ユアンとユア
剣:古の伝記や歴史書に記されている「生の秩序を守るために振る」神器。持ち主の想いに呼応し力をつける。
【登場人物】
ユア
夢幻の英傑であり、ユアンの元の人格。
再び瞳を開けると、見知った人物がこちらを覗き込んでいた。
「…あ…れ…」
「起きた?」
「…ルーク…」
「…」
「よかった…目が覚めて…」
「ルーク…どうして急にいなくなったの…?」
「…え?」
「あれ…なんで私…こんなに血まみれなんだっけ…」
ニーナは何も覚えていなかった。
そんな彼女に、ルークは先ほどの出来事を伝える。
「…君は剣に呑まれたんだ…」
「え?」
「団長の胸元を切り裂いて…」
「…っ…」
ニーナは目を見張り、自身の剣を見つめる。
「…覚えて、ない…?」
「…っ…」
ニーナは髪の毛をグシャリと掴み、蹲る。
「…っ…最低だ…この剣で…団長を殺そうと…したんだ」
「…」
「でも、なんで…私…何かした…っけ…」
ルークはリヒトを見つめた。
「…」
「ニーナ…あのね…」
「お前はもう…何人とその剣で人を殺している。」
「…っ…え…?」
リヒトはルークの肩に手を置き、まるでそれは自分の役目だと言うようにしてニーナの元に跪いた。
「…確認だが…お前はどこまで覚えている…?」
「ルノーピアに行く直前…みんなの姿が見えなくなっ…て…そこ、から…っ…」
ニーナがルノーピアを後にしてから、身動きが取れなくなった自分たちに、アルヴィスからニーナの動向を逐一告げられていたリヒトたち。
ーー彼らは知っていたのだ、ニーナがホアンクルムで村人たちを襲った盗賊たちを一掃したことを。
「…お前は一度…この場から立ち去っている…」
「…そう、だ…思い出した…」
「そして…お前は…襲われた人々を守る為に…人を殺した。」
「私…っ…そんなことしてない!!!」
「ニーナ…」
ルークはニーナの肩を抱く。
「私…っ…私、は…っ…」
「…ニーナ…これだけは言っておく…その剣は人を守るためのもの…生の秩序を守るためのものでもあるんだ…」
「…何、それ…」
「お前は誰かを守る為に…時として誰かの命を奪わなければならない。」
「…」
「…はっ…っ…」
ニーナはその言葉で、全てを思い出した。
アルヴィスから逃げ出した後すぐ、どこかから声が聞こえ強い力を得たこと、盗賊の大群を一掃したこと
モアの家族を守れなかったこと。
モアの母の命を奪ったこと。
「…っ…」
血まみれになっているのは、故郷ベルゼウの人々が流した血だと言うことを思い出した。
「…ニーナ…お前は人を救ったんだ。盗賊は人の命をなんとも思っていない…お前がそんな人間の肩を持つことはない。」
「あいつらは死んで当然だったんだよ。」とリヒトニーナに告げた。
「あぁ…そうだ…そうだよ確かにそうだよ…っ…その考えを持つ私は勇者なんかじゃない!!!!!」
「ニーナ…落ち着け…」
「なん…っ…で…なんで…っ…」
自分の顔に爪を立て、傷をつけていくニーナ。
そんな彼女の手をルークは掴んだ。
「ニーナやめて…自分を傷つけちゃダメだ…」
「人を殺しておいて!!!私はなんで生きてるんだ…っ…なんで…なんで!!!!!!」
「…っ…」
「ニーナ…おいユア!!近くにいないか!!!ユア!!!!!」
リヒトは「ユア」と叫ぶ。
するとあたりが薄紫の雲に覆われ始め、その場が別世界になったように錯覚するほど景色が変わったのである。
「…なんだ…っ…これ…」
「ルーク…このままでは俺たちもやつの術にハマってしまうぞ…」
「ええ…俺たちは一旦…」
「その心配はない…」と言う穏やかな声が聞こえてくる。
「…」
ニーナはその人物に、一切見覚えがなく思わずルークの手を握りしめていた。
「目覚めたのですね…勇者様…」
人懐っこい笑顔を見せ、彼女に近づくその人物。
「…え…だ、誰…?」
「私は、夢幻を司りし英傑でございます。勇者様…貴方にお会いしたかった…っ…」
「…」
「勇者様…いえ…ニーナ様…っ…」
涙を流し、ニーナの手を包み込むように握るユアと呼ばれる青年。
重たい前髪で顔が隠れているが、それでもわかる耽美な顔にニーナは驚き、思わず青年の前髪を掬い上げた。
「…え、あれ、お前…っ…!?」
その端正な顔立ちをする青年には見覚えがあった。
ーーしかし、それはニーナの思っていた印象とはかけ離れていたため、困惑する。
「ちょ、ちょっと待って…私の予想が正しければ…お、お前…っ…」
顔に血色はなく、目の下にはクマがあり、どこか弱々しい姿を見せるその姿。
「…っ…」
困惑し、言葉を失うニーナにユアという青年は声をかける。
「勇者様…まだ…具合が悪いですか?」
「…少し考え事をしてただけ…大丈夫…」
「そうですか…貴方の心が…どうか安らかになるように…私はいつも祈っております…」
ユアはニーナの手を握りしめると、途端に立ち上がる。
「ルーク…リヒト…」
「はい。」
「…」
「私は団長に外出許可を頂いたので、戻ります。」
「どこに行くんですか?ユアくん。」
「我故郷ホアンクルム王国の貧困街に…」
そう言ってユアは3人に深くお辞儀し、宮殿を後にした。
途端に辺りを包んでいた不思議な空間はなくなり、元いた部屋へと変わる。
ニーナは状況を一切飲み込めずにいた。
