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SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!  作者: 宇宙のモナカ


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第61話 沈黙のコールドスリープ

ボスが示した座標――第52ブロックの最深部に位置する未登録の空白区画は、狂騒に満ちたスラム街の直下にあるとは到底思えないほど、不気味な静寂に包まれていた。

かつては巨大な工場の一部だったのだろう。

ひび割れた分厚いコンクリートの壁面と、迷路のように入り組んだ極太のパイプラインが、まるで朽ち果てた巨大生物の肋骨のように行く手を阻んでいる。


「……ビャッコちゃん。ここ、明らかに異常だよ」


アイアンメイデンの巨体の影に隠れながら歩いていたルミナが、手元の小型コンソールから顔を上げた。その表情は、普段の無邪気さが嘘のように険しい。


「スラムの環境ノイズすら全く拾えない。外部との通信プロトコルが完全に遮断されてるし、意図的なジャミングの壁が張られてる。完全に『外』から隔離された空間だよ」

「……どうりで静かなわけだ」


ビャッコは周囲の暗闇に鋭い視線を巡らせながら、腰のホルスターから対物リポルバー銃――オファニムを引き抜いた。

ただの廃棄された地下遺構なら、スラムの浮浪者が住み着いていてもおかしくない。

だが、ここには生活の痕跡どころか、ゴミ一つ落ちていないのだ。

何者かが意図的に「清掃」し、厳重に管理している証拠だった。

ビャッコは不自然すぎる静けさに、本能的な危機感が粟立つのを感じた。


「ルミナは私の後ろから離れないで。アイリス、索敵センサーの感度を最大に。いつでもやれる準備をしておいて」

『承知いたしましたわ。……ええ、実に不気味で、そして不躾な空間ですこと。淑女を歓迎するような場所ではありませんわね』


アイアンメイデンの外部スピーカーから、凜としたお嬢様口調が響く。

同時に、機体の右腕部ラッチにマウントされていた漆黒の円筒パーツが外された。ア

イアンメイデンの太いマニピュレーターがそれを握り込んだ瞬間、内部のストッパーが解除される。


――ガシャァァンッ!


火薬の炸裂音にも似た鋭い金属音と共に、三段構造のシャフトが一気に伸長した。

全長四メートル近い長槍。サクラデバイスの正規品のタクティカルランスだ。

一見するとスマートな円錐形の槍だが、その切っ先には大容量のキャパシタと感圧式のトリガーが内蔵されている。

対象に強く押し当てられた瞬間に超高電圧のパルスを叩き込み、内部回路を焼き切る強力な制圧用スタン兵器だ。

穂先からチリッ、チリッ……と青白い放電が散り、暗闇を妖しく照らし出す。


『……串刺し公(ツェペシュ)が修理中なのが残念ですが、今日はこの量産品で我慢して差し上げますわ』


静かに、しかし確かな闘志を燃やす赤いカメラアイが、暗闇の奥――巨大な崩落の隙間に作られた、真新しい防爆シャッターを捉えた。


ビャッコは銃口を下段に構えたまま、そのシャッターの前に立つ「二つの影」を睨みつける。


「……どうやら、お出迎えが来たみたいだね」


そこには、スラムのならず者とは明らかに一線を画す、統一されたダークグレーの装甲に身を包んだ二体の『軍用サイボーグ』が、音もなくアサルトライフルを構えて立っていた。


薄暗い隔離区画の入り口に、警告の音声は響かなかった。

二体の軍用サイボーグは、侵入者を視認した瞬間に一切の躊躇なくアサルトライフルを構え、殺意の引き金を引こうとする。


だが、それよりも企業の猟犬たちが牙を剥く方が早かった。


『無作法な真似は許しませんわ。淑女の御前よ!』


アイアンメイデンの巨体が、爆発的なトルクで前傾姿勢のまま突進する。

同時に、左腕にマウントされた12.7ミリ汎用機関銃が火を噴いた。

ズガガガガッ! と地下空間を震わせる重低音が響き、放たれた大口径の徹甲弾が、右側のサイボーグが構えていたアサルトライフルを容赦なく粉砕する。

武器を破壊され、衝撃でたたらを踏んだ敵の胸元へ、アイリスは右手のタクティカルランスを無慈悲に突き出した。


『お行儀よく眠りなさいな』


鋭い穂先がサイボーグの強靭な腹部装甲に激突し、深く突き刺さる。

それをトリガーとして、ランス内部の大容量キャパシタが解放された。


――バリバリィィッ!!


