リカルド王子
(お伽噺に出てくる囚われのお姫様って、どんな気持ちだったんだろう…こんな気分だったのかな…)
馬車に揺られながら、ヴィントランドの王都よりも大規模な城下町へと差し掛かった。国力も相当差があるのだろう、と想像できた。
最精鋭騎士団・四竜騎士団に厳重警護された馬車と、それを自ら先導する白銀の騎士・リカルド王子。自分ともそう歳が離れていないというのに、王子でありながら既に将軍として全軍を統率し、今回の戦いでは四竜騎士団を率いて自らハイリスクな聖奪戦を戦い、完全勝利を掴みとっている。
正当な手段で奪い取った聖女を連れて凱旋する英雄たちを迎えようと民が沿道に溢れ返り、賞賛と祝福の言葉を口々に飛ばす。
「エールゲート万歳! 四竜騎士団万歳! リカルド将軍万歳!」
「リカルド王子万歳!」
リカルドを称える声が唱和していく。
気を利かせた婦人たちが家々の二階から紙吹雪や、わざわざ花瓶を持ってきて毟った花弁を凱旋軍に降らせる。
花吹雪の中を行くリカルド王子は、優雅に手を上げて応える。
町娘たちが憧れと陶酔の眼差しをリカルドに向けて身を震わせている。
エレザの乗った馬車の窓枠に、毟られた花弁が引っ掛かった。
何の気なしにそれを摘まみ上げ、手の平の中で見つめる。
こんな華々しい凱旋パレードは、自分が居た現代でも中々無いだろう。
一国の王都の人々が、こんなにも目を輝かせて喜んでいる。
…でも、所詮自分は「景品」に過ぎない。
花弁を握り締めた。
それに、望んでやってきた訳では無い。 勝者に無理矢理連れて来られただけだ。
レイを打ちのめした仇に…
王城に到着した馬車が停止し、先導していた白馬から降り立ったリカルドが馬車のドアを静かに開けた。
四竜騎士団全員が恭しく跪いてエレザの眼前に控える。
「聖女様。長旅と不便を強いてしまい、申し訳ありませんでした。 本日よりこの城を貴女の所有物と思って気兼ねなくお過ごし下さい」
恭しく差し出された手。 触れるのは抵抗があったが、決められたルールに則って戦いに勝利した彼に非は無い。
…終わってしまった事だ。 無碍にするのも違うだろう。
軽い自己嫌悪を感じながらその手を取り、馬車から降りた。
ヴィクトリア朝を思わせる、ヴィントランドのそれよりも一回り大規模な瀟洒な城と優美な庭園が自分を迎えた。騎士や侍女、神官、賢者、そして王族までもが総出で出迎えてくれていた。
「お初にお目にかかる。 エヴァンス・フォン・エールゲートです。 この度は聖奪戦によって驚かせてしまい、誠に申し訳なかった。しかし、これも一国としての権利ゆえ許されよ」
「エレザ・ランシェーヌです。 …はい、理解しています。 これからはここでお世話になりながら聖女としての使命を全うしていくつもりです」
「そう言って頂けるとありがたい。 …時に顔色が沈んで見受けられるが、不肖の愚息リカルドが何か失礼でも?」
エレザの背後で跪いて控えていたリカルドがピクリと身じろぎした。
「い、いえ。大変親切にして頂きました」
…レイの件…恨み言は今は置いておくしかない。 実際、リカルドはこれまでに会った王族の中で最も自分に敬意を持って接してくれている。…こちらが恐縮するほどに。
「そうですか? この通り普段は生真面目な男なのですが、私もこうしてお会いするまではこうも若くお美しい、神性を纏った聖女様とは思わなんだ。 …思わず魔が差した息子に何かされたのではないかと」
まだギリギリ初老かどうかといった、ヴィントランドのダリウスよりも若いエヴァンスはわざとらしい疑いの表情で冗談半分に尋ねてきた。
「い、いえ、そのような事は…」
「…陛下、その辺でご容赦下さい。 そのような冗談を言われて、聖女様もお困りです」
「ふむ、そうか?それは失敬。 それではリカルドよ、エレザ様に城内をご案内して差し上げよ」
「はっ」
王族と別れ、リカルドに先導されて城内を歩く。
「こちらが庭園です。 エレザ様専用の菜園、薬草園、温室庭園もあります。作業に従事する住み込みの農夫もおります。…農夫と言っても十代前半の少年たちですが、皆教会から派遣された聡明で敬虔な聖徒達です。 元よりこのような仕事をしていたので、簡単な指示でエレザ様の手足となって作物の管理をしてくれます。 後程回収したエレザ様の私物を運び込みますので、暫しお待ちを」
「…ありがとうございます」