「…なんとか落ち着いたか。」
「え。え…え????何、今の…」
「そうなるのも…無理はない、な。」
「え…そう、だよね?金髪…だったよね…?目も…なんかもっとさ、殺伐としてたよね…?」
「ユアくんは…幼い頃に受けた強い精神的苦痛で二重人格になってしまったんだ。どちらもユアくんであることは変わりないんだけど…別人格の時はユアンという名前みたいで…」
「どうやらユアの人格でいる時は、ユアンの人格でいる時の記憶がないらしい…」
「ユアンはユアの時を覚えているようだがな」とリヒトはつぶやいた。
「…」
「だからユアは…お前の故郷を襲ったことを覚えていない…」
「…っ…」
「でも、いつか思い出してしまったら彼はきっと壊れてしまうかもしれない…」
「元々の人格はじゃあ…ユアなの…」
「…そうだ。」
「…っ…」
ユアは、大切な人たちを殺した相手なのに違いはない。
しかし今の彼が殺したわけではない。
彼であって彼ではない、その人物にモアの家族は殺されてしまったのだ。
ニーナは全てがわからなくなってしまった。
「…」
その時、ニーナは温かい何かに包み込まれた。
「ただいまぁ!ニーナ…」
「レイナ…ちゃん…」
「ニーナ…ぎゅうううう…っ…!!!」
レイナは涙を堪え、ニーナを強く強く抱きしめた。
ーー抱きしめすぎていた。
「し、死ぬ…っ…ぐっ…く…」
「おい…!!!ニーナを絞め殺す気か…!!」
「え?あ!あぁ!ごめんね?ニーナ…早くニーナに会いたくて…」
「レイナちゃん…」
「…っ…」
レイナにはニーナの心の声が全て聞こえていた。
だからこそ、彼女はニーナを抱きしめたのだろう。
「貴方はとっても優しい…だから…私たちはすごく心配だよ…っ…」
「…」
「ニーナは何も悪くないの…それだけは覚えておいて…今はそう思えなくても…いつか自分がした方は正しいと認めてあげて…」
「あり、がと…レイナちゃん…っ…」
ニーナはレイナの胸の中で涙を流した。
「よしよし…辛かったね…」
「…」
「私たち…そばにいてあげられなくて…ごめんね…」
レイナの言葉に、ルークとリヒトは俯き、拳を握りしめた。
「ううん…みんな無事ならそれでいいんだよ…」
「…っ…」
"皆が無事ならそれで良い。"
その言葉が3人の頭に巡った。
力無く笑うニーナに3人は胸を締め付けられる。
過去の記憶を想起させる言葉に想いを馳せかけていたが、ニーナの言葉で意識を戻すことになった。
「…それで、さっきのユア…のことなんだけど…」
「そう…だな。」
「…ユア君、人格戻ったんだね?」
「さっき見たよ」とレイナは言う。
「あぁ…レイナの一撃が効いたみたいだ。」
「やだなぁリヒト、その言い方やめてよね」
「レイナちゃんの一撃…凄かったですからね」
「ちょっと2人とも!?」
3人のじゃれあいに、ニーナは笑みを浮かべる。
ふと、彼女はシン、フィル、バルドの3人を思い出す。
最後に見た彼らの瞳は強い怒りと戸惑いを孕んでいた。
「…」
ニーナは不思議と、どこか安心しているところがあった。
あの状況で自身を信じることができないのは当たり前。
あそこで手放しに自分を信じて仕舞えばモアが危険に晒されるかもしれない。
「あれくらい…私を憎んでくれていた方がモアをちゃんと守ってくれるだろうって安心できる…」と悲しげに笑い呟く。
「ニーナ」
「…ん?」
「…私たちは…貴方を信じてるからね。」
「え…?」
「剣に選ばれた…それが全てなんだよニーナ。」
リヒトはニーナにそう告げた。
「…俺たちはお前を信じている。お前は強い…今は自分の強さを信用できないかもしれないが…俺たちにはわかる。」
「…」
「お前の強さを理解出来ないものが現れた時は…俺たちが全力でお前を守る。」
「…」
ルークはニーナにそっと微笑み、頷いた。
「…ありがとう…」
「この剣に呑まれちゃダメだよ?わかった?」
「…え?」
「この剣には、貴方の想いに呼応して力を増幅させる力があるみたい、憎しみを持ったままこの剣を持ってしまうと…そのまま力を発揮させてしまうんだよ。」
「憎しみだけじゃない、強い負の感情を抱えたまま剣で人を斬れば、本来救えるはずの命も救えなくなる。」とレイナはニーナに告げた。
「…」
「ニーナを怖がらせないで、レイナちゃん」
「ルークは優しすぎ!!その優しさはニーナのためにはならないよ!?」
「…だけど…」
「…みんなありがとう…」
「少し、外見てくる。」と城のバルコニーへと向かったニーナの背中を見つめる三人。
「ニー…」
「ルーク」
「…ん?」
「ニーナが好きなら、何に対しても自信が持て無いその性格を直さないと…いつか本当にあの子を傷つけるよ。」
「…俺は、そんなんじゃ…」
「団長がここへニーナを連れてきたあの時から…貴方はニーナが好きなんだよね。」
「…」
「…おいレイナ…そこまでにしておけ…」
「好きなら好きでいいの。ただ貴方は…このままじゃニーナを傷つけるよ。」
「私はそれを心配してるだけ」と告げると、レイナはルークの背中を押したのだった。
夢:ニーナは未だ力を解放について満足に理解をしていないため夢を覚えていられない。
剣:剣に呑まれたことは一時的に忘れてしまう




