17・悪魔憑き
「さて……どうしたものか」
眠っている悪魔憑きのゾンビを見つめ、俺は腕を組んだ。
先ほどの騒ぎで夜会も興ざめしている。どうやらお開きのようだ。
「一体はにが起こってひるのよ! あれ? あたまがくらくらする……?」
だが、アイリスは未だ酔っぱらってた。
「全く。どんだけ飲んだんだ。呆れるぞ」
「はんたにほんなことを言われるなんて、夢にも思ってなかったわ。でも……これはちょっと、気持ちわるひ……」
「やれやれ。これでは会話がしにくいな。ちょっと待ってろ」
俺はアイリスの背中に手をやって、《無毒》の魔法を使った。これによって、アイリスの体内にあったアルコールが一瞬にして抜けきった。
「気分はどうだ?」
「あんた、見たわよね?」」
「なにがだ」
「私が酔っぱらっているところを」
一転。
酔いが覚めたアイリスは顔を青ざめさせていた。
「ああ、見たぞ。なかなか可愛かったじゃないか」
「……内緒よ。ギルドの人達には冷静沈着でカッコいいAランク冒険者様アイリスで通っているんだから」
そんな様子は一切見なかったが?
「まあいい。それよりユージーン」
「は、はいっ!」
ユージーンが背筋を伸ばす。
「やはり面倒臭いことになっているみたいだな。先ほど、お前が言っていたこともあながち間違いじゃないかもしれない」
「その通りです。それにしてもラウルさん、久しぶりに見ましたがすごいですね」
「なにがだ?」
「悪魔……じゃなくて、酔っぱらっているゾンビを介抱するなんて、簡単には出来ません。やはりラウルさんはすごい……我が主にふさわしい」
ユージーンの瞳がうっとりしたものになる。
男から……しかもリッチーから好かれても、なにも嬉しくない。どうせならアイリスのような美少女に好かれたかったものだ。
「とにかく、俺達は王都に戻るとする。嫌な予感もするしな。このことをギルドに報告しなければならない」
無論、姉さんとエノーラにもだが……もし魔神降臨となれば、ギルドの冒険者達の力も必要になってくる。これから魔神の影響で、悪魔憑きが増えるとなったら俺一人ではとてもじゃないが手に負えん。
「世話になったな。その悪魔憑きのゾンビはすぐに回収に来ると思うから」
無論リスティド一族がな。
悪魔憑きは悪魔払いが出来る神官、もしくは聖なる力を司る聖女しか癒すことが出来ない。
リスティド一族はこんなこともあろうと、何人もの神官を抱えているのだ。
アイリスだけ話が分かっていないため、首をひねっている。
「いえいえ。また戻ってきてくださいね」
「今度は落ち着いて夜会をしよう」
「はい! 今度はとっておきの肉料理を用意しますね! 蚊が周りで飛んで、腐臭を放っているお肉は美味しいんですよ〜」
「一気に来る気が失せた」
やはりリッチーとは分かり合えない。
「アイリス、戻るか」
「え、ええ」
短い再会ではあったが、俺達は墓場を去った。
◆ ◆
ギルドに戻って、俺は真っ先に受付嬢のもとに向かった。
「あら、ラウルさん。聞きましたよ。あの食堂でしっかり依頼をこなしたそうじゃないですか」
「あれくらいなら容易い」
「食堂の大将さん、褒めていましたよ! あんなに手際のいい若いヤツは、はじめて見たって。金に困ったら、いつでもうちに来いって。社員で雇ってもいいぞって言ってました」
「考えとく」
どうやらあの食堂の店主も満足してくれたみたいだった。
「ラウルさん、料理も出来るんですね」
「まあ趣味程度だがな」
「手芸も出来て、すごいですー。女子力高いですね」
「女子力……? 戦闘力のようなものか?」
「はい。高ければ高いほど、わたしのラウルさんへの好感度が上がります!」
戦いには関係なさそうだが、それは嬉しい。
「……あんた、変なところで評価が上がっていくわね。ラウルがすごいところは、もっと別のところなのに」
アイリスは何故か不満げだ。
「アイリスは女子力が高いのか?」
「わ、私!? 高いに決まっているじゃないの! だってこんなに可愛いのよ!?」
