19・尋問
「すっかり人がいなくなってしまったな……」
悪魔憑きのレックス、さらには先ほどのボヤ騒ぎのせいで、避難を済ませたギルドはすっかり人がいなくなっている。
「早くみんなを呼んできましょ。もう安心だって!」
アイリスがすぐさま駆けて、ギルドの外に出ようとする。
「まあ待て」
「きゃっ!」
だが、その彼女の首根っこをつかみ、俺は再び静止させた。
「だから引っ張らないでって!」
「こちらはこちらでやりたいことがある。みんなを呼びに行くのはそれが終わってからでもいいだろう」
「無視するな!」
アイリスの頭を叩こうとしてきたが、俺は首だけを動かしてそれを回避する。
今彼女と茶番に付き合っている暇はない。
「おい、レックス……じゃなくて悪魔」
俺はレックスの前髪を持ち上げ、取り憑いている悪魔に直接話しかけた。
「お前等は一体なにを考えている?」
「…………」
「だんまりか」
しかし悪魔の反応を見るに、やはりなにかを企んでいることは確実だ。
「そう簡単に口を割らないんじゃない?」
「その通りだな」
「どうするのよ。やっぱり悪魔払い出来る神官様に後はお任せして……」
「いや——それは今のところ必要ない」
俺はじっと悪魔の瞳を見つめる。
「死ぬよりも辛いことって分かるか?」
「……!」
一瞬悪魔……というかレックス——ってややこしいな。悪魔で統一するか——の肩がびくりと震えた。
「緩慢な殺人と言っていいかな。拷問方法について詳しいか? 両手足を固定したヤツの額に、一定間隔で水滴を落とし続けるんだ。それが延々と続く。楽そうな拷問かと思うか? そうではない。固定され、なにも食べず飲まず寝ることも出来ず、ただただ水滴を落とされるんだ。精神がどんどん参っていき、最終的には『殺してくれ』と叫び出す」
「……!」
悪魔は逃げ出そうとするが、俺がつかんでいるためそれも叶わない。
「だが、俺の拷問はそんな生優しくない。一定間隔で痛みを与え続ける。死なないギリギリのところのな。俺にはそれが出来る。衰弱してくれば治癒魔法を使ってやってもいい。果たして、そんな状況が一ヵ月続いたら、お前はなにを思うだろうな」
「…………」
悪魔の瞳に涙が浮かんでいる。
やれやれ。俺はただ拷問のやり方を教えているだけというのに、そこまで怖がらなくていいじゃないか。
「あんた……なかなかむごいこと、考えるのね。さすが陰キャ」
「一言余計だが、そこまでむごくもないだろう?」
「そう言うあんたが怖いわ」
「実際やってみたら、意外に乗り越えられるかもしれないぞ」
「そんなヤツ、世界中探してもいないわよ」
いる。
俺だ。
もし敵に捕らえられたとしても、リスティド一族のことは漏らしてはいけない。イアナ王国と繋がっている関係上、俺達が秘密をお漏らしすることは、そのまま国の危機に繋がるからだ。
そうならないように気をつけるのが最優先だが、もし敵に捕まった時。無論拷問を施さされるだろう。
その時に耐えられるように、一通り拷問の対処法についてはレクチャーされた。
今俺が悪魔に語ったのは、その中でも一番楽だった拷問ではあったが……この程度で泣くようなら、悪魔というのも大したことがない。
悪魔は少し迷ってから、ゆっくりと口を開いた。
「ま、ま、まじん……」
「!」
悪魔の口から『まじん → 魔神』と発せられた時、俺よりも早く反応したのがアイリスであった。
「魔神? あんた、なにを言ってるのよ」
「魔神ユネレズ様が……こうりん、する。もう誰も、とめられない」
「魔神ユネレズ? なにを言ってのよ。先代の魔神は事故死したばっかりで……」
「ムギュロスは、企んでいた……魔神を同時代に、二体こうりんさせることを……だが、道半ばにして倒れた……」
ムギュロス……つい先日、俺が倒したばかりの魔神だ。
「それじゃあ、なにか? 同時代に二体の魔神を降臨させ、世界を蹂躙するつもりだった。しかしユネレズが現れる前に、ムギュロスは死んだと」
俺の質問に、悪魔はこくりと頷いた。
やはりあいつ、なにかを企んでいたか。魔神ムギュロスは完膚無きまでに滅ぼしたが、次の魔神を呼び寄せていたとは。
「ユネレズとやらはなにを考えている? 次にお前等がすることは……」
「…………」
「一定間隔の痛みが——」
「わ、分かった。どうせ我は消えるし、しゃべる」
ちょっと脅してやったら、すぐにぺらぺら喋る悪魔だ。シリアスモードが一瞬にして和らいだ気がする。
「近くの森林街……そこを通って、魔神ユネレズ様とその部下達がここ王都に総攻撃を仕掛けるはずだ……」
「なんだと?」
「我が知っているのはそこまでだ。くくく、怯えるがいい」
「本当に知っていることはこれだけなのか? 俺最近、拷問してないからたまにはしてみたいんだよな。やっぱほら、実戦感覚を損なわないことが大事だし?」
「ほ、本当だ! ほんとほんと! だからその氷の針みたいなので、目を貫こうとしないで……」
なんだ、やはり弱い。
俺は氷魔法の《氷針》を消滅させ、もう一度悪魔の瞳を見つめた。
レックスに取り憑いているため分かりにくいが、嘘は吐いていない。これ以上、こいつから情報を得ることも出来なさそうだ。
「森林街……トウゥルグ森林街のことか」
俺が暗殺者から足を洗って、普通の生活をはじめた際。
冒険者になって、一番最初に訪れたところだ。
「よし、お前にはもう用はない。よく喋ってくれたな」
「へっへ、親分のためならなんでもしますよ」
「いや、そういうのいいから。拷問するぞ?」
「あ、はい、すみません」
「俺は悪魔払い出来ないからな。後は姉さんに任せるとしよう」
《眠印》を悪魔に刻み、眠らせる。
悪魔を消滅させるためには、その器……レックスごと破壊する必要がある。いくら嫌なヤツでもそこまでするのは可哀想だったので、専門の悪魔払いに任せておけば十分だろう。
「姉さんに連絡するか」
ちらっとアイリスの方を見る。
アイリスは「魔神……」と呟き、なにかを考え込んでいる様子であった。ショックを受けているようにも見えるな。
彼女のことは気にかかるが、仕方がない。このまま通信するか。それに今からのことを考えると、少しくらい知られても問題ないだろう。
「おっ、噂をすれば」
通信紙を取り出したところで、それが紫色に光った。姉さんからの通信だ。
「考えていることは一緒ということか」
レイラ姉さんとの通信を開始した。




