第06話 デカいほうです
「えっ!? 東京から?」
「東京のどこ、どこ?」
「大井町」
俺は、東京育ちだ。
転校生そのものは珍しくない。
だが、ここでは珍しいようだ。
「……おおいちょう?」
「どこ? 何があるの?」
「んーー……。競馬場とか」
朝のホームルームが終わると、皆が群がってきた。
次々と飛んでくる質問。
まるで、マンガやアニメで見た『転校生の質問攻めシーン』そのものだった。
「もっと、おしゃれなところはないの?」
「あまり東京に夢を持たない方がいいよ?
金もかかるし……。おしゃれな場所は、狭いんだって」
俺の言葉に、女子たちはあからさまにがっかりした。
肩が一斉に落ちる。
あちこちから、小さなため息が漏れた。
俺は、おしゃれボーイではない。
そういう役割を期待されても困る。
どうせすぐに、『エロ』とか『バカ』とか、そんな扱いになるのは分かっている。
無理な背伸びをしたところで、疲れるだけだ。
「じゃあ、今はどこに住んでるんだ?」
そして、何気ない一言。
正直、困った。
この街に来たのは、一昨日だ。
その後の記憶は、あまり整理できていない。
気づけば昨日は終わっていて、今朝いきなり引っ越しを告げられた。
この地方の名前くらいは知っている。
だが、市町村名すらまだ覚えていない。
ただ、一つだけ、はっきりと分かるものがあった。
窓の外に視線を向ける。
「……神社」
「神社?」
木の枝の上で、葛葉が微笑みながら手を振っていた。
やっぱり、美人だ。
「確か……。名香神社だったかな?」
あの美人が、さっき忌々しそうに口にしていた名前を思い出す。
答えた瞬間、教室の空気が変わった。
ざわついていた声が、ぴたりと止まる。
「なにーーーーーーーーーーー!?」
男たちの声が一斉に跳ね上がった。
椅子があちらこちらで鳴り、さっきまで興味なさそうにしていた連中まで席を立つ。
一方で、女子たちは一斉に白けた顔になった。
温度差がすごい。
「神社って、あの神社かよ!」
「マジで! マジで住んでんの!」
俺は目を瞬かせた。
救いを求めるように、窓の外をちらりと見る。
だが、葛葉は木の枝の上で欠伸をしていた。
「おらー、チャイムが鳴るぞー。席につけー」
教卓側の出入り口から、気の抜けた声が飛んできた。
白衣を着ているから、理科教師だろうか。
男子たちは名残惜しそうな顔をしながら、ぞろぞろと自分の席へ戻っていった。
******
「はい、ここまで読んだ人。
今の場面で主人公の気持ち、どう変化したと思う?」
授業は進み、四時間目の国語。
腹が減った。
今日の給食の献立は何だろう。
「ええっと……。馬鹿かなっと」
「馬鹿は酷いな。もう少し考えてみよう」
俺の席は、大抵のアニメ主人公が座っている、窓際の一番後ろの席だ。
やったぜ。
ただし、教室は縦五列、横は男女男女男女の六列。
俺の転校が急すぎたせいで、慌てて付け足された尻尾みたいな席だ。
つまり、俺だけ隣に女子がいない。
『おい、転校生に教科書を見せてやれ』
『もーーー、今日だけだよ?』
そんな転校生あるあるなイベントは起きなかった。
俺は前の席の男から教科書を借りる。
そして、そいつは隣の可愛い子と机を寄せ合っていた。
この転校生差別を、教育委員会に訴えてやる。
だが、悔しくはない。
俺には葛葉がいる。
「……あれ?」
目を窓の外へ向ける。
さっきまで確かにいたはずの木の上に、葛葉の姿がない。
思わず立ち上がった。
椅子が床を引きずる音が、やけに大きく響く。
教科書を片手に教室を歩いていた国語教師が、ぴたりと足を止めた。
その動きにつられるように、教室の空気もわずかに固まる。
自然と、視線が集まった。
「どうした? つ、つ……。津村」
「月城です。『つ』しかあってません」
軽く訂正すると、数人がくすりと笑う。
「すまんすまん。この辺だと聞かない名字でな」
国語教師は頭をかきながら、曖昧に誤魔化した。
「俺も、そうですね。聞いたことないです」
そんなことより、葛葉がどこへ行ったのだろう。
立ち上がった以上、好都合にするしかない
「ところで、トイレに行ってきていいですか?」
「……我慢できないのか?」
国語教師は、眉を寄せた。
この学校は、今日転校してきたばかり。
校舎の案内もまだで、どこに何があるのか分からない。
俺は、迷わず『時間がかかる理由』を選んだ。
「デカいほうです」
「ぷっ……。すまん。
転校初日から大胆なやつめ。行ってよし」
教室のあちこちで、笑いが広がった。
俺は教師にビシッと敬礼する。
「いってきます!」
教室を出るとき、もう一度ビシッとやった。
「……さっさと行け。
はい、再開するぞー」
戸を締めても、教室の笑い声は止まない。
俺の転校生デビューは、失敗だったかもしれない。




