14・戦場(キッチン)にいざ行かん
翌日。
俺は一人で冒険者ギルドに向かった。
「ようこそ、イアナ冒険者ギルドへ……ってラウルさん!」
俺を見た途端、受付嬢が目を輝かせた。
「今日はどのようなご用ですか?」
「もちろん、依頼をこなすためだ」
金がない。
これは切実な問題だった。
無論、リスティド家に帰れば腐るほどあるが……なんとしてでも帰りたくない。姉さんと顔を合わせたくないのだ。
この金欠から脱出するためには、冒険者として仕事をこなさなければならない。
「なにかいい依頼はあるか?」
「うーん、ラウルさんにぴったりの依頼かあ……ちょっと待ってくださいね!」
そう言って、受付嬢は手元の冊子をぺらぺら捲り出した。そこにいくつもの依頼票が挟んであるようだ。
「……あっ、ありました! これです!」
受付嬢が提示した依頼を、俺は即快諾したのであった。
◆ ◆
熱い。まるでここはマグマだ。
俺は火の中に手を突っ込み、それを弄んでやる。
高温の炎で魔物達は跳ね、その姿を徐々に変えていく。まるで悲鳴を上げているがとく、じゅわーっとした音が聞こえる。
「さて……」
俺はそれを盛りつけ、戦場へと再び出た。
「いらっしゃいませ〜」
——厨房からホールにな。
「三番テーブル! ボアのステーキを早く!」
「五番テーブルは卵スープ定食だしょ! 持っていって!」
「十番テーブル、まだ注文取ってない! 新人、聞きに行って!」
目まぐるしく動く戦況。そこはまさに戦場であった。
俺は皿を両手で持ちながら、指定されたテーブルに運んでいく。それと同時、入店してきたお客さんに注文を取りに来る。
「休む暇がないな」
呟く。
厨房に帰ると、店主からこう声をかけられた。
「おう! 冒険者ギルドから来るヤツ等は今まで大したことがなかったので、期待していなかったが……お兄ちゃんは違うね!」
「ありがとうございます」
俺が冒険者から受けた依頼は『近くの大衆食堂で手伝いをしてくれ』という内容であった。
受付嬢いわく「手先が器用だったら、大丈夫ですよ〜。頑張ってくださいね!」……というわけで、金払いも悪くなかったので受けたわけだ。
「手際がいい! よく周囲を見ている! お客さんの気遣いもよく出来ているよ!」
周囲に視線を配らすことは暗殺者にとって必須のことであった。どんな些細なことに情報が転がっているか分からないからだ。それに時に、相手の信頼を得ることも重要なのだ。
暗殺者一族の頃は、デートの練習として姉さんと街に繰り出したことがある。デートとは言ったが、実質修行みたいなものだ。
『女性とデートしたら、気遣いなんてすぐに身につきます。もちろん、あなたにはデートをする人もいないでしょうから、今回は私が付き合ってあげます。立派に私をエスコートしてくださいね』
とあの時、姉さんが言った言葉を思い出す。
まあ少しでも姉さんの気分を損ねたら、あらかじめ装着していた首輪に電撃が流されたが。そのせいでデートのドキドキどころか、ビリビリしていたが。生半可な電撃ではなくて、マジで悶え苦しむ程度の威力だったが。恐怖を感じすぎて、せっかくの街をぶらつく機会だというのに全然楽しめなかったが!
