秘密8
「お前の本当の父親は先日、亡くなった竹内先生なんだよ」とお袋は言ったのさ。それを聞いて俺は目が飛び出るほど驚いたが、お袋は冷静に話しを続けた。お袋は元々、竹内医師と恋仲だったが、竹内医師には既に家庭があったわけだったから、泣く泣く別れて、友人の紹介で出会った親父と結婚したそうだ。しかし、男女の仲はそう簡単に離れられるものではなかったのだろうね。お袋と竹内医師との関係は親父と結婚してからも続いていたのだ。何も知らない親父はお袋が妊娠したことを知り大喜びしたんだ。そして、俺が生まれた。俺が生まれてから、お袋は竹内医師の子供かもしれないと心の中で怯えていたらしい。その心配は現実となり俺が成長して、俺が日に日に竹内医師に顔立ちが似始めると自分の心の中だけに収めることは出来なかったのさ。
お袋は竹内医師に俺は竹内医師の子供であると伝えたそうだ。竹内医師はその言葉を聞いて、奥さんと別れ、お袋と一緒になる決心をしたのだそうだ。竹内夫妻には子供が出来なかったからね。それでお袋は竹内医師を連れて、親父を説得しようとしたんだ。そしたら、親父は「直人は俺の子だ」と言い張り、竹内医師を刺したのだそうだ。竹内医師は直ちに自分の病院に運ばれ、治療を受け一命を取り留めた。しかし筋肉を傷つけたらしく、足の障害は残ったが、竹内医師は傷害事件として警察に訴えたりはしなかったそうだ。こうして、お袋は親父と別れることは出来なくなり、俺も親父の子供として育てられたんだ。お袋は勤めていた病院を辞めざる得なくなり、それからは、外に働きに行くことも親父に禁止され、お袋の自由は無くなったのだ。
「それを聞いて思ったんだ。まだお袋は隠していることがあるってさ」と直人は言い放ち、僕に尋ねた。
「君はお袋が何を隠しているか想像できるかい」と。
僕は元来無口であったが、たとえ饒舌な人間がこの場にいたとしても何も答えられなかったであろう。
直人は「じゃあ、今日はここまで」とまるで昔話の語り部のように僕に告げて、病室を出て行った。




