表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

その10(終)

 ようやっとエアコンをつけて涼しくなった部屋で、ベットの上に正座をした秀ちゃんが、ぐったりと項垂れている。

 その正面に同じように正座した私は、それとは逆に天を仰いでいた。

「……つまり私が安井君に告白されたことに焦った挙句、あんな茶番を仕かけたと?」

「……ハイ」

「それで私が秀ちゃんに脈があるか調べたくて、わざわざ美少女後輩だの不良だのを雇ったの?」

「おっしゃるとおりで」

「それで何でラブコメ主人公という発想に?」

「ラブコメ主人公にかこつけてえっちなことが出来るかなと」

「…………」

「い、いやでもほら、男として意識して貰ってるかはボディタッチなコミュニケーションをしないと確認出来ない部分もあるというか」

 やや引き攣った笑顔で、身振り手振りと必死に説明をする秀ちゃんだが、相変わらず墓穴を掘ることには余念がない幼馴染だ。……もしかしてあのワックスを塗りたくった理由もそれなのでは。

 溜め息が零れる。むしろ溜め息しか出てこない。

 まさか、人を散々振り回してくれた珍事件の真相が、私の気を惹くためのことだったなんて。とんだ行動力の無駄遣いだ。

 さらに秀ちゃんが三日を学校を休んだ原因が、私が安井ルートとやらに走ったと勘違いしたからだとは。一体何処からその発想が来たのか、全く分からない。しかもそんな勘違いで三日も休むほど落ち込むなんて――両想いにもほどがある。

「はぁ」

「……あの、山田さん」

「何?」

「何で溜め息を吐きながら笑ってるんですかね……?」

 笑うしかないだろう。こんな事態になるまで、お互いの気持が通じ合っていることに全く気付かなかったのだから。

「鈍感」

 それは秀ちゃんに向けた言葉であり、自分に向けた言葉でもあった。とは言うものの、やはり秀ちゃんよりは鈍感ではないと思うが。

「いやそれお前に言われたくないから。ていうか、結局徳川ルートか安井ルートどっちなのかはっきりしろよコラ」

「少し考えれば分かることじゃない」

「馬鹿だな、山田。考えて分かるのなら、最初からあんなことやらないからな」

 全然威張れないことで胸を張る秀ちゃんは、すっかり元の調子を取り戻してしまったようだ。

「確かにそうだけど。もし安井君の方だったらどうするの?」

 というかあんな茶番の末に、私が安井ルートにつっ走ったと思い込んだらしいのだが、またここで蒸し返すのは少しは希望があると思ってくれたからだろうか。そもそも第三の選択肢は存在しないのか、とは思ったものの口に出したらややこしくなるので心の中に留めておく。

「おい、三日も落ち込んで学校サボった俺を更にへこませる気か」

 秀ちゃんが憮然とした顔でぼやく。

 このまま素直に正解を言ってしまってもいい気がするが、そういえばここには乙女心を弄ばれたことに対する不満をぶちまけに来たことを思い出す。実際はすでに不満なんてものは何処かにすっ飛んでいってしまったが、多少の意趣返しくらいはしても罰は当たらないだろう――そんな悪戯心がむくりと頭をもたげる。

「どっちだと思う?」

 正座を崩し、秀ちゃんの方へと身を乗り出して、顔を近づける。

「ややや山田さん?」

 お互いの息が顔にかかるほどの距離に、秀ちゃんが焦りながら正座したまま上半身を仰け反らせた。しかし秀ちゃんが顔を離そうとする分の距離を、私は容赦なく詰めて行く。獲物を前に舌なめずりをする女豹のような心境だ。

 ――この時の私は、確かにこの状況を面白がって調子に乗っていた。言い訳をするならば、ここ数日のストレスの反動のせいだと言いたい。

「本当に分からない?」

 人のことは言えないものの、あまりにも鈍感な秀ちゃんにいっそのこと思い知らせてやろうかと、そのまま口づけをするのもやぶさかではなかった――しつこいようだが、この時の私は以下略。

「ま、待て、山d」

 肝心な時に限ってヘタレな秀ちゃんは、顔を真っ赤にして、そのまま後ろに倒れそうなほど身を仰け反らし続けて――後で思ったが、三日もろくに身体を動かさず、寝たきり生活をしていたのが主な原因のような気がする――グギッ。

「あ」




 窓の向こうで、蝉が鳴いている。

 湿気が多くて不快な暑さだが、わずかに開いた窓から入り込む、薄手の夏服を撫でる風が心地よい。

 妙に眠気を誘われるような昼下がりだったが、今の私は特定人物に対する罪悪感で一杯で、眠気を感じる余裕はなかった。

「徳川君さー、今日も休みなんだね」

「……うん、そうみたい」

「あの徳川君が四日もダウンするなんて、インフルエンザにでもかかったのかな」

「……いや、何か腰に来る風邪だったみたい」

 今頃は腰痛でベットの住人になってるであろう幼馴染に合掌を捧げつつ、私は乾いた笑いをもらした。

 原因は完璧に私にあるが、振り回された分、罰は当たらないだろう――と、思いたい。

『山田さん』

駄目男な幼馴染に振り回されてる苦労人。でもそれが密かに幸せなのは惚れた弱み。自分では鈍くないとは思っているがなんだかんだ鈍感。普段は受け身だが、いざという時の恋愛の積極性においては幼馴染より上かもしれない。


『秀ちゃん』

幼馴染ルートに一直線のつもりが素直になれなくて遠回り。幼馴染を振り回してると思いきや実は彼の方が色んな意味で振り回されている。色々と痛々しい残念なイケメン。やはり鈍感なうえに、行動力はあるものの肝心な時に限ってヘタレ。


『備考』

12/08/09にて直球タイトルに変更。

完結に伴い12/07/25において検索除外を解除。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