光を信じる者
ベルゼウ王国のある場所には、島民が立ち会ってはならないとされる場所が存在していた。
ーーそれはいつしか忘れられてしまった地。
古くから語り継がれてきたはずの禁足の地。
なぜそこが封じられているのか。
何が眠っているのか。
それを知る者は、今ではほとんど残っていなかった。
「…」
だがーーー
その静寂を破るように、注連縄の奥から淡い光が漏れ始める。
「…」
まるで長い眠りから目覚めるように、地面が小さく震えた。
そして次の瞬間。
封じられていた場所に、一人の青年が姿を現したのだ。
「…ここは…」
青年はゆっくりと目を開ける。
見知らぬ場所。
知らない空気。
知らない世界。
だが、彼の手には確かに存在していたのである。
淡い光を宿す一枚の盾が。
「…俺は…」
その盾に触れた瞬間、頭の中に流れ込んでくる数多の記憶。
ーーそして思い出される己が使命。
闇を力に変え、災厄を退ける者。
「…どうやら…集まったようだ…お前達と同じ…魂の器を持つものがな…」
青年が呟いた瞬間、ある人物が姿を現したのである。
「…お迎えに上がりました…」
「ふっ…そうか…今度はお前が…我が影となってくれるのだな…」
「…」
「…名は。」
「…ルークと申します。」
「そうか…」
青年は辺りを見渡す。
「どうやら…少し遅かったようだな…」
「…っ…」
「行くぞ。」
封じられていた結界が大きな音を立てて消え去った。
長い年月、眠り続けていた存在が。
今、再び世界へと降り立ったのだった。
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バルドとフィルはまだ息のある島民を家の外へ連れ出した。
「や、やめてくれぇ…っ…」
「おい!!落ち着け!!俺ぁ味方だ!!!何があったんだ!!!」
「…っ…」
変わり果てた愛しい妻と我が子を抱きしめ泣きじゃくる男性。
バルドはそれ以上何も聞くことができなかった。
「フィル!!!!ニーナを探せ!!!!急げ!!」
「…っ…わ、わかった…」
泣きそうになっていたフィル。
バルドは再び彼女を呼び止めた。
「おい」
「…な、なによ…っ…今度は何…」
「見つけたらすぐ俺に知らせろ、それだけでいい。」
「…っ…」
フィルは頷き、駆け出した。
そのまもなく、モアたちも合流する。
「モア…!!」
「…っ…ニーナは…?」
「まだ見当たらねぇ…」
「だったら多分この先の奥の私達の家に行ってるのかもしれない…」
「そうか…」
「なら早く行くぞ!!!」
モアが返事をしようとしたその時、叫び声が奥からこだましたのである。
「お…母…さん…?」
「何…!?おい!!!行くぞ!!!!」
「モア…!!!」
シンはモアの手を掴み、走り出した。
ーーーーーー
ーーーーーー
自宅へ辿り着くと、そこには倒れていたニーナの父マコトの姿が。
「マコおじさん!?」
「…っ…」
倒れていたマコトを抱き上げる。
「…モ…ァ…っ…」
「おじさん…おじさん!!!!何があったの!?」
「急…げ…っ…早…く…っ…」
マコトはそのまま意識を失う。
モアは血に塗れた両自宅を見つめ、胸騒ぎが走ったのだった。
ニーナの自宅へ入ったバルドとシンは、部屋の奥にある押し入れのさらに奥で、不自然に開けられた扉を見つけた。
「開けるぞ…」
「おう」
そこには身を寄せたまま意識を失う女性と子供たちの姿が。
「これは…っ…」
