21・アイリスの正体
「アイリス、お前はダメだ。ここで留守番をしていてくれ」
そう言うと、当初アイリスはきょとん顔。思考が停止しているようだ。
だが、すぐに前のめりになって、
「ちょ、ちょっとどういうことよ!? なんで私が行っちゃダメなのよ!」
と詰め寄ってきた。
勝手に「二人で魔神を倒しに行くぞー」という雰囲気が流れていたが、俺は流されない。
俺はじっとアイリスの顔を見つめる。
「二つ理由がある。一つ目はお前が足手まといということだ」
「……!」
反論されると思ったが、アイリスはすぐに口を開くことが出来ないようであった。
「俺にとったら弱いが、『普通』の人間では魔神は強大だ。傷一つ負わせることが出来ないだろう」
「で、でも……」
「分からないか? アイリスが行っても、犬死にするだけだ」
「そ、そんなのって……」
なんとか反論を紡ごうとしているが、アイリスは二の句を繋げない。
普通の人間にとって、魔神がどれだけ強力で、そして出鱈目であることが分かっているからだろう。
「まあそれはどうでもいい理由だ。俺がいれば、たとえ足手まといがいても守ってやれる」
「どうでもいい……?」
混乱するアイリス。
俺はもう一つの理由を告げる。
「俺は正体も知れぬ相手と共闘するつもりはない……ということだ」
「…………」
今までアイリスにもアイリスなりの理由があると思い、深く突っ込んでこなかった。
まあこちらにも言えることだが、この場での決定権は俺にある。
「もしアイリスが魔神側だったら、戦いの最中に後ろから刺されるとも限らない」
「魔神側!? そんなこと、有り得ないわよ!」
「そうだ、有り得ない。だが、一%でも可能性がある限り、俺は考慮する。不気味な存在に背中を任せるつもりもない」
「私が裏切るってこと……? 絶対に有り得ないわよ。信じて」
俺は黙って首を横に振る。
暗殺者時代、何人の人に裏切られてきただろうか。
愛想良く笑顔を浮かべる宿屋のおっさん。信頼出来ると思い、背中を預けた戦士。
裏切られた数は決して少なくない。
俺はいつしか、人を簡単に信じなくなった。
詰めを誤らない。
それがリスティド一族に徹底的に叩き込まれ、体に染みついていることであった。
「信じたいとは思う。しかし信じるに値することを、アイリスも証明してくれ。アイリス、お前は一体なんなんだ? ただの冒険者ではないだろう?」
「……分かったわ。喋る」
アイリスは自分の赤髪を撫でて、こう告白した。
「私は祝福の一族なのよ」
「祝福の一族……!」
「いくら常識知らずのあんたでも、その存在は知っているわよね」
「もちろんだ」
祝福の一族。
大昔、魔神を倒した六人の勇者の末裔。その子孫には代々刻印が現れ、勇者として魔神を打倒してきた。
「しかしアイリスのどこにも刻印があるように思えないが? それにイアナ王国には現在勇者が不在のはずだ」
勇者である場合は右腕に。サポート役の聖女である場合は左腕に刻印が現れるはずだ。
「そりゃそうよ。だって私は勇者の刻印が現れなかったもの」
「なんだと?」
アイリスは腕まくりをして、俺に右腕を見せた。
「私は炎の一族——アイリス・オーフィア。本来ならこの右腕に勇者の刻印が現れるはずだった。だが、十六歳になってもその刻印は現れない」
「そういうこともあるのだな」
「ええ。前代未聞らしいわよ。私のせいで、オーフィアは祝福の一族から外されるかもしれないらしいわ。私は……たった一人で今まで長年続いてきた勇者の血を途絶えさせようとしているのよ」
うむ、合点した。
祝福の一族に生まれてなお、勇者の刻印が現れなかった者はどのような扱いを受けるか。
俺には想像することしか出来ないが、筆舌し難い辛さをアイリスは感じてきただろう。
「だけど私は諦めない」
腕まくりを元に戻すアイリス。
