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聖女として

 まず始めた事は感情を殺す事。


 あくまで自分はシステムの一部。


 極めて高度な医療機器。

 

 或いは防空システム。


 もしくは人気イベントのマスコットキャラクター。 

 …何でもいい。


 人の身でありながら自分はそう言うモノだと言い聞かせ、自分の主体性、本心、本能…欲望…期待…そういったモノは黒塗していく。


 …難しそうに表現したが、やること自体は生前、辛かった時に自然とやっていた防衛行動の一種だ。できる。 


 だから、どんなに魅力的な存在が自分を気遣ったフリをしたとしても、社交辞令とちょっとしたジョークで誤魔化し続ける。 職場や学生時代に何度もやって来たことだ。 …できる筈だ。 


 …でも上手く行かなかった。突き放そうとすればするほど、相手は自分を気遣って近づいてくる。 逃げ場はない。


 どんなに疲れても機械のフリをして抵抗し続けるか。


 …さもなくば、醜い自分の欲望の囁きに身を委ねて受け入れてしまうか。



 今も、そのリカルド王子が自分の身を案じて就寝するよう説得している。


 自分より二つも年上で第一王子なのだから、もう少し厳しい言葉で、半強制的にそうさせることもできる筈だ。 

 でもしない。


 彼が心配しているのは自分の体の事じゃないから。


 自分の心が無理をしている事を見抜いているから。


 流石に鈍感な自分でも、自分に接するリカルドの行動が純粋な好意からである事に気付くほど、リカルドの好意は日に日に確かな物へとなりつつあった。


 そして、好意を持って接される度、彼に惹かれそうになる自分が嫌だった。


 だからその好意から逃げるように、毎日同じような仕事を懸命に続けていた。


 午前中は礼拝者への応対。午後は積極的に大臣や王族への挨拶、御用聞きに回る。夕食後は遅くまで…自分の思考が鈍化し、凄まじい眠気に見舞われるまでここで機械のように手だけを動かし続けて余計な思考を殺す。


 そうしないと、「もういい、これまで十分頑張って来たんだから。 現実的に考えれば助けは来ない。 だからここで全てを受け容れて楽になってしまおう」と自分を誘惑するもう一人の自分が囁き続けて来るから。 …だから休んではいられなかった。


 ヴィントランドではここまで熱心に…というよりオーバーワークなどしなかった。 

過労によって思考を殺すような自傷行為など必要なかったから。


 それに、ヴォルトが暑苦しいくらいに声を掛けてくれて、嫌が応にも元気になれたから。 

 レドが憎まれ口を叩きながら自分を慕ってくれていたから。 

 アレスタが自分を揶揄って、つまらない事を考えさせずにいてくれたから。 

…大好きなレイが傍にいたから。



「…どうかもうお休み下さい。お化粧で隠されても、他の者は誤魔化せても私には分かります。 明らかにやつれて憔悴しているのが…」


「大丈夫です。それは殿下の買い被りです。 …それとも個人的な感覚で聖女の務めを妨害するよう教育を受けられたのですか、リカルド様は?」

 嫌な女ぶって、精一杯の嫌味を言って相手を遠ざけようとする。


「…やはりだ。貴女を城にお迎えしてすぐに態度を変えられた。仮面を被り、ご自分に鞭打って何かを守ろうとしている。 …それがどれ程大切な物かは私には到底考え及びもできませんが、どうか御自身を傷つける事だけはおやめください…!私の言動にお気を害されたなら謝罪し、二度と過ちを犯さぬと誓います。 …私自身の存在が不快でしたならもう公の場以外では二度と姿を見せないと誓います。 …ですからどうか、ご自身をいたずらに傷付けるのだけは…!」


 ――はい、貴方の存在が不快です。二度と姿を見せないで下さい。


 …それが最適解なのだ。リカルドを一方的に傷つける事になるかもしれないが、そう言えば自分はこの醜い欲望に抵抗しやすくなる。


 …なのに、言えない。


 不快なのは彼では無く自分自身だから。

 