「じゃあ、次はこのキャベツを切ってくれるかい?」
「はい」
店主からキャベツを受け取る。
包丁は……どうやら今回もみんな使っているようだ。これではキャベツを十分に切れないだろう。
仕方がない。
俺は自分の右手を包丁のように変化させて、そのままキャベツを千切りにした。俺の手はよく切れる。
「おっ! なかなか器用な真似が出来るんだね」
「ありがとうございます」
「冒険者はそんなことも出来るなんて、すごいな〜。しかも正確! 一ミリの狂いもねえ!」
「当然ですよ」
料理は比較的得意だ。
ずぼらな姉さんに変わって、よく料理を作っていた……ってさっきから姉さんのことばかり思い出しているな。今はもう暗殺者一族を止めたんだ。姉さんのことを考えるのは止めよう。
やがて時間が過ぎていき、昼時が終わって、店内は落ち着いてきた。
「ふう、ちょっと気を抜いていいぞ。あっ、でもお客さんだ。注文聞きに行ってもらってもいいか?」
店主に指示され、俺はホールへと出る。
しかし新しく入ってきたお客さんを見て、思わず俺は「回れ右」をしてしまいたくなった。
「……どうしてレイラ姉さんがここにいるんだ!」
一気に距離を詰め、耳打ちする。
そうなのだ。
大衆食堂と似合わないくらいに、優雅に椅子に座った女性。噂をすればなんとやらで、レイラ姉さんであった。
「私が来てはダメなのですか?」
「そ、そういうわけじゃない。ね、姉さんと会えて嬉しい」
「どうして目が泳いでいるんですか?」
「注文はどうしますか」
「じゃあ私はこのハンバーグ定食を」
がっつり食う気かよ。
俺は内心ビクビクしながら注文を取り、厨房に戻った。
ど、どどどどうして姉さんがここに!
しかし平常心だ。たまたま姉さんと鉢合わせしたとは考えにくい。きっとなにか考えがあってここに来たはずだ。
俺はすぐにハンバーグ定食の調理を済ませ、姉さんのもとに向かった。
「はい、お待ちどおさま」
「ありがとうございます。早いですね」
そう言って、レイラ姉さんはフォークとナイフを手に取った。
「で……ご飯を食べに来ただけじゃないんだろう?」
「もちろんです。今日はあなたに昨日のことをお伝えしようかと思いまして」
昨日のこと……ああ、夜道で襲われた件についてか。
「もう調べがついたのか?」
「ええ。私、仕事が早いので」
ぱく。
姉さんがハンバーグを口の中で咀嚼しながら、話を続ける。
「もぐもぐもぐもぐ」
「口の中がなくなってから喋ってくれ」
「昨日、あなたが襲われたという男。どうやらあの男には悪魔が取り憑いていたようです。もぐもぐ」
悪魔?
「どうしてそんなものが男に」
「まだ判明していません。ですが悪魔というのも、死後の世界——あちら側の住人だと言われています。こちらの世界に滅多に姿を現すものでもありませんからね。なにか悪いことの前兆かもしれません」
「きな臭い雰囲気はするよな」
「ええ。悪魔払いをしてあげると、男はすぐに正気を取り戻しました。借金にまみれていることを除けば、ごくごく普通の男性でしたよ」
「それは果たして普通なのだろうか?」
「まあ悪魔というものは、負の感情を背負っている人間に取り憑きやすいですしね。そういうのもあって、借金持ちのあの男はつけ込まれやすかったのでしょう」
それにしても悪魔か……暗殺者時代にも相手をしたことがある。
魔法を使うことも出来、さらに姑息で知恵も回った。俺にとってはあまり強いとも感じたことはなかったが、世間的にはかなり厄介な部類に入るだろう。
そんな悪魔が現れるとは。やはり面倒臭いことが裏で起こっているような気がする。
「昨日の一体だけで済んだらいいんですけどね。ですが……」
「姉さんがわざわざ言いに来るということは、そうでもないんだろう?」
「ええ。まだ現れそうです」
ほら、やっぱり面倒臭い。
話していると、レイラ姉さんはあっという間にハンバーグ定食を完食していた。口元をナプキンで拭いている。
「では伝えましたので、私はそろそろ行きますね」
「なんでわざわざ来たんだよ。通信紙で連絡してくれればいいじゃないか」
「あなたの顔を見たかったからですよ。また会いに来ますね」
姉さんはそう言い残して、店を後にしていった。
その背中を見て「二度と来るな」と言いたくなったが、そんな度胸が俺にあるはずもない。
「あっ、姉さん……金を払わず出て行きやがった。ちくしょう。俺が払わねえといけないのかよ……」
まあそれはこの際置いておこう。姉さんの顔を見てから、薄々感づいていたことだ。
今は悪魔の方が大事だ。リスティド一族の方でも動きそうだし、放置していてもいい。ただでさえ、俺は休暇中なんだがな。
だが、どうしても気にかかる。俺はこういった小さな引っ掛かりは許せないタイプだ。
俺の方でも調べてみるか。




