秘密6
その日は午前中に母親が訪れ、僕の着替えの一式やら生活のもの、もろもろを置いていった。僕は病院の外には出ないから、屋外の様子はわからないのだけれども、そのときにもう夏の暑さも和らいできたと母は言葉少なく言った。そういえば僕が入院したのは春で、今はもう9月になっていた。気づいてみれば、もう半年もこの病院に入院しているのだ。夏になってから僕の容態は思わしくなく、胸が苦しくなって呼吸器をつけて過ごすことも多くなっていた。昨晩もナースコールで看護師を呼び、呼吸器をつけてもらった。しかし、夜が明けてみると、気分がよく、痛みや苦しさもまぎれて、ベッドの上で安静にしていれば、問題ないとのことだった。
ちょうど、その日は直人はやってきた。今度は赤いバラを一輪たずさえており、直人は僕の無機質な病室に片隅に、赤いバラを花瓶に生け、病室を彩った。僕は
「ありがとう」と礼などを珍しく言った。
「君の病室は何も無いからね。赤いバラなんてキザでいいだろ」と直人はニヤっと笑った。そして話を続けた。
「先日は不思議なことがあったんだ。あの喪主の奥さんが病室にやってきてね。俺を養子に欲しいなんて言い出したんだ。」
僕はそれには驚いたが、また感情を表に出さず、
「そう」とつぶやいてそれきりだった。
「俺はさ、お袋の看護師をしていた収入で大学に通っていたものだから、お袋が働けなくなってからは、大学の学費が払えなくてね、大学を辞めていたわけさ。あの喪主の奥さんは俺を養子にしてくれたら、大学にも行かせてくれるって言うんだ。」
「へえ、それはよかったね。」とつっけんどんに言ってみた。
「俺にとってはチャンスだけれど、お袋が生きているうちは養子なんか行けっこないんだ。お袋が死んでしまったら考えてもいいけどね。…ところで、先日、俺は幼い頃の記憶を思い出したんだ。」と遠い目をしながら、また一人語り始めた。




