薬草採取
倒木をベンチ代わりに座っていた。隣にはレイが座っていた。 少し離れてレドが周囲を警戒していたが、ちらと目が合った。 レドはばつが悪そうにまたそっぽを向いてしまった。
「…うん、もう大丈夫。ごめんね、大爺ちゃんの事思い出して、なんだか泣けて来ちゃって」
受け取っていた水筒を傾けて水を一口飲み、それから水筒をレイに返した。
「…すまん。エレザの気持ちも考えず、無邪気にズケズケと聞いてしまった」
「ううん。 …泣くからって、決して悲しい事ばかりじゃないから。 それに、その時はどんなに悲しかったり辛かったりしても、それも私自身を作る出来事の一部だから」
「強いな、エレザは。 …俺は昔、エレザの隣で泣いたあの時以来、涙を流していない。 それはまだ、俺が大きな試練に遭っていないだけなのかもしれないな…」
「…そんな事ないよ。でも、いつどんな事が起こるかは分からないから、そんな心構えで居たいね」
「…さて、薬草探しを始めますかっ。二人にも手伝ってもらおうかな」
立ち上がり、スカートを払った。
「ああ。モンスターの気配も今のところ無いしな」
「それじゃ…まずはこういうのを探してくれる?」
「それは?」
「アルテミーシャ。またはヨモギ。薬草の大御所様だね。どんどん摘んじゃって」
「分かった。 レド、手伝ってくれ」
「りょーかい」
二人はエレザを挟むように別れ、それぞれヨモギ摘みを始めた。レドはエレザに教えられたセイヨウガマの穂に火を点け、銃士の標準装備でもある羽付き帽のアタッチメントベルトにそれを差して活動する。本来は周辺の植生に合わせて木の枝葉を挿してカモフラージュするためのものだ。
ヨモギを二人に任せる間、自身は別の薬草を探した。しばらく歩くと、セリに似た植物が現れた。
あの悪魔…パチンコ玉さんからもらったスキルがあった。それはこの世界の植物の名前と特性が感覚的に理解できる能力だ。 それが食べられるのかどうか、どういう化学物質を含んでいるのかを知ることができる。 その上で薬剤師だった頃の経験と知識を活かしてちょっとした薬を作る事ができた。
この世界には前世の世界でも馴染みのある植物もあれば、この世界特有の植物も混在していた。
今も、目の前のセリに似た植物がどんなものか、脳内に情報が表示された。
「落雨草・レイニーグラス…クエルセチンとイソクエルシトリンが豊富…使えそうね」
そのレイニーグラスを採取し、更にセージの仲間を見つけてそれも拾い上げた。
「おーい、こんなもんで良いか?」
レドが両腕に抱える程のヨモギらしきものを運んできてくれた。
…んん? …何か不吉な情報が見え隠れしている。
「うん、ありがとう。 …でもこれとこれはダメだね。毒草だから」
レドが麻布の上に降ろした薬草の山の中から、毒草を選り分けて取り除いた。
「そうなのか?ちっともわかんねーよ」
レドは首を傾げて唸った。
「そうだね、凄く良く似ているから…これは慣れないと間違っちゃうよね」
「食べるとどうなるんだ、死ぬのか?」
「うーん、余程瀕死の人でなければ死にはしないけど…お腹を壊してひどい事になるね。当分トイレから離れられなくなると思う」
下剤くらいには…いや、ダメか。下剤しては成分が凶悪過ぎる。
「待たせたな」
「わぁ、凄い量!これで…」
レイが体格を生かし、レドの倍近いヨモギを…ん? ンン…!?
