届かなかった手
モア
穏やかで優しく、物腰の柔らかな少女。
一見するとおとなしく見えるが、自分の中に確かな考えを持っており、周囲に流されない芯の強さを持っている。
困っている人を放っておけないお人好しな一面があり、誰かのためなら困難にも立ち向かうことができる。
静かな強さと優しさを併せ持つ少女。
ニーナ
明るく活発で、親しみやすい少女。
人の話や考えを頭ごなしに否定することがなく、相手の気持ちを受け止めようとする優しさを持っている。
仲間思いで面倒見がよく、自然と周囲に人が集まる一方、実は繊細で傷つきやすい一面もある。
明るく振る舞いながらも、人知れず悩みを抱え込んでしまうことがある。
小さな島国、ベルゼウ王国。
国から国までの距離が歩いて1時間もかからない小さなその島で生まれ育った二人の少女達がいた。
「あ!!そっちいったよ!!!」
少し茶色かかった長い髪を三つに編み結ぶ少女の名はモア。
太陽の光で反射し美しい髪を靡かせている。
モアは草原の中で猪を見つけ声を上げた。
「任せろ!!!!!」
黒く長い前髪を分け、この時代の少女では珍しいほどに短い髪を靡かせる少女の名はニーナ。
ニーナはモアの掛け声により、狩猟用の矢を放ち1発で仕留める。
彼女達は戦とは無縁の小さい島に生まれ育つ少女達だった。
「はっはっは!!!どうよ!!今回も1発で仕留めた!!!父ちゃん達に自慢してやろー!!!」
「ニーナーーーー!!」
「ん?」
「流石だね!!」
「うん!ありがとう!!て言うか…おねえさん?おじさん達の手伝いはしなくていいの?」
「うん!!いいのいいの!!て言うかこの猪大きいね!?」
「いや本当、大地の恵に感謝しなきゃ!!」
「そうだね」
「いただきます。」と2人は手を合わせてそう告げると、猪の足を木にくくりつけ2人で持ち帰る。
「これ!!王様に自慢しようよ!!」
「いいね!!乗った!!!!お駄賃いっぱいもらお!」
「この間剣なお稽古で負けまくってお金ないっていってたよー?」
「知らないよそんなのー!王様でしょー?」
「ジャンケンに負けて仕方なくなった王様、ね?」
ケラケラと笑うモアとニーナ。
「ベルゼウ王国」と呼ばれてはいるものの、その実態は大国のそれとは大きく異なっている。
ベルゼウに「王」は存在するのだが、それは絶対的な支配者というよりも、人々の中心に立ち、声を集め、時に意見をまとめる象徴に近い存在である。
民は遠慮なく声をかけ、時には笑い合いながら同じ目線で言葉を交わす。
それがこの国の王と民の距離なのだ。
「そういやおじさん弓の舞をモアにお願いしようとしてたよね?」
「できないよー…私鈍臭いし…て言うか剣の舞に選ばれたんだよねニーナ!?すごい!!」
「まぁね?まぁねまぁね???」
「褒めたいけど…なんかムカつく…」
「実際さ、王様より王っぽいよねおじさん」
「本当そう…でも柄じゃないんだってさ…」
「ジャンケンも一抜けだったもんねぇ。」
彼女達が話すように、この国において「王族」とは、支配者ではなく、ただ国の形を保つための象徴にすぎなかった。
「ニーナ!そういえば!!」
「なんだようるさいな」
「刀作ったの見たよ!!!本当すごい!!」
「ありがとう!!この国の武器はうちの父ちゃんのおかげで切れ味抜群よ!!モアんとこのおじさんと二人三脚でこの国まとめて偉そうにな!」
「王様の立場ってものを考えろってーの」
そういってニーナは笑う。
「本当だよねー!おじさんは刀でお父さんは鞘ってかんじだよね」
「そう。まるで私らのような関係だな!!!」
「確かに!!」
陽気な少女二人は猪をぶら下げる棒を肩に担ぎながらキラキラと輝く湖を横切っていく。
モアはふとある歌を歌った。
「癒しき龍にー跨りー雷の矢を持って〜民の荒れ果てた心を〜鎮め〜夢幻へ誘う〜♪」
「…そんな歌だったっけ?モアが歌うと変な歌に聞こえるんだけど」
「…歌詞飛ばしてしまいました…ていうか!!!聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたけど!?私が音痴って言いたいの!?」
「違うわ!君がふざけたテンポで歌うからアホの歌みたいなんだよ!!」
「酷いな!?さすがのモア様も怒るわよ!?」
「ていうか、それ丘にあるこの石碑に刻まれてるからテキトーなとこで歌うなって言われてなかったっけ?」
「ひいおばあちゃんがね、言ってた」
