魔女から聖女へ
レイに巡り合うまで、自分の味方は父と母だけだった。
この大陸に伝わる伝承…「紅い目と蒼い目を持つ女は災いを引き起こし、生きている限り人々の幸せを踏みにじる魔女となる」
よりによって、エレザの目は言い逃れしようのない、誰がどう見ても鮮明な真紅と蒼のオッドアイだった。
憲兵が居る程度には文明的な町であったために魔女狩りにこそ遭わなかったが、生まれる場所が場所なら家族諸共火炙りにされる人生を迎えていてもおかしくなかった。
だが幼い頃から人々は寄り付かず、人前を歩けばあからさまに陰口を叩かれ、同年代の少女達からは完全に疎外され、心無い少年などは石を投げつけて来るので、エレザは人前を歩かねばならない時は年嵩の婦人がするようなスカーフで顔を隠し、何より極力人前に姿を現さないようにしていた。
数少ない味方であったこの世界における父が死んだ。 第二の父であり、最初は他人とさえ思っていたが、その愛情は本物だった。 理不尽な差別にも屈せず、最後まで娘である自分を愛し続けてくれた。
そして父に代わって自分を守ってくれていたレイが町を去る。
…迫害はレイが町を去るのを待っていたように酷くなり、前世でも経験し得なかった程の凄惨な嫌がらせにも遭った。
町でゴロツキをけしかけられて襲われそうになった事もあり、辛うじて無事に逃げ延びたものの、今も心に残り続ける恐怖を刻まれた。
破られた衣服…自分に迫ってくる屈強な男の悪意に満ちた顔が今でも時折、フラッシュバックや悪夢として蘇ってくる。
大きな変化を迎えたのはレイの卒業を控えて待ち焦がれる18の時だった。
ある晩、酷い高熱に苦しんだまま気を失うと、翌朝になって母が大騒ぎしていた。
自分が何か大病を患ったのかと思って起き上がると、すぐに違和感に気付いた。
金色だった自慢の髪が銀色に変わっていた。
前世で聞きかじった「強烈な体験をすると一晩で白髪になる」という真偽不明な曰くを思い出しかけたが、外見の変化だけでは無かった。
そして「マナ」という概念が自分に備わった事を直感的に知った。
母親が自分を町の医者に診せると、老医師は表情を青褪めさせて診療所を飛び出して行った。
…本人である自分を置き去りのまま、すぐさま町中が大騒ぎになり、地元の二人しかいない憲兵に恭しく先導されて王都の最精鋭である近衛騎士団、その他存在すら知らなかった賢者や聖職者らがこの小さな町…自分の自宅に押し寄せ、母親がタンスから引っ張り出して来た、家で最も上等な母親のお古を着せられて使者を出迎え…かぐや姫よろしく、半ば強制的に遠く離れた王都へと連れて行かれた。
…そして城に着くなりササッと現れた侍女達に担がれるようにして更衣室に連行され…例え推しに拝み込まれてのコスプレだろうと抵抗感の拭いきれない…極めて自分の趣向に合わない…過激すぎる純白のドレスらしきものに着替えさせられ、オマケにRPGゲームで魔導士が持っていそうな小洒落た杖を持たされた。
何故こんな服を着せるのかと侍女や家政婦長に問えば「初代大聖女様と同じ、由緒ある聖衣です」の一点張り。
混乱を隠せないまま聖女とは何かと聞くと、これから説明されるので、と背を押され、その姿のまま更衣室を追い出された。
せめてローブやヴェールを身に着けるのはダメかと聞くと、冬の例外を除けば公務時間中はこれしか許されないとの事。
自分は個人から望まぬ公人へと担ぎ上げられていた。
何とか布面積を広げられないものかと裾や聖衣の端を引っ張って拙い抵抗を試みたが、無駄だった。 肉感的な身体もそれに抗い、どころか尚更布面積を食って露出を増やした。…これまた、前世と違ってこのエレザの身体は十代後半からの発育が極めて旺盛で、女である自分から見ても呆れるほど目のやり場に困った。
諦めつつ、前世でも馴染みのなかったハイヒールタイプのエンシェントブーツに時折よろめきながら、穏やかな笑みを浮かべるダンディな国王の元へ案内された。
「当代の聖女様をお迎えできて、我が王家開祖以来の光栄です。 小さな城ですが、これからはこの城をご自由にお使いください」
(こんな格好した聖女があるかーッ!? 城よりも服の布面積を増やしてぇーっ)
王様自ら恭しく頭を下げられて、恐縮しながらツッコミと抗議を飲み込み、その日から慣れない王城生活が始まった。
少なくとも、自分が幼い頃に思い描いたお姫様の生活とは違った。
聖女とは不特定の国に突然変異的に現れる存在で、同じ時代に一人しか存在せず、重複して存在する事は絶対に無い。 聖女が死んだとしても必ずしもその次の聖女がすぐにどこかに現れるとは限らず、それが明日なのか数十年後なのかも分からない。ましてや、同じ国に現れる保証は無い。
聖女が現れない時代は暗黒時代と呼ばれ、世界中の人々の行いに問題があるせいで聖女が現れないのだ、と教会の元、世間は意味づけている。
ならその聖女に大国の王が頭を下げてまで抱え込む理由は何かと言うと、当然ながら国家としての特典があるからだ。
まず王国のステータスになる。聖女が居る国はそれだけで自動的に聖都扱いされる。他国の教徒たちから宗教的に崇められるし、その意味で世界そのものの首都と同義になる。
次に、聖女が居る国は天災が起こらなくなると言われる。 …そんな事があり得るのか知らないが、そうとこの世界中の人々が信じている以上、何とも言えない。
そしてこれも証明のしようがないが、聖女が居る国は外的妨害さえなければ自然に繁栄すると言われている。
更に、聖女の秘術によって大病を治したり、この世界に存在する魔法の力…どんな大魔術でも敵の魔術だけを完全無効化できる結界を王都全体に張る事ができるという。
…このうち四番目はすぐに証明できた。賢者たちの指示に従い、城の抱えている魔術師達を実験に付き合わせて王都郊外にある岩山に向かった。そこで王家お抱えの魔術師達に城壁をも砕く強力な攻撃魔法を一斉に発動させてみたが、遥か範囲外の岩山は跡形もなく崩れ去ったのに対し、エレザに守護させた岩山は全くの無傷だった。
王都の高名な医師に匙を投げられた老人も、エレザが手をかざすだけで数年ぶりにケロリと病床から起き上がって家族を仰天させた。 老人を癒すとマナが消費され、マナは時間と共に再び回復する。
(このためにマナが発現したんだ…でも、あの悪魔さん、私は魔法を使えないって…攻撃したり身を守る事ができないって意味なのかな…?)
