26・暗殺者さん
「あ〜あ。でも結局あんたのおかげだったわね。いくら聖女の力に目覚めても、私だけじゃ炎を届かせることは出来なかったもん」
アイリスは立ち上がり、両手を頭の後ろに回して言った。
「それはお互い様だ。俺もアイリスがいなければ、あのままエノーラを殺していただろう」
それこそ、完膚なきまでに。
だが、躊躇してしまったのも事実だ。
俺も修行が足りないということか……。
「いやいや、俺は暗殺者を辞めるんだぞ? 修行とか、そういうのは考えなくてもいいんだ。仕事に脳が汚染されているな……」
「なに一人でぶつぶつ言ってんのよ」
ジト目のアイリス。
「あんた、本当にめっちゃ強かったのね」
「知らなかったのか?」
「いや知ってたけど……まさか魔神を単独で倒せるくらい、強いだなんて。それにエレノアに取り憑いていたから手間取ったけど、そうじゃなかったら圧勝だったじゃない」
「それは間違いないな」
もしエノーラを宿り木としていなければ、俺は最初の一発で魔神ユネレズを滅ぼしていただろう。
それくらいの力の差だった。
「私も……あんたくらいの力が欲しい」
アイリスがぐっと拳を握る。
「なんだ、まだそんなことを考えていたのか」
「そりゃそうよ。だって今まで魔神を倒す力を得るために、勇者なんかよりも強くなるために頑張ってきたのよ? それなのに、いきなり聖女だなんて聞かされても……実感が湧かないわよ。私、割り切れない」
「うむ。それは仕方がないかもしれないな」
「分かってくれる?」
「なんとなくな」
俺だって、暗殺者を辞めても、あの頃の習慣や癖が抜けきっていないのだ。
アイリスだって同じようなものだろう。
……だよな?
「城は元に戻ったけど、街はボロボロになっちゃったね」
「そうだな」
「今から復興頑張っていかないと。みんなの力があったら、なんとかなるわよね?」
アイリスが俺を見る。
彼女の言う通りだ。魔神ユネレズの攻撃の余波により、街はかなりの損害を被ってしまった。
怪我人もいるだろうし、今からしばらく王都は忙しくなるだろう。
『普通』ならな。
「なあ、アイリス」
「なによ」
「お前、自分の力をもっと誇るべきだぞ」
「え?」
「俺には出来ない。ほら、窓から街を見てみろ」
部屋にある一番大きな窓を指差すと、アイリスは真っ先にそこに向かった。
そして眼前に広がる光景を見て、絶句するのであった。
「どうだ? 街が再生していっているだろう」
夜の王都。
天上からきらきらと、まるで星が落ちるかのごとく、白い光が街に降り注いでいった。
いや光ではない。
「もしかして……炎?」
アイリスがやっと口を開く。
「ああ。お前の炎だ」
光だと思われていたものは、よくよく目を凝らすと白い炎であった。
——聖なる炎。
普通の炎魔法は相手を傷つけることしか出来ない。
しかし聖女が顕現する白い炎は、あらゆるものを再生させる効果を持つのだ。
「キレイ」
魅入られているアイリス。
「お前がやったんだぞ。もっと胸を張るといい」
アイリスが創造した聖なる炎は、俺の魔法銃によって発射された。結果的に魔神ユネレズに突き刺さった。
しかし三つの結界を破る際、辺りに魔力が飛び散ってしまったのだろう。それほど膨大な魔力であった。
飛び散った魔力は空中へと霧散し、そして今——街に優しく降っているのだ。
「どうだ、アイリス。これでも自分の力を卑下するか?」
「…………」
「ほら見てみろ。炎が当たったところから、復元していっている。見事なものだな。これなら復興作業も早く進む」
キラキラと光る白い炎に溢れる王都。
それはまるで、俺とアイリス、そしてエノーラの三人で一緒に見た展望台からの風景のようだ。
「俺は壊すことしか出来ない」
ぼーっと街の風景を眺めるアイリスに向かって、俺は語り続ける。
「しかしアイリスの力のなんと見事なものか。アイリスは『生む力』を持っている。全く、大したものだ。さすがの俺とて、手放しに賞賛してしまうぞ」
静寂。
それから俺達は口を開かず、黙って街の風景を眺めていた。
その沈黙を破ったのは、
「ねえ、ラウル」
——アイリスであった。
「私、すごいのよね」
「ああ。間違いなくな」
「頑張ったのよね」
「今までよく頑張ってきた。後で頭を撫でてやる」
「そんなことされたら私……胸がドキドキして爆発しちゃうわよ」
「どうしてだ?」
それに対する返事は返ってこない。
「ラウル」
アイリスが再度俺の名を呼ぶ。
「もう一度、質問していいかしら」
「なんだ?」
「あんたって何者? 妄想じゃなくて、本当のことを聞かせてよ」
またその話か。
俺は最初から嘘を吐いていないというのに。
「何度でも言う。暗殺者だ」
「なによ、それ。まだ言うの」
くすくすとアイリスが笑う。
俺の目にはとても魅力的に映った。
「でも素敵」
「なっ……!」
アイリスが俺の胸に顔を埋める。
そして顔を上げ、くしゃくしゃな笑顔でこう口にするのであった。
「また私の力になってね。暗殺者さん」




