24・VS魔神
エノーラ——いや、彼女の姿を借りている、魔神ユネレズを観察する。
「エノーラに取り憑くとは、なかなか面白い真似をしてくれるではないか。その程度で俺が騙されると思ったのか?」
「くくく、まさか。ちょっとしたお遊びだ」
ユネレズは余裕げに微笑む。
「しかし、意外にも早く来たのだな。このまま城の内部から破壊してやろうと思っていたのに。まさか人間の中にも《転移》が使える者がいるとは」
「バカだな。そういった絡め手を使わないと、破滅が出来ないというのか。やれやれ、今回の魔神はムギュロスよりも小者のようだ」
俺の言葉に、ユネレズは顔を歪める。
ユネレズはエノーラの姿を借りてることもあって、姿形、さらに声さえも彼女と同じだ。そのせいで違和感が強い。
彼女の声で「破滅」という言葉を口にするとはな。
ますます不快だ。
「ラ、ウル……一体なにが……」
「まずは《眠印》を解除しておこうか」
アイリスの背中に触れ、すりすりと撫でながら《眠印》を解く。
するとだんだん彼女の目に生気が戻ってきた。
「それにしても、俺はユネレズに気付いていたからあれだが……添い寝だとか戯言で、随分慌てていたな。アイリス」
「……! 仕方ないじゃない! あんなこと言われたら……」
「なかなか可愛かったぞ」
「か、可愛い!? そういうの、禁止って言ったでしょ! それに戯言ってなによ! 私は……」
口をもごもごするアイリス。やっぱり可愛い。
しかし今は彼女をからかっている場合ではない。
「魔神ユネレズ。一応聞いておくが、お前の目的はなんだ? 世界平和だとか言うつもりではないだろうな?」
俺の皮肉に対し、ユネレズは「ははは!」と高笑いをした。
「決まっている。我ら魔神の目的は人間の殲滅。破滅こそが我ら魔神に与えられた使命だ」
「そのくせ、今まで一度たりとも成功したことがないな」
「今までは強力な勇者がいた。しかし現世には、強い勇者などどこにもいない。出来損ないならいるがな」
ユネレズはアイリスに視線を移す。
彼女はそれを受けて、歯軋りをした。
アイリスが祝福の一族でありながら、勇者の刻印が現れなかったことをユネレズはあらかじめ知っているのだろう。
「先代のムギュロスを倒したごときで、調子に乗るなよ」
ユネレズが続ける。
「ヤツは、魔神の中でも落ちこぼれ。劣等者だったのだ。だからこそ、ムギュロス単体では勝てないと思い、同時に我を召喚しようとした。その考えはよかったのだが、詰めが甘い」
「言葉数が多いな。喋れば喋るほど小者感が増す。俺を恐れているのか?」
「はっ! 我が汝を恐れているだと? 戯けたことをほざきよる!」
語りながら、並行して魔法を展開するユネレズ。
「ねえねえ、ラウル!」
「なんだ」
「ま、魔神なんかに勝てるわけないわよ! 早く助けを呼んできましょうよ。幸いここは城の中だし……」
俺の服の裾を引っ張るアイリス。
「いや……」
それは愚策だな。
たとえ騎士団全員、いや全世界中の人類が集結したとしても、目の前のユネレズに勝てるか謎だ。ならば被害が広がらないうちに、俺一人で片付けておく方がいいだろう。
「よそ見をするな——《閃光破邪線》」
俺に向かって、魔力を圧縮した闇線が飛ぶ。
それは俺の胸を貫き、反対側まで走り抜けた。
「——戦闘の開始か」
だが、俺はすぐに治癒魔法を使い、胸に空いた穴を塞ぎながら、さらに距離を取る。
「蚊でも刺されたようなものだ。その程度で俺に傷一つ負わせると思うなよ」
「ほざけ!」
さらにユネレズは魔法を同時展開していた。
そして間髪入れずに発動。
《闇蛇殲滅弾》——。
床が蠢き、無数の蛇のような闇の塊が、俺まで殺到する。
「ラウルっ!」
アイリスの声が聞こえた。
闇色の蛇は全て噛み付き、このまま俺は闇に浸食され、『死』よりも恐ろしい『消滅』の世界へと誘われるだろう。
当たればな。
「つまらん」
俺は右手を銃の形にして、一発の《闇弾》を放つ。
「くっ!」
それはユネレズの体を擦り、床へと着弾した。
「次は当てるぞ?」
「どうして平気でいられる。確かに直撃したはず……」
「ああ。さっきのは俺の残像だ」
俺の残像に攻撃が当たったごときで、こいつはいい気になっていたのだ。
「さあ、お前の力を全て使い果たすがいい。全てを俺ははね除けてやるから」
「その余裕、後悔するぞ?」
ユネレズから魔法がメチャクチャに放たれる。
エノーラの部屋は広く、ホールのような場所だ。さすがは女王様の私室といったところか。
だが、ユネレズの攻撃が被弾し、だんだん部屋が壊されていく。
しかし俺はそれらを回避し、もし魔法が直撃したとしても平然とした態度を取った。
「どうした、どうした? それがお前の本気か?」
「人間ごときが舐めるなあああああ!」
ユネレズの魔力が枯れる気配がない。
さすがにこれだけ放たれれば、擦り傷くらいは出来たが、どれも致命傷ではない。
「す、すごいわ……私ではなにが起こっているか分からない……! これが魔神との戦い……でも圧倒してるじゃない。強いとは思ってたけど、ラウルの力は私の予想以上かも……」
アイリスが呟く。
彼女もAランク冒険者だ。当てようと思ってユネレズが魔法を放つならともかく、ヤツの眼中にアイリスは入っていない。
それでもアイリスは時には結界魔法を展開しながら、時には俊敏な動きで避けながら、戦闘になんとか付いていった。
「うむ、このままではきついな」
ユネレズは焦り、アイリスは俺の勝利を確信しているだろう。
しかし実は逆に追い詰められているのは俺の方だ。
このままでは……。
「ぐあああああああ!」
ユネレズが叫んだ。
魔力の奔流。
不味い!
