18・殺気を放つ
【side アイリス】
「はあっ!」
アイリスは気合の一声を上げ、意気揚々とレックスに向かっていく。
手には《業焔剣》が握られていた。
あいつの話によると、どうやらレックスは悪魔に取り憑かれているらしい。
自分も冒険者だ。悪魔の危険性は重々承知している。一説によると、悪魔憑きを抑え込むためには、Aランク冒険者が三人はいると言われる。
(しかも元々レックスはAランク冒険者……金にまかせて、高価な装備品や仲間を雇って達成したっぽいけど……そもそもの身体能力の高さは侮れないっ!)
アイリスは剣を振るう。
きんっ!
レックス(悪魔憑き)も《業焔剣》を自分の剣で受け止める。
「ぐあああああっ!」
「きゃっ!」
レックスの力に押され、アイリスは尻餅を付いてしまう。
「ちいっ……! 《炎上海》!」
ギルドの建物内だから、あまり広範囲に及ぶ魔法は使いたくなかったが……ここまできたら、仕方がない!
火炎が唸りを上げて、レックスに向かい——直撃! 炎に包まれるレックス。
「やった!」
思わずアイリスはガッツポーズを作る。
《炎上海》の業火が直撃したのだ。無事ではいられないはず——。
「う、嘘でしょ?」
しかし炎に包まれながらもなお、四肢を動かすレックスを見て、アイリスは愕然とした。
「けけけけけ!」
レックスが哄笑する。
首が不自然に傾いており、目もどこを向いているか分からない。
生理的な気味悪さを感じる造形だ。
それを見て、アイリスは恐怖を覚えた。
(ああ……)
敵わない。
アイリスは尻餅を付いたまま後退する。しかしレックスは一歩ずつ確実に距離を詰めてくる。
あいつに、偉そうに言って、結末はこんなざま。悪魔憑きのレックスに傷一つ負わせることが出来なかった。
(私は……こんなところで立ち止まっていられないのにっ)
その焦りは彼女の事情からくるものであろう。
あいつにさえ隠している秘密。
いつかは打ち明けようと思っていた。あいつになら言ってもいいと思っていた。
(でも……どうやらなにも言えないまま、私はここで終わりみたい)
レックスの振り上げた剣が無慈悲に下ろされる。
アイリスは咄嗟に目を瞑ってしまった。
……だが、なかなか下ろされる気配がない。
(えっ……?)
恐る恐るアイリスは目を開ける。
「全く。世話の焼けるヤツだな」
すると、レックスの背後にあいつ——ラウルが回り込んでいたのだ。
(い、一体いつの間に!?)
音、そして気配すらも感じられなかった。
「黙れ」
ラウルが一言レックスに告げると、彼は冷や汗を流してがくがく震えあがっている。
そしてまるで操り人形の糸が切れたかのように、がくっと膝をつき項垂れた。
(なにが起こっているの?)
一瞬でレックスが無力化した状況に、アイリスはただただ混乱するしかないのであった。
◆ ◆
アイリスがレックスと勝負をはじめて。
「うーん……動きは悪くないんだけどな」
思わず欠伸をしてしまう。
さすがはAランク冒険者だ。アイリスは魔法も使いこなしているし、なにより戦闘に慣れているように思えた。
しかしこれでは悪魔憑きには勝てない。
さらに悪魔はレックスという(ゾンビといったものに比べ)良質な器も手に入れたためか、動きが墓場のゾンビよりも格段にいい。
これではレックスに攻撃を当てることすら出来ないだろう。
「あっ」
アイリスが転けた。
しかも焦ったのか《炎上海》なんて魔法も使いやがった。
「うおおおお! ギルドが燃える!」
「みんな逃げろ逃げろ!」
「ちくしょう! なにが起こってやがる!」
ギルドがより一層慌ただしくなる。
逃げ惑う冒険者達。たとえ助太刀したとしても、レックス(悪魔憑き)には勝てないと思っているのだろう。いい判断だ。
「……まあここらへんの後処理は姉さんにでも任せるとして」
このままではアイリスが殺されてしまう。
俺は床を蹴り上げ、レックスの背後に回り込んだ。
「全く。世話の焼けるヤツだな」
レックスを抑え込み、溜息を吐く。
「あ、ああああんた。そいつの後ろにいとも容易く回り込むって……」
「ああ。遅かったからな。これくらい余裕だ」
「しかも足音もなにも聞こえなかったけど!?」
「冒険者登録する時、言っただろう? 足音を消すのが得意って」
「そんなレベルじゃないわよ……!」
アイリスが驚愕しているが、今は相手をしている暇はない。
「ぐあああああ!」
レックスが暴れ、俺を振り払おうとする。
「うるさいな」
俺は悪魔払いが出来ない。ゆえに悪魔憑きを無力化することしか出来ない。
取りあえず、おとなしくしてもらおうか。
「黙れ」
殺気を凝縮して、レックスに放つ。
「……!」
するとびくりと肩が震えた。
そしてレックスはこれでもかというくらい、大量の冷や汗を掻き出した。
「この心の弱い器に取り憑いてイキがるな。よかったら、器ごとお前を破壊してやろうか?」
かたかたと震え出すレックス……というよりかは、内部に入り込んでいる悪魔と言った方が正しいか。
ぺたっと悪魔がその場で膝を付いた。
「いい子だ。実力の違いが分かったか」
そっとレックスから離れる。
俺の本気の殺気を浴びたのだ。あまりに濃厚な殺気は、それだけで相手の心を折る効果を持つ。
悪魔はこれによってトラウマを刻まれ、二度と俺に刃向かうことはないだろう。所詮下級悪魔だ。基本的に臆病なのである。
「これくらいの殺気……俺はいつも浴びてたんだけどな」
暗殺者時代のことを思い出し、苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
「おお、アイリス。大丈夫だったか」
「え、ええ」
俺はアイリスの手を握り、立ち上がらせる。
「あ、あんた。今なにをやったの? 最初から最後まで、なにが起こっているか分からなかったわ……」
「ちょっと説教してただけだ。ギルドで暴れちゃダメですよー、ってな。すると悪魔がふえぇ許してください……と泣いてちゃんちゃんと言ったところだな」
「この一瞬の間にそんなことが!?」
一瞬……まあアイリスの目から見たら、そう感じるのも仕方がないか。
俺にとったら、この間に一週間分の晩飯の献立を考えられるくらい、ゆっくり時が進んでいたんだけどな。
「さて……と。取りあえずは」
後ろを振り返る。
「この炎をなんとかしようか」
「……はい」
このままじゃギルドが全焼しちまう。シャレにならん。
だが、アイリスが魔力の供給を止めれば、ギルドを包んでいた炎はすぐに消火した。




