逃げ出したくなるような日常
【登場人物】
ニーナ:剣の勇者
リヒト:雷の英傑
レイナ:空の英傑
ルーク:影の英傑
アルヴィス:ルメイナ国宰相兼兵団長
これは、ニーナがルメイナ帝国から逃げ出す少し前の話。
相変わらず、窓のない牢獄のような場所に押し込まれていたニーナは剣の練習に励んでいた。
「…」
この日はルーク、ユアン、レイナがいなかったためリヒトと2人きりだったニーナ。
「…そういえば…」
壁に寄りかかり腕を組み、瞳を閉じているリヒトをニーナは見つめる。
ここへきてからというものの、リヒトとはあまり会話をしていないことに気づいたニーナ。
おそらく、彼は元々人と話すことが得意ではないのかもしれないがこのまま話さないでいるのも違う気がしたため、ニーナは声をかける。
「ねえねえ」
「…」
閉じられていた瞳をゆっくりと開くリヒト。
「…」
「聞こえてる?もしもーし?無視しないでー!」
「…聞こえている…どうした。」
「いや…誰もいないし…お前しかいないから…」
「…」
ニーナはリヒトの隣に座った。
「…なぜ隣に座るんだ。」
「え!?そんなに私に隣にいられるの嫌ですか!?」
「いやそういうことではなく…なぜこの広い空間で…俺の隣に座るんだと聞いているだけだ。」
「…お前とあまり喋ってないから…親睦を深めようかと…」
そう言ったニーナの言葉に、ふっ…と目を細めるリヒト。
「俺に気を使うことはない…話すのが苦手だからこうして1人でいるだけだ…」
「苦手なの?そんな風には見えないけどね」
「…そう見えるか。」
「まぁ無視してくるから若干傷つくけど、そう言う奴なんだろうなーとおもって気にしなくなった!」
「そうか…それはすまないな。」
「私もたまに人の話聞いてないしね」
そう言ってニーナは笑う。
「でもさ、話すのは苦手でも、リヒトはきっと聞き上手だと思う!」
「…」
「聞いてるのか聞いてないかはさておいて、私がこれだけぺちゃくちゃ喋ってるからねー!」
「…そうか…それならよかったよ。」
「ねえ、リヒトはどこからきたの?」
「…」
リヒトは瞳を閉じ「わからない…」とつぶやく。
「記憶ないの?」
「あぁ…俺は物心がついた時にはすでに1人だった…1人で生きるために必死で…そして…」
「…」
「ある人をずっと探している…それしか覚えていない」
「へぇ…ある人って?」
「その人はどんな人なの?」とニーナはリヒトに問う。
「とても美しい人だ…魂が綺麗で…まるで鈴の音のように優しい声なんだ…」
「へぇ…小さい頃に会ったことある…とか?」
「そうなのかもしれない…でも、その人を夢に見る時…必ずその人を見下ろしている…だからそうではないのかもしれない…」
「そうなんだ…誰なんだろうね?」
「…」
「ん?」
「あぁ…お前ではないことは確かだな。」
そう言ってリヒトは瞳を伏せ笑った。
「おい、いいけど…なんか失礼だぞ。」
「…力を持つ者は皆…朧げながらに勇者様を慕っていた前世の記憶を持っているんだ…レイナも、ルークも…恐らくはユアンもそう…」
「…そうなんだ…」
「お前を見た時…なんて綺麗な魂なんだろうと思ったよ。」
「へぇ…その魂ってどうやって見るの?」
「…」
「そうだな…」と、リヒトは考えるような仕草を浮かべる。
「俺の魂は見えるか」
「…んん…??」
ニーナは目を凝らし、ジッとリヒトの瞳を見つめる。
「…いや…俺の目を見つめるのではなく…魂を見るんだよ。」
「…難しいな…っ…」
「…」
ニーナはリヒトの胸元を凝視するものの、彼の言う「魂の具体化」には至らなかった。
