癒しの力を持つ龍の英傑カイルス
神器はそれぞれ私利私欲に塗れた者達に奪われないように、勇者が触れるまではガラクタの姿のまま保管されていたり埋められていたりする。
【登場人物】
カイルス
癒しの力を持つ龍の英傑
傷、病、穢れた心を癒し、浄化することができる龍人
【龍の島の地図】
神聖な空気がまとう島で眠り続けていたモア。
重く閉じられていた瞼をゆっくりと開けた。
「…あれ…ここは…」
目を覚ますと、見たことのないほどの美しい空間に、は瞳を輝かせていた。
「綺麗…」
すると、自分の周りを、ゆらゆらと泳ぐ小さい龍を視界にとらえたのである。
「貴方が…助けてくれたの?」
その小さい龍はモアに頬擦りをした。
「なんだか…すごく清らかなものを感じる…少し痛かった胸の痛みも…今はすっかり消えてる…」
すると、龍は静かに泳ぎ出し、まるでモアを導こうとしているかのように時折彼女の周りを泳ぐ。
「そっちに…何かあるの?」
モアは、その龍を追いかけ歩き出した。
見渡す限り高い樹木が聳え立っていて、太陽の光に反射した葉が、黄色や緑色に辺りを染める。
「ずっと見ていたくなるくらい綺麗…っ…」
歩き続けていたモアは、ある場所で薄い光の結界に保管されているオンボロな弓を見つけた。
「…これ…」
ゆっくりとその弓に触れようとしたモア。
「お目覚めですか。」という声に驚き背筋を限界まで伸ばす。
「はひぃ!?す、すみません!!取ろうとしたわけでは!!!いや!!あわよくば取ろうとしてたかも!!でも!!少し触りたいなーと思ってたり…あの…」
「…」
その青年は目を細め、穏やかな瞳で彼女を見つめていた。
「大変申し訳ありませんでした!!!弓の勇者だとつけあがってしまった私を罰してくださいませ!!!島の主様!!!」
「…それは貴方のものです、お持ちください…」
「…え?」
「弓の勇者を受け継ぐその者が現れる時まで…神器は我々が命をかけて守り続けてきた…その時が今なのです。」
「…そう…なんですね…」
「その弓を受け取りなさい…」
「…」
結界を抜け、所々壊れかけている弓に触れたその時、モアを待っていたかのように美しい光を帯びている弓に姿を変えた。
「うわぁ…綺麗…さっきまで…簡易的な弓だったのに…」
「三種の神器は、私利私欲に塗れた者に奪われないよう、勇者が触れるまではガラクタのようなものに姿を変えているんです。」
「…そう…なんだ…あ…あの!!!」
「…」
「助けて下さったのは…貴方ですか…?」
「…」
青年は優しく微笑み、モアの手を握った。
「貴方はとても傷ついた…」
「…私…っ…誰も守れなくて…っ…はっ!」
「みんなは!?みんなは無事なの!?」と青年に縋るような声をあげるモア。
「貴方のお仲間は…皆無事でいる。安心しなさい。」
「本当ですか…みんな無事なんですか!!!」
「…バルドが少し遅かったら、貴方たちは間違いなく命を落としていたでしょう。」
「バルド君…やっぱり…戻ってきてくれたんだ…っ…」
モアは涙を流し「ありがとう…バルド君…」と告げた。
「貴方が無事でよかった…モア…」
「どうして…私の名前を…」
「龍はなんでも知っている…とだけ言っておきましょう。」
「…貴方は…癒しの龍…龍の英傑…?」
「ええ、私は龍の英傑。名前はカイルスと申します。」
「カイルス…さん…」
カイルスの声は、心を穏やかにする不思議な力があるように感じたモア。
「なんだかすごく…落ち着く声をしてらっしゃいますね?カイルスさん…」
「…貴方の心が穏やかになったのならよかった。」
「あ、あの…カイルスさんにお願いがあります」
「…」
「…私たちと共に…旅をしてくださいませんか」
「…」
途端に悲しそうな表情を浮かべるカイルス。
「カイルスさん…?」
「貴方のそばで貴方をお守りしたい気持ちは山々です…しかし…私にはまだそれはできない…」
「どうして…?」
「貴方の心が嘆き、悲しんでいる…3人の勇者様の心が…とても傷ついている。」
「…っ…」
「それが悲しくて仕方がない…それが…我々英傑達の責任であるということも…悲しいのです…」
「…本当に…貴方はなんでも知ってるんですね…」
「ええ、精霊たちが私に教えてくれるのです。外へ行かない私の代わりに嬉しいことも…悲しいことも…」
「…」
「貴方を連れて行きたい場所があるのですが…ついてきてはくれませんか」
