第37話 芸能特区へようこそ
新章はじまります
その日の朝、いつもどおりの突然のミッションアラートが第3詰所に鳴り響き、詰所前に乗りつけられた大型装甲車に乗せられ、俺たちは悲しくドナドナされていた。
「…………便利に使われてるな」
そう呟いたところで誰かが代わってくれるでもない。
場所は、任務地へ向かう大型装甲輸送車の後部座席。
向かい合わせのシートには、いつものメンバーが座っている。
俺ことビャッコ、ネオン、アイリス、そしてルミナの4人だ。
この仕事の特別任務が何の前触れもないのはいつものことなのでいい。
だが、問題なのは俺の正面に座っているネオンだ。
彼女はさっきから一言も発さず、腕組みをして深く俯いている。
その顔色は悪く、目の下にはうっすらとクマができていた。
(……怒ってるのかな)
俺は心の中で冷や汗をかいた。
昨晩、強引に電脳直結をして、評価データを見せてしまった件だ。
あれは確かに、デリカシーに欠ける行為だったかもしれない。
年頃の女性の脳内に、上司が土足で踏み込んだようなものだ。
セクハラで訴えられたら負ける自信がある。
「あー……その、ネオン?」
「っ!?」
恐る恐る声を掛けると、ネオンがビクリと肩を震わせた。
そして、怯えたような、それでいてどこか熱っぽい瞳でチラリとこちらを見て、すぐに視線を逸らした。
「な、なによ……ビャッコ」
「いや、顔色が悪いから。昨日はよく眠れなかった?」
「……誰のせいだと……。いえ、なんでもありません」
「ごめん。私のせいだった?」
「うぅ……そういう無自覚なところが……」
ネオンは顔を覆って呻いてしまった。やっぱり怒ってる。
これは後で高いケーキでも奢って機嫌を取るしかないな。
俺がそんな見当違いな反省をしていると、隣で端末をいじっていたルミナが口を挟んできた。
「もー、湿っぽいなぁ二人とも! ミッション内容見た? これから華の『芸能特別区』に行くんだよ? もっとテンション上げていこうよ!」
「うるさいわねルミナ。遊びに行くんじゃないのよ」
「分かってるってー。でもさ、今回の任務ってアレでしょ? 国民的アイドル『ノア』ちゃんの護衛!」
ルミナが目を輝かせてホログラムウィンドウを展開する。
そこには、フリルのついた衣装で微笑む天使のような少女――ノアの姿が映し出されていた。
「すごいよねー、チケット倍率100倍のプラチナチケットを持つ歌姫! まさか生で拝めるなんて、役得すぎない?」
「ルミナ、今回の対象は殺害予告が出ていて護衛任務が言い渡された。あんまりはしゃがない」
俺がそう言ってレポートを見る。
そこには、赤字で『重要度A:殺害予告あり』と記されていた。
こういった手紙は日常茶飯事なのだが、差出人が差出人なので、念のため警護が必要だと判断されている。
俺たちが選抜されたのは、まあ、全員女性でかつ、任務達成度と戦闘能力を買われたためといったところだろう。
「はーい。分かってますよーだ」
ルミナは頬を膨らませつつも、興味深そうにホログラムを操作し続けている。
「でもアイドルとお近づきになれるなんてすごいじゃん。ねーアイリスちゃん」
「……私は興味ないです」
窓の外を流れる景色を眺めていたアイリスが、ボソリと呟く。
彼女の反応は冷ややかだった。まあ、アイリスは普段から他人に興味がないからな。
「興味ないって、アイリスちゃんも年頃の女の子でしょー? あ、もしかして自分の方が可愛いと思ってる? うんうん、素材は良いもんねー」
「……違います。私なんて全然可愛くないですから」
アイリスはそう言うと帽子を深く被って身を縮めた。
やっぱりアイアン・メイデンがないから不安なんだろうか。
しかし、まだ修理中だし、だからといって機体の修理が終わるまで遊ばせておくわけにはいかないのだ。
そんなアイリスの横顔を見て、俺はふと昨日のことを思い出す。
街頭ビジョンで見たノアの顔と、今のアイリスの顔。
やっぱり似ている。もちろん、化粧や表情の作り方は全然違うが、骨格やパーツの配置がそっくりだ。
他人の空似にしては出来すぎているような……。
(ま、現場に着けば嫌でも顔を合わせることになるさ)