すると「ニーナ!!!」というフィルの声が聞こえ、バルドとシンはその声の方へと走り出したのだった。
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フィルはその光景を目に焼き付けてしまったのである。
女性を斬りつける、ニーナの姿を。
「…っ…」
「ニーナ…あんた…っ…」
「…」
返り血を浴びていたニーナを見つめるフィル。
「ニーナ!!!!」
「…」
モアはニーナを見つめそう告げるも、思わず目を背きたくなるほどの真っ赤な血で塗れた自分の自宅を眼に焼き付けた。
「…お母…さん…っ…」
「え…?」
フィルはモアの言葉を聞き、ニーナに対して怒りが込み上げたのである。
「あん…た…っ…」
「…」
「あぁ…あぁ…っ…ククク…」
そこには見たことのない男がいた。
フィルの声を聞きつけ、やってきたバルドとシン。
信じられない光景に目を見張る。
「…ニーナ…お前が…やったのか…?」
「…」
「違うよな…?」とシンはニーナを見つめる。
「…」
モアは何も言わないニーナを見つめた。
「なぁ勇者様ぁ…俺は命令どうりにしただけだぜぇ…?褒めてくれよぉ…?」
「…っ…」
ニーナは何も言わず、拳を強く握りしめていた。
「ニーナ!!!!!!」
「…っ…」
「ニーナ…違うよね…?」
「…」
涙を流すニーナを見つめたモア。
「おいニーナ…せめて何か言ってくれ。じゃねぇと俺達は…おめぇを…疑わなきゃいけなくなっちまうだろうが…」
「…っ…」
「私が…殺した…」
そう言ったニーナ。
途端にバルドとフィルはニーナに向け、攻撃を振り翳した。
「やめて!!!2人とも!!!!」
「…っ…」
「っとぉ…ほほ…血気盛だねぇ…」
「テメェ誰だ…」
「俺はユアンだ…ククク…」
バルドはユアンを睨む。
「見たところ同じ兵服だな…こいつの仲間か。」
「可哀想になぁ…?」
「あ?」
「なぁ勇者様…こんなに責められるなんて…思わなかったよなぁ?」
「…」
「ただ…指示されただけなのに…殺してくれって…殺してくれって…なぁ?」
「テメェ!!!!!」
「あんた!!!こんなことして!!!いくら勇者やめたからって…なんでよ!!あの時の盗賊を殺したのも…あんただった!!!!」
「…」
「なんで…なんでなのよ!!!!!」
フィルは泣き叫びながら、薙刀を振り翳した。
しかし、ニーナを守るようにユアンは外套を広げ怪しい笑みを浮かべる。
「…っ…」
「あの方から寵愛を受けてるこいつを手にかけることはゆるさねぇよ…馬鹿どもが…」
「…」
その表情はゾッとするほど美しく、見るものを圧倒させた。
「行くぞ…」
「…」
そう言ったユアンの声が聞こえ、モアは声を上げる。
「ニーナ…ニーナ待って!!!」
「モア…!!」
「違うでしょ!!!何か…わけがあったんでしょ!!!」
「…っ…モ…ァ…」
「…はっ…」
「…ごめんね…っ…」
ニーナはそう言い残すと、ユアンと共にその姿を消したのだった。
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「…っ…くそが…!!!!」
そう言ってバルドは強く拳を地面に打ちつけた。
「…」
変わり果てたきょうだい達を見つめるモア。
島一番の大家族で、いつも騒がしく、温かい声が一つもこだますことはなかった。
"モアお姉ちゃん〜"
"お姉ちゃーん!!!"