「刻印がなくても、魔神を倒したら祝福の一族から外されることがないと思うわ。だから私は刻印が現れなくても、魔神を倒せるように日夜努力を続けてきた。こんなに早く次の魔神が現れるのは予想外だったけどね。だけど私は……ここで退くわけにはいかない」
「アイリス」
「なによ」
俺は彼女の頭にぽんと手を置く。
「バカか」
「真剣な顔して、そんなこと言わないでよ! バ、バカってなによ!?」
「確かに辛いことはなんとなく分かる。もしかしてそれで劣等感を感じて、俺がアイリスのことを嫌いになってしまうと思っていたのか」
「……そうよ」
「ははは」
思わず笑みが零れてしまう。
「やはりアイリスはバカだ」
「何度もバカって言うな!」
「刻印が現れなくても、魔神を倒すことは出来る。そこまで思い詰めなくてもいい。魔神など大したことがないんだからな」
実際俺、刻印とか関係なしに魔神倒しちゃってるし。
アイリスの問題は一つだけ。
まだ努力が足りなかっただけのことだ。
「あんたに言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議よね」
彼女の表情が柔らかくなった。
「さあ、私は喋ったわよ。今度はラウルの番」
「俺か?」
「ええ。あんたの正体も意味分からないんだからね。裏切られるかもしれないし、喋ってもらうわよ」
人差し指を口元に付け、アイリスは悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「くくく……そうだな。アイリスだけ言うのは不公平だな。いいだろう。俺の正体を教えてやる」
俺はリスティド一族であること。元暗殺者だったということ。魔神を事故死に装わせたのは俺だということ。国の暗部として暗躍しているということ。
洗いざらいアイリスに告げた。
「どうだ? 驚いたか」
「ええ。驚いたわよ……」
「そうか。じゃあ——」
「あんたが十四歳病を煩っていたなんて」
は?
「なんだ、その十四歳病というのは」
「主に思春期の男の子が煩う精神病みたいなものよ。誰にも言えない謎の力を持っていたりだとか、秘密結社みたいなところに所属しているっていう妄想に駆られている……」
おかしいな。
結構な覚悟で告白したつもりなんだが、どうやら話が変な方向にいってるぞ?
「も、妄想ではない!」
「だって、国の暗部? 魔神を単独で撃破した? さっき通信していた子も、あんたの妄想に付き合っている人なのよね? いくらあんたが出鱈目でも、そんなこと有り得ないんだから。しかも暗殺者って……十四歳病の子がよく考えそうな設定だわ」
「だから……」
「大丈夫。わたしはあなたのことをしんじるわよ。きをつよくもって」
今度はアイリスが俺の頭をぽんぽんと叩いた。
だが、明らかに棒読みだ。
俺の言ったことを信じているようには到底思えなかった。
「さあ、あんたの妄想……じゃなくて正体も分かったことだしね」
「お前、まだ信じていないだろう」
「信じてる、信じてる」
「適当に返事をしないでくれ。お、おい! そんな優しい目で俺を見るな。だから俺は……」
アイリスに顔を近付けて、必死に否定する。
そうしていると「くすくす」とアイリスは小さく笑って。
「ああ、なんだかあんたと喋っていたら私が祝福の一族だとか、どうでもよくなってきたわ。さっさと魔神を倒しに行きましょう」
「そ、そうだな」
まあ俺は喋ったんだ。信じるのも信じないのも、彼女の自由だろう。俺自身は信頼されているようだし、戦いには支障をきたさないか。
「そうだ。これだけは一つ言っておこう」
ああ、またこれも彼女の言う『十四歳病』的発言だと捉えられるんだろうな……。
半ば諦めながら、俺はこう口にした。
「暗殺者としての俺の依頼達成率は——100%。今までどんな依頼も失敗したことがない」