ふさあと髪を掻き上げるアイリス。
「……アイリスさん、昔同じような依頼受けたことありましたよね」
「ぎく」
「駆け出しの頃だったですけど。あの時の店主、怒っていましたよ。皿は割るわ、お客さんと喧嘩をするわで……」
「わーわー! この話、なし!」
慌ててアイリスが両手をバタバタと振った。
この様子ならアイリスの『女子力』は大したことがなさそうだ。全く、Aランク冒険者だというのに情けない。
まあ可愛いから、それはそれでいいと思うが。
「あんた、手芸も料理も出来るって何者よ」
「ははは。俺に弱点はないのだ。アイリスにも教えてやろうか?」
「ぐっ……反論したいけど、出来ないからなんかむかつく……」
アイリスは唇を尖らせた。
実際、暗殺は簡単なように見えて、多種多様な知識や能力が求められる。いつ、どんな時に、どんな場所に紛れ込まなければいいか分からないからだ。
そのせいで暗殺以外は器用貧乏になった節もあるが……まさか普通の生活をはじめ、冒険者になって役に立つとは。人生分からないものだ。
「楽しい会話がもいいが、今日は言いたいことがあってギルドに来たんだ」
「ふふん♪ 私との会話を楽しいって言ってくれるなんて、ラウルさんも上手いですね〜」
受付嬢が俺を肘で突いてくるが、その意図がよく分からなかった。
「悪魔が——」
言いかけた時であった。
バンッ!
勢いよく扉が開けられた音がギルドに響く。
みんなが一斉に音のする方を振り向いた。
「あれは……」
「クズックスじゃないの」
そうだそうだ、クズックス……じゃなくてレックスだ。
エノーラとアイリスと街を散策していた時に、少し遊んでやってから姿を見なかったが……どうしたのだろうか?
「憎い憎い憎い……」
なにかを呟きながら、のろのろとした動きで俺まで歩み寄ってくるレックス。
目が赤い。充血している……だけではなさそうだな。
「なによ、あんた。また喧嘩を売るつもりな——」
「アイリス、ちょっと下がれ」
「きゃっ!」
アイリスの首根っこをつかんで引っ張ると、アイリスは小さな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっとあんた! 急に引っ張らないでよ!」
「緊急事態だ。許せ」
俺は真っ直ぐレックスを見据える。
肌の色も若干黒い……無論日焼けしたわけでもない。不気味な魔力が彼の周囲に満ちている。
「墓場の時と同じく、どうやらレックスは悪魔に取り憑かれているようだぞ」
しかも今までとは違い、かなり上位種だ。
するとアイリスは驚愕し、
「あ、悪魔憑き!? あの死後の世界にいるとされる……」
「その通りだ」
「しかも墓場の時と同じくって? やっぱりあのゾンビ、酔っぱらってなかったじゃない!」
「当たり前だ。ゾンビは酔わない。あんな冗談をまだ信じてたのか?」
「あんた、後でしばく」
おお、怖い怖い。
悪魔や負の感情を抱いている人間に取り憑く。彼は嫉妬の塊のような存在だ。そこをつけ込まれたか。
「じゃあなおさら、私が相手をするわ」
俺の制止を聞かず、アイリスが一歩前に出る。
「悪魔憑きだぞ? やれるのか?」
「あんたにばっか、いいとこ見せてられないからね。それに悪魔憑きというのも気になるからね。私が強くなるために、こいつは超えなければならない障害だわ」
アイリスが気合で満ちている。
うむ、これだけやる気があるなら、止めるのも野暮といったところか。危なくなったら助けに入ればいいし。
「よし、どこまでやれるか分からないが、やってみろ」
「なんで上から目線……って言いたいところだけど、クズックスに充満している魔力を見れば分かるわ。苦しい戦いになるって」
アイリスの頬をつーっと細い汗が伝って、地面に滴り落ちた。
「ごきげんよう。私の名前はアイリスよ。ランクはA。いざ正々堂々と勝負!」
「ぐあああああ!」
レックスが勝負をしかけてきた!