俺は思考を中断し、窓の外へ目を向けた。
輸送車はちょうど、都市の境界線を越えようとしていた。
そこは、俺たちが普段活動している整然として無機質な中層位階の生活区画とは別世界だった。
「おお……」
まず、「空」がない。
上空数百メートルを巨大なホログラム・ドームが覆い尽くし、そこには極彩色のオーロラと、巨大な広告塔(アイドルの顔)が浮かんでいる。
太陽の代わりに、人工的な光が街を昼間以上に照らし出していた。
「見て見て! あのビル、浮いてるよ!」
ルミナが窓に張り付く。
彼女の言う通り、重力制御装置で空中に固定されたステージや、ビル間を繋ぐ光の回廊が、物理法則を無視して林立していた。
地上を歩く人々は、発光する奇抜なファッションに身を包み、その周囲をパパラッチ用のドローンが蚊柱のように飛び回っている。
そして何より、空気が違った。
輸送車の高性能フィルターを通しても、わずかに甘ったるい香りが侵入してくる。
高級な香水と、微弱な向精神作用のあるフェロモンが混じった、脳を麻痺させるような匂いだ。
「綺麗……だけど、なんか落ち着かないわね」
ネオンがようやく顔を上げ、眩しそうに目を細めた。
俺も同感だ。
ここは人が住む街じゃない。巨大な欲望の装置だ。
「着いた。全員、装備チェック」
俺が号令をかけると、車内の空気が引き締まった。
輸送車が、巨大なドームスタジアムの地下駐車場へと滑り込む。
プシュウゥゥ……。
エアブレーキの音と共にハッチが開く。
そこにはすでに、黒服のスタッフたちが待ち構えていた。
「ようこそ、治安維持部隊の皆様」
先頭に立っていたのは、神経質そうな細身の男だった。
整髪料で撫でつけた髪に、金縁の眼鏡。
仕立ての良い高級スーツを着こなしているが、その隙間から覗く肌は病的なほど白い。
何より目を引いたのは、その胸元で鈍く光るバッジだ。
企業が発行する、『クリアランス:ゴールド』の証明。
全人口の数%、選ばれた上位市民にのみ与えられる特権の象徴。
俺たちのような、現場で泥を啜る中位クラス労働者とは、住む世界も、適用される法律さえも違うというのは、後でアレスに教えてもらった話だ。
「(うわ、本物のアッパー……。でも、挨拶も丁寧だし、意外といい人そうだね)」
ルミナが背後で小さく囁く。確かに、その物腰だけを見れば紳士的と言えなくもない。
だが、その横でネオンが微かに眉をひそめて返した。
「(そう? 私には、目の奥が全然笑ってないように見えるわよ。……気をつけて)」
彼は俺たちを見ると、まるでスーパーに並ぶ肉の値段を確認するかのような、冷たくねっとりとした視線で全身を値踏みしてくる。
彼こそが、今回の依頼主であり、ノアが所属する芸能事務所の社長――『ゴルド』だ。
その顔は嘗め回すように俺たちの顔を順に見ていく。
そのうち、アイリスの顔を見て一瞬止まったが、アイリスが顔を伏せるように帽子を深く被ると、興味を失ったように言葉を紡いだ。
「お待ちしておりました。さっそくですが、あの子……ノアの楽屋へ案内します。ああ、くれぐれも粗相のないように。彼女は我が社の『最高傑作』ですので」
ゴルド社長の言葉には、人間に対する敬意ではなく、高価な美術品を扱うような冷たさが混じっていた。
俺は背筋に冷たいものを感じながら、部下たちを連れて車を降りた。
「案内します。こちらへ」
神経質なゴルド社長に先導され、俺たちは迷路のような地下通路を進んだ。
無機質なコンクリートの壁には、防音材と空調ダクトが張り巡らされている。
さっきまでの煌びやかな街並みとは対照的に、どこか閉塞感が漂っていた。
(……なんか、実験施設みたいだな)
ふと、そんな既視感を覚える。
アイリスが少し不快そうに眉を寄せたのも、同じ空気を感じ取ったからだろうか。
「ここがノアの控室です」
厳重なセキュリティゲートを潜り抜け、社長が分厚い防音扉の前で立ち止まる。
電子キーをかざすと、ガコンという重い音と共にロックが解除された。
「ノア。警備担当を連れてきたぞ」
社長が扉を開ける。
その瞬間、むせ返るような花の香りが鼻を突いた。
「…………」