「じゃあ歌うなよ」
すると遠くから「おう!」という声が聞こえてくる。
「こんなとこにいたのか?おめぇら声でかいから居場所なんざすぐわかるぞ」
「あれ王様だ!!ヤッホー!!」
「おお!でけぇな!?猪か!!いきがいいのがとれたなぁ!!」
「俺は魚釣ってきたぞー?後で持っていくからな?」とニカっと笑う王。
「え!?いいんですか!?やったー!!!」
「ありがとう!私らもすぐ持っていくね!」
「おう!!きぃつけろよ?この湖は…」
王がそう告げると、辺りに不穏な風が吹き抜ける。
「ん?」
「…」
「あれ…なんかあったけど忘れた!」
その言葉にモアとニーナは転びかける。
「王様しっかりして!?」
「だはは!!!すまん!!!とにかく!夕日が湖にかかる前には帰れよ!!」
「「はーい!!」」
2人は返事をし、王とその場で別れる。
そして再び湖を見つめたモアは歌を歌い出した。
「再び〜勇者集う〜時〜人々は〜同じー過ちを繰り返し〜彼らの行手を〜阻むだろうー♪」
「…そんな楽しそうに歌っちゃダメだろ」
「友を置いて〜先立つ勇者の〜悲しき〜魂が眠る戦天女の樹〜、へい!君もカモン!」
ノリノリなモアに乗せられ、渋々ニーナも口を開く。
「…友を想いー嘆き悲しんだ勇者のー悲しき魂がー眠る忘れられた花〜我〜土に還る友を嘆かーん」
「せーの!!」
「「鎮めよ、魂よ、浄化せよ、我が名の下へマナフェルバント」」
二人は湖を見つめ、その言葉を放つ。
「…ん?」
「ほら帰るよ〜って…」
すると水面に不自然に差し込む一筋の光。
その光が気になったモアは棒を担いだまま湖に向かって歩き出す。
「いてぇいてぇ!?」
後ろ向きのまま引っ張られていったニーナはモアに必死に声をかけた。
「ちょい!!!モア!!あんた泳げないんだからあんま川に近づかない方いいって!?」
「でもあれ…気になるんだもん」
「あ!ちょっと!?モア!!!!湖に入るなって!!!底深いから!!!!!」
静止するニーナを振り切り、モアはその光に手を伸ばした。
「…え?」
するとその光を消すように、禍々しい真っ黒な触手のようなものがモアの腕に絡みつく。
「ひいいい!!湖の主!?」
「モア!!!何踊って…は!?なにそれきもい!!話せ早く馬鹿!!!!」
「し!!しらない!!私が掴んだんじゃない!!!!なんか…引っ張られて…」
その触手はモアの身体を湖に引き摺りこもうとしていく。
「モア!!!」
ニーナは湖に引き摺り込まれていくモアを、懸命に引っ張った。
「くっ…力が…っ…」
「うわっ…っ…」
しかし精一杯の力も虚しく、2人は湖の中に引き摺り込まれていったのだった。
ーーーーーーーー
真っ黒な触手はモアとニーナを湖の深くまで引っ張っていった。
「…」
「…あれ…」
その強い力に引っ張られ、見たことのない世界に落とされた二人。
先に目を開いたのはニーナだった。
「…」
「は…?は!?モア!!モア!!息できるよ!!」
「…」
きつく瞳を閉じるモアの頬を叩くニーナ。
「いたぁ…っ…」
「モア!!!おいこら起きろ!!!!」
「な、なによ…人が怖がってるのに…あれ。ほんとだ…え?ん??え???私達…湖の中に引き摺り込まれたよね?」
「なんだ…ここ…」
ニーナはモアの手を取り立ち上がらせる。
そんな中でモアは微かに走る胸の痛みと共に、宿る不安を感じ取った。
「…ニーナ…」
「ん?」
「…なんかすごい胸騒ぎがするんだけど…」
「大丈夫だよ!歩いてりゃそのうち…」
ニーナの励ましを遮るように、どこからか地鳴りのような音が鳴り響いた。
「「え。」」
「なになになになに!?」
「はぁぁあ!?ニーナ姉さん!!地面割れてます!!!」
「死ぬ!!!早く逃げよう!!!」
そういって一目散に駆け出すニーナ。
しかしモアはその場から動こうとしなかった。
「は!?何やってんだモア!!」
「ま、待ってよニーナ!!!こ、腰が…!!」
否、モアは動けなかったのである。
「なにしてんの!?あんた逃げ足早いでしょ!?なんでそんな腰抜かしてんの!?」
「ほら!!走ろう!!」とニーナはモアの元に戻り、彼女の手を引っ張ると再び駆け出した。
「ひ、ひいいい…」
腰を曲げ思うように走れていないモアを、今度は背中を押して走らせる中で一つ閃くニーナ。
「モア。」
「は、はい…」
「舌噛むなよ!!!!!」
突然そう告げたニーナに膨大な不安が押し寄せるモア。
「なになになになにするの!?」
