蝕む闇と眩しい光2/2
「…」
ニーナが女帝ハルカに呼ばれた理由。
それは、同盟国であるルノーピア帝国の皇帝の話し合いの場が設けられたためだという。
「…なぜ…私なんですか…」
「…お前の剣は元々隣国のルノーピアで見つかったものだ。彼方の皇帝がお前と話がしたいと申し出があってな。」
「…はぁ…?なる…ほど?」
「ニーナ…」
「はい。」
「そんなに構えることはない…」
青々とした肌に、氷のように冷たい表情。
この間愉快そうに笑っていたハルカとは別人の様に見えた。
「でも…一人で行くんですか?陛下は?陛下は行かないの?」
「…あぁ…」
「…」
「俺は追って行く…」
「…」
「案ずるな、ただあのいけすかない皇帝の話し相手になれば良いだけの話だ。」
「…」
ニーナはある違和感を覚える。
「陛下…?」
「…」
ハルカの瞳が、どこか違う場所を見つめている気がした。
「陛下…どうしたの?なんかこの間と様子が違う気がするけど…」
「…行って参れ。勇者よ。」
「…」
「行くぞ。」とアルヴィスは立ち上がる。
「だけど…団長…」
「…」
「…っ…」
立ち上がったアルヴィスはニーナの前に跪き、彼女の肩を抱き寄せる。
「なっ…!?」
「…奴は傀儡だ…」
「え…?」
「…お前が気にする事は何もない」
「…」
アルヴィスに耳元でそう囁かれるニーナ。
「…」
「え…?」
「お前はただ…隣国の皇帝と談笑してれば良い。」
「そうでしたよね、陛下」とアルヴィスはハルカに告げた。
「あぁそうだ…それが命令だ…」
「…わかり、ました…」
「…話は終わりだ、戻れ。」
「御意。」
「…」
焦点がどこかあっていないハルカを見つめながらも、扉へと向かうニーナと、彼女を追うアルヴィス。
すると、ハルカはアルヴィスを呼び止めたのである。
「…アルヴィス…」
「…」
「お前は…その勇者には…そんな顔をするのだな…」
ハルカの小さな声が聞こえ、ニーナは振り返る。
「あの…陛…」
「用は終わりだと陛下が仰られた…止まることは許さぬ。」
「でも!!!」
「いいから行け。」
「…っ…」
自分の手を掴むアルヴィスの腕を振り払い、ニーナはハルカの元へ向かった。
「…」
「…っ…陛下…ねえ陛下!!!!」
「…」
「ねぇ、どうしたの?何かされたんじゃないの!?誰かに!!何か…っ…」
「…っ…憎…ぃ…おま…ぇ…が…」
「え…?」
ドクン…と心臓が脈を打つと、先ほどと同じ酷い痛みがニーナを襲った。
「…っ…」
まだ、ニーナには見えていない自身の勇者の力。
彼女は辺りに漂う、紫色の靄の様なものを吸収していたのである。
その靄はハルカの魂を穢しきっていて、ニーナは知らぬ間にその汚れた靄を吸収したのだ。
「…勇者…よ…なぜ…お前がここに…」
「陛下…さっきのは陛下の言葉じゃないの…?」
「…何がだ…何…が…っ…」
「陛…」
背後から強い力がかかると同時に、ニーナは床へと叩きつけられてしまう。
「…っ…」
「陛下に気安く触れるなどと…お前は何を考えている…」
まるで心配しているかの様に、ハルカの頬に触れているアルヴィス。
その様子をニーナは見つめていた。
そして彼女は、ある違和感を覚える。
「陛下…具合は如何ですか…」
「…あぁ…っ…悪く…なぃ…」
「…」
「…団長が…何かやったんじゃないの…」というニーナの言葉に、アルヴィスは動きを止めた。
「…何…?」
「私はよく見えないけど…団長の体から…紫色の蜃気楼みたいなのが体から出てるのが一瞬だけ見えた…それがなにか…関係してるんじゃないの。」
「随分…大きな口を叩く様になったな。」
「…っ…」
「…」
アルヴィスはハルカから手を離すと、徐にニーナの元へと向かう。
その足取りは穏やかなもので、逆にニーナの恐怖心を煽らせた。
「…っ…」