「…あの、レイ。それは…」
見事なまでに例の毒草・アシックグラス一色。 …見事なまでにヨモギが一つも無い。
「わははは! ダセぇー!」
レドが腹を抱えて笑った。
「くっ…」
「ま、まぁまぁ、仕方ないよ、本当によく似てるんだから!」
自分とて、このスキルが無ければ間違えていたかもしれない。
…しかし、こうも見事に全て毒草だけを摘んでくるとは、ワザとでなければ相当なものだ。
「ククク…なぁ、レイ、そいつを敵軍の井戸に放り込んだりすればいいんじゃねーの?また勲章貰えるかもしれねーぜ? 今度は千人の敵兵を下痢で戦闘不能にさせたってよ」
「…言ってろ」
…その光景を思い浮かべて思わず吹きかけたエレザを、頬を微かに赤らめたレイがキッと睨みつけた。
「そ、そうだ、お昼にしようよ、二人共!」
エレザは慌ててその場を取り成した。苔生した切り株の上に置いていたバスケットへと向かう。
城の厨房の料理人たちとはすぐに親しくなった。自炊生活で料理はやり慣れていたし、料理人たちとレシピを教え合う事もあった。
今日の弁当も、料理人たちから作らせて欲しいと申し込まれていたが丁重に断り、代わりに厨房の一画を貸してもらって自分で作った。 料理人たちから貰ったぶどうジュースの瓶がバスケットの口から覗いている。
「お口に合うか分からないけど、どうぞ」
真鍮のコップに葡萄ジュースを三人分注ぎ、バスケットを開けた。オーソドックスなサンドイッチが詰まっている。
「へぇ、コイツはすげぇ! ま、見た目はな。 どれ…」
レドがトマトとレタスとハム、それに城の庭園で見つけたとある植物を使った野菜サンドイッチに手を伸ばし、やや行儀悪く口に運んだ。
「…んっ?面白い味がするな?トマトとレタスは分かるけどよ…甘辛い?」
「そう。レディシュっていう花を刻んで油に浸けてみたの。 どうかな?」
サルサソースのような風味を持つ肉厚なこの世界の花だった。美しい花として大量に植えられているが、城の人々はこれが食用に出来るとは知らなかった。 料理人たちに教えてやると感嘆されたものだ。
「ん…まぁまぁ美味いな」
そう言いながらも気に入ってくれたのか、もう一つ取って頬張り始めた。
「それじゃ、俺も遠慮なく頂こう」
レイはエレザに断り、チキンを挟んだサンドイッチを取って頬張った。
「…ん?程よい辛みがあるな。食が進みそうだ」
「それもお城の庭で手に入れたんだ。メリスっていう豆を潰して和えたんだけど」
マスタードが無かったため、その代わりにと代用したものだった。…やや青臭い辛み…青唐辛子のタバスコに近い味わいだったが、試行錯誤して味を調整してマスタードになるべく近付けた。
「料理上手なんだな、エレザは。どれも美味い」
「よかった、たくさんあるからどんどん食べてね」
二人共大量に食べるだろうと思ってバスケットに満載してきて良かった。見ていて気持ちのいい食べっぷりで籠の中身が減っていった。自身もノーマルな野菜サンドとスライスした茹で卵のサンドイッチを食べた。
「ふぅ、食った食った」
レドは満足そうにぶどうジュースを飲み下した。
「御馳走になった。とても美味しかったよ」
「どういたしまして。 午後もよろしくね、二人とも」
「今度はしっかり頼むぜ、レイ」
レドが意地悪くニヤけながらレイを見た。
「…ふん。お前こそ調子に乗っているが、虫よけを切らして大騒ぎするなよ?」
「なにぃ…!?」
「こ、こらこら、喧嘩しないで。今度はこういうのを探して」
二人に次の目標となる野草を示しながら、エレザは指示を下した。
◇◇◇
夕方が迫っていた。レイも要領を覚えて大量の薬草を集め、レドも当初の予想より遥かに協力的で、おかげで作業が捗った。 麻袋に分けて荷馬車に満載した薬草を眺め、三人はそれぞれ満足げに頷いた。
「それじゃ、暗くなる前に帰ろーぜ」
レドが肩を伸ばしながら言った。
「ああ。 …ん? エレザ、何か変わったか?」
「え?」
「…気のせいか?何か雰囲気がさっきと…」
「雰囲気って……あっ!?」
自分の後ろ髪に触れて青ざめた。 髪留めを…レイのくれたバレッタが無くなって髪が解けていた。
「か、髪留め…!」
