聖奪戦
ある日を境に、日を追うごとに城内が殺気と緊張で張り詰めていくのを肌で感じていた。
「…何かあったの?」
そんなピリピリした空気に居心地の悪さを感じて、中庭で隣を歩くレイヴンに尋ねた。レイヴンはエレザを見下ろし、複雑な表情を見せた。
「…ちょっとした戦争になりそうだ」
「…えっ!? …私がいればここは聖都になって、どの国も戦争を仕掛けて来ないんじゃ無かったの?」
神官や賢者たちから教わった事を問い質した。聖女の居る聖都…国に攻め込む国は神への反逆に等しい冒涜行為であり、当事国のみならず周辺の他国も全てが聖都側に味方して反逆国を集中攻撃する。 仕掛ける国にとってはそれほどの自殺行為だった。
「原則はね。…だが、例外がある」
「要するに聖女サマ争奪戦。 戦争って言うより国同士の決闘だね」
いかにも他人事だと言わんばかりの暢気な口調で、芝生に寝そべっていたアレスタが身を起こした。 その存在に気付かなかったエレザはびくりと身を震わせた。
「私…?」
「やっぱり聖女様っていう大特典の豪華盛り合わせを独り占めさせたくはないでしょ?
なんたっているだけで国民は大喜び。病も収まる、貧乏小国も一夜で聖都になれる… それに対して我こそが、と手を上げるために制定された、あぶれ敗者救済措置ってトコかな。「聖女様を俺達に奪われる様な軟弱な国に聖女様を頂く資格はない。我らが頂き、保護していくぜ! しゃぁオラァッ!」 …っていうノリ…じゃない、建前でね」
ふざけ半分なアレスタの説明に呆れかえるエレザに対し、レイが咳払いしながらアレスタの説明を捕捉した。
「…聖奪戦には普通の戦争よりも細かいルールがある。 まず教会が立会として安全地帯から両者の行動を監視する。 例え兵相手でも不必要な殺傷は極力避ける事。 投降したり、無力化された者への暴行や虐殺は厳禁。 一般市民に手を出したら即座に失格。 …戦場はこの城になる。極めて限定的な防衛戦だから、基本的にこちらの方が圧倒的に有利なんだが…」
「で、でも、そんな事言い出したら誰も彼もが何回でも挑戦してくるんじゃない…?」
「さすがにそれじゃ泥沼になってかなわないからね。 だから挑戦する側にも慎重にならざるを得ない制限があるのさ。 聖女の強奪に失敗した場合、その国は「二度と」聖奪戦に名乗り出る資格は無くなる。 さっきレイが言った通り、防衛側…つまり俺達は敵を有利なホームで待ち受けている。対して挑戦者側は敵の城を攻略しながら聖女様を奪わなければならない。 軽い気持ちで挑んで失敗したら、国ごと永遠に挑戦のチャンスが無くなるのさ。…そうしたら歴史的にも後世からしたら最悪の戦犯でしょ? だから聖奪戦なんてめったに起こらないし、聖奪に成功した国は未だ無いんだ」
アレスタが草笛を吹きながら説明した。
――それだけ、今回仕掛けてきた国家は相当な決意と自信、実力に裏打ちされた勝算があるんだ…
「ちなみに聖奪戦時に使って良い武器はこんな感じ」
そう言って傍らに置いていた剣…切っ先は丸められ、刃も潰れた鉄剣を掲げた。
「あと石礫とかそんなのかな。とにかく、刃がついてない武器。自分の得意な得物で槍とか斧とか特注品を使う奴もいるらしいけど、刃が付いていないのは同じ。 この子供の玩具みたいな訓練用の鉄剣で打ち合うワケ」
剣を放られ、レイに支えられながら慌てて受け取った。
「お、重ッ…」
少なくとも前世の自分が扱ったことのない道具の重さだ。…こんなもので打ち合えば、生身ではまず死んでもおかしくない。
「そう、刃は付いていないが、気を抜いていると打たれ所によっては死に兼ねない。 受ければ良くても骨折か重傷だし、メイルアーマーを着ていてもこの重い鉄剣で叩かれれば想像を絶するダメージと疲労になる。 …お祭りじみたイベントに思えるかもしれないが、れっきとした戦争の一部だ」
「…あの…私がここに居たい、って言ったら神託で解決…ってコトにはならない?」
微かな和平案に期待して尋ねてみた。
「…残念ながら…」
「ならないね♪」
それぞれ全く違うトーンで、同じ回答が返ってくる。
「結局は聖女様が欲しい大人同士…国同士の決闘だからね。誰の手に収まるか…それこそ敵国に渡ったとして、また色んな王子さまや貴族さん達に求婚されまくり…の繰り返しだろうけど、大人しくゲームの景品よろしく座って待っているしかないね。 あぁ、ちなみに聖奪戦の対象外になる例外はあるよ?」
「えっ、本当!? それは?」
「聖女様が既に婚姻している場合。 だから王族や賢者さんやらが君を結婚させようとあれだけ押してきていたワケ。 まぁ、もう今からじゃタイミング的にも完全に手遅れだけどね。 ご愁傷様」
「…他に言い方は無いのか、アレスタ?」
「例えば?」
「け、喧嘩しないで下さい! …皆が守ってくれるって信じてますから、全然怖くないです」
強がり半分、本音半分で答えた。 …そんな不利な条件を物ともせずに向かってくる国がどれほどの強大国か知らないが…レイと、彼らさえいてくれれば何とかなる…そう信じて疑わなかった。
「あぁ、ちなみに聞いた話じゃ申し込み相手は《《あの》》エールゲート王国らしいね。 更に主力はなんと第一王子将軍自ら率いた四竜騎士団だってさ。 凄いね。勝てる気が全くしなくて笑えるよ」
「エールゲートの天才将軍と四竜騎士団…か…」
アレスタとレイの会話は唐突に終わった。 気付いて顔を上げると、初めからアレスタなど居なかったように彼の姿は遠くへ歩き去り、再び中庭をレイと共に散策していた。
「…何があろうと連れ去らせはしない。 …今回だけは奴の言う通り、敵が聖奪を諦めるまで…ほんの少しだけ辛抱してくれ」
「…うん。わかった」
誰の目も無い事を確認し、レイの手に指を絡めた。一回り大きな手が、その手をしっかりと握り返して応じた。