 …彼を受け入れたいと思ってしまう自分が居るから。

 それを理性と自身を律する心、レイへの想いだけで辛うじて抵抗している。


「…わかりました、今日は止めます。 …心配をかけて申し訳ありません」


 リカルドは落胆の色を見せた。 その答えは根本的な解決にはなり得ないから。

「…せめて寝所まで護衛させてください」


「…どうしてもというなら女性騎士をつけて下さい」

 これまで使った事の無かった聖女権限…我儘を使ってまで高圧的に彼を拒絶する。


「…畏まりました。すぐに」


 沈痛な面持ちで頭を下げ、部屋を退出していくリカルド。 


 申し訳なさと、自分へのやるせなさとでエレザは疲弊しきった顔を項垂れさせた。


 …でも多分、こんな事は長く続けられない…


 結末は疲れ果てて誘惑に屈するのが先か、自分が壊れるのが先かの違いに過ぎない。


 ここから逃げ出したい… 空を自由に飛べる翼が自分にあれば…


 作業机に突っ伏して深々と溜息を漏らした。



 ◇◇◇



 公務の切れ間に少しでも気を紛らわそうと、気になっていたエールゲート王族お抱えの薬師の工房を訪ねた。

 あの夜以来、リカルドに代わって護衛につけさせた女性騎士を連れている。


 女性騎士が扉をノックすると、工房の扉を開け、小人のような老人が出迎えて深々と辞儀をした。


「わざわざ御足労頂き恐縮です。 ようこそ、我が薬剤工房へ。 私はエールゲート家に目を掛けて頂いておりますノートンと申します。 かの聖女様をお迎えできて光栄の極みです。 薄汚い所で申し訳ございませんが、どうぞこちらへ」


「エレザです。今日はお世話になります」 


「滅相も無い。 世界に一つしかない癒しの力をお持ちの聖女様にお見せするには、児戯に等しい成果ばかりでお恥ずかしい限りですが…」


 工房内に足を踏み入れると、濃厚な草木と果樹、花の匂いに一瞬竦んでしまった。

 決して散らかってなどは居ないが、かなり強烈だ。


 良い匂いも甘い匂いも、苦い物も臭い物も、全てがごちゃ混ぜになっている。


「失礼、些か強烈でしたな… あー、換気弁の操作紐はどれだったか…騎士殿、貴女の方が背が高い。 一緒に探して頂けないか? 何分無精者で…」


 一部の棚からは植物が蔦を伸ばして、その紐を隠してしまっているようだ。 護衛の女性騎士二名もノートンを手伝って操作紐を探し始める。


「申し訳ございません、聖女様、少々お待ちを…」


「あぁ、いえ、お気になさらず…」


 ふと、部屋の隅に小部屋がある事に気付いた。 扉は半開きであった。気になって、その扉をしっかり閉めるつもりでそちらに向かった。


 その小部屋は窓一つ無い頑丈な倉庫のようになっており、見た事もない植物がズラリと並んで居た。 今まで居た工房は広かったが、どれも見た事のある植物ばかりだったのに対し、ここにあるものは未知のものばかりだ。


 好奇心から手近な一つをスキルで鑑定しようとした。


「ベルセリーフ…成分…ダナゾール…?」


「せ、聖女様、お待たせして申し訳ありませんでした。 ささ、どうぞこちらへ」


 ノートンが明らかに動揺しながら退室を促す。


「は、はぁ…」


 抵抗する理由も無いので大人しく従って小部屋を出た。


「いやぁ、申し訳ない。 これは王家の儀式用のものでして。王家から保管を任されて預かっていたのですが、私としたことが…」


 そう言いながら小部屋の扉を閉め、厳重に鍵を掛けた。


「ヴィントランドでは見た事の無い、不思議な植物でした。葦のようにも見えましたが…」


「えぇ、異国より取り寄せられたそうです」


 言葉少なに説明しつつ、再び工房内の案内に戻った。そしてテーブルの上にずらりと並べられた調合済の医薬品の説明を始めた。


「これは美容健康促進の為に異なる果実から成分を抽出して調合したカクテル薬です。城のご婦人方に大変喜んで頂いております。 こちらは会食の多い貴族様や大臣様などのために胃腸を調える…」


 あの小部屋にあった植物以外の話となると、ノートンは饒舌に、懇切丁寧に説明してくれた。エレザもそれを聞き、相槌を打ちながら工房視察を過ごした。


 学ぶこともあったが、しかしそれ以上に心に引っ掛かったのはあの小部屋にあった植物だ。 …そしてそれを見られた際のノートンの狼狽ぶりは異様だった。


 完全に鑑定しきる前に声を掛けられてしまったため、全ての成分鑑定はできなかったが…一つだけ、確かな成分を見た。もっとも、それが何を目的としているのかは知る由も無かったが。


 ノートンに礼を言い、工房を後にした。




「…そうだ、手紙…」


 レイ達に手紙を出す事を約束しておきながら、そんな事も忘れてしまっていた。


 必要な道具は既に執務室に揃っていた。エレザはその夜、久しぶりに薬草調合を休んで手紙を認めた。


 自分が何事もなく健康に過ごしている事、何も心配はいらないという事だけを伝えるあたりさわりのない内容を認め、レイ宛てに手紙を侍女に託した。


 

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