「アイリス!」
「え……?」
俺は即座にアイリスのところで駆け、彼女を背負った。
そして間髪入れずに、窓の外に飛び出した。
「——最終形態、開放」
邪悪な声が地より這い出る。
その瞬間であった。
ユネレズが暴走し、体の周りを闇で包む。そこからいくつもの《闇弾》が炸裂し、弾幕となって駆け抜ける。
部屋が崩壊する。いや、イアナ城自体も闇に包まれ、その全容を拝むことが出来ない。
「わ、わっ! 空を飛んでる!?」
俺の首にしがみついて、アイリスが動揺する。
「《空中闊歩》だ。もしかして、アイリスはまだ空を歩いたことがないのか?」
「《空中闊歩》!? それって、Sランク魔法じゃない! あんた、そんなのも使えるぞ?」
「暗殺者の嗜みだ」
「す、すごすぎて、なにも言えないわ……」
アイリスが言葉を失う。
「それよりも、アイリス。戦況は最悪だぞ」
俺は夜空を滑空しながら、闇に包まれたイアナ城を眺める。
イアナ城から《闇弾》が何度も放たれ、それは城下町にも被弾しているようであった。
人々の逃げ惑う姿が、ここから拝むことが出来る。
「なんでよ。今まで圧倒してたじゃない」
「確かに、ユネレズ単体なら一瞬で滅ぼすことも出来ていただろう」
「魔神を一瞬でって……突っ込んでいる場合じゃないわよね。あんたのすごさを認めるしかないわ」
「しかし……ヤツは今、エノーラに取り憑いている」
「どういうこと?」
「ユネレズを滅ぼすためには、エノーラごと殺さなければならないのだ」
「あ」
目まぐるしく動く戦況に頭が追いついていなかったのか、ここではじめてアイリスが気付く。
「だからあんた、攻撃から逃げてたり防いだりしただけだったのね」
「そうだ。なにかいい解決法がないかと思ってな」
ユネレズをわざと挑発し、魔法を連発させて魔力切れも狙ってみた。
しかし魔神の魔力は無尽蔵。枯れる気配すらない。
「さらに最終形態も用意していた」
最早破壊の衝動に支配されたユネレズに、意志があるのかどうかも分からない。
悠長に考えている時間もない。このままでは王都が破壊され、そしてそれは世界全土まで広がるだろう。
「じゃ、じゃあ……打つ手ないじゃない」
「いや、打つ手はある」
これは俺のミスだ。つい躊躇してしまった。
「エノーラ——いや、エレノアごと魔神を殺すしかない」
それは非情な決断であった。
だが、悪魔払いが出来る神官を用意している時間もない。たとえ用意したとしても、悪魔ではない魔神を払える力が神官達にあるのかと言われると疑問だ。
ならば——相手が女王だとしても、俺は彼女を殺さなければならないだろう。
「で、でも……」
「でもじゃない。仕方がないんだ」
いわば、世界を生かすために彼女を殺す。
しかしアイリスは非情に徹しきれていないのか、
「ダ、ダメよ……だって、私達、あんなに仲良くなったじゃない。それなのにラウル自身で手をかけるなんて……」
「それじゃあどうする? このまま街が、そして世界が滅ぶのを見ておくか? 彼女と心中するか?」
「…………」
アイリスは目を伏せた。
俺だって辛い。
しかし彼女を説得している猶予は残されていない。
俺は魔法銃をこの手に顕現させ、ユネレズ——エノーラごと殺すため引き金を。
「ダメよ……」
アイリスの暗い声。
聞いている暇はない。
しかし——なにか良い予感がした。
引き金を引く手を一旦停止する。
「私……力が欲しい。いや、力なんてなくてもいいわ。極論、みんなを……街を、世界を、エレノアを救うことが出来ればなんでもいい」
顔を上げ、アイリスは夜空に響き渡るばかりの大声で。
「私の大事なものを奪うなあああああああああ!」
彼女の左腕が光る!
「えっ……」
アイリスは腕まくりをして、俺達は光の正体を目にした。
そこには刻印が刻まれていたのだ。
「ははは、そういうことだったのか!」
あまりの展開に、こんな状況でありながらつい笑ってしまう。
「アイリス。お前は勇者ではない。聖女だったんだ」
アイリスに聖女の刻印が現れた!