「へ?」
カイルスはモアを抱きかかえ、空へと飛び上がった。
「え…カ、カイルスさん!?」
「…」
カイルスは、美しい龍に姿を変えたのだ。
「…綺麗…」
いつのまにか龍の背に跨っていたモア。
その姿は癒しき龍に跨る勇者そのものだった。
ーー龍の背に乗せられやってきた場所は島の東側にある大きな泉。
泉の底まで透き通っていて、どこか、人間を拒んでいるように感じた。
「…」
「カイルスさん…ここは…」
「追憶の泉…」
「え…?」
「過ぎ去った在りし日を視ることができる泉です。」
「…在りし日…」
「追憶の泉は、時を遡る泉ではない…そこに宿るのは、人の心に残された想いの記憶…」
「それは…本当にあった出来事…を映してくれるってこと…ですか?」
「ええ、そうです。己自身の過去、あるいは強い絆で結ばれた者の過去を、水面に映し出す。」
「…っ…」
モアが知りたかったあの日の真実。
それがここで、知ることができるかもしれないとモアは思う。
「…みたいです…私…知りたいことがあるんです!!!」
「…その真実を知って…貴方が傷ついてしまっても…ですか。」
「私は知らなければならない。あの日…みんなに何があったのかを…ニーナの言葉の本当の意味を…それに…答え合わせがしたいんです。」
「…そうですか…わかりました。」
「…っ…」
カイルスは泉に手を向ける。
「準備は整いました、モア…泉を覗き込みなさい」
「はい。」
モアは瞳を閉じ呼吸を整え、決心したように泉を覗き込んだ。
ーー見えてきたあの日のニーナの記憶。
ユアンに操られたルェンに刺されながらも、必死に彼女に声をかけ続けていたニーナ。
そこに映っていたのは、母が弟であるトワに手をかけようとしている姿、そして必死に逃げるトワの姿だった。
ニーナはなんとかトワの元へと行こうとするが、ユアンに攻撃を向けられそちらへ行くことができないでいた。
そんな中でも、何度もルェンに声をかけ続けているニーナを見つめ、モアは涙を流す。
"…っ…だめだ!!おばさん!!!トワを殺しちゃダメだ!!!!"
「ニーナ…っ…」
ニーナの声に、母はなんとか自我を保とうとしていた。
しかし、操られてしまった体はいうことを効かなくなってしまっていたことにモアは気づいてしまう。
"か、母ちゃん…っ"
恐怖に打ちひしがれるトワ。
モアはたまらず声を荒げる。
「お母さん…やめて…お願い!!!!」
"だめだ!おばさん!!トワを殺しちゃダメだ!!!"
“ニーナちゃん…お願…"
「…っ…」
「私を…殺して…っ…」というルェンの言葉に、モアは涙を流した。
呆然とするニーナ、声を上げるトワ、そして卑しい笑い声がこだまする。
その言葉を最後に光を失ったルェンの瞳を見つめ、震えるトワの声に、モアは胸を締め付けられる。
そして、ニーナの決意した表情を見たモアはその事実から逃げることなく記憶を見つめたのだった。
「…っ…」
「…」
「はっ…はぁ…っ…」
「モア…」
「…お母さんが…っ…レオ達を…傷つけたかもしれないって…あの時…思ってしまったんです…でも!!信じたくなくて…でも、信じなかったら…ニーナが悪者になってしまうから…どうしたらいいかわからなくて…っ…」
「…」
「私は…ニーナに…あんなに辛くて苦しいことを…させてしまったんですね…本当なら!!娘の私がやらなきゃいけないことなのに!!!」
「…」
カイルスは泉に映る記憶を見つめる。
幼い子供達を守るために、モアの母を切り裂いたニーナの姿が見える。
そして、仲間達に疑いの目を向けられてしまった記憶も見えた。
「ごめんなさい…っ…ごめんなさいニーナ…っ…」
咽び泣くモアの肩を抱き、カイルスは瞳を閉じた。
彼は、モアの額にそっと頬擦りをする。
「…」
モアの心を襲っていた一片の小さな闇。
カイルスはモアの心に寄り添い、精を尽くした。
そして再び襲う闇は次第に大きくなっていく。
ーーしかしカイルスの光によりモアの魂から闇が消えたのである。
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ーーーーーーー
どれ程の時が過ぎただろうか。
カイルスの腕の中で泣き続けたモアは、落ち着きを取り戻し顔を上げた。
「…」
「落ち着きましたか…?」
「…ごめんなさい…ありがとうございます、ずっとそばにいてくれて…」