「…あの青年の事は本当に申し訳ありませんでした」
リカルドは沈鬱な表情で再び謝罪した。
「…蒸し返すのは止しましょう。仕方の無かった事ですから…」
瀕死にまで追い詰められたレイを見た時、本当に辛かった。自分のせいでこんな目に遭わせてしまった事が…。
…今にして思えば、リカルドへの怒りというより、自分への怒りをリカルドに向けていたのかもしれない。 八つ当たりと言われればそうなのかもしれない。
「…失礼ながらお迎えするにあたり、エレザ様の身の上を調べさせて頂きました。一般的な家庭で…その眼によってご苦労をされたのでは無いかと拝察します。 …彼はその頃からのご友人で?」
「…はい。辛かった時に…家族以外で唯一味方してくれた、大切な人です」
「…そうとは知らず、他に手が無かったとはいえあのような事を…重ね重ね、申し訳ありませんでした」
「…お顔を上げて下さい」
…向けられた顔は、前世で唯一心残りだった相手…学生時代に憧れていた先輩の顔だった。
髪の色や髪型は違っても全く同じ顔。 見間違えようが無かった。
髪は黒髪では無く、女の自分でも羨ましくなるような小麦畑を思わせる金色の長髪を束ねていたが、それ以外の顔立ちは…当時女学生達からハーフだと噂されていたあの中性的な彫り深い顔立ちそのものだった。
その彼がレイを叩きのめし、自分とを引き裂いた将軍。
…これほど悪趣味な巡り合わせがあるだろうか?
片思いで一言も言葉を交わせなかった先輩は…今はこの世界でリカルド王子として目の前にいる。 あの頃は恋焦がれる自分の存在に気付きもしなかった人が、殆どあの日あの時のままの姿で、まっすぐに自分を見つめていた。
…問題は、その眼に自分への打算や卑しい欲望などが無く、純粋な敬愛と信仰の光に満ち溢れている事だった。 眩しすぎる程に。
…こんな風に考えるのは気が引けたが、恐らく今のリカルドにとって、自分は聖女というより最も信仰している女神として映っているのだろう。
…それが何だかあまりに自分にとって都合が良すぎて、受け容れたくない。
自分はそんな高潔な聖者では無い。 ただ一人の想い人と添い遂げる為にその聖なる力を放棄したいだけの存在だ。
…だから、そんな目で見ないで欲しい。
リカルドから目を逸らし、庭園を見渡した。
「薬草があれば、私はささやかながら薬を作って人々のお役に立てます。 …ヴィントランドの地にも届くよう、よろしくお願い申し上げます」
「ありがたきお言葉。 必ずやそのように手配いたします。 …しかしながら、どうか、公務だけではなく御身もお大事になさってくださりますようお願い申し上げます」
「…ご安心を。私は自分の身を削ってまで人々の為に尽くすような…貴方が思うような聖人ではありません。 …元を突き詰めて行けば所詮は平民出の、ごく普通の一人の女に過ぎませんから」
「そんな事は…」
「御存知のように、元は魔女扱いされていたくらいですから。 …人間の汚い部分も沢山見てきたし、私も同じ人間として、それと大差ないつもりです。 …ですから、あまり私を神格化しても仕方がありませんよ?」
リカルドは困惑したように言葉を失いかけていた。
その目からは先ほどまでのような、自分を聖なる女神として見る光は薄まって行った。
…そこまでは狙い通りだった。
かつて好きだった人にあんな、尊いものを見られる目で見られたく無かったから。
元の…元の世界でそうだったように、自分に対して無関心の目に戻ってほしかった。
そうすれば、あの時のように綺麗に諦められるから。
唖然としていたリカルドの表情が優しげな微笑に変わる。
笑うと、儚げな美少女のようですらあった。
雄々しくて精悍なレイとは全く正反対な…
「え…?」
見惚れていたエレザは意味もなく声を上げていた。その声に反応したか、リカルドが再び真顔に戻りかける。
「失礼。 …その、畏れ多い事なのですが、どうか御容赦を…」
再び表情を幾分か緩めながら続ける。
「…なんだか今の一瞬、貴女を身近に感じられた気がしまして」
代わりにリカルドの瞳に宿ったのは、微かな好意…好意とも呼べないかもしれないが、確かな好感だった。
エレザはしかし、それに気付かず、「不思議な人」扱いされたと勘違いして複雑な表情になった。
自分の拙い目論見は、失敗どころか逆効果となって終わった事にも気付かずに…




