罠と代償
「よう、レドくん。ムシは大丈夫だったかい? …おや、その肩に付いてるのは…?」
「なっ!?……って、その手には乗るかよ、馬鹿め!…フン、虫なんて余裕だったよ」
「エレザの知恵…」
言いかけたレイヴンの口を慌てて塞いだ。 …余計な火種を投入させるわけには行かない。
「エレザ嬢が何だって?」
「な、何でもない。 ね、レイ?」
「…ああ」
城に到着すると、出迎えのヴォルトとアレスタも協力して大量の薬草をエレザの工房に運び込んでくれた。
「ヴォルトさんもアレスタさんも手伝ってくれてありがとうございます」
「なぁんの、お安い御用です!」
「それはいいんだけどさ、ところでこんな大量の薬草をどうするつもりなんだい、聖女サマ?」
「薬にして怪我や病気に困っている人達に配ってもらおうと思って。ここに来られる人たちは私の癒しの力で何とかしてあげられるけど、家から動けない人もいると思うから」
「なんという慈悲の御心…」
早くも目を潤ませ始めたヴォルトを足早に追い越す。 アレスタも気だるげに薬草がたっぷり詰まった麻袋を肩に担ぎ上げて階段を上った。
工房は城内の菜園区画の一画にエレザの要望を汲んで急遽新設された。ささやかな薬草園も併設され、そこには各種ハーブの種を植えた鉢だけがいくつも並んでいる。
「ありがとう、そこのテーブルの上において下さい」
「うへぇ、薬草もこんだけ集まると強烈だねぇ…お前さん達も匂うぜ?ご愁傷様」
アレスタがレイ、レド、そしてエレザを見て笑った。 しかしエレザもにっこりと笑顔を返した。
「そうですか? …でもこれからアレスタさんも同じ匂いになってもらいますから大丈夫ですよ」
「…は?」
「これから薬草の加工に入りますから。…手伝って頂けますよね?」
声に微かなドスを利かせ、アレスタを見上げた。
「ははは、何で俺が…」
小馬鹿にしたようなアレスタの笑みが、室内を見渡してそのまま凍り付く。
戸口には山のようなヴォルトが鼻息荒く立ち塞がり、レイとレドも獰猛な笑みを浮かべてアレスタを冷ややかに見つめている。…どうみても逃げ場は無かった。
「なぁに、慣れれば癖になるかもしれんぞ、アレスタ?…それとも俺のポケットに残っていたこのアシックグラスを試食してみるか?」
「ククク…仲間外れは寂しいだろうから、一緒にしてやるよ」
レイとレドは勝ち誇ったようにアレスタを見ている。
「…わかった、わかったよ。 …キミっていい性格してるよ、聖女サマ」
アレスタはエレザを恨めし気に睨んでいたが、観念して両手を「降参」と上げてから袖を捲った。
「それでは皆さん、まずはそこの流し台でよく手を洗って下さい。それから…」
エレザの指示の下、四人の騎士がそう広くも無い工房の中を忙しなく行き交った。
それから数日かけて薬草を精製していった。グリフォンズの四人には二組に分かれてもらい、日ごとに薬草加工と警備とに交代して手伝ってもらった。
「ありがとうございました。ここまでくればあとは一人でできるので、皆さん本来の警護任務に戻って下さい。 本当に助かりました」
工房の端にある休憩・作業スペースのテーブルで、レイとアレスタにハーブティーとクッキーを振舞って労った。
「おかげで本当にヨモギの匂いがついちまったけどね。まぁ、慣れれば本人は気にならないからいいや」
「これで少しはお前の毒気が中和されればいいんだがな、アレスタ」
「ははは、ムードメーカーの俺がこれ以上大人しくなったらつまらないだろう?」
「誰がムードメーカーだ…」
レイとアレスタの軽口の応酬を微笑ましく見守りながら穏やかな午後の時間を過ごした。