「そのような大口を叩くと言うことは確証があってのことだろうな…?」
「…っ…」
「憶測でものを言うほどに…私を悪人に仕立て上げたいのか…?」
「そう言う…わけじゃない…っ…」
アルヴィスの指先がニーナの首筋を通って顎へ触れる。
「…っ…」
「…お前は私と共にあればそれで良い…私の命令を聞いていればそれで良いのだ…」
その指先に怯え、ニーナは震え上がった。
「私が怖いか…?」
「…っ…」
ニーナは反射的な首を横に振る。
「恐怖に埋め尽くされ…正常な判断ができなくなっているのだろう…お前はルノーピアへ向かう準備をしろ…」
「でも…陛下が…」
「あれが奴の望んだ姿だ…」
「…っ…!!!!」
ニーナは、自身の顎に触れるアルヴィスの手を振り払った。
しかしその手は再び掴まれ引き寄せられてしまう。
「…っ…」
「…お前の魂は…私には眩しすぎる…」
「なに…を…」
「眩しくて…計り知れない…っ…何故…私と共に堕ちてくれないのだ…」
「は…?」
「…っ…」
苦痛に歪める表情を浮かべ、ニーナを突き飛ばしたアルヴィス。
扉に激突し、背中に強い痛みが走った。
「ニーナ!!!!」
異変を感じたルークたちはすぐに扉を開け、玉座の間へと足を進める。
「ニーナ…!」
ルークは壁伝いに倒れ込むニーナを抱き止めた。
「怪我したの…?」
「…っ…大丈夫…背中を打っただけだから…」
「そっか…」
「…何をしているんです…団長」とリヒトが言った。
「彼女を傷つけるのならば…俺たちはどんな手を使ってでも貴方を粛清しなければいけなくなります。」
「…お前たちはこの場所で騒ぎを起こすか…?」
「…」
「ただでさえ、お前たちの力に恐怖を覚え…すぐにでも捕らえようとしている者だっている…その中で…」
「…えぇ…俺は」
「できますよ。」と、外套から指先を向ける。
「リヒト…!!」
「…っ…」
ニーナは胸元を抑え立ち上がった。
「…っ…」
「ニーナ…」
「私が…悪い…憶測でものを言いすぎたんだ…っ…」
「だけど…」
「団長に攻撃をしなくていい…」
「…」
「そうか…わかった。」
「ニーナ…顔色が悪い…広間に戻ろう…?」
「…」
ニーナはルークとレイナに支えられながら玉座の間を後にする。
「…」
「…」
扉が閉まるその時まで、ニーナはアルヴィスを鋭い瞳で見つめるのだった。
ーーーーーーーー
広間に戻ったニーナたち。
「…っ…」
ニーナは胸を抑え、膝から崩れ落ちた。
「ニーナ…!!!」
「ニーナ…苦しいの…?」
「…はぁ…っ…はぁ…くそ…っ…」
ニーナは拳を強く握りしめた。
「陛下は…っ…団長に操られてる…何かの術で操られている…助けなきゃ…っ…」
「ニーナ…!今は自分の身体を優先するんだ…」
「でも…!!!」
ルークの胸元を掴むニーナ。
すると、これまで黙っていたユアンがニヤリと口角を上げる。
「今のお前に…何ができるんだよ勇者さん…?」
「…っ…」
「お前はこいつらのお荷物だ。何もできない、ただ守られているだけ…勇者という言葉で祭り上げられてるだけの弱い女だ。」
「…」
「ユアン君…やめて。」
「はっ…お前…何にしらねぇで…みんなを救いたいって大口叩いたのかぁ…?お気楽なお嬢さんだなぁ…?」
「…っ…」
悔しさで思わずユアンを睨んだニーナだったが、そんな彼女よりも早く手を上げたのはレイナだった。
「うるさいなもう!!なんでそういうことしか言えないの!?ニーナは急にこの場所に来てあんなおっかない団長のそばで一生懸命剣術磨いてるの!!」
「もっと褒めなさい!!!」とレイナは拳を握る力を強める。
「そう言う思いやりのない悪い子は!!拳骨だよ!!」
「拳骨なんて可愛いものではないだろう…」
「お前の1発で、また伸びてるからな…」
リヒトはさらに傷を増やしたユアンを見つめ呟く。
