25・聖女の炎
「聖女……」
アイリスは突如自分の左腕に現れた刻印を見て、二の句を繋げない。
聖なる光だ。
魔神ユネレズの闇とは違い、見ているだけで人を安心させるような。
「そうだ」
俺はアイリスの瞳をじっと見つめながら続ける。
「お前は落ちこぼれでもなんでもない。勇者の刻印が現れなかったのも仕方がない。敵を倒す勇者ではなく、みんなを守る聖女だったのだから!」
聖女。
大昔の魔神大戦によって、勇者を影ながら支えたと言われる存在だ。
勇者は「誰よりも強くなりたい!」と強く思うことから覚醒することが多いが、聖女は「みんなを守りたい!」と強く想うことによって現れる。
ユネレズが王都を、そしてエノーラさえも殺そうとしている事実を目の当たりにし、今まで眠っていたアイリスの力が目覚めたのだ。
「でも……どうして、私は祝福の一族なのに。今まで誰も聖女なんていなかったのに……」
「それについては俺も分からない。後々考えても十分だろう。だが、今重要なのはそのことではない」
闇と化したイアナ城を見据える。
ユネレズは暴走し、周囲を破壊しつくす。
人々は叫び、逃げ惑い、場は混乱の渦に陥っている。
「聖女が放つ聖なる炎なら、エレノアに取り憑いた魔神だけを殺すことが出来るかもしれない」
簡単に言うと、聖女は神官の上位互換だ。
聖なる炎さえ使えば悪魔払い……いや、魔神払いをすることが可能だと言われる。
「アイリス、お前の力は彼女を救うことが出来る。その力、貸してくれないか?」
「で、でも……私一人だったらとてもじゃないけど、炎をあいつに届かせることなんて出来そうにない」
怖じ気づくアイリス。
うむ、確かに。闇と化した魔神ユネレズ……エノーラに聖なる炎を届かせることは至難の業だ。
ヤツに至るまで、いくつもの結界が張り巡らされていることが確認出来る。
しかもその結界、三重。一つ一つが別種の性質を持っており、たとえ世界を滅ぼす雨が降ろうとも、耐えることが出来るだろう。
しかし。
「言っただろ? 貸してくれないかって」
俺は魔法銃を掲げる。
「アイリスの炎をこれに込める。お前の炎を、俺の銃で届かせてやるよ」
「そんなこと、出来るの?」
「俺なら出来る。何故なら俺は——世界最強の暗殺者だからな」
悩んでいたアイリスであったが、やがてその瞳に力強い光が宿る。
「うん……あんたを信じるわ。とはいってもあんたを信じないと、私の大切なものも守れないからね」
「その意気だ。俺にしがみついたままでも、聖なる炎を顕現させることは出来るか?」
俺の問いに、アイリスは首肯する。
そして俺達の目の前に、白い炎が現れた。
「うわっ……これだけしか出ない!」
「十分だ。聖なる炎っていうのは、大きければ大きいほど良い訳でもない」
魔力の密度が濃い。
今までアイリスは頑張ってきた。その努力は勇者に結びつかなかったが、代わりに聖女の力を目覚めさせた。
眼前の白い炎は、彼女の努力の証明にもなるだろう。
「あんたに任せるわよ! やっぱ届きませんでしたなんて許さないんだからっ!」
「もちろんだ! お前も振り落とされるんじゃないぞ!」
アイリスの聖なる炎を弾として、魔法銃に装幀する。
両手でしっかりと構え、そして発射。
弾丸が闇を切り裂く。
「いけええええええええ!」
アイリスが喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
第一門、突破——。
弾丸となった聖なる炎は、あっさり一つ目の結界を破壊した。
第二門、突破——。
続けて二つ目の結界も壊す。
さて、ここまでは計算通りだ。
三つ目の結界に至るまで、あらかた弾丸に込められた魔力は使い果たしてしまった。
このままではユネレズに届くことはないだろう。
二発目は撃てない。
さすがにユネレズも警戒し、なんらかの対策を取ってしまう可能性があるからだ。
たった一発の弾丸で、世界を救わなければならないのだ。
「後は想いの強さ……ってヤツかな」
想う。
エノーラの信じた世界平和。
そして俺がなによりも欲した『普通』の生活。
アイリスの「みんなを守りたい」という想い。
それらが混じり合った聖なる炎が第三門に突き刺さる。
第三門——。
三つ目の結界に炎の弾丸が届いた!
力がせめぎ合い、拮抗する。
……。
永遠とも思える時間。
……突破!
よし!
三つ目の結界も突破し、聖なる炎がユネレズに向かっていく。
突き刺さり、白い炎がユネレズを包んだのがここからでも分かった。
「ど、どうなったの!?」
アイリスは飛びだそうとせんばかりに、前のめりになる。
だが、そんなに心配しなくてもいい。
イアナ城を囲んでいた闇が、徐々に晴れていく。
聖なる炎は再生の性質も持つ。
ユネレズの断末魔が聞こえた気がした。
聖なる炎ははじけ飛び、その余波で周囲の闇が一気に払われた。
「成功だ! エノーラは生き、取り憑いた魔神だけが消滅した」
エノーラの部屋へと降下していく。
あれだけボロボロだった部屋が、アイリスの聖なる炎によって再生されている。
勇者は壊す力だ。しかし聖女は再生の力を宿す。
「エレノア!」
アイリスがエレノア——ああ、これが終わったら彼女の本当の名前を伝えないとな。ややこしくて仕方がない——エノーラに駆け寄る。
エノーラは目を瞑り、横たわっていた。
「ラウル! ラウル! 本当にエレノアは無事なの!? これって……」
「アイリス……」
「むぎゅ」
アイリスの両頬を指で突いてやる。
「な、なにをするのよ!」
「いや、勝手にシリアスムードになっているからな。よく聞いてみろ」
耳を澄ます。
するとエノーラから心地よさそうな寝息とともに、「ん〜、ラウル。ダメじゃ。まだキスは早い……」という寝言が聞こえた。
「……あんた、いつもエレノアになにしてんのよ」
「なにもしていない」
「でも……よかったあ」
アイリスが脱力し、床に座り込んだ。
誰よりも平和を望んだ女王様の安らかな眠りは、平和の象徴にも思えた。




