは手を振った。
マルカは結局そう納得したから知る事はなかった。
たとえプロの冒険者であってもマルカの背後をここまであっさり取ることができる者が実はそう多くはないという事実を・・・。
「なんだか元気がないねぇ。よかったら俺に話してみないか? 忘れているかも知れないけれどこれでも一応、神父だからさ」
(そういえば・・・)
マルカは本当に忘れていた事は内緒にしたまま事のあらましをジーンに話すことにした。
誰でもいいから誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
ジーンは余計な言葉を挟むことなく、黙ってマルカの話に耳を傾けていた。
「・・・なるほどねぇ。俺の甲斐性なしがまわりまわってマルカちゃんにまで迷惑を掛けていたなんて・・・。知らなかった事とはいえゴメンよマルカちゃん」
そう言って素直に頭を下げるジーンにマルカはびっくりして慌てた。
「そ、そんな! ジーンさんが直接悪い訳じゃないんですし、どうか頭を上げてください!!」
「ありがとうマルカちゃん。しかし・・・二人は幸せだね。幸せな恋愛をしているね」
そう言って微笑むジーンが何故だかとても痛々しく思えて、マルカは思わずジーンに尋ねていた。
「ジーンさんは幸せじゃないんですか? ジーンさんもセリカさんも、二人ともすごくお互いを大事にして、大切にしているのに・・・」
「それは恋愛とは言わないよマルカ。俺達のは恋愛じゃあない。でも君たちは今、とても幸せな恋愛を送っている。俺には君達が羨ましいよ」
お互いを大切に思っているのに恋愛じゃなく、喧嘩して一方的に相手を傷つけてばかりいるのに恋愛だという。
マルカにはジーンの言い分がよくわからなかった。
そんなマルカの内心を表情から読みとったジーンは苦笑しつつ説明した。
「俺達の場合はお互いに都合がいいからお互いを大事にしているという部分が大きい。相手に自分をゆだねてしまえば自分は何も考えなくてもいいからだ。もちろん俺はセリカを愛しているしセリカもそうであると思いたい。でも俺達はお互いに欠けたものをお互いの心と体で埋め合わそうとしているだけだ。俺とセリカは同じ人間なんだ。・・・一人では恋愛はできない」
その言葉に何かを言いたげなマルカを制しつつジーンは話を続けた。
「でも君達は違う。お互いに相手が自分とは違う事を認識した上で互いに惹かれあっている。違いを認めるからこそぶつかりもするし、傷つけたりもする。でもそれ以上に相手の事が気になるし、優しくしてあげたいとも思う。それこそが恋愛だよマルカ。今、君はペドロを傷つけた以上に自らの胸を傷めている。喧嘩をした事以上にもっと優しくしてあげたいと思っている。だから喧嘩をした事を悔やんではいけないよ。そうやって二人はお互いを理解し、より深く相手の事を愛せるようになるのだからね」
そう言って微笑むジーンはなんだかとても優しくて、何故だかマルカは女神ヴィシャスが才能ある者を祝福する時にだけ見せるという至上の微笑み、『ヴィシャスの祝福』の 事を思い出していた。
(男の人なのに『女神様』って変よね・・・)
内心でそう思いながらもマルカはすっかり心が楽になり、思わずクスクスと笑っていた。
「もう大丈夫だね。帰ったらペドロに昨日の事を素直に謝って協力してもらいなさい。まぁ、ペドロの事だからたぶん怒られるのを覚悟の上でもう動き始めているとは思うけどね」
「はい、わかりました! ありがとうジーンさん!!」
「ハンカチは今度きちんと洗って返すからさ」
「いいです、返さなくても。今日のお礼にそれ、差し上げます!!それから・・・」
一瞬躊躇したマルカだったがきっぱりと言った。
「やっぱりジーンさんとセリカさんは同じ人間なんかじゃないですよ!!だってジーンさんは男の人でセリカさんは女性ですもの。セリカさんがジーンさんの格好をするのは似合うかも知れないですけどジーンさんがセリカさんの服を着たところで絶対似合うはずありません!! だから違うんです!」
「いや確かにそうは思うけど・・・」
マルカのその突拍子もない発言に正直ジーンは内心で『大丈夫だろうかマルカは?』と心配してしまうが、マルカは至って真剣な顔で続けた。
