20・留守番をしていてくれ
「ラウル、機嫌はどうですか?」
「よくはないな。面倒だと思っていたことが、さらに面倒なことになった」
「あら、奇遇ね。私もあなたと同じ気持ちです」
レイラ姉さんの声が真剣味を帯びている。
「知っていると思いますが、森林街に大量の魔物と悪魔が現れました」
「だろうな」
「王都に向かって侵攻中です。今は森林街の近くにいた冒険者や、騎士団の人達が対処していますが……長くは保たないでしょう」
「それも予想通りだ」
魔神が動いているとなったら、そんじょそこらの魔物では済まないだろう。
一体一体が、それこそアイリスの実力に匹敵するほどの力を秘めた魔物だと考えられる。
アイリスがレックスがAランク冒険者だと考えるに……とても、対処出来るとは思えない。
「しかしどうして凶悪な魔物が大量に出現したのか分かっていません。ですが、ラウル。あなたならなにかつかんでいるのではないですか?」
「実は……」
俺はレイラ姉さんに、先ほど悪魔から聞き出した情報を伝える。
悪魔憑きは魔神ユネレズの仕業だと。先代の魔神は同時代に二体の魔神を出現させようとしたこと。そして魔神ユネレズは、単独で王都を目指して侵攻しているということ。
それを伝えると姉さんは驚いた声音で、
「なんてこと……そんな……」
と言った。
通信紙の先では、今頃いくつものプランを考えているのだろう。
「魔神ムギュロスがそんなことを企んでいたなんて」
「すまない。俺の詰めが悪かったせいだ」
俺があの時、魔神ムギュロスをもっと詰めていれば、このような事態には陥らなかったかもしれない。
「いえ、仕方ありません。今頃言っても遅いです。それに魔神を倒すのは、いくらあなたでも精一杯だったでしょうから。そこまで頭が回らなかったのは、やむを得ません」
いや、魔神倒すの、そんなに苦労した覚えないんだけどな?
だが、今そのことを伝えたら、姉さんに叱咤されるのは分かりきったことだ。黙っておこう。
「ラウル」
「ひゃ、ひゃいっ!」
舌噛んだ。
「ん? どうしたんですか。もしかしてあなた、私になにか隠していることでも——」
「滅相もありません」
俺にとったら、悪魔や魔神よりもレイラ姉さん、そしてリスティド一族の方が恐ろしい。
「まあ今は追及している暇もありません。休暇中のあなたにお願いがあります」
姉さんは息をすーっと吸い、こう続けた。
「エノーラ女王……いえ、イアナ王国から、森林街に巣くう魔物殲滅の依頼がありました」
「まあそうだろうな。現状でそれに対処出来るのは、リスティド一族しかいない」
「魔神がいなければね。あなたの情報を聞いて状況が変わりました。今あなたしかいないのですよ。この依頼をこなせるのは」
「かもな。もし俺が行くとして、また魔神を事故死に装う必要があるのか?」
「いえ、今度はそうも言ってられません。今回は準備が足りなすぎる。前みたいに事故死に装えたらベストですが……背に腹は替えていられません」
だが、平和をなによりも愛するエノーラのことだ。出来れば事故死にしておきたいといったところか。
「あなたは休暇中です。もっとゆっくり休んで欲しかったです。しかし……もう頼れるのはあなたしかいないのですよ。ラウル、お願い出来ますか?」
レイラ姉さんにしては珍しく、随分下から質問してくる。休暇中でなければ「さっさと行け」と命令していただろう。
そう、俺は休暇中だ。もっと言うと、このまま暗殺者なんて辞めてやろうという目論見があった。
そのためなら、ここで姉さんのお願いを拒否するのが当然であろう。
だが。
「分かった。もちろん受諾する」
と俺は即答した。
「感謝します」
ほっと姉さんが安堵の息を吐いた音が聞こえた。
「俺は今からどう動けばいい?」
「トウゥルグ森林街に行ってください。あなたの話によると、あそこから総攻撃を仕掛けるつもりなのでしょう? それにあそこにいる冒険者や騎士団達では長くは保ちません。もう戦闘ははじまっています。急いでください」
「了解。急いだ方がいいよな?」
「もちろんです」
「姉さん《転移》使えるか?」
《転移》
遠くの場所へも一瞬で行ける魔法のことだ。
大昔に失われた魔法——失楽魔法——として認定されているが、レイラ姉さんはその貴重な使い手の一人だ。
もっとも。
「いえ……《転移》は緊急時の時のために置いておきたいです。ラウルの足なら走れば、まだ戦闘に間に合いますので」
「まあ一日一回しか使えないもんな」
《転移》は恐ろしく使い勝手のいい魔法であるが、姉さんは一日一回しか使えない。
そうなると、姉さんの判断は間違いでないと言えるだろう。
「じゃあすぐに向かう」
俺は通信を切る。
そう——俺は休暇中。暗殺者なんて引退したつもりだった。
しかし俺があのクソったれた一族から逃げ出さず、へいへいと言うことを聞いていた理由。
それこそ、エノーラの願いを、そしてみんなの『普通』を守りたかったに他ならに。
魔神ユネレズは俺しか倒せない?
まあそれはそうだろう。王都にいる騎士団や冒険者を全て投入したとしても、リスティド一族の暗殺者が全員魔神に立ち向かったとしても、勝てないと予測される。
何故なら。
「リスティド一族なんか、俺一人で壊滅させることが出来るからな」
それが真実。
だが、俺は組織に属することにした。そちらの方がみんなの『普通』を守ることが出来ると考えたためだ。
「それにレイラ姉さんは怖いし、恨んでいるが……殺したいほどではない」
といったところだ。
ちくしょう。
俺はどこまでいっても、社畜なのか。社会に縛られ、一人で普通に生きることも出来ない。情けなくなってくる。
しかしそんな自分がそれほど嫌いでないことも事実だ。
どうせ『普通』でないなら、俺は俺らしく暗躍させてもらうとするか。
「ラ、ラウル……あんた……」
アイリスがふらふらと俺に近寄ってくる。
「さっきの話、全部聞いていたよな」
「ええ……」
まあ仕方がない。
それに聞かれてもいいと思ったから、特段情報を隠そうとも途中からは思わなかった。
「あんた、本当に何者なのよ……イアナ王国から依頼があった? 魔神を倒せるのはあんただけ? そりゃあ、あんたは強いと思うけど……」
しかし彼女は途中でぶんぶんと横に首を振り、
「いえ、踏みこみすぎたわね。あんたにもあんたで話したくないこともあるでしょうからね」
と自分で勝手に納得していた。
「アイリス」
「なによ。ぎゅっ」
むぎゅっとアイリスの両頬を指で突いてやった。
「は、はにをふるのよ(な、なにをするのよ!)」
「いや、なんか雰囲気が湿っぽくなったなと思ってな。ちょっと気を紛らわせようと思っただけだ」
アイリスから指を離す。
すると彼女は今までとは打って変わって、いつもの調子に戻った。
「さあ、行くわよ! 私も行くんだからね。魔神を倒しに森林街に行くんでしょう? 怖いけど……私も逃げるわけにはいかないから」
アイリスが先んじて、ギルドから出て行こうと足を動かす。
「ちょっと待て」
「きゃっ!」
しかし一歩目を踏み出したところで、首根っこを引っ張ってやった。
「さ、三回目!」
「二度あることはなんとやらという言葉を知らないか?」
「そんなの、求めてないからっ!」
トウゥルグ森林街に行くことは間違いない。
しかし。
「アイリス、お前はダメだ。ここで留守番をしていてくれ」
「え……?」