…軽口と口の巧さではレイよりもやや上手なアレスタは、相変わらず意地の悪い笑みをレイに向けて森での毒草大量採取の件を揶揄っている。
…このアレスタが、千人以上の敵兵を一人で惨殺した殺人鬼の面を持っているなど、信じられない。 …信じたくない。
思考を止めて顔を上げた。
既に薬草は乾燥させた粉状、もしくは用途に応じて搾り汁にして瓶に詰められており、これから丸薬かポーションとして仕上げに掛かる。
「まぁ、力になれて良かったよ。 俺の手伝った薬を飲んだ病人がそのまま安らかにポックリ逝ければいいけど」
「そんなことないですよ。きっと良く効きますから。 …レイやアレスタさん、ヴォルトさんやレド君が手伝ってくれたおかげで、多くの人が助かる筈です」
「だとしたら光栄だ。 …それでは俺達は身辺の警備に戻るから、何かあったら言ってくれ」
「ありがとう」
作業は夜遅くまで続いた。それでも百人分の丸薬とポーションを仕上げ終えた所でレイが迎えに来て、就寝すべきだと促され、エレザは工房を後にした。
…工房の明かりが消えて数刻経って、そこへ忍び寄る影があった。
明かりも灯さず、音を立てずに工房内部へ侵入したその人影は工房内を物色しては元通りに片付けて痕跡を消し、そうして月明かりを頼りに休憩・作業スペースのテーブルの上に置かれた完成済みの丸薬とポーションを発見した。
すぐに懐から小瓶を取り出し、それらに瓶の中身…液体を丹念に染み込ませた。小瓶を二瓶開けると何かに気付き、慌てて机の影に隠れた。
「…エレザの奴、菓子作りもできたとはな。 …まだ残ってたりしねーかな?」
小さな人影が休憩・作業スペースへと進み、棚を物色し始めた。 先客と違い、片付けて痕跡を消すほどの悪知恵は働かないようだ。
「…おいおい、聖女サマが帰ったのに何かランプの明かりが見えると思ったらお前かよ、レド。なんだ?エレザちゃんの激ウマクッキーでも探してんの?」
更に扉が開く音がして…聞き覚えのある声が聞えてきた。
「ち、ちげーよ。忘れ物したんだよ」
「そうか?そうだったら俺の貰った分を少し分けてやろうかと思ったんだがね」
「…要らないならくれよ」
「要らなくは無いね。アレは城の男共に高値で物々交換として使える。バカだね、レイは。幸せそうに全部食っちまって。 ヴォルトに至っちゃ家宝にするとか言ってやがる。虫が湧くっての」
「く、クッキーに虫が湧く話なんかすんなよ、気色悪ぃ!」
…厄介な事になった… 後から入って来た乱入者に早く出ていけ、と念じながら、ただ見つからないようにテーブルの下で身を縮めて息を殺し続ける。
「…ん?レド、お前香水なんか使ってんの? さては色気づいたか?」
「は? お前じゃあるまいし、ンなもん使ってねーけど?」
「…なんか匂ったんだがな?」
侵入者の心臓が飛び跳ねた。早鐘を打つ鼓動に鎮まるよう命じ、目をきつく閉じた。
「…ほんとだな。そんな気がする。エレザのじゃねーの?…あいつ、案外オバハンくさい香水使ってたんだな」
「ははは。オイオイ、少しは口を慎めよボウヤ。そんな事じゃいつまでたっても俺みたいなスタイリッシュな紳士になれないぜ?」
「てめぇ…」
「ほらほら、クッキー分けてやるから怒るなよ。 戻ろうぜ」
扉が閉まり、気配が遠のいていく。 先客の侵入者は恐る恐る顔を出して窓から長身と小柄な騎士の後ろ姿を見送り、胸を撫で下ろした。
そして、足早にその場を後にした。
「…なにこれ?」
翌日、エレザは愕然として完成済みの薬品を見下ろしていた。
念の為にと軽い気持ちで薬効の具合を確かめようとスキルで成分鑑定した所、薬効成分はアコニチン・メサコニチンで上書きされていた。
