勇者の名を持つ者
果たされた3度目の再会。
けれどモアとニーナには埋めることのできない大きな溝ができてしまっていた。
モアを守るように立ちはだかっていたのはシンだった。
「…っ…」
「…」
「今、何しようとしたんだ…お前。」
「シンちゃん…!」
「…」
「おい、ルメイナの重鎮だかなんだかしらねぇが…こいつに用があるってんならまずは俺たちが聞いてやらぁ。」
追いついたシン、バルド、そしてフィルは、それぞれモアを守るようにアルヴィスたちの前へ立ちはだかった。
そこにはレイの姿も。
「…モアちゃん…!」
「レイ君…!」
「やばいよ、あの3人ちゃんと話聞いてないんだよ…」
「えぇ…!?」
「何が…っ…」
「…」
レイはぐったりとして動かなくなってしまったニーナを見つめる。
「…彼女、が…」
初めて見る剣の勇者。
その魂に光は宿っておらず、とても痛々しくレイの瞳に映った。
一方で、バルドたちと向き合っていたアルヴィスはどこか蔑むような瞳で見据えていた。
「おめぇのその目…気に入らねぇな…」
「…」
「まぁいい、ここはホアンクルムの王宮だ。そして俺たちは王の特別護衛としてここに立っている…こういう勝手なことされちゃ困るんだよ。」
バルドは鋭い瞳でアルヴィスを睨む。
「…だ、そうだ。レイナ、ルーク…」
「…っ…」
「…申し訳…ありませんでした…」
「…」
シンはふと、その場に座り込む黒い影へ視線を向けた。
「…っ…」
ーーそれがニーナであることに気づく。
「ニーナ…?」
「あ?」
「え?」
シンの言葉を聞いたバルドたちは、抜け殻のようになってしまっているニーナを見つめ、目を見開いた。
「おい…おめぇ…ニーナ、なのか…」
「…」
「ニーナなの…」
「…」
返答のないニーナに対し、抑えきれない苛立ちが、フィルの中で膨れ上がる。
「…ちょっとあんた…なんとか言ったらどうなのよ!?」
フィルはニーナの元へ行こうとするが、レイナに行手を阻まれる。
「お願い…これ以上はやめてほしい」
「…何よあんた、どきなさいよ。」
「んー…ニーナを責めようとしてるならやめて欲しいな…?」
「はぁ…?コイツが何したかわかってて言ってんの?だとしたら…」
「それはこっちのセリフだよ?ニーナが何をしたか…何をしなければならなかったのか…貴方はわかってるの?」
「どきなさいよ!!!」
レイナの手を振り払ったフィル。
ーー然し、再び行手を阻まれてしまう。
「なっ…」
「貴方のためにも…こんな事はやめて?」
「なんですって…!?」
すると、低く響く笑い声がこだました。
「…」
「…」
「…勇者様にする態度とはまるで思えない…」
そう言ってアルヴィスはニーナを支えるようにして立ち上がらせた。
「…っ…」
その時、ニーナは苦しむように眉を顰めたのである。
それに気づいたモアは「ニーナ!!」と声を上げるものの、彼女からの反応は無かった。
「…行くぞ。」
「はい…」
「…」
アルヴィス達が踵を返す。
ーー瞬間、アルヴィスの瞳に真っ赤な炎が映った。
「…」
「…なんだ、貴様…っ…」
レイがニーナの肩を抱くアルヴィスの手を掴み上げていたのである。
「レイ…!?」
「…」
「その手を…離したらどうですか…」
「…なに…?」
「まるで己の私物のように彼女を扱っているように見える。この場で彼女を孤立させようとしているのは貴方なんじゃないですか。」
「…っ…」
アルヴィスは鋭い瞳でレイを見つめた。
「ハッ…そうか…っ…この形容し難い嫌悪の感情は…っ…」
「…」
「卑しい炎が…っ…」
レイを見つめたアルヴィスはレイピアに手をかける。
すると。
「アルヴィス、何をしている。」
「…っ…陛下…」
ハルカの姿が見えたため、アルヴィスはレイの手を振り払い、レイナたちと共にこうべを垂れる。
ーーそれを見たモアたちも頭を下げようとする。
「良い。」
「…え?」
「ふっ…」
「お前たちは隣国の者…私に頭を下げなくて良い。」とハルカはモアに告げた。
それは氷の女帝というにはあまりにも温かい微笑みであるとモアは思う。
「護衛がいなくなっては…私は丸腰だ…戻ってこい。」
「御意。」
「…」
「…」
ルークはモアたちに頭を下げると、その場を後にした。
ーーその場に残ったモア達。
どこか焦燥に駆られているように見えたレイにバルドは声をかけた。
「レイ…どうしたんだよ。」
「…」
レイは、火傷を負った手のひらを見つめる。
「おい…その火傷…」
「…あの人だ…あの人の身体には…瘴気が纏わりついてる」
「…」
小龍がレイの手のひらに光を灯し、傷を癒そうとした。
「ありがとう…カイルス君…でも俺は、どうやら少量なら瘴気を焼き尽くすことができるみたいだ。」
「だから治さなくても大丈夫だよ」と小龍の頭を撫でたレイ。
「…ルークがいた…どういうことだ。あいつはゼルセウであの男と一緒にいたんじゃねぇのか?それに…あの女…」
「あの子も英傑…空の英傑だって」
「そうか…なら…」
「ムカつく」とフィルが声を上げた。
「あ?」
「あの女…ムカつく…っ…!!!」
そう言って壁に拳を打ちつけたフィル。
「レイに宥められた時の俺みてぇになってんな。」
「うっさい!!!!」
「…」
シンは瞬きをしないまま、その場に佇んでいた。
「シン…ちゃん?どうしたの?」
「…アルヴィス…」
「…」
その名前にレイが反応する。
「…俺も思ったよ、シン…」
「そう…だよな…」
「なんだよ?」
「アルヴィス…って…勇者の名前じゃなかったか…」
「…っ…」
「おいおい…待てよ?あいつが…勇者だってのか…?」
皆が戸惑う中、モアがただ一言つぶやいた。
「…違う。」
「え?」
「あの人は勇者じゃない…」
「でも…アルヴィスなんて名前…たとえ同じ名前だったとしても中々ねぇって…」
「…」
モアは1人の人物を思い浮かべ、シンの言葉に首を振った。
「そう、か…」
「そう言い切れる何かが…おめぇにはあるんだな、モア」
「…うん。」
「そうか…」
「だ、そうだ。」とバルドはレイの肩を叩く。
「シン、オメェが一番モアの言葉を信じてるだろ」
「…そうだな。」
「なら…あのおっさんのところに戻るぞ。」
「おう。」
「…」
「フィル」とバルドはフィルを呼びかける。
「…」
「オメェのいいてぇ事はなんとなくわかるが…今やらなきゃ行けねぇことに集中しろ。」
バルドはそう言って歩き出した。
「…なによ…ムカつく…っ…」
「フィルちゃん…」
「モア…あんたは許せるの…」
「…え?」
「たとえ…本当に仕方ない理由だったとしても…っ…」
フィルは強く拳を握りしめる。
「フィルちゃん…あのね…」
「あたしは…!!どんな理由があっても…人を殺したあいつを許せない…」
そう言ってモアを横切って行った。
「…」
「モア、行こうぜ…?」
「…うん」
モアはシンに腕を引かれ、応接間へと足を進ませたのだった。
ニーナは瘴気によって魂を穢され、心が闇に囚われてしまっている中でも吸収し続けているためレイナ達や他の兵士達に被害が及んでいない。




