13・万死に値する!
アイリスと別れてから、俺はエノーラを城まで送り届けた。
エノーラをおんぶして、城の壁を歩いて彼女の部屋まで行く。
俺、いつになったら正面から城に入れるんだろう……。
「じゃあな」
無事に部屋まで着いて、俺はエノーラにそう別れの挨拶をした。
あっ、そうだ。
「エノーラ、最後に一つだけ聞いておいていいか?」
「妾はそなたともう少し一緒にいられるなら、なんでもよいぞ。なんじゃ?」
俺は大きく息を吸って、こう質問した。
「アイリス——あの子は何者だ?」
と。
アイリス。Aランク冒険者で可愛らしい子だ。ごくごく普通の女の子であるとは思うが、あまりにも素性が謎に包まれている。
「やっぱり気になるのか?」
「職業病というのかな。知らないことがあるとなんだか気持ち悪いんだ」
肩をすくめる。
「エノーラ、あの子の正体を知っているんだろう?」
「どうしてそう思う?」
「勘だ」
「うむ……やはり、そなたの勘は侮れないのう」
エノーラは感心したように目を丸くする。
「その通り。妾はあの子の正体を知っておる」
「出来ればでいいんだが……だったら、その正体とやらを教えてくれないか?」
「それはダメじゃ。あの子が言いたがらないようじゃからな。それともなにか、乙女が必死に隠そうとしている秘密を、そなたは無理矢理妾から聞き出したいということか?」
「そうでもないさ」
知らないことがあると気持ち悪いことには間違いないが、無理矢理聞き出すつもりにもなれなかった。
俺も彼女に隠していることがある。
無論暗殺者一族ということだ。
それなのに、俺だけアイリスの秘密を知ることは……いくらなんでもアンフェアなように思えた。
「しかし一つだけ言っておこう」
エノーラが人差し指を立てて。
「あの子の正体はそなたの危惧するものではない。そなたにはなんら危害を与えるものではない、とだけ約束しておこう」
「それだけ分かれば十分だ」
「そしてもう一つ」
「一つだけじゃなかったのかよ」
「あの子はこの国の『救世主』となり得る存在じゃ。いや『救世主』となり得た存在と言い換えた方が正しいか」
なんだそりゃ。
さっきからエノーラの言っていることは、いまいち的を射ない。
「まあ別にいいだろう」
「余裕なのじゃな」
「くくく、油断しているだけかもしれないぞ?」
「そなたが油断? はは、なかなか笑わせるな。それこそ『職業病』のせいで出来ないじゃろう?」
エノーラが笑う。
「じゃあ今度こそお別れだ」
「また来てくれるかのう?」
「ああ、もちろんだ。というか俺が来たくなくても、エノーラだったらリスティド家に依頼を出すだろう? 王女様の頼みを、俺が断られるはずもない」
「妾は依頼以外でもそなたと会いたいのじゃがのう……」
唇を尖らすエノーラ。
「また連絡する」
果たせるかも分からない約束を口にしてから、俺は今度こそエノーラ宅(というかイアナ城)を後にするのであった。
◆ ◆
夜道を歩いて、いつも泊まっている安宿に向かう。
「それにしても今日は楽しかったな」
俺もだんだん普通が分かりはじめてきたのかもしれない。
前は薬草を摘んだ、今日は服屋に行った。
当たり前のことかもしれないが、今まで俺が出来なかったことだ。
全てが新鮮に感じ、心躍るものであった。
「明日はなにをしようか。とはいっても金がないからな。明日は冒険者として依頼をこなしてみるのもいいかもしれない」
それも俺の憧れていた普通の生活だろう。
「〜♪」
明日のことを考えていると、思わず鼻歌を歌ってしまうほどだ。
そんな時であった。
「ダレだ……下手な歌を歌うヤツは……」
と前方から薄汚れた男が姿を現した。
「お前こそ誰だ。気持ちよく歌っているところを、邪魔するな」
「せっかく寝てたっていうのによ。オマエの下手な歌のせいで、起きちまったじゃねえか」
俺の質問を無視して、ふらふらと男が俺に近寄ってくる。
うむ……目の焦点が合っていない? それに肌の色が悪い。まるで血が通っていないかのようだ。明らかに正常な状態ではなさそうだ。
「ただの酔っぱらいではなさそうだな」
喧嘩を売りにきたチンピラというわけでもなさそうだ。
「がああああっ!」
一転。
突如男は腕を振り上げて、俺に襲いかかってきた。
回避すると、男はそのまま近くの壁にぶち当たった。壁に大きな穴が出来る。しかし男は痛がる素振りや、傷ついた様子もなくすぐさま俺の方を振り返った。
「やはりまともではないな。どちらにせよ……」
俺も構える。
男は再度、強襲してきた。
「俺の歌を『下手』だと言うヤツは、万死に値する!」
王都では『空唄』というものが流行っている。
いくつかの個室がある施設があって、その部屋には歌が流れる魔導具が置かれているのだ。
そこで人々は歌いながら、楽しい時を過ごす。
俺は友達もいなかったので、もっぱら『一人空唄』であったが、それでも任務と任務のごくごく僅かな時間よく訪れて練習していたのだ。いつでも普通の生活が出来るようにな。
「まあ一ヵ月で五分でも歌えれば御の字なくらい忙しかったが……ああ! 思い出したら、あのブラック一族にまた腹が立ってきたぞ。ちくしょう!」
男が俺に当たろうかとする寸前。
俺はそれを片手で受け止め、相手の重心をずらし転倒させた。
「がああああっ!」
しかしやはり痛がっているようではない。下は固い地面だ。気絶してもおかしくないはずなのに。
「悪いな、ならば少し眠ってもらうぞ」
俺は男の頭を鷲づかみし、《眠印》という魔法をかける。睡眠を促すものを相手の頭に強制的に送り込む魔法だ。
痛さにはどうやら強いようだが、欲求にはどうだ?
俺の魔法はそんじょそこらの魔法ではない。今まで数え切れないくらい「殺すほどじゃないけど、おとなしくして欲しい相手」にかけてきた魔法なのだ。
すると。
「すぴー、すぴー」
やがて男は安らかに寝息を立て出した。
「ふん、眠くなってきたごときで眠っていたら話にならない。俺は暗殺者一族にいる頃は常に寝不足だった」
いわば眠いと思っている状態が正常だったというか……自分で言っててなんだが、カッコ悪すぎて情けなくなってくる。
男が無力化したのを見て、俺はすぐさま通信紙でレイラ姉さんに連絡を取る。
『こんばんは』
「こんばんは……って、こんな挨拶をしている場合じゃねえんだよ」
『どうしたのですか、あなたから連絡するなんて珍しいじゃないですか』
「したくなかったんだけどな。だが、緊急事態だ。怪しい男を見つけた」
『怪しい男?』
レイラ姉さんに今起こったことを説明する。
すると姉さんは興味深そうに。
『なるほど……それは不思議ですね』
「《眠印》を使ったから、しばらく起きないと思う。回収してくれないか? なにがこの男に起こっているか分析したいだろう?」
『そうですね、助かります』
「分析結果はもちろん俺に教えてくれよ。なにか嫌な予感がする」
『りょーかい。それにしてもあなた、休暇と言っておきながら本当に休んでいるんですか?』
「もちろんだ」
用は済んだので、通信を切る。
俺だって面倒事には巻き込まれたくない。しかしこれは経験上「放置しておいたら、後々面倒臭くなる」ことのような気がする。放っておくわけにはいかない。
「全く……気持ちよく鼻歌も歌ってられんな」
眠っている男を見て、俺は溜息を吐くのであった。