鼓膜を(つんざ)くような激しい放電音と共に、超高電圧のパルスが敵の内部回路へと叩き込まれる。

軍用装甲の隙間から青白い閃光と黒煙を吹き出し、一体目のサイボーグは断末魔のノイズすら上げる間もなく、完全に沈黙して崩れ落ちた。


その巨体の影で、もう一つの死闘が、いや『蹂躙』が同時に決着しようとしていた。


左側のサイボーグが、相棒を仕留めたアイアンメイデンへと銃口を向けようとしたその瞬間――視界の死角、地を這うほどの低い姿勢で肉薄するビャッコの姿があった。

敵がアサルトライフルの銃口を下段に下げようとした刹那、ビャッコはアスファルトを滑るように踏み込んだ。


ガリッ! と、タクティカルブーツの硬質な靴底が地面を擦り、オレンジ色の火花を散らす。

その遠心力と踏み込みの勢いを乗せた鋭い蹴り上げが、サイボーグの銃身を下から思い切り跳ね上げた。


「ガ、ジ……!?」


体勢を崩された敵の指が引き金を引き絞り、ライフルの銃弾が無為にコンクリートの天井を乱れ撃つ。

ガラ空きになった敵の胴体。ビャッコはその急所――胸部中央のメインフレームの接合部へ向けて、愛銃『オファニム』を両手で構えた。


「サクッと終わらせてもらうよ」


タァン、タァンッ!


