23・真実
「エノーラ!」
俺達はすぐにイアナ城のエノーラの部屋から内部に侵入した。
「おお……ラウル」
するとエノーラが俺の姿を見るなり、憔悴しきった顔で近付いてきた。
「疲れてそうだな」
「うむ。魔神降臨と聞いて、今までバタバタしておったのだ……森林街のことは耳に入っておる。よくやってくれたな」
今まで騎士や冒険者達に、指示を与えていたのだろう。服も乱れており、すぐにでも倒れてしまいそうな儚さを感じた。
エノーラが部屋にいるということは、俺が森林街の魔物達を殲滅したおかげで、落ち着いてきたということだろうか……?
「それに……確かアイリスと言ったな。そなたも来ておったのか」
「え、ええ」
アイリスは戸惑いの表情を見せる。
「……ラウル。あんたのいとこの娘さんって、王族だったの?」
「そうだ。隠していてすまんな。俺だけの問題ではないので、詳細は語れないが……」
「いやそれは仕方ないけど……」
小声でアイリスが耳打ちしてくる。
アイリスにはエノーラがこの国の女王だとまだ伝えていない。せいぜい、エノーラもかなり末席の王族だと思っているのだろう。
だが、それを詳しく説明している暇もない。
「それにしてもラウル、どうしたのじゃ? 焦っているようにも見えるが」
エノーラが首をかしげた。
「ああ。姉さんから指示があってな」
「ほう?」
「森林街にいる魔物はただの目眩まし。ヤツはここを攻め入ってくると」
「な、なんじゃと!?」
エノーラが驚愕し、目を見開く。
森林街で魔物をあらかた片付けた後、レイラ姉さんからの通信を思い出す——。
『ラウル。今すぐイアナ城に向かってください。魔神はそこに現れます』
「どういうことだ、姉さん」
『あなた……それに私がつかんでいた情報にはフェイクがありました。おそらく、魔神は森林街に目を引きつけている間に、城への侵入を果たし、なにかを企んでいます。大きな転移魔法の魔力を感じ取りました』
姉さんの声からは焦りを感じた。
あの時、尋問した魔神は嘘を吐いていなかった。
ということは全ての情報を伝えていなかったということか。
「いや……魔神は悪魔に憑かれたレックスが俺に倒されることを、あらかじめ予測していたということか」
『そういうことです。そしてフェイクの情報をあなたに伝えた』
「ちっ……今回のはなかなかずる賢い魔神のようだな」
舌打ちをする。
通信しながら射撃も続けていたため、森林街にいる魔物は一桁まで数を減らしていた。
「よし、分かった。あまりゆっくり話をしている暇もないみたいだからな」
『理解が早くて助かります』
これだけ少なくしてやれば、後は騎士団や冒険者の方でもなんとか処理出来るだろう。
「だが、今から行って間に合うのか?」
『《転移》魔法を使います』
《転移》。
姉さんが一日一回だけ使える、大昔に失われた魔法の一つだ。
『時間はありません。すぐにイアナ城に向かい、まずはエノーラと接触してください。おそらく魔神はエノーラを狙うはず』
「分かった」
魔法銃を一旦仕舞う。
「アイリス、聞いていたか?」
「え、ええ……でも一体どういうこと? 理解が追いつかないわ」
「ちゃんとした話は全て終わってからする。取りあえず、イアナ城に《転移》するぞ」
「ちょ、ちょっと待って。《転移》って失楽魔法の一つなんじゃ……」
アイリスからの返事を待たず、俺達の周囲にいくつかの魔法陣が現れる。
《転移》発動。
瞬きしている間に、ここまで到着した——ということだ。
「エノーラ、無事だよな?」
エノーラに質問する。
「うむ。特に問題がない。それにしても魔神も詰めが甘いんじゃな。ラウルが到着してしまえば、もうこっちのもんじゃ。いくら魔神でもラウルには勝てんじゃろう」
安心したのか、笑みも見せ出すエノーラ。
それほど俺のことを信頼しているのだろうか。
彼女の瞳は無機質で、一見空虚に見えた。しかしその奥にはわずかな揺らぎと狡猾さがある。
——なるほどな。
「なあ、ラウル」
エノーラが言う。
「魔神が現れるまで、せっかくじゃ。そこのベッドで休んでおくといいじゃろう」
彼女がベッドを指差す。
「いくらラウルでも疲れたのではないか?」
「ああ、確かに疲れてきたな」
ベッドはふかふかもふもふで、今体をダイブさせればとても気持ちいいだろう。まるでベッドが俺を誘っているようであった。
「ちょ、ちょっとあんた達!」
「アイリス、なんだ」
「こんな緊急事態に寝るなんて、出来るわけないじゃない!」
「なにを言う。いかなる状況でも寝られないと、この先持たないぞ。俺が暗殺者の頃は、戦場のど真ん中でもイビキをかいて寝れたほどだ」
「はいはい。また十四歳病の妄想ね」
エノーラが溜息を吐く。妄想でもなんでもないんだが?
それにたとえ寝ている間でも、なにか異常を察知したら俺はすぐに覚醒することが出来る。そういう訓練もしてきたからだ。
「そうじゃ。疲れは厳禁じゃぞ。今からの戦いに備えて英気を養うのも、大事じゃ」
エノーラが俺とアイリスの背中をぽんぽんと叩いた。
俺はあえてそれを受け入れる。
「そうね……ふわあ、なんかあんた達と会話してたら、眠くなってきちゃったわ。やっぱり安心出来るのかしらね」
欠伸をするアイリス。
「こんなに眠たいのは久しぶりだわ……やっぱり疲れていたのかしら……」
「妾のベッドは気持ちいいぞ〜。せっかくだからラウルに添い寝してもらえばいいのではないか?」
「そ、添い寝!?」
「そなた等、付き合っているのではないか?」
きょとん顔のエノーラ。
「つ、付き合ってなんかいないわよ! ま、まあラウルがそのつもりなら、彼女になってあげてもいいけど……」
「なにもごもご言ってるんだ」
「な、なんでもないっ! もうっ、あんた、相変わらず鈍感なんだから! 十四歳病の前にまずはそれを治すべきね!」
エノーラが俺達のやり取りを見て「はっはは」と笑う。
それはまるで魔神降臨目前とは思えず、とても穏やかな雰囲気であった。これが『普通』なのだろうか。
いや。
「じゃあ私は寝させてもらうわよ。もう限界……」
「俺も寝るか」
まさか添い寝するわけにもいかないが、俺は近くにあるソファーで横にでもなればいいだろう。
そう思ってエノーラの背を向け——
「まずはその前に」
彼女の手を受け取る。
「寝る前におままごとの相手をしなくちゃな」
「……どうして分かった?」
エノーラが邪悪な笑みを浮かべる。
その手には《刀拳》の魔法が宿っていた。そのまま俺の首筋をかっ切ろうとしたのだろう。
当たればタダでは済まない。
当たれば……な。
「嘘を吐いている目をしていたからな」
「《眠印》の魔法も、やはりそなたには利かぬか」
「ああ。《眠印》なんてちっぽけな魔法、滅多に使ったことがないんだろう? まだまだ魔法の構築が甘いな」
エノーラの手を離し、距離を取る。
「え……ラウル、一体なにが……」
ふらふらのアイリス。
《眠印》が体に回り、眠気が絶頂まできているのだろう。
「簡単な話だ」
俺はエノーラ——の体を借りたヤツの姿を見据え、こう続けた。
「今、エノーラには魔神ユネレズが取り憑いている」