急いで記憶を辿った。取り付け方が甘かったのかもしれない。…けどお弁当の時までは確実に着けていた。 レイが常に近くに居たから、落としたらこうしてすぐに気付いていてくれたかもしれない。つまり、つい今さっき落としたのでは…
つい今しがた地形が複雑な窪地を探したが…もしや…
「ちょっと見て来る!」
「俺も行く」
「お、オイ、マジかよ? じきにモンスターがうろつき始めるぞ!?」
レドが舌打ちしながらもついてくる。
窪地へ飛び込み、四つん這いになって草地の中を探した。焦る心を抑えて集中して探す。
レイも少し離れて同じように草むらの中を探してくれた。
レドは窪地の上に立って周囲を鋭い目で見渡している。
暫く時間が経った。 …日の光が弱く、薄暗くなっていく中、どこか遠くで狼の遠吠えのような声が聞こえた。 焦燥に駆られながらも二人の身と天秤にかけ、諦めの選択肢が浮かび始めた頃…手の先に煌くライトグリーンの淡い宝石。クローバーを象ったバレッタが草の中にあった。
「あ、あったよ! ありがとう、二人共!」
「行こう。もうじき…」
レイがエレザの手を取った瞬間、森の奥から藪を割って何かが突進してきた。
「チッ…ワーウルフだ!推定二十体!」
「レド、五体頼む。…それと、聖女様には指一本触れさせるな」
レイは既に一人の騎士の顔となって、ワーウルフの群に向かって駆けて行った。
「あいよ」
レドも狩人の顔となって肩からライフルを下ろすと、無造作に立て続けて二発撃った。エレザにはとても目で追う事もできない敏捷さで、迂回しつつ取り囲むように接近してくる五体のワーウルフ。
その内の二体が眉間に銃撃を受け、転がり倒れて動かなくなった。
ワーウルフ…極めて高い狩猟能力と知能を備える上級モンスター。 実物を見るのは初めてだが、この世界で子どもの頃から「悪い子はワーウルフに攫われて森の奥で食べられてしまうよ」というお決まりの文句があったし、どういうものかはある程度知っていた。 時折、若い女性を魔王への生贄に捧げるために攫うという。
そして戦闘能力は極めて高い。古参の騎士でも、一対一では極力相手にしたくはないと言う。
しかし目の前のレドは、その屈強なワーウルフの半分ほどしかない小柄な青年でありながら、早くも二体のワーウルフを射殺してしまった。
だがレドもまた、それ以上ライフルを撃たずに肩に担ぎ直した。そして腰に下げていたブロードソードを抜き払った。
(まさか、弾切れ…!?)
銃士が銃を使えなくなれば… 三体のワーウルフ達もとっくにその考えに至っているらしく、今度は迂回もせず、一直線にレドへと殺到してきた。
「れ、レド君…!」
自分が叫んだところでどうなる訳でも無かったが、それでも声を上げずにはいられなかった。
…次の瞬間にはあの小さな体が八つ裂きにされてしまう…
目を固く閉じ、エレザはその瞬間から目を逸らした。
悲痛な叫び声。 肉が地面に落とされる音。 「ハッ」という嘲笑。
「銃が無くなりゃ銃士が戦えないとでも思ったか?」
レドが一体のワーウルフを切り捨て、ブロードソードを担ぎながらその死骸を踏み越えていた。
そして、キッとエレザを振り返った。
「…だから君づけはやめろっつッてんだろーが!?」
「レド君!!」
「てめぇ…ワザとか!?」
背後から襲い掛かって来たワーウルフの一撃を難なく潜り抜け、手首のスナップを活かした一撃でその胴体を袈裟に切り上げた。
またも反対側から突進してくるワーウルフに向け、左手で素早く腰から引き抜いた単発式の短銃を撃ち込み、五体目のワーウルフもその場に倒れた。
「…終わったか?」
森の奥から血だらけのレイヴンが現れた。
「だ、大丈夫!?」
レイは残念そうに息を吐いた。体にフィットした漆黒のメイルアーマーを血で汚したまま、銀剣を鞘に収めた。
「ああ、返り血だけだ。…説得したが、ワーウルフは聞いてくれなかった。 …エレザこそ、怪我は無いだろうな?」
「うん、レド君が守ってくれたよ」
「レド、よくやった。流石だ」
「…ふん、俺くらいの一流の銃士ならこのくらい当たり前だ。 それより、さっさと帰ろうぜ」
「そうだな。 さぁエレザ、レドと一緒に荷車に乗ってくれ」
一行は夜陰と共に魔の気配が強まってきた森を後にした。




