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悪魔の囁きと呑まれる魂

トワを救うためにルェンを殺したニーナ。

その事実は、彼女の心に深い傷跡を残す。


そしてーー全てを知っているアルヴィスはそんな彼女の心の弱さにつけ込んで、操ろうとする。

「…」



まだ息のあったモアのきょうだい達を救うために、ルェンを切り裂いたニーナ。


トワを守るためとはいえ、ルェンを殺したことに変わりはない。



「…っ…」



救うべき命を救ったはずのニーナの表情は影を落としたままである。



「…」



「入れ。」と言う声が聞こえてきたニーナは返り血を浴びたその服で、アルヴィスがいる部屋へ入っていく。



「戻ってきたか。ニーナ…」

「…」

「…必ずここへ戻ってくると思っていた。」

「…」



アルヴィスは立ち上がると、ニーナの元へ足を進める。


乾いた血をなぞる様にニーナの頬を撫でた。



「…私の元から逃げ出し…何か得たものはあったのか…?」

「…」

「何も…ないようだな。」



アルヴィスはニーナの顎を掴み、視線を自分に向けさせる。



「…っ…」

「お前は…何も守れなかった…違うか…?」

「…違う…触るな…」

「…」

「私に触るな…!!!!」


「友の家族の命を天秤にかけ命に優劣をつけた…違うか…?」


「違う!!!!」

「違わないだろう。」

「…っ…」



アルヴィスはニーナの耳元に唇を寄せる。



「…自分の家族が生きていて…安心したんだろう…自分の家族じゃなくて…心底よかったと思ったのだろう…?」


「…っ…」



ニーナは呼吸ができなくなりその場に蹲まる。



「実に愚かだな…剣の勇者ともあろうお前が…同じ勇者の大切なものを奪い…自分じゃなくてよかったと…安堵しているなんてな…」



アルヴィスは蹲ったニーナの身体を自身の胸元に閉じ込めた。



「違う…違う違う…!!!!そんなこと…違う!!!!!」


「見事な虚言だ…その剣で…沢山の命を奪っておきながら…自分が傷つくのが怖いか…?」


「うるさい!!!私に近づくな!!!!私に触るな!!!」

「お前は堕ちたのだ。ニーナ…」

「…」

「その命果てるまで…殺戮を繰り返すのだ。」



ニーナは大粒の涙を流した



「違う…私は…っ…守ろうとしたんだ…っ…守ろうと…したのに…っ…」


「お前の業は…人を殺すことで解放されるのだ…ニーナ…」

「…」



ニーナの頬に流れる涙をそっと拭うアルヴィス。

頬に触れるその指先は次第に首へと滑り落ちていく。



「…嫌…だ…殺したく…ないっ…」

アルヴィスは呼吸すら許さないとでも言わんばかりに、ニーナの首を絞めた。



「…嫌だ…嫌だ…っ…い…ゃ…」

「…」



ニーナの心は深い憎しみや、絶望に支配され光を失い始めていく。


ーー瞬間、ニーナの背中にある剣が黒い渦を巻いた。

ニーナは剣を抜き、アルヴィスの顔面へ剣を突き刺そうとする。



「…っつ…」



すんでのところでニーナの攻撃を交わしたアルヴィス。



「…」

「…っ…」



ニーナは、剣に呑まれかけている。

そう思うアルヴィス。


黒い輝きを放つ剣は、アルヴィスを殺すためだけに抜かれた。

ーーそして。


剣に呑まれたニーナの魂の叫びは、全ての英傑、そして勇者たちの心に届いてしまったのである。




ーーーーーーーー



ーーーーーーーー



ルメイナ帝国から遠く離れたホアンクルム王国南地。

深い悲しみに打ちひしがれることなく、前だけを見つめ歩いていたモア。


ここまで、愛しい家族を失っても涙一つ流さなかった彼女の瞳に大粒の涙が浮かんでいたのである。



「…っ…」



それはモアだけではなく、シンやバルド、フィルも感じていたのである。



「あぁ…なんか…胸が痛ぇ…」

「私も…なんだろうこの胸の感じ…」

「…モア…お前は大丈夫か?」

「…」

「おい?モア…」

「…っ…あれ…なんで…どうしてだろう…」



シンはモアの肩を掴む。



「お前…本当は辛いんだよ!!!苦しい時は…辛い時は泣いていいんだよ…モア…」

 

「…っ…違う…これ、は…」



"嫌だ…っ…嫌…だ…っ…"



