影を生きる者
ニーナは城の外を一望できるバルコニーへ向かう回廊を歩いていた。
「…」
するとそこには、胸元に血が滲む包帯が巻かれてきたアルヴィスの姿が。
彼は壁に背をつき、寄りかかっていた。
ーー相当疲弊していることがわかる。
「…」
「どうやら自我を取り戻したようだな…ニーナ…」
「…」
アルヴィスが近づくたびに心臓が嫌な音を立て、強い胸の痛みに襲われる。
「…あ、あの…っ…」
「…」
逃げ出したい衝動に駆られるが、胸元の傷は自我を失った自分がつけてしまったもの。
ニーナは逃げることをやめ、アルヴィスの胸元に触れようと手を伸ばした。
「…」
「…なんの真似だ」
しかし、その手をアルヴィスに掴まれてしまう。
「…自我を…失ったとは言え…貴方の命を奪おうとしてしまった…ごめん、なさい…」
「…」
「ごめんなさい…っ…」
アルヴィスはニーナを見つめた。
自身を恐れ、それでも自分の元に来たニーナにアルヴィスの汚れ切った魂が反応する。
「…頭を上げろ。」
「…っ…」
ニーナは恐怖から頭を上げることができなかった。
己の心の弱さを憎み、苦しんだ。
「…」
その様子を見たアルヴィスは口角を上げ、掴んだニーナの手を引き寄せ彼女の顎を掬い上げる。
「お前はただ…私と運命を共にすれば良い。」
「…」
「…あぁ…私の愛しい勇者よ…お前の穢れなき心は、我が欲の前では邪魔にすぎ無い…」
アルヴィスの闇に染まる魂が、ニーナの穢れ無い魂に反応し、彼の体から瘴気が溢れ出した。
「…っ…」
ニーナは彼の放つ瘴気を簡単に吸収して行ってしまう。
「くる、しい…っ…」
「…そうか…苦しいか…」
アルヴィスは握りしめたニーナの手を、自分の胸元に触れさせた。
「憎むべき相手である私に寄り添うには…大きな代償を払わなければならない…」
「…っ…う…」
「その代償は…お前の清廉な魂だ…っ…」
まるで巨大な蜘蛛のようなものに引き摺り込まれた時のように。
徐に引き摺り込まれていくニーナ。
「…っ…熱ぃ…」
「…」
強い痛みに耐えきれず意識を手放そうとしたその時。
「…団長、おやめください!!!」
「…」
「…」
「彼女を…傷つけないで下さい。」
そういってアルヴィスに体の半分を吸収されかけていたニーナを引き戻したのはルークだった。
「…っ…あ…」
一時的に足の力を失い、ルークに引き寄せられた反動で床に倒れ込んでしまうニーナ。
「…っと…あれ…」
「ニーナ…立てる?」
「…ルーク…どうしたの?」
「君を追いかけてきたんだ…」
そういってルークはニーナに笑いかけた。
「…ありがとう…」
「気分転換に外を見に行くっていってたでしょ?俺も行くから、一緒に…」
「本当?」
「うん」
「急にいなくなったりしないでね」
「勿論」
「…」
アルヴィスに頭を下げ、ニーナを連れその場を後にしようとしたルーク。
「…」
「ルーク」と、彼はアルヴィスに呼び止められた。
「はい。団長。」
「おまえは私の手の内にいる…いつでもその命の灯火を捻り潰すことは容易い。」
「…」
「困るのはお前の方だと言うことをわかっているか。」
「…肝に銘じておきます。」
「…」
その場を後にするルーク。
「…」
アルヴィスはニーナの表情に、ある人物を重ねた。
"どうして1人でいるの?"
"お前はいつも寂しそうだ"
"お前が笑うの…初めて見た!もっとよく見せて?"
「…ちっ…っ…」
静かに目を瞑り、脳裏に浮かぶ残像を振り払ったアルヴィスは玉座の間へと姿を消したのだった。
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城のバルコニーにつき、寒空の下で景色を見ていたニーナ。
「…」
"ニーナちゃん…助けて!!!"