「…っ…」
幼い兄弟達を守れなかったモアは悔しさのあまり唇を噛みしめる。
「…モア…」
「…」
モアはシンの問いかけに応じることができないまま、ニーナに切り裂かれた母の元へと向かう。
「…お母さん…っ…お母…さん…お母さん…」
涙を堪え、母ルェンを強く抱きしめたモア。
すると、ある不自然な点に気づいた。
「…」
無造作に転がっていた一本の短剣。
「…これ…っ…」
モアはその短剣を見た瞬間、ある人物の言葉を思い出した。
ーーーマコトが、以前語っていたことを。
「おら!!まだだ!!折り返せ!!!!」
「うっさいな!?わかってるよ!!!」
「あはは!さすがニーナだね!おじさん!」
「ったぁく…俺の説明を一切聞かねぇで覚えやがって…それじゃあ伝統が続かねぇだろってぇの!!」
「あはは!」
モアはずっと気になっていたことがあったのだ。
それは彼が首にぶら下げている少し不恰好な短剣。
「ねぇおじさん?」
「んー?」
「その首にぶら下げてるのって…短剣?」
「おお!そうだよ!これぁなぁ…」
"ニーナが初めて俺のために作ってくれたもんなんだ"
そう言って、嬉しそうに笑っていたマコトの言葉を思い出したモア。
あの時のマコトの笑顔が蘇る。
「…」
モアは震える手で、目の前の短剣を拾い上げた。
あの時、嬉しそうに「これは絶対誰にも渡さないぞ!」と語っていたものがなぜここにあるのか。
「…っ…」
命を失ったはずの父が操られたようにして動き出したことが関係しているのだとしたら。
もうすでに息のない母を見つめるモア。
そして、去り際に言ったニーナの「ごめん」という言葉。
「…っ…」
モアはある一つの恐ろしい仮説に息を飲む。
「彼奴…こんなことするやつだったなんて…許さない…っ…こんな小さな子達を…っ…」
フィルは倒れているモアのきょうだいを抱きしめる。
「…っ…」
「おいお前ら…まだ彼奴がやったって簡単に決めるのは…」
「私は見たの!!!!!彼奴が…っ…彼奴がモアのお母さんを斬り捨てるところを…っ…」
「…けど…それだって何か理由が…」
シンの言葉に、バルドは苛立ちを覚え彼の胸ぐらを掴み上げた。
「…なんの理由があるんだよ…」
「…っ…」
「たとえ…どんな理由があろうと…こんな殺し方したやつ…許せる訳ねぇだろ!!!!!」
バルドはシンを殴りつけた。
「彼奴はぁ!モアの家族を殺したんだぞ!!!」
「待てよ!!!モアは彼奴を信じてるんだ!!!」
「あぁ…?」
バルドはモアを見つめた。
呆然と母を見つめるモア、その瞳には一切涙は見えず、その姿に胸が張り裂けそうになるバルド。
「…っ…お前は理由があれば彼奴がしでかした行いを許せんのか…?」
「…違う…っ…俺はモアの言葉を信じたいんだよ…モアが信じた…ニーナを信じたいんだよ!!!!」
「何を信じろっていうんだよ!!!!!」
「もうやめて!!!!!」
「…っ…」
モアは大声を上げた。
「やめて…もう…やめて…」
「…」
「…ニーナがやったんじゃない…」
「何言ってんの!?私のこの目で見たんだよ!?」
フィルはモアの肩を揺さぶった。
「お願い…そんな馬鹿なこと言わないで!?大切な人だから信じたい気持ちはわかるよ…?でも!!!そんなあんたの気持ちを!!彼奴は踏み躙ってるんだよ!?」
「…っ…」
するとどこからか呻き声が聞こえた。
「…ニィ…ナ…ちゃ…っ…」
「…はっ…おい!!生きてるぞ!!!」
「…っ…」
「レオ!!!!」とモアはレオの元へと駆け寄る。
「レオ…レオ…っ…レオ!!!!」
「モア!!!こっちの子も生きてるぞ!!!!」
「…っ…」
「生きてる奴らをすぐに介抱するぞ!!!!」
「外に連れ出せ!!!」とバルド達は虫の息だがまだ息のあるモアのきょうだい達を抱え、外へ出ようとすると。
「なっ…」
「…」
2人の青年がその場に立ちはだかったのである。
「テメェ…!!!さっきの奴らの仲間か!!!」
「…」
「まてバルド…」
「あ…?」
「…っ…」
その青年がモアと同じ魂の光を放っていたことに気づいたバルドは、目を見張った。
「おめぇ…」