「飛び蹴りじゃーーーい!!!!」
「嘘でしょ!?それだけは!!!」
「ほぎゃあ!!」と言う情けない声をあげながらも、なんとか体勢を整え走り出したモア。
モアは元々は足は速いので、今度はニーナを引っ張りながら猛スピードでかけ抜けていく。
そして、ついにモアは、胸に引っ掛かるあることをついに口にした。
「ニーナ!!」
「なに!!」
「なんか!!!ずっと思ってたんですけど!?」
「なんでしょう!!!!!」
「なんか追いかけてきてませんか!?」
「え!?」
後ろを振り返るニーナ。
すると巨大な蜘蛛のようなものが呻き声をあげながら追いかけてきているのが見えた。
「しょ、触手がなくなったら今度は蜘蛛…」
「きもちの悪い何かが!追いかけてきているー!!」
ニーナは先ほどよりもエンジンをかけ、「自称国一番の俊足」であるモアを追い抜き走る。
「あー!!!!ニーナ!!!置いていかないで!」
「走れ走れ!!!!」
「ひいいい…うわっ!!」
「大丈夫!?あれ!?」
突如ニーナの視界からモアの姿が消えた。
「モア!?」
後ろを見ると、地割れした大地の隙間に足を挟めて動けなくなっているモアを見つけたのである。
「嘘でしょこんな時に…何してんの!?」
「わ、私のことはいいから!!」
「あ、そう?わかった。じゃあ置いてくね」
あまりのあっさりした返答に、モアは思わずツッコミを入れた。
「ちょっと!!!もう少しあるでしょ!君を放っては置けないぜ友よ。みたいな!?」
「何をふざけたこと言ってんだ!!!そんな余裕あるなら足抜け足!!!」
「やってるんだけど…ぬ、抜けない…やばい…やばいきてる!!!ニーナ!!!これはほんと!!!!貴方だけでも早く逃げて!!」
「…っ…」
2人のすぐ後ろに迫る禍々しい巨大蜘蛛。
目の前には、恐怖に怯え涙をグッと堪えているであろうモアがいた。
「ここで、モアを失ってしまったら。」
そう思うと、ニーナは体が震えた。
「…」
「ニーナ!?聞いてた!?」
「…うるさい!!!足抜け!!力一杯引っ張れ!!自分の足だろ!!!」
巨大蜘蛛がすぐそこまで迫る中で、二人は懸命に足を引っ張る。
「抜けろ…っ…抜けろって!!!!!!」
「…っ…」
「お願い…抜けてよ!!!!」
「ニーナ!!!!ニーナ本当にもう…」
するとどこからか強い風が吹き荒れた。
あの物体から発せられる熱風だろうか。
その時、ニーナは巨大蜘蛛の奥に一瞬だけ光った微かな光を見つめる。
「…」
「…ニーナ…?」
「モア…多分私のせいで怪我するけど、命には変えられないから許してね。」
そういってニーナはモアに微笑むと、迫る蜘蛛の方へと向かい、体制を整え再びモアの元へと走り出した。
「ニーナ!!!!なにを…っ…」
「歯食いしばれ!!!モア!!!!」
ニーナはモアを力の限り突き飛ばした。
大地に食い込んだモアの足は無理やり抜けてしまったため血だらけになり激痛が走る。
「…っ…ニーナ!!!!」
その痛さを忘れ、モアは走り出す。
「ニ…」
巨大な蜘蛛は形を変えた。
まるでニーナを取り込もうとするかのように。
「ニーナ!!!!!」
「…っ…」
吸い込まれていくニーナの手を掴もうとしたモア。
「熱…っ…ニーナ!!!手を伸ばして!!!!」
「…っ…」
その物体から発せられる熱気から、肌を突き刺してくるような痛みが2人に襲った。
「ニーナ!!!!お願い!!!手を…伸ばして!!」
「…っ…」
モアは伸ばし切っている手を、さらに伸ばす。
「ニーナ!!!!」
「…っ…モア…」
「…はっ…」
液体状に形を変えたそれは、ニーナの体を包み飲み込んでいってしまう。
「…熱い…っ…モ…ァ…」
「…っ…」
二人の手は、あと数センチのところで繋がれることはなかったのである。
先ほどまで自分を襲おうと追いかけてきていた蜘蛛の姿は跡形もなく消え去り、同時に共にいたはずのニーナの姿も消えた。
「…」
柔らかな光に照らされたまま、モアは呆然と立ち尽くした。
「…嘘…嘘嘘…まって…どうして…」
「ニーナ!!!!ニーナお願い!返事をして!!」
どんなに叫んでも、ニーナの声が聞こえることはなかった。
「なんで…っ…」
モアは途端に足の力が抜け、反射的に腰を下ろす。
背中に引力のようなものを感じ、ゆっくりと倒れていくモア。
「どうして…なんで…」
いなくなってしまった友人を思う間もなく、モアは意識を手放してしまったのだった。