確かに自分にはその対魔術バリアーのようなものと癒しの力は与えられたが、炎を出したり雷を落としたりはできない。
聖女降臨の噂を聞きつけて、国中のみならず国外からも救いを求めてやってくる病人や、一目その聖なる姿を拝礼しようと敬虔な教徒らが途絶える事無く訪れてきた。
(お伊勢参りとか…メッカみたいなものかな…)
…とはいえ王城暮らしと言っても、自分の時間など夕方から翌日の朝までで、何となれば休日があった分、前世の代わり映えしない日々の方が遥かに自由だった。
それでも、自分に救いを求めて来る者が居て、それが今のところ自分にしかできない以上、その大役を投げ出す事ができないのもエレザの人柄であった。
…いや、投げ出す事すら許される雰囲気では無かった。それでも、そんな打算抜きで自身の身を顧みず行動してしまうのだ。
(…考えてみれば、人に都合よく使われてたのかも)
前世の記憶をなぞりながら、ようやく床に就いた。
そもそも、魔女という伝承を信じておきながら、聖女として認定されたらこのお祭り騒ぎである。 それまで自分を魔女扱いしていた故郷の者達まで諸手をあげて過去の事をサッパリ忘れて自分を拝礼しに来るのだから現金なものである。
そうした人々…自分を疎外した上に陰湿ないじめをしてきた少女達や、石を投げつけてきた少年たちには、きちんと更生して欲しいという思いも込め、やや厳しい表情で簡潔にお説教を施して反省させた。
しかし熱心で敬虔な教徒達や、幼い子らによる拝礼はささやかな心の癒しとなり、仮初の聖女として振舞っていた自分を知らず成長させてくれていた。
—大変な毎日だけど、こんな人生も悪く無いかな…―
そう思い始めていた。
平和な日々ばかりが続きはしなかった。
まず王城内で、当人不在のエレザを巡る争いが始まっていた。
聖女の力は無限では無かった。神官や賢者によると、これまでの過去の事例からして、聖女の力は最長で聖女が40を迎えるまでしか続かない。過去には30代で聖女の力を発現した女性も居たらしい。
自分は異例で、かなり早い段階で聖女として目覚めた。
その分、政治道具として極めて価値が高い。
聖女が手元に居るだけで内政は安定する。ほぼ全ての教徒が聖女…引いては聖女を所有する政府に無条件に従う。一種のアイドルのようなもので、民衆からの支持も絶対的なものとなる。
それらは40を過ぎ、聖女としての力を失っても教徒や民衆からの支持は高いままなのだ。
国家元首が手元に置かない手は無い。
今代聖女であるエレザを巡り、四人の王子らがそれぞれの思惑を持って動き始めた。
また、それを快く思わない者達もいた。王子らの本来の結婚相手となる筈だった候補者達。
殆どは聖女を敬い、自ら身を引いたが、表面上はそう見せかけても内心は違う者もいた。
本来なら王子が複数の妻を持つことなど珍しくも無いのだが、聖女に限ってはそれが許されなかった。聖女を妻とするなら一夫一妻にしなければ民も教徒も認めない。その代わり、夫となる王子はその人望や手腕に多少難があったとしても自動的に高い民意を得る事ができる。 …優秀な君子なら尚更、その地位を確たるものとできる。
そして、男達にとって幸運な事に今代聖女は…魔女の伝承を綺麗に忘れるほど、極めて魅力的だった。
そうなると当然、未来の妃候補者たちが日の目を見る可能性は限りなく低い。聖女がいる限り、必然的に自分の夫が王になる可能性はほぼ0になるのだから。
ジュッ、と泡が吹きこぼれ、水を飲まされた火が反抗して暴れた。
その音で物思いから我に返ったエレザは慌てて火を消した。
続いて乾燥させた薬草類の在庫をチェックして、エレザはその日の工房での仕事を終えた。
用意された部屋でようやく《《まともな》》部屋着に着替え、ささやかな自分だけの時間を過ごす。
力の発現は18歳の誕生日ちょうど。 …意地の悪い事に、レイが軍学校を卒業するのと同タイミングだった。
レイに会う時間さえ与えられないまま、この《《豪奢な鳥籠》》に連れて来られてしまった。




