12・平和
「本当にあんた、何者なのよ」
中央広場から離れて歩いていると、アイリスが訝しむように尋ねてきた。
「言っただろう。田舎出で王都の常識が分からないって。アイリスから見たら、変に見えるかもしれないな」
「それだけじゃ説明つかないのよ!」
アイリスが声を荒らげる。
「エレノアちゃん」
「なんじゃ?」
「確かラウルの姪っ子さんなのよね? 昔からこんなんだったの?」
「うむ、そうじゃな。ラウルは普通の人じゃ。普通にカッコよくて、普通に強いのじゃ」
「あんた等、揃いも揃って普通を強調するのね……エレノアちゃんはともかく、ラウルはそれとかけ離れているのに」
溜息を吐くアイリス。
「いい? あいつのことはよく分かんないだけど、Aランクというのは冒険者の中でも一%しかいないわ。つまりそれだけ実力があるってこと」
「金でランクを買ったんじゃないのか? あいつ、弱すぎたぞ」
「うーん、Cランクまでなら金で買えるってのを聞いたことがあるけどね。さすがにそれ以上は危険も多くなるし、買収するのは不可能よ。しかも決してあいつは弱くなかった。千殺剣? ってヤツ、私もギリギリ見えたくらいだし」
「妾は全然見えなかったのじゃ……」
俺にとっては遅すぎる剣さばきであったが、案外そうでもないらしい。これがAランクの普通ってヤツなのか……。
「それにしても、アイリスとは比べものにならなかったぞ。あいつより何倍も強い。アイリスが戦っていたら、すぐに決着が着いただろうな」
「ふふん、ありがと……って当たり前じゃないの! あんなキザで気持ち悪い男、私の足下にも及ばないわ! 髪型も変だし……」
語調は強いが、アイリスの表情を見ていると上機嫌のようだ。女の気持ちというものは難しい。
「そろそろ暗くなってきたな」
俺は空を見上げて、そう呟く。
空も橙色に染まってきた。そろそろ日も完全に落ちるだろう。
「街案内もそろそろ終わりね」
「そうだな。ご飯を食べてから解散でもしようか」
「ええ。あっ、その前に……あんた等を連れて行きたい場所があるの」
「ほう?」
「私、お気に入りの場所なのよ。きっとあんた等も気に入ると思うわ」
そう言って、アイリスは俺達の前を歩いた。
俺達も置いていかれないように、付いていく。
歩いて行くと、なだらかな勾配がある道に差し掛かっていった。ここからまあまあ距離があるらしい。
「エノーラ、大丈夫か?」
ぜえぜえと息切れしているエノーラに、俺はこっそり耳打ちをする。
「う、うむ……大丈夫じゃ。じゃが、なかなか部屋から出られないものでな。慢性的に運動不足なのじゃ」
だったらこの山道はしんどいかもしれない。
「休憩するか?」
「いや……アイリスに迷惑をかけるのも悪い。もう少しだけ頑張るのじゃ」
「とはいえ限界にも見えるんだがな」
エノーラの足取りがさらに重いものになっていった。
「仕方ない——ほら」
見かねて俺は、エノーラをおんぶした。
「お、おお! これは楽じゃ!」
「俺も軽くて楽だぞ。いいトレーニングにもなるし、このまま行こう」
「うむぅ……トレーニングか……一言余計なのじゃ」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
おんぶしているので分からないが、なんとなく、エノーラがぷいっと視線を逸らしたような気がした。
「ふふふ、こうして見るとまるで親子みたいね」
俺達の様子を後ろから眺め、アイリスが微笑ましそうに言う。
「わ、妾とラウルが親子じゃと!?」
「そうね。あら、親子って言われるのは不快だった?」
「不快じゃ。何故なら妾はラウルと……その……恋仲のような存在になりたいと思っているからのう……」
ごにょごにょとエノーラがなにかを言っていたが、丁度突風が通り過ぎたせいでよく聞こえなかった。
だが、アイリスは辛うじて聞こえたのだろうか、
「……! あ、あんた、そんなことを考えているの!?」
「本気じゃ」
「ま、まあまだ子どもだもんね。こんなことで慌ててる方がダメだわ。私、冷静になれ……相手は子ども、相手は子ども……」
「妾を子どもと呼ぶなー!」
なについて話しているのかよく分からない。しかしエノーラがやっていることはともかく、見た目も実年齢も子どもそのものなのだ。
そんな感じで楽しい会話をしていると、やっとのこさ目的の場所まで辿り着いた。
「ここは……展望台か?」
エノーラを下ろしてから、柵まで近寄る。そこに手をかけて、街の風景を眺めた。
「キレイなところだな」
街一帯が橙色に染まっており、ノスタルジックな気分になった。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ここは王都を一望出来る場所なんだから。なにか嫌なことあったりすると、一人で私はよくここに来るから」
気付けば、アイリスが俺の右隣に立った。
「うむ……確かにここはいいところじゃな。妾の大好きな王都を眺めることが出来る。こうしていると、妾も頑張ってきた甲斐があったというものじゃ」
左隣にはエノーラ。
エノーラもただ風景を眺めているだけに見えるが、彼女の場合色々と思うところもあるのだろう。
最初に俺が彼女に出会った時のことを思い出す。
『妾は平和がなによりも好きじゃ。じゃが、キレイごとだけでは平和は維持出来ないことも分かっておる。そうじゃろ、ラウル』
『同感だな。キレイごとだけで済むなら、世界で戦争は起こらないだろう』
『うむ、うむ。だから妾は平和を維持するためなら、そなたような暗殺者にも力を借りる。ラウルよ、平和のために妾に力を貸してくれるか?』
『んー、まあ……依頼があったら言うこと聞くしかないというか……ドタキャンしたら姉さんに死ぬほど怒られるし……最悪マジで殺されるし』
『なんかノリ気じゃないな!?』
……なんて会話を。
まああの時は彼女の考え方をまだよく理解していなかったのだ。ああいう曖昧な返事をしてしまうのも仕方がない。
しかし今となってはエノーラの考え方もよく分かる。いつしか俺もこういう平和で普通の生活を守るために、暗殺といった汚いことに手を染めるのだと目的意識も持ち出した。
「……まあそうでも思わないと、罪悪感に耐えられなかっただけかもしれないが」
「ラウル? なんか言った?」
アイリスが俺の顔を覗き込んでくる。
俺は今までたくさんの人を暗殺してきた。そのことについて、今更誤魔化したり否定するつもりもない。
だが、同時にそれも世界平和なんていうエノーラが掲げたバカげた——美しい『理由』にすがっていたのも事実だ。
——俺が今までしてきたことは、彼女達の普通を守ることが出来たのだろうか。
「さて。そろそろご飯を食べましょう」
パンとアイリスが手を叩いた。
「私、美味しいお店を知ってるの。もちろん付き合ってくれるわよね?」
「もちろんじゃ!」
……いや、先ほどの考えは杞憂だったか。こんな素敵な場所に連れてこられたためか、俺らしくないしめっぽい思考になってしまったな。
間違いない。俺は彼女達の平和を守ることが出来たんだ。アイリスの表情を見ていると、しみじみとそう思う。
「よし、行くか。『普通』の食事とやら、楽しみにしてるぞ」
「いや、普通かどうかは分からないけど……」
俺はアイリスの手を取る。
その後、アイリスに連れられたお店は庶民的で普通の場所だったが、味は普通ではなくかなり美味だったことも付け加えておこう。
こうして今日も『普通』の一日が過ぎていくのだった。