「久しい光だ…」
「…え…?」
「…名は。」
「…ぇ…あ…っ…」
「遅い。名はなんと聞いているんだ。早く答えろ。」という青年に、嫌悪を抱きかけるもモアは口を開く。
「…モア…です。」
「そうか…ならモア。」
「…」
「今のお前に…悲しむ時間など存在しない。」
「…は…?」
「おい!!てめぇ!!ふざけんなよ!!!」とバルドが声を荒げる。
「…お前は英傑達を集めなければならない。次なる英傑を探しにいけ。」
「…っ…」
「おい!!こいつは今…家族を友達だと思ってたやつに殺されたんだぞ!!!!」
「…」
「そうよ!!!あんた勇者の1人なのかも知んないけど…血も涙もないわけ!?彼奴と一緒ね!?」
青年はバルドとフィルを見つめ、悲しげに瞳を揺らす。
「そう…思うのか…お前達は」
「はぁ…?」
「実に愚かだな…」と、青年は踵を返す。
「なんですって…」
「ここは我らに任せて…お前達は早く旅を進めろ。」
「任せろって…どういうことだよ?」
「…ルーク。」
「…」
ルークと呼ばれ返事をした彼は、瞳を青く染めた。
「…」
傷ついた者達は皆、ゆっくりとその傷が癒やされて行ったのである。
「おめぇ…まさかおめぇも…英傑か…?」
「…えぇ。俺は影を司る者…貴方達英傑の能力を複製し力に変えることができるのです。」
「…っ…勇者様…安心してください…」
「…」
「まだ助かる命を…俺は全力でお守りいたします…」
モアはルークの穏やかな笑みを見つめた。
「…ありがとう…っ…」
「俺が…この国を見張っている…さっさと行け。」
「はい…」
「おいモア!!いいのかよ…家族を置いて行って…こいつも勇者なんだろうがよ…さっきのことで俺ぁ…お前しか信じられねぇよ…」
「信じるも信じぬもお前の勝手だ。好きにしろ。」
「…」
モアはその青年の佇まいや落ち着いた声、全てを視ているような悟った瞳に、言い表せない感情が込み上げた。
「…うん。」
「モア…」
「私は私のやらなきゃ行けないことをする。」
「…そうか…」
「わかった。」とバルドは頷いた。
モアはその後ルークに礼を告げ、青年に頭を下げるとシン達と共にその場を後にしようとする。
「…ホアンクルム王国を東に行った島に…」
「え?」
「龍の島が存在する。」
「龍の…島…」
「そんなもん…伽話だろ。龍なんかこの世界にいやしねぇよ!!!」
「…お前達の勝手だが…俺は事実しか言っていない。」
「…っ…」
「英傑達はお前の判断を正とする…俺の言葉を呑むか呑まぬかは好きにしろ。」
「私は…」
「悪く…ないんだ…っ…」という声が聞こえてくる。
「え…?」
「…っ…」
「トワ…?」
モアはルークに抱えられているトワの元に駆け寄る。
「トワ…トワ!!」
「…彼奴が全部…っ…悪いんだ…っ…」
「…トワ!?」
「大丈夫…眠ってしまっただけです…」
「そう…」
「少々今の俺のカタチでは…力に限界はありますが…全力を尽くして彼の傷を癒します」
「ありがとう…ルーク君…」
ルークは瞳を揺らす。
「…ニーナは…救うべき命を救ったんだと思います…」
「え…?」
「…」
ルークはそう言い残すと、その場を後にした。
「…モア…どうするの…?」
「…龍の島に行きます。」
「おい本気か…!?」
「…そこに行けば龍がいる…そういうことですよね?」
「…自分で決めた道を他人に委ねるな。」
青年はモアの問いを突き放した。
「なっ…」
「行って確かめろ…旅とはそういうものだ。」
「わかりました。行きます。」
「信じるの…モア。」
フィルの言葉に、モアは言った。
「もちろん、私は誰も疑ったりしない」と
「…そっか…」
モアは凛とした表情を3人に向ける。
「…私は…絶対強くなる。強くなって…みんなを守る。私のような思いを誰にもさせないために。」
「…」
「だからみんな、力を貸して。」
モアの言葉に、3人は深く頷いた。
彼らはモアを信じてついていく。
「では、行ってまいります。」
「…」
モアは青年の導きを信じ、旅を続けることにしたのだった。
悲しみを出し切ることのないままに。