そこは、まるで王族の私室のようだった。
真っ白な壁、高級な家具、そして部屋の至る所に飾られた無数の花束。
中央の巨大なソファには、一人の少女が優雅に足を組んで座っていた。
「……遅いじゃない、社長」
鈴を転がすような美声。
透き通るような肌に、金の刺繍が入った豪奢なドレス。
そして何より目を引くのは、その顔立ちだ。
「えっ……?」
ネオンが息を呑む音が聞こえた。
ルミナも目を丸くして固まっている。
俺もまた、言葉を失っていた。
そこにいたのは、紛れもなくもう一人のアイリスだった。
こうやって直接見てはっきりと分かった。
髪型も、瞳の色も違う。
だが、その骨格、鼻筋、少し勝気そうな唇の形……。
まるで鏡を見ているかのように、瓜二つだったのだ。
「あなたが……ノアさん?」
俺がおずおずと尋ねると、少女はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、侮蔑の色が宿っていた。
「は? 誰よこの薄汚い連中は」
「こら、失礼だぞノア。彼らは君を守るために治安維持部隊から派遣された……」
「守る? 私が? 誰に?」
ノアは鼻で笑うと、立ち上がって俺たちの前に歩み寄った。
そして、値踏みするように俺の全身をジロジロと眺める。
「ふん。こんな安っぽい女たち? 私の護衛なら、もっと最新鋭の軍用ドローンでも配備しなさいよ。こんな肉塊なんて、何の役にも立たないじゃない」
「なっ……!」
ネオンが怒りで顔を赤くする。
ルミナも「うわぁ、性格ワルッ」とドン引きしている。
国民的アイドルの裏の顔は、とんでもない性悪女だったらしい。
その様子はどこか、アイアン・メイデンに乗っている時のアイリスを髣髴とさせるので、俺はそこまで違和感もないのだが。
だが、ノアの視線が最後にアイリスへ向いた瞬間、その表情が一変した。
「…………!」
傲慢な笑みが消え、目が見開かれる。
驚愕と、そして隠しきれない敵意が入り混じった瞳。
「……あんた、まさか」
「…………」
アイリスは無表情のまま、ただ静かにノアを見返している。
だが、その瞳の奥には、どこか冷めた色が宿っていた。
「……やっぱり。あの時の、根暗な子。生きてたのね」
「……昔の話はやめてください」
「ハッ、誰にも引き取られなかったくせに、よくのうのうと生きてられたわね」
ノアがギリッと奥歯を噛む音が聞こえた。
誰にも引き取られなかった? 昔の話?
聞き捨てならない単語が飛び交う。
「……知り合い?」
俺が二人の間に割って入ると、ノアは忌々しそうに吐き捨てた。
「知らないわよ。ただの……昔の腐れ縁。同じ孤児院にいたってだけ。まさか、こんな場所で再会するなんてね。……運命ってやつは、とことん私をイラつかせるのが好きらしいわ」
ノアはそれ以上何も言わず、再びソファにドカッと座り込んだ。
そして、まるで汚いものを見るような目で俺たちを睨みつける。
「用が済んだならさっさと消えて。私の視界に入らないでくれる? 気が散るのよ」
「……失礼しました」
俺はため息を飲み込み、一礼して部屋を出た。
背後で、社長が「すまんね、気難しい子で……」と言い訳をしている声が聞こえる。
重い扉が閉まる。
再び無機質な廊下に戻った俺たちは、しばらく無言だった。
「……何なのよ、あの子! 性格最悪じゃない!」
最初に爆発したのはネオンだった。
まあ、当然の反応だ。あんな態度を取られて黙っていられる方がおかしい。
「でもさー、アイリスちゃんとそっくりだったよね? 同じ孤児院と言ってたけど、実は姉妹だったり?」
ルミナが興味津々で尋ねる。
アイリスは少しの間黙っていたが、やがてポツリと答えた。
「……同じ施設にいただけです。別に、姉妹とかじゃありません」
「ふーん……?」
その言葉には、明らかに嘘が含まれていた。
あるいは、嘘だと思いたい願望か。
(これは一筋縄じゃいかなそうだな……)
俺は頭を抱えた。
殺害予告に、ワガママ放題の護衛対象。
そして、部下との過去の因縁。
まためんどくさいことになりそうだなと思いつつ、俺は重い足取りで警備室へと向かうのだった。