「…どうかしたのか?」
レイ達が不思議そうにエレザと薬とを見比べた。見た目や匂いでは全く分からない。自分とてこのスキルが無ければ、これが毒薬に変えられている事すら気付かずに居ただろう。
「薬に…トリカブトの猛毒が塗られているの、ポーションにも…」
「なんだって…!? 俺には全く見分けがつかないが…」
「…私の持つ能力なの。 よく見れば棚とかも散らかって荒らされているし…」
「一体誰が…」
「おはようございます聖女様。畏れながら実は折り入ってお願いがございまして。こちらの少年が聖女様の御手で焼かれたクッキーをいたく気に入りましてね。是非ともこの哀れな食べ盛りの少年にもう一度恵んで頂けたら…おや?どうも何かあったような雰囲気だねぇ」
アレスタとレド、ヴォルトが工房に入って来た。エレザとレイのただならぬ深刻な雰囲気から状況を察し、流石にいつもの軽薄な笑顔も消えていく。
「…薬が毒薬にされている。 お前達、何か心当たりは無いか?」
「な、何と…!?」
ヴォルトが驚愕して大袈裟に後退る。
「ふぅん。 実は昨晩、レドがクッキー欲しさに侵入してね」
「お、オイ、テメェッ…!」
「その時に香水の匂いがしたんだ。 …レド君曰くオバハンくさい香水、だったそうだが」
「…私、香水なんてしてないけど…」
「…フム。となると下手人はおの御仁でほぼほぼ確定かな。 …さて、犯人の目星は九分九厘ついたが…どうなされますか、聖女様?」
四人の視線が自分に集まった。 自分は…
「…私を憎むのは勝手だけど、そのために無関係な人々の命を巻き込むのは絶対に許せない」
久々に怒りが込み上げてきた。
「さて、聖女様の意向…主命を受けた訳だが。どうする、隊長?」
「…眼には眼を、歯には歯を…で良いんじゃないかな。身をもって償ってもらおう」
レイも強い眼差しでエレザと視線を合わせた。
◇◇◇
「ほぅ、エレザ殿の作られた霊薬の試飲を?」
国王ダリウスは目を丸くしながらエレザを見た。
「霊薬などと言われてはお恥ずかしい限りですが…病気の改善の他に、内臓の調整や美容にも幅広く効果がありますので。 ここで何から何までお世話になっているせめてものお礼も兼ね、是非最初に出来上った薬を皆様にお召し頂きたいのです」
「是非もない。エレザ殿の秘薬、ご馳走になろうではないか! 王子ら、そして大臣らも今日の午後は公務も殆ど無い。一同に参席できるだろう」
ダリウスも嬉々としてエレザの提案を受け入れた。
そして…午後になり、王族、賢者や神官、大臣らも集まり、各々談笑しながらそれぞれのテーブルに着いた。
和やかな空気だった。 …ただ一人を除いて。
周囲が談笑しながら薬を飲んでいく中、グレイスは青ざめながら黄緑色のポーションが注がれたグラスを持ったまま、口を付けられずにいた。
「どうかなされましたか? …グレイス様?」
それまで王族に挨拶して回っていたエレザがにこやかにグレイスの席へと歩み寄った。
「ひッ… …いえ、その、少し体調がすぐれなくて…」
周囲で次々と薬を口にしては感想を言い合う王族や重臣を見回しながら、引きつった顔で言葉を詰まらせている。
…エレザの、他の者達に見せる笑顔とは明らかに異なる笑顔に恐怖していた。
周囲は試飲と歓談に夢中でグレイスの異変に気付く者は居なかった。
…ただ、会場の出入り口で警備に立つあの騎士達…レイヴンとアレスタだけが休めの姿勢のまま、グレイスを確かに見据えていた。
レイヴンは言い知れない憎悪と殺気を宿した無表情で。