「それにもし自分の事だと思っていたらセリカさん、あんなに嬉しそうに働いたりしませんよ! それじゃ!」
そう言うとマルカは早足で家へと帰っていった。
一人残されたジーンはしばしマルカの発言に考えを巡らせ、迂闊にも想像までしてしまったジーンは大きな笑い声をあげてしまう。
公園のベンチで一人腹を抱え、目には涙まで溜めて笑うジーンの姿を周りの人間達は怪しい目で見ていたが今のジーンはそれすら気にはならなかった。
(そうか、『嬉しそう』だったか・・・)
ジーンはいつの日か、心を取り戻したセリカとあらためて『恋愛』ができる日が来る事を心の底から願うのであった・・・。
「よし、できた!」
屋敷に戻るなり厨房にこもったペドロがようやく満足そうな声を上げた。
ペドロの目の前には季節の果物がふんだんに使われた和菓子や洋菓子がいくつも並べられていた。
「……ただいま……」
その声にペドロが慌てて振り向くと、そこには制服から私服に着替えたマルカが、何やら思い詰めた顔で立っていた。
「あ、お、お嬢様! えっと、これはその・・・」
主人の言いつけを破ったという後ろめたさがあるせいでペドロの舌はうまく回らない。
そんなペドロに近づいて、テーブルの上に並べられたお菓子達を見たマルカは突如ペドロに対して頭を下げたのであった。
「ごめんなさいペドロ!!」
「・・・はい?」
突然のマルカの謝罪にペドロは訳も分からず呆然と立ちつくす。
そんなペドロに対し、マルカは必死で口を開いた。
「・・・あのね私、本当は嬉しかったの。ペドロが何も言わずにすぐに引き受けてくれた時、本当に嬉しかった。でも不安だったの。ペドロは『主』としての私の頼みを聞いたのか、それともその、『恋人』としての私の頼みを聞いてくれたのかって・・・。ペドロがあんまりあっさりと引き受けたものだから私、また『主』としての私の頼みを聞いたんだって、勝手にそう思ったの! でも私はそれじゃ嫌だったから。やっと『恋人同士』になれたのにペドロはまだ、私の事をそうは見てくれないんだって思って、それで私・・・」
「お嬢様、いやマルカ! それは違う!!」
誤解を解こうとするペドロ。しかしマルカは優しく微笑み首を振る。
「でもある人に言われたの。互いに違う人間だからこそぶつかりもするし、好きになったりもするんだって。ぶつかる事でより深く相手の事を理解し好きになっていくんだって。本当にそうね。もしも昨日、喧嘩もせずにそのまま受け入れていたら私、あなたの優しさに気づけなかったもの。あんなにひどい事を言ったのにあなたは私の為に、怒られる事も覚悟の上で一生懸命努力してくれたのよね。・・・なんだか私、バカみたい。つまらない事で落ち込んだり悩んだりして。あなたはいつだってこんなに優しい人なのに・・・」
そう言うとマルカはペドロに思いっきり抱きついた。
ペドロのエプロンに付いたクリーム等で服や顔が汚れる事もいとわずに・・・。
そんなマルカの姿にペドロはたまらない愛しさをおぼえて、マルカの体を強く抱きしめた。
「私の方こそすまなかった。君がどんな気持ちでいるか考えようともせずに安請負をしてしまって・・・。まさかこんなにも君を不安にさせる事になるとは思いも寄らなかったんだ」
ペドロは今にも泣きだしそうな程に切々とマルカに語りかける。
「私は主人だからとか恋人だからとかではなく、愛する君の頼みだからこそ何でもかなえてあげたいと、そう思っていたんだ。そしてあの時、君が困っていると思ったからこそ私は君を助けたいと思ったんだ!例えそのことで君に嫌われる事になったとしても、私は君の為に何かをしてあげたかったんだ! でもそんな私の独りよがりのせいで何よりも大切な君に辛い思いをさせていただなんて・・・」
「もういいのよペドロ。もういいの。今回の事で私、また一つあなたの事を知ることができた。そして昨日よりももっと、あなたの事を好きになれたのだから・・・」
そして二人は見つめ合う。
「改めて誓うよマルカ。もう君を悲しませたりはしないと。私の過去も未来も、すべては君のためにある・・・」
「約束よ私の・・・私だけの魔術師・・・」
誓いの口づけは甘く、二人は永遠を確かめあうのであった・・・。
次回後編になります