「…」
"やめて!!もうこれ以上…やめて…許して…"
ニーナの脳裏には、あの光景が焼きついたままだった。
「…っ…」
血が滲むほど手を握り締めるニーナ。
「ニーナ…」
「…はっ…」
その手に、ルークは優しく手を添えた。
「…ごめん、なんでも…っ…」
「辛かったね…」
「…」
自分が決めた自分の行い。
後悔するつもりもなければ弁解するつもりもなかった。
ーーそれでもニーナは、ルークの言葉に涙を流してしまう。
「私は…間違ったことをしたのかもしれない…っ…」
"自分の家族じゃなくてよかったと思ってるんだろう"
そういったアルヴィスの言葉がニーナの脳内を巡る。
「…私は…最低だ…おばさんを殺した…っ…もしかしたら…みんな助けられたかもしれないのに…っ…」
「…」
ニーナは自分を責めていた。
自分の体を傷つけてしまうほどに。
「自分の家族じゃなくてよかった…団長にそう言われて…心のどこかでそんなことを思ってたのかもしれないって思って…っ…そんな自分が嫌になる…!!!」
手すりに何度も拳を叩きつけ、皮が捲れ上がっても、血まみれになってもその行為をやめないニーナを見つめ苦しくてたまらなくなったルークは、彼女をキツく抱きしめた。
「…」
「どうか君を傷つけないで…」
「…っ…」
「俺は君にこんなことしかできないけれど…」
そういってルークは瞳を青く染め、ニーナの傷を癒した。
そして強く握られていた拳をゆっくりと解き、手のひらに小さな花を咲かせる。
「…」
「俺といる時は…せめて笑っていて欲しい…」
「…」
ルークはニーナの頬を両手で包み込み額を合わせた。
「…」
「…貴方の手足なくなりし時、私が貴方の手足となりましょう。貴方の心がなくなりし時、私が貴方の心となりましょう。貴方の身体がなくなりし時、貴方の身体となりて、貴方の勇姿を後世に語り継ぎましょう。」
「…ルーク…っ…」
「貴方が痛みに苦しむのならば貴方の代わりにその痛みを受けましょう。貴方が傷ついてしまったのならば、私がその傷を負いましょう。」
「…」
「いついかなる時も、貴方と共にある…」
能力を複製させる力を持つ、彼の一族のもう一つ力は、勇者の影となること。
光が当たる場所には常に影が存在する。
影の英傑は、勇者の影を全て背負い、生きていくという使命なのだ。
その受け継がれた決意をニーナに告げるルーク。
「それは…ルークの気持ち?」
「…うん…俺の気持ちだよ、ニーナ。」
「そっか…」
「…」
「なら…」とニーナは続ける。
「これも…ルークの力…?」
「ん?」
「…」
ニーナは頬はほんのりと赤く染め、どこか恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「鼓動が速くなった…ルークの気持ちが嬉しくて」
その言葉にルークは優しく微笑む。
「…そんな顔もするんだね」
「え?」
「いつも勇ましいのに、今は可愛らしい女の子だね」
「は!?」
「…」
彼は微笑んでいた。
「…何か言って…そんなニコニコしてるとほんとに照れくさい…せめて何か言って欲しい…恥ずかしい…」
「…」
ルークは何も言わず、ただニーナを見つめて微笑み、彼女の頬を撫でていた。
「ちょ、ちょっと…ねぇ、ルーク?」
「少しでもニーナの気がまぎれるなら…そのまま照れていて」
「ふざけてる!?ちょ…ねぇルーク…!?」
その後ニーナはルークに頭や頬を撫でられ続け、うるさい鼓動を彼に聞かれないように、必死に隠し続けていたのだった。
ルークの能力について:彼の能力は英傑達の能力を複製し、その力を使うことができる。しかしそれは勇者の魂を持つ者の命令にのみ発動される。もう一つは分身を作り出すこと。