アレスタは悪意溢れる、冷ややかな嘲笑の笑みを浮かべながら。
「でしたら尚更、どうぞお召し上がりください。 …ここにあるのは急ぎ新しく作ったものですから」
「えっ…!?」
「未遂で済んで命拾いしましたね。 …もし一人でも不幸があれば、その中身はグレイス様が手を加えて下さったアレになっていたでしょうね」
グレイスの瞳を見据え、押し殺した声でそれだけ囁いた。
彼女のその顔から血の気が引き、顔色が真っ青になるのを見て、ようやくそのテーブルから去った。 虚脱したグレイスの目には、無邪気にエレザに語りかけて絡む第二王子の事もまったく見えていなかった。
無邪気にアタックを仕掛けてくるヴェルサル第二王子と、孫娘に甘えるような我儘っぷりを見せ始めたダリウス王を何とかあやしつけ、一通りの挨拶回りを終えたエレザは二人の騎士の許へ戻った。
「俺の公開処刑プランにしないで良かったの?」
アレスタが答えを見透かしたように意地悪く笑った。
「…誰も被害に遭わずに済みましたから」 そう苦笑するに留めた。
「…それは結果的に君のおかげだろう? …個人的には公の場で何らかの罪に問うべきだと思うが」
あの毒薬が市井に配られていたら、多くの人々が命を落とし、自分のみならず王政も甚大なダメージを受けて居ただろう。…いくら聖女とはいえ自分や…その自分に近しい騎士である彼らも、異端裁判にかけられて惨たらしく処刑される騒ぎになっていたかもしれない。
それは許せない事ではあるが、幸いにも自分の持つスキルのおかげで大惨事は起こらなかった。
「…罪に問うとしたら、確実に処刑されてしまいます。 彼女がこれから心を入れ替えて真っ当に生きてくれる事を信じています。 私は例え自分を憎む相手でも、生きて欲しい。 …今回は、レイの言うように結果論だけど」
「まぁまぁ、良いじゃないの。 …ところで聖女サマ、今回犯人特定に貢献した騎士にご褒美を頂戴したいのですが?」
「ああ、クッキーでしたね。わかりました。 …でもアレスタさん、そんなにいっぱい一度に食べるんですか?」
「まぁ、俺とレドだからねぇ」
「…まさかお前…この間からやけに他の兵士に融通が利くのは…」
「え?」
「いえいえ、俺とレイの話ですよ! なぁ、レイくん!?」
「ッ…!」
アレスタはレイの不意を衝き、フレンドリーなヘッドロックを仕掛けてエレザから引き離して行く。
エレザはそんな二人の姿を呆気に取られて眺めていたが、男の子同士のじゃれ合い、と解釈して微笑ましく見守った。
不意に誰かにぶつかられ、エレザはよろけた。
「わっ…」
「ム…申し訳ない。目が悪くて…お怪我はありませんか、ご婦人?」
振り返ると、杖をついた老紳士が尻餅をついていた。
「あっ…だ、大丈夫ですか?」
エレザが慌てて手を差し伸べ、老人の手を掴んで体を起こした。
「目…そうだ、試作した目薬があるので良かったらどうぞ。 …絶対の効果は保証できませんが、少なくとも気休めくらいにはなりますから」
「ありがとう。かたじけない」
エレザは侍女に頼んで、工房から目薬を運んできてもらった。
「閣下…! 申し訳ありません、私が至らず…」
中年の正装姿の騎士が駆けつけ、老人とエレザに申し訳なさそうに謝った。
「申し訳ございませんでした、聖女様。私はコルドヴィッチと申します。こちらは…」
「ボールドウィンです。 …そうですか、あなたが今回の薬茶会の主催で、噂の聖女でしたか」
「エレザと申します。 …お大事に」
「ありがとう。 いつかお礼を返したいものだが…期待せずに待っていて下され」
そう言って老紳士は付き添いの騎士と共に一礼して去って行った。