「はっ…っ…」



どこか遠く離れた地で、ニーナが嘆いているように感じたモア。


ーーしかし。


その胸の騒ぎは一瞬にして消え去ってしまったのだった。




ーーーーーーーー



ーーーーーーーー



「…」



ベルゼウの地では、古びた石碑に背を預け、青年は静かに目を閉じていた。



「…」



遠くで感じる、微かな闇の気配と神器の不穏な気配。

ーーしかしそれは神器が穢れていると言うことではない。


むしろ、あまりにも強く輝いているようにも感じた青年。



「…そうか…」



「やはり…お前は優しすぎたのだな…」

青年は小さく呟く。



するとそこへ、レイナが降り立ったのである。



「…」

「なんだか!呼ばれた気がして!!」


「…先ほど目覚めたばかりで…お前を呼んだ覚えはないが。」


「あはは!まぁまぁいいんじゃん?勇者様〜!」

「…名は。」

「私はレイナ!!空の英傑だよぉ〜!びっくりした?」



そう言って外套を広げ、その場を舞うレイナ。



「…やかましい。」

「えぇ!?なんでそんなこと言うの!?」

「…」



レイナは、ニーナの声を感じとり遠く離れたはずのルメイナの方角を見つめる。



「聞こえるか…叫びが…」


「…ねぇ、あの子の魂が闇に染まってしまったら…神器はどうなるの?闇に染まっちゃうの?」


「神器が闇に呑まれることはない。」

「え?」

「闇に呑まれるのは…持ち主の魂だけだ。」



風が吹き抜ける中で、盾を見つめる青年。



「神器とは、ただ力を振るう道具ではなく選ばれた者の心を映す鏡のようなものだ。」



「俺たちは例外だったがな」の青年は呟く。



「心を映す鏡…」


「強い憎しみ、絶望、悲しみ……己の中にある闇を抱えきれなくなった時…」



「神器は、その感情に呼応する」

そう言って青年は自分の手を見る。



「我らが持つ神器は…我々の心の奥底に眠る感情を増幅しているだけだ」


「…」



守りたい

失いたくない

救いたい



その真っ直ぐな思いが神器の力を強くさせると青年は言う。

ーーしかし。



「同時に…強すぎる想いは、時に人を別の存在へ変えてしまうことがある。」



「神器は自分の心にある闇ですら力に変えようとするからな。」

そう告げた青年の表情が一瞬曇った。



「本来神器とは神の私物…悪意を持たないものなのだ。だからこそ恐ろしい。」


「…それって持ち主の思いで正義にもなるし悪にもなるって…ことだよね…?」


「そうだ。神器は持ち主の思いを拒まない。」



「あの剣なら尚更な…」と青年は呟いた。



「神器には善悪を判断する意思はない。持ち主が何を願い、何を選ぶのか…ただ、それに応えるだけのもの…だからこそ…神器の持ち主は自分の心と向き合わなければならない。」


「もし…向き合えなかったら…?」



「さっきも言ったはずだ…魂が呑まれてしまうと」

レイナの問いに青年は目を伏せそう告げたのだった。




ーーーーーーーー



ーーーーーーーー



ニーナの強い思いに剣が応えてしまったと言うこと。



私は間違えていない。

救うべき命を救っただけ。


ーー命を天秤にかけ、この手で絶ってしまった。

それを言い訳にして自分の弱さから逃げているのではないか。


本来ならば救えたはずの命を、奪ってしまったのではないか。



「ならば最初から救うべきものなど消し去って仕舞えばいい。」



不安がアルヴィスの言葉によって別の形で実体化されてしまったのである。



「…私の言葉に怯え…己から逃げる様に剣に呑まれたわけか。」


「…」

「…相手をしてやる。」

「…」



アルヴィスはレイピアを振り翳した。

ーーしかし、ニーナは目にも留まらぬ速さでアルヴィスのレイピアを弾き飛ばしたのである。



「…チッ…剣に選ばれただけの餓鬼が…」



しかし、以前とは違うニーナの動きに、アルヴィスは違和感を覚えた。



「…」



ニーナの剣筋が読めなくなったアルヴィスは、激しい攻防の末に己の剣を掴むことさえ許されなくなる。



「ちっ…」

「……」



そのままニーナはアルヴィスの胸元を切り裂いた。



「くっ…っ…」

「…1発で仕留める…」

「…っ…」



「苦しませない為にな…!!!!!」

ニーナは迷いなく、アルヴィスに向けて剣を突き刺したのだった。

神器:剣、盾、弓。世界を救うと言われる武器。


神器とは、ただ力を振るう道具ではなく選ばれた者の心を映す鏡のようなもの。

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