冷徹に連続して放たれた二発の銃弾が、軍用サイボーグの装甲の継ぎ目を正確に撃ち抜き、中枢コアを完全に破壊した。

機能を停止した二体目のサイボーグが、糸の切れた人形のようにドサリと仰向けに倒れ伏す。


戦闘開始から、わずか数秒の出来事だった。


硝煙と焦げたオイルの匂いが漂う中、ビャッコはゆっくりと銃を下ろし、小さく息を吐いた。

その横に、地響きを立ててアイアンメイデンが歩み寄る。

ビャッコが軽く右手の拳を突き出すと、アイアンメイデンもまた、四メートル近い巨体には似合わないほどそっと、その巨大なマニピュレーターを差し出した。


小さな拳と、巨大な鉄の拳。

トン、と軽い音を立ててグータッチを交わし、二人は完璧な連携を無言で称え合う。


「……わー」


二つの沈黙した残骸の後ろから、武器を抱えたルミナがひょこひょこと小走りでやってきた。

彼女は瞬殺された軍用サイボーグと、涼しい顔をしているビャッコたちを交互に見比べながら、少しだけ頬を膨らませる。


「瞬殺じゃん。……これ、私の出番ないかも?」

「ルミナの出番もちゃんとあるよ。ロックの解除、頼める?」

「任せて! そういうことなら、私の出番だね!」


ビャッコの言葉に、ルミナはすぐにいつもの明るい笑顔を取り戻し、二体の亡骸の奥にある、閉ざされた真新しい防爆シャッターの制御盤へと駆け寄っていった。


ルミナは工具箱をごそごそと漁り、見慣れない形状の電子デバイスを取り出した。


「ネオンちゃんから借りてきた特製の解錠ツールだよ。『電子錠なら大体開くはず』って言ってたけど……」


ルミナが防爆シャッターの制御盤のポートにデバイスを接続すると、ツールがチカチカと明滅し、短い電子音を鳴らした。


「……よし、開いた!」


分厚い隔壁が重々しいモーター音を響かせて上昇を始める。

開け放たれた隙間から流れ込んできたのは、ひどく冷たく、無機質な消毒液と……鉄錆びた血の匂いだった。


内部は、最先端の医療施設とオートメーション化された食肉工場を悪魔合体させたような、異様な空間だった。

壁も床も無菌室のように真っ白で、天井を走る冷たいLEDの光が、ステンレス製の解体ラインを照らし出している。

現在、工場のラインは稼働を停止しており、不気味なほどの静寂に包まれていた。

だが、空間の中央を貫く巨大なベルトコンベアには、赤黒く変色した乾いた血の跡がべっとりとこびりついている。

そして部屋の隅には、中身の詰まった『黒いボディバッグ』が無造作に、山のように積み上げられていた。


「……今は作業が止まっているみたいだね。少し内部を調べよう」


ビャッコの指示で、三人は警戒しながら凄惨な現場の探索を始めた。


『……極めて悪趣味な光景ですわね』


部屋の奥、大型の焼却炉を覗き込んだアイアンメイデンの赤いカメラアイが、怒りに揺れた。

炉の底に溜まった灰の中に、燃え残った白い欠片が散乱している。

それが余剰パーツとして廃棄された人間の骨であることは、誰の目にも明らかだった。


『いつぞやを思い出して気分が悪くなりますわ……』


アイリスの押し殺した声に、タクティカルランスを持つ巨大なマニピュレーターがギリッと音を立てて握り込まれる。


一方、ビャッコは壁際に並ぶ巨大な業務用冷凍庫の前に立っていた。

重厚なハンドルを引き下げ、冷気とともに扉を開く。

その瞬間、ビャッコの顔から一切の表情が消え去った。


庫内に整然と並べられていたのは、用途ごとに分類され、真空パックで厳重にパッキングされた人体の『生体パーツ』の山だった。

だが、それは単なる肉の塊ではない。


透き通った極厚のポリマー袋の中に押し込まれているのは、血の気を抜かれ、蝋細工のように青ざめた手足の切断部位だ。

骨と肉の断面からは神経や血管が不気味に覗き、丁寧に洗浄された筋肉の繊維が露わになっている。

別の棚には、特殊な防腐処理液に浸され、虚ろな焦点でこちらを見つめる眼球の群れ。

さらに奥には、心臓や肝臓といった臓器が、鮮度を保つための冷却ジェルの中で赤黒い光沢を放ちながら無造作に積み上げられていた。

中には、まるで仮面のように『顔の皮』だけが剥がされ、真空保存されているものまである。


上層の富裕層へ『ドネーション』として流すための、徹底的に管理され、規格化された商品。

つい数日前まで、このスラムで泣き、笑い、息をしていたはずの命の成れの果てだ。


ビャッコは自身の内側で、脳内のA.R.E.S.の感情制御システムが、かつてないほど激しく作動しているのを感じていた。

視界の端でアラートが明滅し、強制的なメンタルスタビライザーが急速に冷却材のように脳髄を麻痺させていく。

もしこのシステムがなければ、底知れぬ怒りと狂気的な嫌悪感で、ビャッコは叫び声を上げながらこの部屋を破壊し尽くしていたかもしれない。

それほどまでに、目の前の光景は、人間の尊厳を嘲笑うかのように狂っていた。

ビャッコは感情を殺された冷たい瞳のまま、ただ深く眉をしかめる。


「……ビャッコちゃん、それ……」


背後からひょっこりと顔を出したルミナの言葉は、途中で凍りついた。

並べられた凄惨なパーツの数々と、保存液の入ったパックの中で揺れる『誰かの眼球』と、バッチリ視線が合ってしまったのだ。


「あっ……、あ……」


ルミナの顔から、スッと音を立てるように血の気が引いていく。


「う、ぇ……っ、おぇ……っ、げほっ……!」


彼女は膝から崩れ落ち、その場にうずくまった。

ゴホッ、オェッ、と苦しげな嗚咽を漏らしながら、堪えきれずに黄色い胃液を冷たい床に吐き戻してしまう。


「ルミナ、見なくていい」


ビャッコは静かに冷凍庫の重厚な扉を閉め、視界からその地獄を遮断する。

そして、床にうずくまり、ガタガタと震えながら吐き続けるルミナの傍らに静かにしゃがみ込んだ。


「うっ……ひぐっ……おぇ……っ」

「……ゆっくり息をして。大丈夫だから」


ビャッコはルミナの背中を、ゆっくりと一定のリズムでさすり続けた。

A.R.E.S.によって強制的に冷却されているとはいえ、ビャッコ自身の奥底でも、人間の命を冒涜するシステムへのどす黒い怒りが渦を巻いている。

ビャッコは自らの内に燻るその激情を鎮めるように、ただ黙って彼女の震えが収まるのを待った。

背後のアイアン・メイデンもまた、主の静かな怒りに寄り添うように、赤いカメラアイを伏せて二人に付き添っている。


「……ごめん。キツかったね」


やがて嘔吐が収まり、荒い息を繰り返すルミナの耳元で、ビャッコは静かに語りかけた。


「でも、この狂った悪事を完全に終わらせるためには、連中が絶対に言い逃れできない『決定的な証拠』……元請けのデータバンクや、上層との取引ログを突き止める必要がある。ただこの場所を壊すだけじゃ、また別のスラムで同じことが繰り返されるだけだ」


ビャッコの言葉は、ルミナを責めているわけではなく、ただ真っ直ぐな事実と、共に前に進むための道標だった。


しばらくの間、ルミナはしゃくりあげながら涙を流していたが、やがて背中をさするビャッコの手の温もりに、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

そして、ふらつく足取りでゆっくりと立ち上がる。


「……うん。わかってる」


ルミナは作業着の袖口で乱暴に目元を擦り、口元の汚れを拭い去った。

足元もおぼつかない。だが、ビャッコを見つめ返したその大きな瞳には、先ほどの恐怖を塗り潰すほどの、はっきりとした強い意志が宿っていた。


「絶対に見つけよう。決定的な証拠……。こんな場所、跡形もなく全部ぶっ壊してやるんだから」


涙声のまま、それでも力強く頷いたルミナに、ビャッコはわずかに口角を上げて「頼もしいよ」と返した。


凄惨な地獄の底で、3人の決意は静かに、しかし確かな熱を帯びて一つになった。

暗部の核心を暴き出すため、三人はさらに深く、死の匂いが充満する工場の奥へと足を踏み入れていく。

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