「…私本当に勇者なの…?」
「お前は突然この地に呼ばれた…まだ完全に力を解放しきっていないんだ。焦らなくていい…ゆっくり力をつけていけ…」
そう言って微笑むリヒト。
「リヒトって…意外と優しいんだね」
「…意外は余計だ。」
「それもっと周りに出した方いいよ、周りの人に勘違いされない?」
「…俺を俺として見てくれる人がいてくれればそれでいい」
「ふーん…確かにね!でも!私はリヒトのこと知れて嬉しいよ!」
「そうか、それならよかった。」
リヒトとニーナは確かに親睦を深め合い、笑い合う。
するとある兵士が広間に訪れた。
「おい。」
「…はい??」
「ユアンを知らぬか。」
「知らない…ですけど」
「…ちっ…探せ!!!貴様らの仲間だろ!!!」
急に声を荒げる兵士に、驚くニーナ。
「えぇ…?急に怒るじゃん…わかりました…」
「…」
「俺は構わないが、この人への口の聞き方には気をつけろ。」とリヒトは兵士に告げた。
「何…?」
「…」
「普段は何も喋らんくせに…その女のことになると饒舌になるな?」
「無駄口を聞かないだけだ。そのいらない口…縫った方がいいのでは無いか。」
「手伝うぞ。」とリヒトが告げると、兵士は激昂する。
「なんだと貴様!!!!!」
「ちょっとちょっと!!落ち着いて落ち着い…っ…」
ニーナが2人の間に割って入ると、突然ニーナは胸の痛みに襲われたのである。
「…っ…」
「…ニーナ…どうした…」
「あぁ…っ…いや…」
「…」
兵士は途端に穏やかさを取り戻し、不思議な面持ちでニーナとリヒトを見つめる。
「え?人変わった?」
「…」
「…すま、ない…なぜかお前たちに…キツく当たってしまった…」
「…っ…いや…気にしてないから!ユアンは探しますから!なんかお兄さん顔色悪いし!少し休んだ方いいよ!」
「あぁ…すまないな…だがなぜだ…」
「ん?」
「…」
「ここにきた途端…急に身体に張り付いていた嫌な感じが消えた…」
「…」
その言葉を聞いたリヒトは、目を見張りニーナを見つめる。
「あらそう…なんだろうね?」
「ありがとう…」
「…」
「いやいや、私何もやってないのよ。」
「ほら、早くいきな」とニーナは兵士に手を振った。
「おいニーナ。」
兵士がいなくなると、リヒトはニーナの肩を掴む。
「うおい…!?な、なに!?」
「お前…今何をしたかわかるか…?」
「え…ぇ…私なんかした…?」
「わかっていないで…その力を使うのは危険だ…」
「へ???何?私力使ったの?」
「お前の勇者の光の力は…」
「…っ…」
リヒトは背後にただならぬ気配を感じ、口を噤んだ。
「…」
「…団長…」
「何をしている」
「…いえ…」
「なんでもありません。」と、リヒトはニーナの肩に触れていた手を離し、彼女から距離を取る。
「ニーナ、陛下がお呼びだ。」
「…はい、わかりました。」
「俺も行きます。」
「私はニーナと言ったんだ。」
「しかし…」
「…勇者の供に…私の護衛だけでは不満か…?リヒト。」
「…っ…」
「その場から動くなよ。」というアルヴィスの言葉に反論ができず、リヒトは返事をした。
リヒトの言葉が気になったニーナだったが、ひとまずアルヴィスと共に玉座の間へと向かう。
「…」
前を歩くアルヴィスを見つめたニーナ。
すると、アルヴィスの身体を纏う蜃気楼の様なものが微かに見えたり消えたりしたため、彼女は目を見張った。
「…っ…」
途端に胸の痛みに襲われ、胸元を抑える。
「…っ…」
「どうした。」
「は…っ…はぁ…はぁ…っ…すみません…っ…」
「…」
「大丈夫です…」
アルヴィスは振り返り、胸元を押さえ苦しむニーナの頬に触れた。
