救済の代償
玉座の間を後にしたニーナ達。
「ユア…」
ルークに抱えられたニーナは閉じられた扉の向こうにいるユアの身を案じる。
「貴様ら!!!何をしているんだ!!!!」
「ハルカ!!!」とレイナを退け、ハルカを抱え上げたスワヴ。
「痛いなー…」
「貴様ら…陛下への反逆罪で…」
「あのねぇ!?私たちは陛下を助けようとしたの!!!なのにありがとうも言えないの!?」
「何が助けるだ!?あの男の息の根がかかっているような連中の言うことなど!!!信用できるか!!!!!」
「…よせ。」と力ない声が聞こえてくる。
「おろせ…」
「ハルカ…!!!」
「大丈夫だスワヴ…おろせ」
「…」
「御意」とスワヴはハルカを下ろす。
「…心なしか…感じていた胸の痛みが軽くなった気がするんだ。お前の力か…?」
「…陛下…」
ニーナはハルカの手を握りしめた。
「…っ…」
ニーナの手の温もりに、ハルカは瞳を揺らしたのである。
「お前は…とても温かい娘だな…」
「…そう?」
「あぁ…お前といると…なんだか…心が安らいでいく…心にあった恨みや嫉み…憎しみ、焦りがなくなった…」
ハルカの言葉に、リヒトたちは複雑な表情を見せる。
彼女が安らいでいるのは、染まっていた魂の闇をニーナが吸収しているため。
ニーナは吸収した闇や瘴気を浄化することはできない。
ーー言って仕舞えばニーナはハルカの身代わりとなっているのだ。
「そっか…それなら…よかったよ陛下…」
「ふっ…」
ハルカはニーナを見つめ微笑むと、ニーナの頭をそっと撫でた。
「あ…」
「ありがとう…先ほどの件…頼んだぞ」
「うん。」
ニーナが頷くと、ルーク達もハルカは向け跪きこうべを垂れた。
「行くぞ…」とハルカはスワヴ達従者に告げその場を後にした。
彼女達の背中が見えなくなった頃、ニーナは膝から崩れ落ちた。
「…っ…」
「ニーナ…!!」
「…だ、大丈夫…っ…」
「あんなことはもうやめて…俺たちは君が苦しんでいるのを見ていることしかできないんだ…」
そう言ってルークはニーナを抱えた。
「でも…陛下があのままおかしくなってたら…ここに住んでる人たちは今よりももっと辛い思いをすることになる。」
「…でも…」
「私たちは貴方がこれ以上辛い思いをするのが嫌なのの!!!!」
「…っ…」
「お願い…弓の勇者様が来てくれるまで…自分から苦しみに行くようなことはしないで…っ…お願い…」
「レイナ…」とリヒトはレイナの肩を叩く。
「一先ず…広間に戻ろう…」
「…うん」
ーーーーーー
ーーーーーー
ルークに抱えられ、ニーナはリヒトとレイナと共に広間に戻る。
「…」
「ニーナ…ごめんね…私…っ…」
「え?なにが?なんでそんな顔してるの!?」
レイナは涙を流していたのである。
「ニーナのことたくさん褒めたいのに…っ…心配が勝っちゃって…っ…」
「褒めたいって…」とニーナは笑った。
「人助けて…仲間を心配させちゃダメだよね。」
「ごめんね、みんな」とニーナは眉を下げ、再び笑みを浮かべた。
「身体は大丈夫なのか、ニーナ。」
「うん、大丈夫」
「…」
ルークは外套に隠れていたニーナの手を掬い上げた。
「…痣ができてる…」
「何…!?」
「大丈夫だって!!何ともないよ」
「嘘…ほんとはすごく痛いんでしょ…私に嘘つけないよ、ニーナ…」
そう言ってレイナはニーナを見つめた。
ニーナは少し気まずそうに目を逸らす。
ーーすると
「おい」
「…ユアン君…」
「…」
ニーナはルークの手をそっと解き、ユアンから距離を取る。
ーーニーナ自身まだあの日のトラウマとユアンに対する気持ちが整理できておらず、同じ空間にいること自体が耐えられなかったからだ。
「団長がお呼びだぜ…?勇者様?」
「…お前の時は私に話しかけてくるな。」
「はぁ?」
「よせ、ユアン。お前は今はここにいるな。」とリヒトがユアンの元へ行き、ルークはニーナを引き寄せた。
「ククク…あぁ…あの時のことがチラついて、俺と喋るのがこえーのかぁ…?」
「ユアン君やめて。」
「…」
「ククク…誰にも信じてもらえなかったのが…そんなに悲しいのかぁ?」
「…っ…!!」
「ニーナ…!!」
剣をユアンへ向け、投げつけるニーナ。
「っと…あっぶねぇ…おいおい、誇り高い勇者様が仲間の命を奪おうとすんなよぉ…?」
「おい!ユアンやめろ…!!」
「なぁんだよリヒト…俺はなぁ…?」
「命を奪うために…剣投げたんじゃないよ。」とニーナはユアンに告げる。
「あ…?」
「…」
地面に転がった剣を拾い上げると、ニーナはそのままユアンの胸元に突き刺した。
すると、ユアンの魂を覆っていた闇が一気に剣に向かって吸収されていくのがルーク達の目に映ったのである。
「なっ…!?」
「…っ…こうする、ためだ…っ…」
「ニーナ!!やめて!!!」
「ニーナ!!!」
「お前の…っ…汚れた…たま、しいを…っ…吸収すれば…少しは自分の犯した罪を悔いることができる、はずだ…っ…」
「てめ…っ…ぐっ…」
「…っ…」
ニーナの光を帯びていた魂が、闇に染まっていく。
