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婚約者を捨てた俺は、なぜか誰からも必要とされなくなった  作者: 大豆
リリア視点

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11/15

私が選ばれた日

「リリア。俺は君と結婚したい」


そう言われたとき私は、自分が物語の主人公になったような気がした。


目の前にいるのは、ヴァルディス侯爵家の嫡男。

レオン・ヴァルディス。


王都でも名の知れた貴族。

容姿も整っていて、社交界では人気がある。


そんな彼が私を選んだ。


「本当に……私でいいのですか?」


そう尋ねると、レオンは笑った。


「ああ。君がいい」


その言葉が嬉しかった。


だから私は彼の話を信じた。


「セレナとは、もう何年も前から気持ちが離れていたんだ」


「そうだったのですね」


「彼女は仕事ばかりで、俺のことなんて何も考えていない」


「……」


「婚約者なのに、まるで商会の帳簿と結婚しているみたいだった」


私は少し笑った。


「それは大変ですね」


「ああ」


レオンは苦笑した。


「俺はもっと普通の家庭を作りたい」


「普通の家庭……」


「君とならできると思っている」


胸が高鳴った。


私は、レオンを救える。

そう思った。


セレナという女性は、きっと彼を理解していなかったのだ。


仕事ばかりして彼の気持ちを考えない。

そんな女性より。


私は彼を大切にできる。


そう思った。


だから彼が婚約を破棄したことに、罪悪感はなかった。

むしろ正しい選択だと思っていた。


数日後。

私は初めて、セレナと二人で話した。


彼女は噂通りの女性だった。

派手な服を着るわけでもない。

化粧も控えめ。

表情も穏やか。

そして机の上には大量の書類。


「お忙しいのですか?」


私が尋ねると。


「少しだけ」


彼女は答えた。


「何をされているのです?」


「商会の帳簿です」


「……商会?」


「はい」


私は少し驚いた。


「ヴァルディス家の商会も?」


「以前は」


「以前?」


「婚約がなくなりましたから、もう関わっていません」


そう言って。

彼女は淡々と書類を整理した。


私は少しだけ安心した。

この人は本当にレオンに未練がないのだ。


「レオン様は、私と結婚する予定です」


私はそう告げた。


彼女はペンを置いた。


「そうですか」


「驚かれませんか?」


「驚く必要がありますか?」


「……」


「レオン様が選んだのなら、それでいいと思います」


私は何も言えなかった。

もっと悔しそうにすると思っていた。

もっと私を睨むと思っていた。


でも。

セレナは本当に何とも思っていないようだった。


「では」


彼女は立ち上がった。


「私は仕事がありますので」


私は屋敷を出た。


馬車の中で私は少しだけ不安になった。


なぜだろう。勝ったはずなのに。嬉しいはずなのに。

何かがおかしい。


その答えを知ることになるまでそう時間はかからなかった。


婚約の話が進むにつれ、私はヴァルディス家のことを知るようになった。


そして一つの疑問が生まれた。


「レオン様」


「何だ?」


「商会の帳簿を見せていただいてもいいですか?」


「どうして?」


「結婚するなら、家のことも知っておきたいので」


レオンは少し嫌そうな顔をした。


「そんなものを見ても面白くないぞ」


「でも」


「父がやっている」


「そうですか」


私はそれ以上言わなかった。


数日後。

私はヴァルディス家の商会を訪ねた。


そこで商会長の男性に挨拶をした。


「リリア様ですね」


「はい」


「失礼ですが、レオン様から何か聞いておりますか?」


「何をでしょう?」


商会長は困ったように笑った。


「……いえ」


「?」


「以前は、セレナ様がよくいらしていたので」


「セレナさんが?」


「はい」


「何をしていたのです?」


商会長は答えた。


「商会の経営について、レオン様のお父上と話し合われていました」


私は驚いた。


「セレナさんが?」


「はい」


「どんな話を?」


「鉱山の契約や輸送費、仕入れ価格などです」


私は言葉を失った。


「レオン様は?」


「……」


商会長が答えにくそうにしている。


「何ですか?」


「レオン様は、あまり商会には来られませんでした」


「……そうですか」


「セレナ様が来られなくなってから、少しずつ問題が増えていまして」


私は黙った。


そんな話レオンからは聞いていなかった。


屋敷に戻る。


レオンを待つ。


「レオン様」


「何だ?」


「セレナさんは、以前から商会の仕事をしていたのですか?」


レオンの表情が変わった。


「誰から聞いた?」


「商会の方から」


「……」


「本当ですか?」


「まあ」


レオンは面倒そうに答えた。


「少し手伝っていただけだ」


「少し?」


「そうだ」


「でも」


私は続けた。


「商会の方は、かなり重要な仕事をしていたと言っていました」


「大げさなんだよ」


レオンは笑った。


「女が商会のことを少し調べただけだ」


「……」


その言葉に。

なぜか胸が引っかかった。


「レオン様」


「何だ?」


「セレナさんは、あなたのことを悪く言っていませんでした」


「……」


「婚約破棄されたのに」


レオンは顔を背けた。


「それは、強がっているだけだ」


「そうでしょうか?」


「ああ」


「本当に?」


「君は俺を信じられないのか?」


その言葉を聞いて。

私は慌てて首を振った。


「いえ」


「なら、いいだろう」


私は黙った。


私はレオンを信じた。

信じようとした。

だって。私は彼を選んだのだから。


自分の選択が間違っているなんて認めたくなかった。


婚約の正式な手続きが進み始めた頃。

王都では、妙な噂が流れ始めた。


「ヴァルディス家の商会が危ないらしい」


「資金繰りが厳しいとか」


「アーデルハイト家との取引も減っているそうだ」


私は不安になった。


レオンに尋ねる。


「本当なのですか?」


「くだらない噂だ」


「でも」


「大丈夫だ」


彼は私の手を握った。


「君は何も心配しなくていい」


その笑顔を見て私は安心した。

きっと大丈夫。そう思った。


ところがその翌月。

ヴァルディス家との結婚話が突然止まった。


理由は王家による再審査。


次期当主としてのレオンの能力が問われることになったという。


私は驚いた。


「どうして?」


「セレナのせいだ」


レオンはそう言った。


「彼女が王家に何か吹き込んだんだ」


「セレナさんが?」


「ああ」


「でも……」


私は言葉を止めた。

セレナさんはそんなことをする人には見えなかった。


「君は俺を信じてくれるよな?」


レオンが私を見る。


私は頷いた。


「もちろんです」


その夜。

私は一人で考えた。


レオンを信じる。

そう決めた。


でも胸の奥に小さな疑問が残っていた。


セレナさんは本当に私たちを壊そうとしているのだろうか。


そしてその疑問は。これから少しずつ。

私自身を苦しめていくことになる。

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