「…あぁ…」
「貴方の心に光が宿るなら…なんだってします…」
そういうと、カイルスはモアの前に倒れ込んでしまった。
「カイルスさん!?どうしました!!!」
「…」
ーーすると、小さな龍達がカイルスのもとに集まり、彼を包み込む。
「…カイルスさん…無理させてしまったのかな…」
すると1匹の白い龍が、書物を咥えモアの元へ泳いできた。
「これ…」
一冊の古い書物、その書物のページをモアはめくった。
「…ごめんなさい…読めないの…私…」
「…」
小さな龍はモアの瞳をじっと見つめる。
「え…な、何…?」
そして再び書物へと、視線を促した。
「ごめん…私この文字見れ…」
「あれ…」とモアは書物を二度見した。
そこに書いてある古代の文字がなぜかすらすら読めていたのである。
龍の加護を受けし其方。その慈愛は傷を癒し、病を祓い、生きとし生けるもの全てへ安らぎを与えん。
清き心を持つ者の前にのみ現れ、その神聖なる姿は希望と畏敬の象徴となるだろう。
されど怒りに心を蝕まれし時、その癒しは理を歪め、死者を現世へ引き戻す災厄となるだろう。
「すごい…本当に神様みたいな人…」
モアは頁をめくっていく。
"元々治癒の力持ってる龍は、命を削って人々の傷を癒している。"
“本当に救いたい人ほど救えないのは、絶対的な力を手に入れてしまった代償なのだろうか“
「…っ…」
モアは書物を持ち走り出すと、小さな龍の大群を見つけたため、そこへと向かう。
「カイルスさん…!!!」
全てを見渡すことができそうなほどに空へと伸びている大樹。
そこへ、封印されたように眠っているカイルスを見つけた。
「…命を削って…私たちを治してくれたんだ…」
モアは再び書物を見つめる。
"勇者の目覚めと共に力を得た、しかしその代償は一族の全てを失うという残酷なもの"
“最初は恨みの対象でしかなかったお三方だが、今ではその思いを一瞬でも心に宿したことを後悔している"
"人間は欲の塊である。神は傲慢である。この長い歴史の中で、何度も我々は種族の違う彼らに命を奪われてきた。"
「…」
"しかし、お三方だけは自分の私利私欲のために我が力を使うことはなかった。民を、仲間を、友を思い、恐れ多くも、我龍の一族の身を案じてくださった。"
"彼らのような人達はもう二度と現れない。貴方達の元でこの身が滅びるその時まで、仕えようと決めたのだ。"
"初めてできた仲間達、皆清い心を持つ者達ばかりだった。"
そこには、仲間のことを綴る文が認められていた。
ーーそしてある一文に、モアの目が留まった。
「"静かに生きていたいだけなのにと勇者様は嘆いていた"」
"ウルに伝えると、お二人は、アレンに寄り添い手を握っていた。"
「"いついかなる時も私達は共にある"と…」
"仲間であり唯一無二の友を失ったウルはまるで抜け殻のようだった。"
「"何度もアレンの記憶を見つめ、己を責め続けていたのである"」
時折出てくる「アレン」という名前をニーナと重ねてしまうモア。
"私には時間がない、せめて彼女の最期の日までそばにいてやりたい"
"彼女は弓を私に託してくださった。私はあなたの涙で染まった弓を、永遠に見守り続けることをこの命に誓う。私の命の灯火はもうすぐ消えてしまうけれど、私の意思を持つものが光と共に現れる"
"貴方のそばにいたあの日々のように、私の魂は永遠にあなたのお側にいることを約束します。"
「"貴方達を傷つける出来事が二度と来ないようにと祈ることしかできない私をどうか許してください"」
モアは涙を流し、その書物を閉じた。
そして、自分を労わるカイルスの元へと近づく。
「…」
「カイルスさん…命をかけて私たちを助けてくださってありがとう…貴方のためにも、この命を大事にして生きていきます…どうか無理をなさらないで」
そう言い残し、モアは島を後にしようと歩き出そうとした。
「待ちなさい…モア。」
「…え…」
「…」
「…カイルス…さん?」
カイルスは手を広げ、1匹の子龍をモアの元へと泳がせた。
「カイルスさん…この子は?」
「私のようなものです…彼が貴方の光を守ってくれるはずだ…」
「…」
「私はいつも…モア…貴方のそばにいる…だからどうか…」
「闇に光を奪われてはなりません…」と言ったのを最後に、彼は大樹へ吸い込まれるように消えていってしまったのだった。