「…お前が表情を歪ませている理由はなんだ…?」
「…っは…はぁ…っ…」
「…」
再び強い痛みに襲われ、アルヴィスの体に倒れ込む。
「…く…っ…苦し、ぃ…はぁ…はぁ…っ…胸が…急に…っ…」
「…」
「…苦しい…のか…」
「はぁ…はぁっ…っ…は…」
「…」
アルヴィスの腕に抱かれていたニーナ。
彼の、ニーナを抱きしめる力が強くなる。
「すぐ…退けます…っ…ごめん…なさい…っ…団ちょ…っ…」
もがき苦しみ、痛みに耐えきれず涙を流していたニーナは自分を抱き止めてくれていたアルヴィスを見つめた。
「はっ…」
「…っ…」
すると、アルヴィスは何かを思い出したかの様にハッとしニーナから身体を離した。
「…っ…」
「…私は…先に行っている。痛みが和らいだらすぐに来い…」
そうアルヴィスに告げられたニーナは頷く。
「…」
アルヴィスが居なくなってすぐ、胸の痛みが和らいだニーナはゆっくりと立ち上がった。
「はぁ…っ…はぁ…」
「ニーナ…!!!」
「…」
ニーナの名前を呼んだのは、姿の見えなかったレイナとルークだった。
「…2人…共…っ…」
「大丈夫…!?どうしたの…ここで何してるの…!!ルーク…!!!」
「わかりました」
レイナの言葉に、ルークは頷くと、彼は瞳を青く染めニーナを見つめた。
柔らかな光を放ち、ニーナの体に触れたルークは目を見張る。
「…っ…瘴気に…あてられている…」
「…」
「…瘴気…って…まさか…」
「…」
ルークとレイナは何かに気づき、目を見合わせた。
レイナは拳を強く握ると、苦しみから解放され瞳を閉じるニーナを見つめる。
「ごめんねニーナ…もう絶対…離れないからね…っ…」
「守れなくてごめんね…」
そう言ってレイナは涙を流しながらニーナを抱きしめた。
「…ううん…そんなことないよ…それにさっきの痛みは落ち着いた」
「そっか…!」
「…ありがとう、ルーク…」
「ううん…」
「とりあえず陛下の所に…行ってくるね」
「私達も行くよ!!リヒトのやつ…何やってんのよもう…」
「あ、いや…リヒトは私を守ってくれようとしてた」
「え?」
「…」
「でも、団長が着いてくることを許さなくて…」
「それで?あのおバカはおめおめ引き下がったわけ!?」
「レイナちゃん…」
「い、いやいや!そんなわけではないんだけど…まぁでも…団長顔怖いし…言うこと聞かないと殺されそうだから、そうするのが正解だよ。」
「そんなことないよ…」
「だから、君たちはついてこなくていいよ!」
「…でも…!!」
「あはは!大丈夫大丈夫!」
ニーナはレイナの肩を叩き、2人に笑いかけると背を向け歩き出した。
「ニーナ…」
「…っ…」
"すまなかった…"
"後のことは頼む…"
その声が、レイナの脳内にこだました。
「待って!!!お願い行かないで!!!!」
「…っ…」
「…え?」
途端に大声を上げ、泣きじゃくるレイナに驚いたニーナは慌てて彼女の元に駆け寄る。
「お願い…お願い行かないで…っ…私たちと一緒に…」
ルークは悲しげに俯いていた。
「レイナちゃん…?どうしたの?」
「はっ…ごめん…っ…」
「はは!私はどこにも行かないよ?っていうかここがどこか正直わからないし、どこにも行けないのよ」
「あ…あはは!そっか…!ごめん…でも!!」
レイナはニーナの手を握りしめた。
「何かあったら…すぐにいうんだよ!!」
「わかった!ありがとう2人とも!」
「待っててねー!!!!」と告げ、ニーナは王の間へと駆け出して行ったのだった。
英傑の力を持つものは皆、朧げながらも前世の記憶を持っている。