「…ニーナ!!ユアン君のことは本当に気にしなくて…」
「…」
「ニーナ…?」
「…あぁ…うん…っ…」
「…ニーナ…」
ルークがニーナに触れようとしたその時、ニーナは思わず彼の手を振り払ってしまう。
「…っ…」
彼女はアルヴィスに触れられたことを思い出してしまったようだった。
体の震えが止まらず、ただ俯くことしかできない。
そんなニーナの肩を、ルークは抱き寄せた。
「大丈夫…俺たちは…ニーナの味方だよ…」
「…っ…ルーク…」
「守ってあげられなくてごめんね…怖かったよねニー…うわっ!?」
ニーナに抱きつこうとしたレイナの首根っこを掴んだリヒトは、伸びているユアンも連れだし広間の外にでる。
「痛い痛い…痛い!!!もう!!痛いよ!?」
「レイナ…少しは空気を読め…」
「何を読めばいいの?」
「はぁー…」とリヒトはため息を吐く。
「いつもそばにいたルークが…今日に限ってニーナから離れることになり、こういうことが起こってしまったんだ…」
「そうだね。」
「おそらくルークは自分を責めている…ニーナと話す機会が必要だろ」
「…」
「納得いっていない…って顔してるな。」
「…そりゃあね?今日の国の見回りだって、リヒトと交換することだってできたし、俺も残るっていうことだってできた。それをしなかったのに後悔してるなんて言われても、同情の余地ないからね。」
「…」
「…ルークの性格はいつかきっとニーナを傷つける…そうならないようにあの子が傷つかないように私達が守らなきゃいけないの。貴方もわかってるでしょ!?」
「あぁ…わかってるよ…」
「あの子の心に少しでも影ができないように…っ…」
「何がなんでも守らなきゃ…」
そう言ってレイナは拳を握りしめ、決意する。
「そうだな…」
リヒトもレイナの言葉に深くうなづいたのだった。
ーーーーーーーー
ニーナは、ルークに抱きしめられ先ほどの恐怖心がゆっくりと拭われて行っていた。
「…っ…」
それと同時に涙が込み上げてきてしまったのである。
「…」
アルヴィスの眼差しは自分を憎んでいるように見える。
しかし、触れて来る指先は泣き出したくなりそうになるほどに優しく温かい。
その矛盾に耐え切れず、大きな恐怖となってニーナに襲いかかっていたのだ。
怖くてたまらなくなったニーナは、思わずルークの胸元に顔を埋める。
「ニーナ…」
「…」
「…ごめんね…」
「…っ…え?」
「…」
「どうして…ルークが謝るの…?」
「君を守ると約束したのに…」
「…」
「泣かせてしまっているから…」とルークはニーナの頬に流れる涙を拭い、再び抱きしめた。
ニーナがこの地へ導かれてから、彼女を如何なる人間から守るように、片時も離れず彼女のそばにいたルーク。
この日に限ってそばにいることができなかった。
自分の主張を述べなかったことが結果的にニーナを傷つけることになってしまったことを悔いる。
「そばにいてくれるだけで安心する…ありがとう、ルーク…」
そう言ってニーナはルークに笑いかけた。
しかし、その瞳は未だ恐怖を拭い切れてはおらず、揺れている。
「まだ怖い?」
「…怖く、ない…っ…」
「…」
ルークは瞳を青く染めると、手のひらを小さな花々で溢れさせた。
「わぁ…綺麗…」
「…綺麗…?よかった」
「うん…すごい綺麗…」
「ルークの力は…すごいね!」と、今度は満面の笑みを浮かべるニーナ。
「ニーナが笑顔になってくれるなら…なんでもするよ」
「…ありがとうルーク…っ…」
「…」
ルークはニーナに微笑み、彼女に花びらを纏わせる。
「…あはは!なんか…!!女神様になったみたい」
「ふふっ…」
晴れることのないルメイナを照らす太陽のような笑顔を、ルークはその瞳に焼き付けたのだった。
ルークの青い瞳はとても美しい。




