表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだことにした闇の女神、男子高校生として生きていたら勇者召喚で帰還した  作者: 胡麻味噌
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

結界の限界



白い光は、まだ消えていなかった。


陽菜は両手を土についたまま、息を吸った。吸ったはずなのに、胸の奥まで届かない。結界の外では黒いものが何度もぶつかり、そのたびに光の膜が震えた。


「天野、顔色悪いぞ」


佐伯の声が近くで聞こえた。


「平気」


言ってから、陽菜は首を振った。


「……平気じゃない。でも、止め方がわからない」


佐伯は何か言いかけて、やめた。陽菜の肩に触れようとして、結局その手を引っ込める。触れたら壊れそうだと思ったのかもしれない。


榊原は結界の内側で生徒たちを一か所に寄せていた。


「立てる者は白石のそばに。座っている者を囲むな、空気が通るようにしろ。桐生、人数は」


「影森くん以外、います」


桐生の声は震えていた。


一瞬、誰も何も言わなかった。


陽菜はその名前を聞いただけで、喉の奥が熱くなる。律がいない。わかっているのに、何度でもそこで引っかかる。


「……探しに」


「今は駄目だ」


榊原の声は低かった。


陽菜は顔を上げた。先生の服は土で汚れていて、片袖が破れている。それでも、目だけは逸らさなかった。


「必ず探す。だが、今ここから出たら、全員死ぬ」


陽菜は唇を噛んだ。


結界の外で、鎧の兵士たちがこちらへ近づいてきた。口々に何か叫んでいる。音は聞こえるのに、意味はまったく入ってこない。


一人が陽菜を指した。


別の兵士が膝をつき、胸の前で印を切る。祈っているのか、驚いているのか、それすら陽菜にはわからなかった。ただ、自分の足元から広がる白い光が、彼らにとって普通ではないらしいことだけは伝わってきた。


「何言ってるんだ……?」


大河内が呟く。


「わかるわけないだろ」


佐伯が返す。けれど、その声にも力はなかった。


新海は座り込んだままだった。顔を上げてはいるが、目の焦点が合っていない。


「ステータスとか、スキルとかさ」


誰に言うでもなく、掠れた声で言う。


「そういうの、出ないんだな」


蓮司が振り返った。


「新海」


「いや、わかってる。今そんな話じゃないの、わかってるけど」


新海は笑おうとして、失敗した。


「俺、何であんなこと言ってたんだろ」


誰も答えなかった。


白石が苦しそうに息をしている。短く吸って、短く吐く。桐生がその背中に手を当てていた。


「白石さん、私の声聞いて。吸うより、吐く方を長く」


「む、無理……」


「大丈夫。今はこっち見て。外は見なくていい」


桐生は自分も泣きそうな顔をしていた。それでも、白石から目を逸らさなかった。


結界がまた揺れた。


陽菜の視界が一瞬白くなる。膝が落ちそうになり、佐伯が慌てて支えた。


「天野!」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないだろ」


「でも、離したら」


陽菜は結界の外を見た。


黒い群れは、減っていない。むしろ増えていた。白い光に集まってきている。光に弾かれるたび、怒っているようにも、喜んでいるようにも見えた。


その時、兵士たちの動きが変わった。


一人が久我を指した。


久我の足元では、黒い影が揺れていた。地面に落ちた影が濃くなり、息をしているみたいに伸び縮みしている。久我はそれを踏みつけるように足を動かしたが、影は消えなかった。


「俺だって知らない」


久我の声が低くなった。


「何なんだよ、これ」


月村が一歩下がった。


ほんの一歩だった。


けれど、久我は見た。


月村も、自分が下がったことに気づいた。顔が青くなる。


「ごめん。でも、それ……怖い」


久我は何も言わなかった。


その沈黙が、余計に痛かった。


兵士の一人が盾を構えた。短く鋭い声を出す。言葉はわからない。けれど、盾の向きだけで十分だった。


久我へ向いている。


佐伯が前に出た。


「おい」


兵士は佐伯の言葉を理解しない。盾は下がらない。


佐伯は久我の前に立った。


「怖いのはわかる。でも、久我を敵みたいに見るなよ」


「佐伯」


久我が呼ぶ。


「別に、俺は」


「黙ってろ。今のお前、黙ると余計怖く見える」


「ひどくないか」


「ひどい状況だからな」


久我は一瞬だけ目を伏せた。


兵士たちはまだ何か叫んでいる。その中に、陽菜には聞き取れない音が何度も混ざった。短く、硬く、警戒するような響き。


意味はわからない。


でも、その音が久我を刺していることだけはわかった。


陽菜は息を整えようとした。胸が痛い。結界が外から削られるたび、自分の中のどこかも一緒に削られている気がする。


それでも、陽菜は久我の方を見た。


「久我くんは敵じゃない」


声は大きく出なかった。


けれど、結界の内側では聞こえた。


「ここにいるなら、私が守る」


久我が陽菜を見た。


月村も、佐伯も、榊原も。


陽菜はすぐに視線を外した。そんなふうに見られると困る。自分だって、何をしているのかわからない。守るなんて言った。言ってしまった。


律なら、きっと茶化してくれた。


重すぎる空気に、変なことを言ってくれた。


律はいない。


だから、誰も茶化さなかった。


結界にヒビのような光が走った。


「天野さん!」


桐生が叫ぶ。


陽菜は歯を食いしばった。両手に力を入れる。白い光が一瞬だけ強くなる。けれど、すぐに薄くなった。


黒い群れが一斉に近づく。


兵士たちが叫ぶ。榊原が生徒たちを背に庇う。佐伯が久我の腕を掴んで下がらせる。白石の息がまた乱れ、桐生が何度も名前を呼んだ。


陽菜の膝が土についた。


「ごめん」


誰に言ったのか、自分でもわからなかった。


結界の光が大きく揺れる。


その瞬間、黒い群れの動きが止まった。


最初に気づいたのは、兵士だった。空を見上げ、言葉にならない声を漏らす。次に新海が顔を上げた。佐伯も、榊原も、つられて上を見る。


昼だったはずの空が、暗くなっていた。


雲ではない。


光が消えたのでもない。


遠い場所から夜そのものが広がってくるみたいに、戦場の色が変わっていく。


月村が小さく呟いた。


「……空、暗くなってない?」


陽菜は答えられなかった。


結界の外で、黒い群れが一歩下がった。


兵士たちも、声を失っていた。


陽菜には、まだ彼らの言葉はわからない。けれど今だけは、同じものを見ている気がした。


誰かが、来る。


そう思った瞬間、胸の奥で何かが小さく震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