「ニーナ!!!やめてくれ!!!このままじゃ戻れなくなる…!!!」
「…っ…ユア…戻って…来い…」
「…ふざけんなよ…テメェ…こんな事してぇ…!!!」
“私を…殺して…っ…"
“ニーナちゃん…助けて…"
彼女達の声を思い出し頭を抱え、ユアンの胸元に剣を突き立てたまま、ニーナは涙を流す。
「…ニーナ…っ…」
ルーク達はユアンとニーナの元へと駆け出し、彼女達に距離を取らせた。
ニーナの手から離れた後も、剣は闇を吸収し続け、ユアンの心に宿る闇を取り除いていく。
「ニーナ…ニーナ…!!!」
「…っ…」
瘴気がニーナを蝕み、痣を増やしていく。
感じたこともないほどの強い痛みが走り、顔を歪ませるニーナ。
「…っ…」
ルークはなんとか癒しの力を使うが、それを阻止するようにしてアルヴィスが姿を現したのである。
「団長…」
「何事だ。」
ユアンは胸元に刺さった剣を取り上げようとするが、彼にとっては居心地の悪い光に包まれ顔を歪ませていた。
「…ちっ…いや?何でもないですよダンチョー…ただ…少し手こずっちまいまして」
「…」
「…」
アルヴィスはユアンに刺さる剣を簡単に抜き去った。
そして、その剣をニーナの元へ放る。
「ニーナ。玉座の間に来い。」
そう言って、アルヴィスは踵を返す。
「…はい…」
「ニーナ…立てる?」
「うん…大丈夫…っ…」
ルークはニーナを抱え、彼女と共に玉座の間へ向かおうとするが。
「お前達はここで待っていろ。」
アルヴィスはそれを許されなかったのだ。
「しかし…」
「ニーナは苦しんでるの、団長」
「…」
「それがどうした」とアルヴィスは振り返る事なくそう告げた。
「…私には関係のない事だ」
「関係ない?本当にそう思ってるのかな。」
「…何が言いたい…?」
「答え様によっては…2度と喋れなくしてやるが…」そう言って、アルヴィスはレイナに向けレイピアを突き立てた。
「…っ…」
「…レイナ…よせ」
アルヴィスにレイピアを突き立てられるも、レイナが怯むことはなかった。
「貴方は心のどこかで、ニーナが苦しんでいる姿を見て誰かを重ねて戸惑っている様に見えるよ。」
「…余計な口を…っ…!!」
アルヴィスはレイピアを振り上げた。
「レイナちゃ…っ…」
「…っ…」
ーーその時、二つの刃がレイナの瞳に再び映ったのである。
「ユアン君…」
「ダンチョー…あんたの用事はこいつじゃねぇだろ…」
「…」
アルヴィスはニーナを見つめ、レイピアをしまう。
「…そうだな…」
「…っ…」
「ニーナ…」
ルークはニーナの手を握る。
そんな彼に、ニーナは笑いかけた。
「大丈夫…っ…」
ニーナは剣を拾い上げると、おぼつかない足取りでアルヴィスを追いかけていった。
「…」
「…」
取り残された英傑達。
「…」
「…」
レイナはユアンを見つめた。
「…何も言うなよ…レイナ…」
「…っ…」
その時、リヒトはユアンの胸ぐらを掴み上げると彼を殴りつけた。
「…いっ…て…」
「…」
「リヒト君!!」
「俺はお前のやっていることに心底腹を立てている…」
「…っ…はぁ…?お前が何もできねぇことを…俺のせいにするなよ…リヒト…」
「そうだ…お前がニーナを傷つけるたびに…っ…俺は自分の無力さを思い知り、ニーナに何もできない自分に腹が立っている…」
「なら俺は…」
「…ユアン…お前はいつか…命と引き換えにならないほどの大きな後悔をする日が来る…その時…っ…俺はお前を許してやれるほど器量の大きい男ではない…っ…」
「ただ…」とリヒトは震える声で言葉を続けた。
「ニーナはお前に複雑な思いを抱いていても…お前を突き放しはしていない…それなのになぜお前はあんなことができるんだ…っ…」
「…ふん…奴は俺に死んで欲しいと思っているはずだぜ…?それくらいの事をしたからなぁ…」
「…っ…」
「オラァ…殴れよ…それでお前の気が済むんだろぉ…?リヒト…」
「…」
「リヒト君…!!!」
リヒトの拳をルークが止めた。
「…っ…」
「いけません…っ…たとえ憎んでいても、ニーナは…ユアン君の魂を救おうとしていました…っ…俺たちが…っ…彼女の思いを踏み躙ってはいけません…」
「…っ…」
リヒトはユアンを突き飛ばし、行き場のない拳をさらにきつく握りしめた。
「…」
「…まがりなりにも良心があるんじゃないの…ユアン君」
「…うるせぇ…っ…」
「どうして私を助けたの」
「俺は目的を達成したから余計な事をすんなってダンチョーに言っただけだ!!!」
そう言ってユアンは、レイナを守った刃を今度は彼女に突き立てたのである。
「…」
「それ以上喋んな、レイナ…っ…」
「…貴方が守りたいと思った私は…ニーナを守りたかったの。」
「…っ…」
「貴方の心は…ずっと雨が降ってるみたいだね…」
「…」
ユアンは表情を歪ませ、顔を俯かせた。
「…っ…俺はテメェが嫌いだ…レイナ」
「そう?私は貴方が好きだけど?」
「…うるせぇよ…うるせぇんだよ…っ…」
「…」
「黙れ…っ…黙ってくれ…!!!!」
頭を抱え蹲ったユアンは、逃げる様にして広間を後にするのだった。




